「ドッゴラァアアアアアアアア!!!!!!」

「やっ!」
「っばいです!!」

突っ込んでくるギルヴァング。
本当にただ突っ込んでくるだけ。
ただの猪突猛進。
今まで戦ってきた中でも、
これだけ馬鹿正直に、
そして無意味に突っ込んでくるものなど居なかった。

だが・・・・それがヤバい事だけが分かった。
あの獰猛なギルヴァングの威圧感。
もしただのパンチだとしても・・・・
もしただのタックルだとしても・・・・
昇天してしまいそうな・・・・

「クッ!!!」

ドジャーは咄嗟に投げる。
ダガーではない。
黒い・・・塊。
爆弾だ。
小さなダガーなんかを投げたところであの威圧感。
ブルドーザーのような男をとめられる気がしなかったからだ。
しかし・・・同じことだった。

「効くかこんなもんっ!!!」

ギルヴァングは目の前に飛んできた爆弾を・・・・・

「しゃぁオラァァア!!!!」

殴った。
爆弾を殴った。
素手で。
爆弾を素手で殴りつける輩など初めてみた。
ギルヴァングの強烈な拳を叩きつけられた爆弾は、
その場で勢いよく爆発した。
炸裂した。
だが・・・・・・

「ぐぁああ!!!なんだコリャアアア!!!」

爆弾から煙が発せられた。
煙が吹き付ける。

「ダァァッ!!!目が痛ぇえええ!!!!」

ギルヴァングはその場で両目を抑える。
ジョーカーポーク。
目潰し爆弾だ。

「ナイスですドジャーさんっ!」
「今のうちだっ!逃げるぞっ!」
「ええぇぇー!オイラあの強そうな奴と戦いたいっ!」
「馬鹿いってんじゃねぇっ!!自殺願望あんのかテメェ?!
 死にてぇなら俺のいねぇときに勝手に死ねっ!逃げるぞ!」

ドジャーはそう言ってチェスターにゲートを突きつける。
無理矢理渡す。
そして自分もゲートスクロールの紐をほどこうとする。

「さっさと飛ぶぞ!」
「ダメですドジャーさんっ!」

ゲートで逃げようとするドジャーの手を、
アレックスは掴んで止めた。

「・・・あん?なんだよアレックス!逃げるっつったのはテメェだろ!」
「あの人がここに来た狙いは恐らく僕達だけじゃありません!
 恐らくこの99番街を討伐に来たんです!」
「えぇー!一人でオイラ達も99番街も!?すげぇジャン!」
「チッ、つまり俺らが逃げたら99番街をやられるってかぁ?どうすんだよ!」
「逃げます」

話がループする事に、ドジャーは舌打ちをした。
そしてギルヴァングはまだ目を覆っている。
だがいつ復活するか分からない。

「早く逃げますよ!」
「だからおめぇ・・・・」
「逃げてひきつけるんです!ギルヴァングさんの狙いはまず僕達ですっ!
 僕達がやられなければ99番街を狙われる事もありませんっ!」
「・・・・・・カッ、なるほどな。"脱走"じゃなく"逃走"か」
「オトリとかエサとも言います」
「カッ、俺らにゃぁ損な役回り以外は回ってこねぇもんかねぇ」
「やーーだ!!逃げるなんてヒーローのすることじゃないジャン!」
「街人を助けるのがヒーローの仕事ですよチェスターさん」
「なるほど」
「猿は扱いやすい事で・・・・ま、そうと決まれば逃げるぞ!!」

すぐさまアレックス、ドジャー、チェスターの三人は、
路地裏へと逃げ込んだ。

「クッソ・・・・メチャ卑劣な真似をぉおおおおおお!!!!」

ギルヴァングは涙目を拭い、
叫ぶ。

「小細工なぞメチャ漢らしくねぇええええええ!!!!
 漢ならぁぁあ・・・・ガチンコだろうがぁあああああああ!!!!!」










「うわっ、うるさいなっ」
「デケぇ叫び声だぜ」
「ここでも耳が痛いですね・・・・」

アレックス、ドジャー、チェスターは、
路地裏を走っていた。
そこそこの距離は稼いだと思うが、
今の叫び声からすると、
ギルヴァングはまた自由になったのだろう。
安心はできない。
44部隊の時とは違う。
追いつかれたら・・・・・・・終わりだ。

「で、どうすんだアレックス!」
「・・・・・・何も思いつきません」
「えぇー!ダメじゃんアレックス!んじゃ考えなしに走ってるのかっ!?」
「違います。考えながら走ってるんですよ!」

路地をまた曲がる。
まぁ必死だ。
化け物が追いかけてきてるかもしれないのだ。
それを思うと、思考回路も綺麗に回転しない。
というか何故自分が毎回考えないといけないのかと不満まで出来ていた。
いつも作戦の事は自分に頼りすぎだ。
まぁだがそうも言ってられない。

「パッと思いつくのは99番街の外までおびき寄せる事です。
 ギルヴァングさんは一直線な性格みたいですからまんまとついてきてくれるでしょう」
「カッ、世界一の身体能力を持つ男も、脳みそまでは筋トレできなかったってか?」
「脳みそに筋肉はないぜドジャー!」
「うっせぇなてめぇわ!ジョークを理解しろっ!」
「むー・・・・」
「まぁとりあえずこの作戦が最善でしょう。まずは先延ばしです。
 ただ、街の外まで引きつけたとしてもどうなるか分かりません。
 僕達が逃げるかやられればどうせギルヴァングさんも99番街に戻るでしょうし・・・・・」
「カッ!とりあえず今やれる事はそれしかねぇならそうすっぞ!
 あんなんが街で暴れるだけでもこの汚ぇ街がオジャンになっちまう!」

「ドッゴラァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

ビックリして振り向く。
走りを止めて振り向く。
ギルヴァングの叫び声。
もう追いつかれた!?
いや、違った。
遠くの方から聞こえるようだった。
あまりにデカい叫び声なため、
まるですぐ近くで声がしたかのように思えただけだった。

「マジビビった・・・・」
「心臓に悪い追撃者ですね・・・・」

アレックス達は逃走を再開した。

「でも戦ってみたいなぁオイラ」
「カッ、最悪少々戦うハメにはなるかもな」
「マジで!?やったっ!」
「そのためには出来るだけ情報が欲しいわけだが・・・・」

ドジャーは走りながらアレックスを見る。

「分かってます。ギルヴァングさんについて僕が知ってる分は話します。
 だけど僕も聞いた話だけなので保障はないですからね」

アレックスはそのまま走りながら話す。

「ギルヴァング=ギャラクティカ。王国騎士団出身です」
「・・・・・・・・・」
「騎士団長やロウマさん。それに僕の父さんなんかと同期らしいです。
 いわゆる騎士養成学校の"黄金世代"と呼ばれた類ですね」
「黄金世代か。なんか聞いた事ぐらいはあるな」
「ちなみに僕も後から知ったんですけどナイトマスターのディアンさんもその世代です。
 《騎士の心道場》のね。騎士団には進まなかったようですが」
「・・・・・・・・・なんかそれ聞くと、黄金世代のランクが下がるんだが・・・・」
「いや、実際凄い人だったらしいですよ。槍技に関しては父さんも勝てなかったくらいで・・・
 ・・・・・・って話がそれました。ギルヴァングさんですね。とにかくその世代です」
「オイラにはもう話が分かんないぜっ!」

走りながら、
チェスターは元気よく言う。
アレックスとドジャーには返す言葉はない。

「・・・・・・・お前は黙って走ってろ。で、聞きたい事はだな。王国騎士団ってのはお前とピルゲン、
 そしてロウマ率いる44部隊しか生き残ってないんじゃなかったのか?」
「付け足すと、終焉戦争を裏で回したドラグノフさんもいます」
「げ、本当に実在すんのかよそいつ。で、ギルヴァングの野郎はなんなんだ?」
「僕も話にしか聞いた事がありませんでした・・・・・噂・・・・都市伝説。そんなレベルです」
「・・・・?」

ドジャーは走りながら首をかしげた。
アレックスは王国騎士団出身者だ。
あれほどの実力者は騎士団に存在していたのならば知らないわけがない。

「王国騎士団内には、52番隊までの部隊があります。キッチリ52部隊です」
「ぁー。それくらいは知ってる」
「ですが・・・・それとは別に騎士団長お抱えの"裏部隊"があるという・・・・噂があったんです」
「裏部隊?」
「完璧に"暗躍"です。だから騎士団の中でも知ってる人はほとんど居なかった。
 52部隊の中のいち部隊長だった僕にさえ、そんな話は伝わってこなかったんですから。
 だから実際そんな部隊はないと思ってました。誰かの面白話だろうってね」
「でも・・・・実在したって事か」
「はい。裏部隊の名前は・・・・・"53部隊(ジョーカーズ)"」

そこでまたチェスターが待ちわびたかのように手を挙げ、
走りながらピョンピョンと跳ねて話す。

「ジョーカー!オイラ知ってるぜっ!トランプだろっ!」
「馬鹿猿っ!そういう話じゃねぇんだよっ!」
「いや、そうです」
「あん?」
「ほれみろドジャー!」
「黄金世代の話に戻りますけど、騎士団長やロウマさんを含め"4カード"と呼ばれる人達がいました」

4カード。
黄金世代の頃、
将来有望とされた4人の騎士達。
アインハルト=ディアモンド=ハークス。
ツヴァイ=スペーディア=ハークス。
ロウマ=ハート。
ラツィオ=グローヴァー。

ダイヤ、スペード、ハート、クラブ
彼らの名前から文字を取り、
トランプの4カードと呼ばれていた。
現在、その中でもツヴァイとラツィオは他界しており、
残っているのはアインハルトとロウマだけだ。

「王国騎士団っていうのはトランプが好きなんですよ。
 キング(王様)やクイーン(王妃)。それにスペードというマークが剣や騎士を意味しているなど、
 トランプ自体が王宮や社会情勢をイメージして作られた遊びですからね」
「あーあーあー。はいはい。豆知識はいい。どうっ・・・・でもいい。すこぶるどうでもいい」
「まぁそうですね」
「で、それがどうかしたのか?」
「あ、はい。それで王国騎士団もトランプの数にちなんで52部隊が編成されました。
 そして裏部隊"53部隊(ジョーカーズ)"。53枚目のカード。ジョーカー(切り札)って事ですよ」
「切り札・・・ねぇ・・・・」

つまるところ、
53部隊という部隊は、
アインハルトが切り札として隠し通してきた部隊という事だ。
第53部隊。ジョーカーズ。
王国騎士団時代にアインハルトがわざわざ存在を隠し、
そして今も連れているという事は・・・・それはつまりよほど使える者達。
かなりの実力者と言える。
アインハルトおかかえのお気に入りだとも言える。

「ドッゴラァアアアアアアアアア!!!!」

遠くでまたギルヴァングの叫び声が聞こえた。
それに反応し、
アレックス達は一度会話を止めて走り続ける。
だが、
声の調子からいくとまだそこそこ遠くにいるようだ。

「・・・・・・・ふぅ・・・・」
「怖いですね・・・・あの叫び声・・・・」
「まぁいい。追いつかれる前に話だ。
 それでその53部隊(ジョーカーズ)の一人がギルヴァングって事か。
 カッ、まさかとは思うけどその53部隊ってのは全員ロウマ級だってのか?」
「残念ながら・・・・噂だけだとそうなります」

自分から聞いた話だが、
予想外の答えにドジャーの表情は固まった。

「はあっ!?マジでかよ!ふざけんなよっ!!!」
「マジ!?すげぇジャン!」
「アホかっ!!大問題だ馬鹿っ!ロウマみてぇのがウジャウジャいんだぞっ!」
「いえ、ウジャウジャはいません」
「ありゃ・・・」

ドジャーは走りながら少し気が抜けた。

「・・・・あん?だってよぉ。部隊だろ?ぶーたーいー。部隊っていうからにはよぉ・・・」
「ドジャーさん。トランプの中にジョーカーってカードは何枚ありますか?」
「そりゃ2枚・・・・・・・ってあん?まさか53部隊(ジョーカーズ)ってのは2人だけなのか?」
「そうです」
「・・・・・・・・カカッ、少しホッとしたぜ・・・」
「逆に考えるとロウマさんが二人増えたと思ってください」
「・・・・・・・・ポジティブに考えさせろよ」
「まぁ53部隊のメンバー二人は両方"絶騎将軍(ジャガーノート)"だと考えるのがベターですね」

絶騎将軍(ジャガーノート)

帝国アルガルド騎士団の最高能力者達。
分かっているだけでも、

世界最強 ロウマ=ハート。
切れ者の参謀 ピルゲン=ブラフォード。
天上界の裏切り者 ジャンヌダルキエル。
53部隊 ギルヴァング=ギャラクティカ。
そしてもう一人の53部隊。

この5人だけだといいのだが・・・・・

「ま、ジョーカーズがどうこうはどうでもいい話だな。
 結局の所、絶騎将軍(ジャガーノート)がさらに二人判明したって事だけだ」
「そういう事です」
「んでそのロウマ級の奴が俺らの後ろに・・・・・お?」

視界が広がる。
アレックス達は広い路地に出た。

「さてどうしましょう。目立つ所に出ちゃいましたけど」
「だが99番街の外を目指すならこの大通りを通るのが一番早ぇ」
「逆にギルヴァングさんに追いつかれる可能性も高くなりますよ?
 見つかる可能性もね。大通りを通るのはある意味賭けです。」
「でも路地裏でコソコソ逃げるのはヒーローらしくないジャン」
「そういう意見はいいんだよっ!」

路地裏を使ってコソコソ逃げるべきか、
それとも大通りを使って一気に駆け抜けるか。
あまりモタモタしているヒマもない。

「どこだぁあああああああああああ!!!!」

また遠くからギルヴァングの声が聞こえる。

「ネズミみてぇにコソコソしてんじゃねぇええええ!!メチャ漢らしくねぇええええ!!!
 漢に生まれたなら真正面からガチンコで勝負しろぉおおおおおお!!!」

遠く彼方から聞こえてくる声。
出てこい出てこいと、
獲物を追うライオンのように叫ぶ。

「あぁー・・・・ギルヴァングさんのあの大きな声・・・
 あれならギルヴァングさんがどこにいるかいつでも把握できますね・・・」
「なら大通りだな」
「ですね」
「カッ、何が漢らしく出てこいだウゼェ。あんな奴と真正面からやってられるか!」
「ん〜・・・・・」

チェスターは突然うなり声をあげた。
首をかしげている。
珍しく考え事をしているようだ。

「どうしました?チェスターさん」
「あ〜・・・・いや別にさ。ただオイラなんかさ、聞いた事あるんだよね」
「あん?何がだ?」
「ん〜・・・その"漢"とか、"ガチンコ"とかだよ。
 そういうのにこだわってるのをどこかで・・・・・・・」

チェスターは腕を組んで考え込む。
なかなか思い出せないようだ。
なんでもすぐ忘れる猿頭のチェスターにとって、
何かを思い出すという作業は至難と技なのかもしれない。

だが、
チェスターが自分で返事を出さずとも・・・・・
答えは向こうから返ってきた。


「それは自分の事ッスか?チェスター」

突如聞こえた声。
屋根の上。
屋根の上で座り、
両足を投げ出してブランブランさせている男の姿。
両手にはディスグローブ。

「久しぶりッスねチェスター。一年ぶりッスか?」
「ナックルっ!!!!???」

その男は屋根の上で片手で返事をした。
ナックル。
ナックル=ボーイ。
44部隊の一人。
一年前のGUN'S戦の時、チェスターと共に戦った男だ。

「なっ、44部隊がまだいやがったのかっ!」
「うかつでした・・・・」

アレックスとドジャーは咄嗟に戦闘体勢に入る。
だが、
ナックルは屋根の上で足を投げ出したまま。
攻撃してくる様子はない。

「ナックル!なんでお前こんなとこいるんジャン!!」

「自分?自分ッスか?自分は本当は師匠を止めに来たんスけどね」

「師匠?」
「・・・・・おいおい」
「まさか・・・・」

「そうッス。ギルヴァング=ギャラクティカは自分の師匠ッス」

ナックルは屋根の上でニヤりと笑った。

「え、そうなのかっ!?」
「カッ、師弟で俺らを追い詰めにきたってか?」

「だから違うッスよ。自分はその師匠を止めに来たって言ってるッス」

「どういう事ですか?」

「師匠は99番街の破壊の任務でここに来たッス。
 もう何もかも無差別にやっちゃえって事ッス。
 だから自分の仲間・・・・44部隊の皆まで巻き添えになっちゃうッスからね。
 でもちょっと遅かったみたいッス。自分の無念ッスね・・・・・・・・」

ナックルはヴァーティゴを助けに来たという事だった。
だが、それは敵わなかった。
ヴァーティゴは生きていたが、
トドメはギルヴァングに刺されてしまった。

「だからもうここには用は無いッス。あんた達は自分の師匠にやられちゃえばいいッス」

「待ってよナックルっ!!」

チェスターが叫んだ。
いつもお気楽で強気なチェスターにしては、
えらく感情の入った声だった。

「オイラ達はもう仲直りできないのかっ?オイラ達友達ジャン!!!」

真っ直ぐなチェスターの言葉。
その言葉に、
ナックルではなくドジャーが先に反応した。

「と、友達・・・・よくそんな恥ずかしい事ポンポンと言えるなオメェ・・・」

ドジャーはとぼけて吐くマネをしながら言った。
なんとも間の悪い冷やかしをいれるものだ。
チェスター、ナックル、アレックスの三人は、
まるまるそれを無視した。

「友達"だった"に変えて欲しいッスね。チェスター」

その言葉は、
純粋なチェスターの心に突き刺さった。
チェスターは、
短い間だったがGUN'Sとの戦いの時、ナックルと共に戦った。
そして・・・とても気があった。
生涯でこんなにも気の合う人間は初めてだとさえ思った。
それを失うのは怖かった。
だがナックルの方は違ったようだ。

「チェスター。自分はまだチェスターの事を許せないッスからね。
 王国騎士団に何度も攻め入ってきたあんたは敵ッス。
 何度も仲間を倒してきた宿敵ッス。二度と分かち合う事はないッスよ」
「オ、オイラはナックルとはあんまり戦いたくないジャン!!」
「それは無理ッスね」
「・・・・・・・」
「宿命ッス。ライバルッス」

チェスターはとても寂しそうだった。
懐でチェチェが慰めているが、
届いてはいない。

「・・・・・・・でも今回は戦わないッス。師匠がいるッスからね。
 師匠に巻き込まれたら自分も跡形も無いッスから」

「どこだぁああああああああああ!!!!」

遠くでギルヴァングの叫び声。
先ほどより近い。
近づいてきている。

「やばいですっ!ナックルさんは僕らをここで足止めするのが目的ですっ!」
「カッ・・・・・まんまと足止めさせられたッス!ってかぁ?」
「・・・・・・・・・」
「おいチェスター!行くぞ!」

うつむいているチェスターの腕を、
ドジャーは引っ張る。

「足で逃げるつもりなら、あなた達いつか死ぬッスよ。
 師匠から逃げ切る事なんてそれは到底無理ッス。
 それがいやならさっさと99番外を捨ててゲートで逃げる事をオススメするッスよ」

「カッ!助言か?えらく気前がいいじゃねぇか」

「あなた達はどうでもいいッス。ただチェスターにはまだ死なれて欲しくないッスからね」

「え?」

「チェスター。自分達はライバルッス。いつか自分がこの手でチェスターを倒すッス。
 だからその時まで生きるッスよ。いいッスか?」

「う、うん・・・・・・・・」

チェスターが返事したのを聞き、
ナックルはゲートを取り出した。
帰る気だ。

「待ってくださいナックルさん!」

「・・・・?・・・・何ッスか?アレックス部隊長」

「ギルヴァングさんがナックルさんの師匠って事は、
 戦闘方法もナックルさんに近いものなんですか?」

アレックスは・・・・敵であるナックルにさぐりを入れる。
ナックルは答えるだろうと瞬時に判断したのだ。
チェスターを生かしたいなら答えるだろう。
そう逆手にとった悪知恵。
暗躍部隊であるため、情報が全くないギルヴァング。
唯一彼の情報を詳しく知っている人間がいるとしたら、
それはここにいるギルヴァングの弟子。
ナックル=ボーイただ一人だ。

そして助言があろうがなかろうが・・・・・・ギルヴァングには勝てない。
だからこそ教えてくれるはずだと。

「・・・・・・・・・やれやれッス・・・アレックス部隊長は抜け目ないッスね」

ナックルはしかめ面で言った。

「チェスターには見せたッスけど、自分の戦い方。
 それはアンチカーズディフィンスなんかのスキルで相手を無効化する戦いッス。
 そして拳での戦いをする・・・・自分はガチンコで戦う聖職者ッス」

ナックルは自分の拳を見る。
それはディスグローブ。
彼は防具であるディスグローブを武器に戦う。

「相手を無効化し、己の肉体技でガチンコで戦う。それが自分と師匠の戦い方ッス」

「カッ、って事はギルヴァングも戦う聖職者って事か?」

「違うッス。師匠は"吟遊詩人"ッス」

「なっ!?」
「詩人!?」

あの凶暴な猛獣のような人間。
どう見ても詩人などには見えない。

「あんな詩人見たことないですね・・・・」
「ウソこいてんじゃねぇ!だいたい楽器さえ持ってねぇじゃねぇか!!」

「持ってるッスよ」

「んだと?どこにだよっ!」

「それくらいは自分で確かめるッスね」

ナックルは意地悪そうに笑った。

「言っておくッスけど、師匠は漢の中の漢ッス。言うならば超漢ッス。
 男を超えた男。漢ッス。超漢ッス。ガチンコな生き様。カッコイイッスね。
 オイラも師匠に憧れて漢の中の漢を目指してるッス。
 己の肉体のみで全てを超える。そんな男に自分はなりたいッス」

ナックルは拳を握り、笑う。
それは夢見る男の笑みだった。
まるでチェスターがヒーローの話をする時のような、
全うで、
真っ直ぐな笑顔。

「・・・・・まぁ、師匠はあんなだからちょっと弟子も大変だったッス。
 だから己を鍛え上げるという意味をよく知ってるロウマ隊長の下についたッス。
 男の中の男を目指す。自分はいつか師匠をも越えたいッス」

「・・・・はぁーぁくだらね。俺にゃぁそんな曖昧なもん目指す奴の気がしれねぇなぁ」
「いい話じゃないッスかドジャーさん。夢も何もない僕らより100倍いい話ですよ」
「カッ、夢で飯が食えるなら俺だって夢くらい見るっての」

「最後に言っておくッス。この自分。ナックル=ボーイの忠告ッス」

ナックルがゲートを広げた。
ナックルがゲート転送の光に包まれていく。
そして光の中からナックルは言った。

「もしも・・・・世界最強の身体能力を持つ化け物に・・・・ガチンコで戦わなくてはいけなくなったら?
 嫌でも拳と拳で勝負しなければいけなかったら?・・・・・・・分かるッスか?
 そして誰もが師匠とは・・・・望まなくともガチンコで戦わなくてはいけなくなるッス。
 だから師匠は世界で一番強い。これは内緒ッスけど・・・・自分はロウマ隊長より強いと思ってるッス」

そういい残し、
光は飛んでいった。
ゲートの光はナックルを乗せ、
どことも分からぬ所に飛び去っていった。

「行ったか・・・・」
「ふぅ・・・・次から次へと息が抜けませんね」
「・・・・・・・うん!」

チェスターはいきなり強く言葉を切った。

「くよくよしてる場合じゃないジャンっ!オイラとナックルはライバル!
 本当は戦いたくないけど・・・・・・・戦わなくちゃいけないなら永遠のライバルとしてっ!」

アレックスとドジャーは、
今のお前の心境などどうでもいいよといった表情でチェスターを見ていた。

「・・・・ですが気になりますね」
「あん?」
「ナックルさんの最後の言葉ですよ」
「カッ!望んで無くてもガチンコで戦わなきゃいけないってか?
 ありえねーありえねー。俺は人質をとられたって真正面からやらねぇよ」
「薄情者」
「なんとでも言え」

・・・・・・と口では言っているが、
実際仲間を人質にとられたとき、
一番仲間の事に動揺するのはドジャーだろう。

「さてと・・・・・・・」

ドジャーが何かしら改めて言う。

「なんか話の方向がおかしい・・・・。俺達はな・・・・・逃げるんだろっ!さっさと逃げるぞ!」
「いえ・・・・・・」

アレックスがすぐ返事をする。
そして目を瞑っていた。

「もう間に合いません・・・・」
「は?」
「聞こえませんか?」
「聞こえないかって・・・何が・・・」
「うわっ!ドジャードジャー!耳澄ませてみろよっ!」
「あ〜ん?」

チェスターに言われてドジャーが聞く耳を立てる。

「ん・・・・たしかになんか・・・・」

聞く耳を立てると、
何かしら音が聞こえる。
何かの音・・・・
分からないが・・・・破壊される音?
それがドンドン大きくなってくる。
ドンドン近づいてきている。
何かが破壊しながら近づいてきている。
そして・・・・デカい声・・・・

「しゃぁっぁああオラァァアアア!!!破壊っ破壊っ破壊っ破壊っ破壊いぃいいいいい!!!!」

破壊音と共に、
野獣の声が聞こえてくる。

来た道の方を見る。
いや、聞く。
破壊音がさらに近づいてきている。
もう・・・ハッキリと聞き取れるほどに。

「なんだってんだ!ギルヴァングの声の近づき方!!それに音!
 あいつの向かってくる速さ速過ぎるだろっ!」
「そうだぜっ!99番街の事を分かってるオイラ達だって、
 複雑な99番街の地形の中をこんなに速く進んでこれないジャンっ!」
「いえ・・・・・恐らく・・・・・」

アレックスはため息をついた。

「一番近い道を進んできてるだけです・・・・」
「近?」
「道?」

声が・・・・
もうすぐそこだった。

「撃破ぁぁああ!!!撃破撃破撃破撃破撃破ぁぁああ!!!メチャ撃破ぁあああああああ!!!!!」

そして・・・・・

「ドッッゴルァアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

ギルヴァングが飛び出してきた。
家の壁を破壊し、
破片と共に茶色のツンツン頭の野獣が飛び出してきた。

「見つけたぜぇええええ!!!逃げやがってぇええええ!!漢らしくねぇえええええ!!!」

耳の痛くなる雄叫びがまた上がる。
そしてギルヴァングの後ろ・・・・
なんとまぁ・・・・・・・・・見渡しのいい風景だった。
家が破壊されつくされている。
ずっとまっすぐトンネルが出来上がっている。
遠くにさきほど居た所まで見える。

「なっ!!こいつっ!家とか全部ぶっ壊して真っ直ぐ進んできたってのか!?」
「そういう事みたいです・・・・」
「うわぁ・・・・何十件も壊れてんジャン・・・・・」

99番街に新たに道ができていた。
ギルヴァングの工事によって、
まるでドーナツをかじったかのように街が削り取られていた。
真っ直ぐ。
ただ真っ直ぐ。

「なんで素手だけでこんな事できるんだよ・・・・」

「そりゃおめぇぇえええ!!!漢ってのははよぉおおおお!!!!」

ギルヴァングは太い拳を突き出す。

「漢は拳で語ってなんぼだ!自分の体一つで生き抜いてなんぼだろがぁあああああ!!!
 漢ってのは裸と裸のぶつかり合いだ!!!ガチンコこそ漢の生き様ぁぁああああ!!」

主張はともかく、
ギルヴァングの叫び声は耳に悪い。
いや、頭に悪い。
ガンガン響いてくる。
ドジャー達は顔をしかめた。

「マジうぜぇ生き様だぜ・・・・。っていうか声がうぜぇ・・・・」

そう言いながら、
ドジャーは両手にダガーを取り出した。

「ちょっとドジャーさんっ!」

アレックスの静止を無視し、
ドジャーが少し前に出る。

「ぉお!!来るか盗賊っ!!そりゃいい!!メチャ漢だぜあんたぁあああああああ!!!」

ギルヴァングが喜びの雄たけびを上げる。

「ドジャーさんっ!やる気なんですか!?」
「カッ・・・・・だってよぉ。どっちにしろもう逃げ切れねぇだろが。
 お前だって分かってんだろ?まずは俺達の体だ。ダメージだよ。
 回復したっつってもボロボロに違いねぇ。お前は腹から血さえ止まってねぇ」

ドジャー達の体。
それは44部隊との死闘でボロボロだった。
傷だらけのダメージだらけ。
走れるほどには回復していたとはいえ、
走るのもやっとの体だった。
そして一番大怪我のアレックスは、
ヴァーティゴにやられた腹の傷が重症だ。
まだ血が滲んでいる。
むしろ走った事によって傷が開いたのだろう。

「だからこそ絶騎将軍(ジャガーノート)となんか戦えるわけないじゃないですか!!」
「だがな・・・・アレックス。家(99番街)が壊されるのを黙ってみてもいられねぇだろ?
 ここは俺ん家だ。汚い我が家だ。そんなん勝手に荒らそうとする奴はむかつくんだよ」

ドジャーは両手をクロスさせてダガーを構える。
投げるつもりだ。

「俺ぁひねくれもんでな。自分のモンに手ぇ出されて黙っちゃいられねぇ」
「・・・・・・オイラは最初からそういうカッコイイ事言ってたのに・・・・」

大事な場面をとられたと言わんばかりに、
チェスターは寂しげに呟いた。

「・・・・・・あぁぁあああん!?」

突如。
ギルヴァングが疑問を含む捻くれたデカい声をあげた。
少し怒りが混じった表情。

「テメェ・・・・・・・・・・・・・・なんだそりゃぁああああああああ!!!!」

響く街並。
声で揺れる景色。

「これは漢と漢の勝負だぞっ!!!!拳をぶつけ合うのがガチンコだろがぁあああああああ!!!」

逆立つ。
元より獣のタテガミのように逆立っていたギルヴァングの茶髪。
それがさらに怒りで逆立っているように見える。
動物の怒りのように。
猛獣が怒りで毛を逆立てるように。

「武器なんて・・・・・・・・・」

一瞬。
周りの空気が冷たくなった気がした。
そして・・・・

「武器なんて使ってんじゃねぇえええええええええええええ!!!!!!」

怒り。
叫び。
ギルヴァングの超大声。
獣の全開。
まるで台風のような声。
それがドジャー達を突き抜ける。

「くっ・・・」
「なんだこりゃっ!!!」

周りの景色が揺れる。
家が揺れる。
地面が振動する。

周りの家の全ての窓ガラスが割れた。
窓という窓が粉々になった。

「な、なんつー声だ・・・・」
「耳が痛いです・・・・」

ガンガン頭に響く。
そりゃぁ周りの窓ガラスが全て割れるほどの声だ。

「ちょ・・・ドジャーさん!」
「あん?」
「それ・・・・」

アレックスが指を指す。
その指の先。
それはドジャーの両手・・・・

「・・・・・・・・!?・・なんじゃこりゃ!!!」

ドジャーの両手。
それはダガー。
持っていた二つのダガー。
それが・・・・・・・・・・・粉々になっていた。

「どうなってんだ!!?」

柄の部分しか握っていない。
ダガーの刃は粉々になって地面に落ちていた。
アレックスはハッと気付き、
すぐに自分の背後、
つまり背負っていた槍を確認する。
・・・・・・・大丈夫だ。
背中にあったせいかなんとか壊れてはいない。

「何?!どうなってんジャン!?」
「・・・・・・・・・・・・・恐らく・・・・ウェポンブレイクです・・・・」
「はぁ?なんじゃそりゃ?」
「ダークウェイブとも言いますけど・・・・いわゆる吟遊詩人のスキルです・・・・
 武器能力を消滅させるスキル・・・・破壊まで行うものは初めて見ましたけど・・・」
「ちょ、ちょっと待て!」
「いつそんなスキルやったんだよっ!」
「声・・・・です」

アレックスはギルヴァングを見る。
怒りを胸に秘めた野獣は、
こちらを睨んでいた。
そして猛獣の体の一箇所を見る。

「あの人の楽器は・・・・"喉(のど)"です・・・・・・声で詩人スキルを使うんです・・・・」
「なっ!?ありえねぇだろ!!!」
「歌がスキルになるなら叫び声でも可能です。3感目の器官への攻撃。
 ギルヴァングさんの技は歌ではなく振動ですしね。そしてあの大声・・・・。
 逆に言えば楽器の限界を超える振動さえあの喉(のど)なら可能って事でしょう・・・・」
「クソッ・・・・」

ドジャーは新しくダガーを二本取り出す。

「ふざけんなよっ!パワー・身体能力が最強って話だけかと思ったが、体自体もう超人って事かよ!」
「ナックルさんの言ってた事がつながりました・・・」
「え?何言ってたっけ?」
「つまりこれは武器が通用しないって事ですよ・・・・」

ドジャーは息を呑む。

「僕達は・・・・あの世界最強の身体能力を持つ化け物に・・・・・生身で戦わなきゃいけないんです」

アレックス達はギルヴァングを見る。
あの化け物。
全生物一の身体能力を持つ化け物と・・・・
真正面からぶつからないといけない。
悪い冗談にしか聞こえない。

「そんな事ないジャンっ!!!」

チェスターは拳を構える。

「武器は駄目でも!魔法とか気は使えるって事ジャンっ!!!」

それは一理ある。
アレックスのパージフレアや、
チェスターのイミットゲイザーならば・・・
だが・・・・

「フッ飛ばしてやるジャンっ!!!はぁぁぁ・・・・」

チェスターの右腕に光が集まっていく。
輝く暖かいエネルギー。

「どっかぁあああああああああああん!!!!」

そして放たれたイミットゲイザー。
飛んでいく気の塊。
それがギルヴァングへ・・・・・

「渇ぁああああああああああああっつ!!!!!!」

突然の咆哮。
声の衝撃。
ギルヴァングの喉から放たれた、
声という衝撃。

「なっ?!」

消えた。
かき消された。
イミットゲイザーが空中で吹き飛んだ。
水が弾け飛ぶように。

「こ・・・・声だけでオイラのイミゲが・・・・・」

チェスターは呆然としていた。
イミットゲイザー。
チェスターの誇りとも言える攻撃方法。
それが大声。
咆哮だけでかき消されたのだ。

「てめぇら・・・・・・・・・」

ギルヴァングが大きく息を吸い込み始めた。
胸が膨らむ。
超絶なる肺活量。
目に見えて何かが溜まっていく。
また悪寒を感じた。
周りの空気が冷たくなる悪寒。
アレックスは・・・・何かヤバいと感じた。

「ドジャーさんっ!チェスターさんっ!!耳を閉じてっ!!」
「あん?」
「へ?」

ドジャーは咄嗟に耳を塞ぐ。

「てめぇら調子こいてんじゃねぇぞゴラァアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

響き渡る声。
振動。
震動。
99番街全てに届くんじゃないかという最強の声。
それが発せられた。

「がっ!」
「ぐぅ・・・・」

アレックスとドジャー。
耳を塞いでいるにも関わらず、
頭に響く。
クラクラと視界が揺らぐ。
ガンガンと直接頭に痛みが貫く。

「くそっ・・・・」

声がやんだと同時に、
ドジャーが気を取り戻すかのように頭を振る。

「痛ぇ!なんだこの声は!!」
「バードノイズです」
「くそっ!声まで武器ってか!!」
「あっ・・・・」

アレックスはチェスターを見る。
チェスターは呆然と立っていた。
ただ真っ直ぐ。
何も考えていないかのように。
目さえ動かない。

「・・・・・・・・・」

次の瞬間、
チェスターの穴という穴から血液が噴出した。
口から、耳から。
そして目からも血が流れ落ちる。

「チェスターさんっ!!」

そしてチェスターは倒れ去った。

「クソッ!!チェスターのアホッ!耳塞がなかったのかっ!」
「これはヤバいです!すぐにでも病院に・・・・」

息はある。
が、
全身の穴という穴から血が流れ落ちている。
目に見えてヤバい。

「おまえらぁああああああああああああ!!!!!」

ギルヴァング。
猛獣の怒鳴り声が聞こえる。

「俺様がやりてぇのはこんなじゃねぇぇえだろがぁああああああああ!!!!
 ガチンコだ!!漢ならガチンコでかかってこいやぁあああああああ!!!!」

猛獣の声。
いや、
あんなもの相手にはもうできない。
それ以上にチェスターをすぐにでも病院につれていかないとヤバい。
声による内部からのダメージ。
アレックスの回復は外部からのものだ。
病院で治療をしなければ命に関わる。

「逃げるしか・・・・・」

アレックスがゲートを取り出す。

「だぁクソッ!!99番街を見捨ててけってのかっ!」

だがドジャーにも分かっていた。
チェスターを見捨てるわけにはいかない。
そうするしか・・・・・ない。
だからこそそれが異常に歯がゆいのだろう。

「俺ぁまたやられるだけやられて逃げるしかねぇのか・・・」

悔しそうな表情のドジャー。
それを見ているのは辛かったが・・・・
ただチェスターの命。
それを盾に・・・・
それを言い訳に・・・・
自分達は逃げるしかなかった。


「えぇわい。おまいさんはなんでもすぐ自分で背負い込むんじゃから」

後ろから声がした。
かすれた・・・・
老いた声。

「この街はワシらの街じゃて。自分らのケツくらい自分で拭くわい」

振り向くと・・・
そこには3人の老人が立っていた。

「レン爺さん・・・」
「ラン婆っ!ロン老っ!!」

「ほほ」

3人の老人は笑顔で応えた。
デイル=レン。
モンブ=ラン。
ナタク=ロン。
99番街の3老と呼ばれる人物。

「まだまだワシらがおらんとダメみたいじゃのぉ」
「なぁに。若いもんに任せとけんだけじゃて」
「全くじゃ。最近の若もんはたるんどるっ!!」

あまりに頼りないその老いた風貌。
あまりに頼りがいのある生き生きした存在感。

「最近の若者はノリだけを求めて音楽に心をもっておらんよのぉ。
 音に創造を、歌詞に想像を、そして音楽に愛をじゃ。
 ほほ、もっともワシが一番愛を与えているのは孫にじゃがの」

そう言ったのはデイル=レン。
レン爺と呼ばれる人物。
天才インビジ小僧のフィリーの祖父。
『楽音屋(ミュージックプレイヤー)』
完成されし人生の楽。
そう呼ばれる音楽の教祖的存在。
腰にぶら下げた小さなドラム。
彼はあれを含む様々な楽器で音楽を作り出してきた。

「なぁに。作り出す事は自由じゃて。しかし最近は方向性が可笑しいよのぉ。
 魔法もしかりじゃ。格好と効率ばかりが目に付いて、魔法とはなんぞやにたどり着いておらん。
 なぁに。魔法とは夢じゃ。夢を具現化したのが魔法じゃ。そうやって魔法は生み出さねばならん」

そう言ったのはモンブ=ラン。
ラン婆と呼ばれる人物。
スタッフを片手に、杖のようについている。
杖は杖だが、それは武器ではなく体を支えるものになっているようだ。
『道魔師(グランドグラビティ)』
越えし経験の重み。
彼女が完成させたスキルブックは100にも及び、
そのうち数冊は公式に採用されている。
現在普及している魔術師のスキルブックの20%は彼女の功績だ。

「たるんどるんじゃ!!たるんどる!!汗をかかんといかん!
 まずは毎日腹筋と腕立てとスクワット!そしてルケシオンまでランニング!
 そうしてやっと健全な体っちゅーもんは出来上がるじゃ!」

そう言ったのはナタク=ロン。
ロン老と呼ばれる人物。
年の割りに有り余るほど元気なこの老人は、
チェスターの師匠であり、育ての親でもある。
『術武家(モンクバスター)』
極めし年月の功。
彼が完成させし気孔術。
ナタク流気孔術。
イミットゲイザーを主軸とした、修道士の新しい戦い方の先行者。

「たるんどるっつーんじゃっ!!!」

そのナタク=ロンが、
突然チェスターをぶん殴る。

「ちょっ!」
「ロン老!!」

大ダメージで気を失っているチェスターを、
まるで物を殴るように殴りつける。
なんと酷い扱い。

「・・・・・ぅ・・・ん〜・・・・」

そしてそれで起きるチェスターもチェスターだ。

「あ・・・・あれ・・・・・・師匠・・・・・」

うっすら目を開けながら、
倒れるチェスターはロン老を確認した。

「ふん。ワシ様はそんなやわに育てた覚えはないぞい」

ロン老はそう言い、
老人とは思えない強靭な拳をコキコキと鳴らした。

「なぁに。ロン老。チェスター坊だってしゃぁないぞい。
 わたしらだってアレには苦労するじゃろうて」
「そうじゃの。ありゃぁ年寄りには堪える相手じゃな」

3老の視界の先。
ギルヴァング。

「ナハハハハハハハ!!!3老!?あの3老か!!!
 出会えるとは思ってなかったぜぇえええええ!!!
 おっ死んじまったとばかり思ってたからなぁあああああ!!!」

ギルヴァングは喜びの雄たけびをあげた。

「嬉しいぜゴルァアアアアア!!!こいつぁメチャ熱いなああオイィ!!!!
 これで燃えなきゃ漢じゃねぇよなぁああああああああ!!!」

「やれやれ・・・・あれで同じ詩人じゃと?耳に堪えるわい・・・・」
「なぁに。さっさと片付けるとしましょうか。なにせ料理が途中でのぉ」
「じゃな。ワシはこの後フィリーと散歩があるんじゃ」
「ワシ様は修行じゃ!」

そして3老は並び、
ギルヴァングに対峙する。

「・・・・・し・・・・しょう・・・・」
「ん?」

ロン老は弱弱しいチェスターの声を聞き、
チェスターに近づく。
そして・・・・

「いでっ!!!」

また殴る。

「声が小さいぞチェスター!!」
「し、ししょう・・・・」
「ワシ様はお前をそんな風に育てたか!?どうなんじゃ!?」

チェスターの目に命が吹き返す。
笑顔が戻る。

「シショー!!」
「まだ小さい!!」
「シッッショーーー!!!」
「まだぁ!!!」
「シッショォオオオオオオオ!!!!」
「おっしゃぁあ!!」

ロン老は最後にもう一度バチンとチェスターを叩き、
チェスターに背後を見せた。

「お前さんはゆっくり体を治せ。修道士は体が資本じゃからな。
 あとはワシ様に任せておけ。なんつってもワシ様は・・・・強いからの!」

そう言い、
元気な老人はチェスターに親指を立てて見せた。

「なぁにが強いからの!・・・じゃ」
「なぁに。ワシらとて黙ってみておれんからここに来たわけじゃ。
 老人の強さってもんは見せておきたいがのぉ」
「じゃな。若いもんには・・・・・」

ロン老がグッと力を腕に込める。

「任せておけんて」

なんと頼りがいのある老人達だろうか。
アレックスは素直にそう思った。

「さっさと行かんかいドジャー!」
「お前さんはこの街を背負えるほどいっちょ前になっておらんわ!」

「カッ、言ってくれんじゃねぇか老いぼれども」

そう言い、
ドジャーはゲートを広げる。

「じゃぁ俺達はお言葉に甘えさせてもらうぜ!
 勝手にポックリ逝くなよジジィども!慌てなくてももうすぐどうせ寿命なんだからよ!!!」

その言葉を残し、
ドジャー達は飛んだ。
ゲートの光と共に。

「やれやれ。老いぼれに対してえらく暴言を吐く奴じゃ」
「生意気なもんじゃわい」
「なぁに。生意気なぐらいがちょうどいいんじゃよ。若い者はのぉ」

3老の目線。
それが一人の男に集中する。

「こいやぁぁああ!!!実力見せてみろやぁああああああああ!!!!」

ギルヴァングは強き者達と対峙できる事に、
嬉しさを感じているようだった。

「野蛮な輩じゃのぉ」
「なぁに。少し静かにしておってもらうか」
「やるぞっ!!レン爺!ラン婆!!」
「わぁっとる!」
「援護任せたからのぉ!!!」

ロン老が飛び出す。
年とは思えない勢いで。

「全く、焦りすぎじゃぞい」

レン爺が構える。
両手にバチ(スティック)。
ドラムを叩くスティック。
それを両手の先でクルクル回す。

「なぁに。ワシらはワシらのペースでいくとするかの」

ラン婆は、スタッフをまだ杖代わりに使っているままだった。
だが、
ラン婆の目が突如真剣になると、
ラン婆の周りに竜巻が発生した。

「こりゃすごそうだぁぜぇえ!!!!これを乗り越えてこそ漢ってもんだろぉおおおおお!!!」

喜びに叫ぶギルヴァング。
だが、
ふと何かに気付いた。
レン爺とラン婆に気を取られた一瞬だった。

「あのガチンコジジィはどこいった!!!!!」

「ここじゃて」

「!?」

どれだけ加速したのか。
ロン老はすでにギルヴァングの背後に回りこんでいた。

「でりゃっ!!」

「ぐっ!!」

ロン老はギルヴァングの体を掴む。

「・・・・ナハハハハハハ!!素早いなジジィ!!!こりゃメチャ燃えるぜぇぇえええ!!
 てめぇとは是非ともガチンコでやりたかったとこだがなぁあああああああああ!!!」

「ホホ、ワシ様ももう少し若けりゃじっくり戦闘を楽しむ時間もあったがの。
 いや、今でも疼くぞい。体がのぉ。年はとっても心は衰えず・・・かの?
 だが残念。もう終わりじゃ。さっさと片付けさせてもらうぞい」

突如。
ギルヴァングの体を掴んだロン老の全身に気が満ち溢れた。
いや、気が吹き出したと言ってもいい。
全身がエネルギーに包まれた。
老体に見合わない強大なエネルギー。
チェスターを遥かに越えた気の絶対量。

「これはまだチェスターも習得できてないんじゃがな・・・・・」

ギルヴァングを掴むロン老の両腕。
全身に吹き出す全開の気。

「何する気だ!!」

「単純に最強の技じゃよ!ナタク流気孔術!原点にして最強のなっ!!
 一発で終わらせてやるぞい!!!ワシ様の全開を食らえ!!!!
 ナタク流気孔術!!壱式っっっっ!!!」

光があふれ出す。
全力の光が。
全てのエネルギーが。

「リミット・オブ・イミットォオオオオオオオオオ!!!!!!!」
































-ミルレス-





「なんとか・・・・間に合ったと思います」

ミルレス白十字病院から出てきたアレックスとドジャー。
チェスターはどうにかなりそうだった。

「でもまぁ・・・・ここも酷い景色になったもんだな・・・・・」

ミルレス白十字病院から出た周りの景色。
そこはミルレスの景色。

「絶景ですね」

そう。
見晴らしのいい事。
周りはほとんど廃墟。
いや、焼け野原になっていた。
建物はほぼ崩壊。
レンガと自然が焼け焦げた街。
その中心に今も立ち誇っているのがミルレス白十字病院。

「一年前の戦争のせいこんな事になってしまいましたけどね。
 なんとか復旧しようと頑張ってる人々もいるみたいで心強いです」
「カッ、まず病院を復旧してくれたのはありがてぇけどな」

GUN'Sとの戦いの時、
ミルレスは滅びた。
いや、
全壊とまではいかない。
半壊といった程度だろうか。
だが戦争の中心となったこのミルレス中央部は、
もう見る影もなかった。

「っていうか新しい病院大きいですね。初めてみましたけど」
「カッ、レイズの名残を見なくていいのが不幸中の幸いだ」

ドジャーはまだ引きずっているのだろうか。
それとも忘れるのをよしとしないのだろうか。
あまりそこらへんは触らないようにしておいた。
無くなったものに解決方法などなのだから。

「・・・・・・・・・・・レン爺さん達どうなったでしょうね」
「あぁ?さぁな。無事じゃぁねぇと思うけどな」
「そうですね。絶騎将軍(ジャガーノート)相手に老人が挑んだところで・・・」
「逆だよ」
「え?」
「無事じゃねぇのはギルヴァングの方だ。なんたってあいつらは3老だ。
 あいつら今はあんなんだが、絶世期はカプリコ3騎士に匹敵すると言われてたんだぜ?」
「そんなに凄い人達だったんですか」
「あぁ、バランスもいいしな」
「修道士、魔術師、吟遊詩人。たしかに最適じゃないところでバランスがとれてますね」
「ありゃぁ可愛いもんじゃねぇぜ?ロン老の極まった武術とラン婆の極まった魔術。
 その両方が近距離・遠距離両方から向かってくんだからな。そしてそこでレン爺の補助だ。
 ぶっちゃけずっけぇぜ?長期戦はともかく短期戦闘に関しちゃ隙がないにも程がある」

そう思うととても心強い。
だが相手はあのギルヴァングだ。
絶騎将軍(ジャガーノート)だ。
3対1だとしても・・・・

「心配するな。3老の一番の武器は"経験"だ」
「なるほど」
「まぁ・・・・倒すことは出来ないかもしれねぇ。でも追い返しはするさ」
「まさか勝っちゃったりして」
「カカカッ!ありえなくもねぇからあのジジィどもは怖ぇんだよ!」
































-99番街-








「当然の結果じゃて」

ロン老は立っていた。
不適に笑う。

「強い者が勝つ。それが世の理じゃ」

ロン老はグッと拳を突き出す。
力強い拳。
長い年月、多くを打ち倒してきた拳。
最強の拳。
勝利の拳。

「まだまだだった・・・・・・それだけじゃて」

そして・・・・・・・・
ロン老は不敵に笑ったまま・・・・・
その場に倒れ去った。
血まみれの老人は地に伏せった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・・・・・」

同じく血だらけのギルヴァングは、
それを見送ると・・・・・

「しゃぁぁあああああゴルァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

天に向かって勝利の雄たけびを上げた。
立っていたのは・・・・ギルヴァングだった。
ギルヴァング・・・・だけだった。
灰色の街。
スラム街。
99番街。
その風景の中に、
3人の老人の亡骸が横たわっていた。
レン爺、
ラン婆、
ロン老の亡骸だった。

ギルヴァングと3老。
彼らの間にどんな壮絶な戦いがあったのだろうか。
彼らの周りは、
家ごと吹き飛んでいた。
彼らの戦場となったところは廃墟となっていた。

そして・・・・
最後に立っていたのはギルヴァングただ一人だった。

「メチャ強ぇ奴らだった・・・・ロウマとやった時でもここまで苦労しなかったぜ・・・・・」

ギルヴァングの目に映る3人の老人の姿。
それは敬意を表すものであった。

「あんたら・・・・・」

ギルヴァングは拳を突き出す。

「メチャ漢だったぜ」








その後、
一人の漢によって99番街は半壊した。
無残に家が転がり、
砕ける。
ゴミ箱の街。
その街がさらにゴミの絵図と化していた。

・・・・だが、
その時の死傷者は確認されなかった。
ギルヴァングなりに、
3老に対しての敬意らしい。
街を守るために命を丸ごと・・・・
彼風に言わせて見れば命をガチンコでぶつけてきた。
それに対する敬意。
彼の考える"漢"というものに近かったから。



不幸中の幸い。
最悪の中の一歩手前。
それが結果として提示され、



99番街での騒動は終焉を迎えた。




















                 






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