「ということだ。頼めるか?ユベン」
「・・・・・・・・・分かりました隊長」

ルアス城。
王宮のある一室。
ユベンの仕事部屋だ。
そこに訪れていたのはロウマ。
ロウマ=ハート。
第44番・竜騎士部隊隊長。

「すまんな。お前は断らないという事も知っていて頼んでいる」
「いえ、それが俺の喜びですから。何よりですよ」
「ふん」

無表情のままだが、
ロウマは小さく笑ったような気がした。
そしてユベンの仕事部屋のドアノブに手をかける。

「ユベン。お前はラツィオに似てきたな」
「兄にですか?」
「あぁ。兄と言っても、もう生前のラツィオよりお前の方が年上だがな。
 あいつも仕事好きだった。騎士団には1ヶ月もいられなかったが、勤勉な奴だった」
「俺は仕事がしたいわけじゃないですよ」
「だが目的のために仕事をする。過程をこなす。そこが似ている」

そう言い残し、
ロウマは部屋から出ていった。
静かになるユベンの仕事部屋。

「・・・・・・隊長にそう言われちゃぁ断るわけないじゃないか」

ユベンはため息をつきながら、
机に肘を置き、
顔を両手で覆った。

「また仕事が増えたか・・・・何よりじゃないな・・・・」

机の上に山済みになる書類。
一昼夜で出来る量の書類ではない。
そしてそれは毎日のように増えていく。
休むことも許されない副部隊長の責務。

「中間管理職はつらいな」

そう言いながら、
ユベンは書類の一つを手に取る。
たった今、
我らがロウマが持ってきた書類だ。

"帝国アルガルド騎士団 第44番・竜騎士部隊 契約書"

「別に王国騎士団と違って部隊のナンバーなんてないのにな・・・・」

帝国アルガルド騎士団に、
44部隊という名前の部隊を作るための書類。

時。
そう、
この日は一年前の出来事だ。
日付で言えば・・・・ミルレスで戦争があった3日後。
《GUN'S Revolver》壊滅から3日後。
帝国アルガルド騎士団が誕生して3日後だ。

「まぁ・・・・"44部隊"という名でまた活動できる。何よりな事か」

《帝国アルガルド騎士団》
その中に、
王国騎士団からの生き残りは極わずかだ。

帝王ともいえる男、アインハルト=ディアモンド=ハークス。
ロウマ=ハート。
ピルゲン=ブラフォード。
53部隊(ジョーカーズ)とかいう謎の人間が二人。
ドラグノフ=カラシニコフ。
アレックス=オーランド。

そして自分達44部隊。

「そりゃ俺に仕事が回ってくるだろうな」

王国騎士団の生き残りは自動的に権力は高くなる。
帝国アルガルド騎士団内での重要権力者という事だ。
そしてこの中で事務的な仕事ができる人間ともなると・・・・
ピルゲンとユベンくらいのものだ。
アレックスはアレックスで大変なようだとも聞いているが・・・・・

「44部隊・・・・・・・か」

ユベンはもう一度書類を見る。
"帝国アルガルド騎士団 第44番・竜騎士部隊 契約書"
その書類には、
ズラリと名前が並んでいる。

隊長・ロウマ=ハート。
副隊長・ユベン=グローヴァー。
   ・
   ・
   ・
以下19名。

「19・・・・か減ったもんだな」

44部隊は3日前まで二つに分かれていた。

片方は、
ロウマと共にミッドガルド。
つまりマイソシアで仕事をしていたメンバーだ。
終焉戦争に参加し、
ロウマと共に幾多のギルドを討伐してきたメンバー。
そしてGUN'Sとの戦争に参加したメンバーだ。

もう片方は、
アインハルトに引き抜かれ、
無理矢理アスガルドの進攻をさせられていたメンバー。

それが再び集結した。

「仲間は失いたくないもんだ」

終焉戦争で7名。
アスガルドで9名。
系16名の死亡が正式に報告された。
多くのメンバーが死んだ。
そして現状残っているのが19名。

「だが・・・・仲間なんだよな俺達は」

そう言い、
ユベンは椅子から立ち上がった。
その書類を持って。

「その仲間の証集めか。悪くない。何よりだ」

ロウマに任された仕事。
それはこの書類に44部隊のサインを記入すること。
簡単な仕事のようだが、
メンバーがメンバーなだけに色々と面倒な仕事だ。

「仲間を固める仕事なら大歓迎だ。仲間を失う仕事より何十倍もいい」

・・・・・・と、
カッコ良く思ったのはその時だけだった。













S・O・A・D 〜System Of A Down〜

<<ドタバタ44部隊大喧嘩>>










-王宮 廊下 一階-


廊下を歩くユベン。
片手には書類。
この書類に"全てのメンバーのサイン"を貰えれば、
それで帝国アルガルド騎士団・第44番・竜騎士部隊の完成なのだ。

「・・・・・はぁ・・・個室か。王国騎士団の時とはえらい違いだ。まぁ何よりだがな」

ルアス城の一角。
その廊下。
そこは借部屋が並ぶ廊下。
つまるところ、
ここら一体は住居。
44部隊のメンバーには一人一室住居を与えられている。
それも1LDK、バストイレ完備。
全室に直通のWIS内線が儲けられている。
城の中に構えるには好条件過ぎる個室。

「うちのやつらにはもったいないけどな」

そう言いながらも、
まず一番近い部屋からだ。
部屋のネームプレート。
"ダ=フイ"

コンッコンッ
ユベンは部屋をノックする。

「誰アルか?」
「俺だ。ユベンだ」
「アィヤー。開いてるヨ。入ってくるヨロシ」

言われて扉を開ける。

「・・・・・・お前の部屋はいつも何かしら違和感を感じるな」
「そうアルか?まぁマサイの風土が適してないだけネ」

中に入ると、
ダ=フイはシャベリンを持って立っていた。
そして部屋の様子。
何かしら民族用品なのか分からないが、
見慣れない物質やら見慣れない素材やら・・・・
文化が違う事が見て取れる。

「今日は何アルか?」

そう言いながら、
部屋の中でダ=フイは槍を回し、
演舞のようなトレーニングを始めた。

「あぁ、書類にサインを入れて欲しくてな」
「書類アルか?」
「あぁ。帝国でも44部隊であるべき書類だ」
「アィヤー・・・・・・面倒アルね・・・」

そう言い、
ダ=フイは地面に槍を突き刺し、
書類にサインを入れた。

「ご苦労。だが屋内なんだから床に槍を刺さないようにな」
「分かってるネ。だけどこれぐらいなら大丈夫ヨ」
「ふん、まぁいいけどほどほどにしとけよ」
「分かってる・・・・ネ!!!」

言いつつ、
突然ダ=フイは壁に槍を突き刺した。
シャベリンの先端が壁に突き刺さる。

「お、おい何してるんだ!」
「稽古アルね。憎きサラセンへの怨念アル」

よく見ると、
壁にはサラセンの修道マークがかけてあった。
しかもボロボロだ。
壁ごと・・・・
毎日あのサラセンのマークに向かって恨みをぶつけているのだろう。

「おいおい何よりじゃないな・・・・やりすぎて壁を壊すなよ?部屋だって余ってるわけじゃ・・・」

「てめぇええええ!このクソ!!!!ダ=フイのクソ野郎!!!」

突然部屋の入り口のドアが蹴り破られた。
ドアが吹っ飛ぶ。

「何回言ったら気が済むんだテメェ!!ぶっ潰すぞテメェ!!!」

怒り奮闘で部屋に入ってきたのは・・・・
両手をポケットに入れた男。
グレイだった。

「毎日毎日ゴンゴンゴンゴンッ!!!ザスザスザスザスッ!!!!
 俺の部屋に響いてきてんだよっ!!さっきの槍なんてとうとう壁貫通したわ!!」
「迷惑だったアルか?」
「当たり前だ!!!ざけんなよ!」
「そりゃ良かったネ。そうなるようにしてたカラネ」
「てっ・・・・め!!!」

グレイがにじみ寄る。
ダ=フイに向かって。
そしてガンつけながら顔を寄せる。

「とうとう俺の堪忍便所の栓が抜けた・・・・踏み潰してやっから表出ろや!!」
「望むところネ。死にたいならさっさとそう言えばヨロシ」
「死ぬのは・・・てめぇだクソ野郎!!!」

「お、落ち着けお前ら!」

「あ?なんだよユベンよぉ!」

「グレイ・・・・とりあえず書類に名前だけ入れろ」

そう言い、
グレイに書類を見せる。

「あん?部隊契約?クソめんどくせぇなぁおい!!」

「名前入れるだけだ。その後ケンカでもなんでもしてくれ」

「おうよ。だがサインは入れれねぇなぁ!!!」

「??・・・・・・・脱退希望か?」

「いーーーや」

グレイはフッと笑った後、
ツバを吐き捨てる。

「俺はポケットから手は出さねぇ!ポリシーだからな!
 飯の時と便所の時以外にゃ出さねぇ!だからサインは入れれねぇ」

「・・・・・・・・・」

「ちょいグレイ。あんた殺すヨ」
「あん?」
「今ワタシの部屋にツバ吐いたネ」
「だからなんだ。このなんたら民族の部屋にゃぁお似合いじゃねぇか!
 便所みてぇなセンスだしな!なにこれ?民族の置物?気持ち悪ぃなぁオイ!!!」
「・・・・・・・・マサイ馬鹿にしたネ。表出るヨロシ」
「上等っつってんだろ!!!おいユベン!ペン貸せ!!」

「ん?あぁ・・・そこのテーブルに置いてある」

ユベンが指を指すと、
グレイはそのテーブルに近づき、
そしておもむろに・・・・ペンを咥えた。
口で。

「ぐぅれぇぃ・・・・・・・っと!ペッ!!」

口でサインを書き、そしてすぐにペンを吐き捨てた。

「外行くぞクソダ=フイ!!!」

そう言い、
グレイは窓を蹴り破って外に出た。
ここは一階ゆえに、
外はすぐ芝生だ。
芝生にガラスが飛び散る。

「人の部屋の窓割ったネ。死ぬヨロシ」

ダ=フイはシャベリンを回し、
割れた窓から飛び出していった。

ダ=フイの部屋にユベンだけが残った。

「・・・・・・・・部屋の修理費の書類も作らないとな。給料から天引きにしてやる」

ユベンはボソりと言った後、
ため息をついた。
そしてグレイの唾液のついたペンを見ると、
さらにため息が出る。
ペンをティッシュで拭く。
なんでこんな事をしているのだろうかと自分に問いたくなる。


--


部屋を出る。

「隣の部屋のグレイのサインは入れたし、次はその隣だな」

ダ=フイ、グレイの部屋を通過し、
また次の部屋。
ネームプレートには
"ヴァーティゴ=U218"
と書かれている。

「もうこいつら相手にノックなんていらないか」

そう思い、
ユベンはそのままドアを開けた。

暗い部屋だった。
・・・・・部屋に誰かがいる気配が無かった。

「ヴァーティゴは不在か?」

「んあ?呼んだか!!!」

突然スキンヘッドが顔を出した。
どこから?
・・・・・・・地面からだった。

「おま!!どこから顔出してんだ!!」
「あ?そりゃぁおめぇ!!地面からだ!!!」
「っていうかなんで地面に穴が空いてんだよ!!!」

ユベンは混乱した。
ヴァーティゴの部屋。
暗い部屋。
だがよく見ると、
そこには馬鹿デカい大穴が空いていたのだ。

「おう!部屋作ってんだ!掘って刻んですり潰してな♪」
「勝手に部屋の地面に穴を空けるな・・・・」
「あー?いいじゃねぇか。快適にしてんだよ。もうすぐ食堂にも繋がるんだぜ?
 ギュイィィイイイインってな♪これでルアス城の4つの施設に直通するぜ!!」
「!?そんなに城の地面堀まくってるのかお前!」
「おう!アリの巣みてぇにな!ギュィイインってな!」
「・・・・・・・・・・何よりじゃない」

もう怒るのも面倒だ。
工事費だけ請求して仕事をしよう。
また書類が増えたか・・・・。

「これにサインをくれ」
「なんだこれ?契約書か」
「そうだ」
「ダメだな!ドリルは俺の体だ!便所と飯の時以外はドリルは外さねぇ!!」
「グレイと同じ事を言うな・・・・」
「よし!!ドリルで書くぜ!ある有名なミュージシャンはドリルでギターを弾いたっていうしな!」
「・・・・っ!・・・普通に書け!!」
「しゃぁねぇなぁ」

なんとかサインをもらい、
ユベンはヴァーティゴの部屋を後にした。


--



「いちいち面倒な仕事だ・・・サインもらうだけなのに仕事が増えていくってのはなんでなんだ」

ダ=フイとヴァーティゴの部屋の修理請求の書類。
そんな仕事が増えた。
イヤになってくる。

「次は・・・・・・」

隣の部屋のネームプレートを見る。
"ミヤヴィ=ザ=クリムボン"

「さっきまでよりは楽できそうだな」

そう思い、
ユベンは扉をノックした。

コンッコンッコンッ

「ド♪ド♪ド♪」

「・・・・・・・?」

変な返事が返ってくるが、
ユベンはミヤヴィがいる事を確認し、
ドアをガチャッと開けた。

「ラシッ♪」

ミヤヴィがユベンに言う。
意味が分からない。

「何を言ってるんだお前は・・・・」

「何って?決まってるよ♪ノックの音とドアを開ける音を表現したのさ♪」

「・・・・・・・いや、お前の絶対音感なんてどうでもいい。普通に返事をしてくれ」

「やだなぁユベン♪この世は音に囲まれて出来てるんだよ?楽しまなきゃ♪」

ミヤヴィはそう言いながら、
ポロン♪とハープを奏でた。
ミヤヴィの部屋。
そこは楽器に囲まれていた。
ドラム、
ギター、
ハープ。
様々な楽器が並んでいる。

「部屋も完全防音なわけじゃないんだから、演奏は控えろよ?」

「何を言ってるんだい?僕の奏でる音楽が耳障りなはずがないだろ?
 コンサート料貰ってもいいくらいさ♪まぁ隣からドリルの音が響いてきてうるさいしね。
 それに音は楽しむものさ♪無限に音符を並べ、彼方までソナタを奏でるのさ♪」

「好きにしてくれ・・・・」

ユベンはため息をつきながら書類を出す。

「サインをくれ」

「んー♪はいはい♪」

ミヤヴィは書類を見るなり、
ペンを取り出して名前を書き始める。
リズムに乗せて軽快に。
さっさと書け。

「あ!あとユベンに頼みたい事があるんだ」

「なんだ?」

「新しい楽器が欲しくてさ。また武器申請させてくれよ♪
 楽器は武器として取り扱われるから経費で落ちるんだろ♪
 あぁー、ドラムがいいね!タムタムドラムよろしく♪
 打ち込みに使うのさ。リズムを刻む事も立派な音楽だからね!」

「・・・・・分かった分かった」

また書類が増えた。
武器申請とやらの書類。
楽器が欲しいだけのくせに・・・・
娯楽にしか使わないくせに・・・・
また書類・・・・


「おや?」

ドアが突然開いた。

「ニーニョ(ユベン)がいるじゃぁないか。これは珍しい。チャオ♪」

突然開いたドアの先。
そこにはヒゲの生えた中年の男が立っていた。
片手にワイングラスを持っている。

「やぁ、ギルバート♪ぼくの音楽を聴きにきたのかい?それともディエットでも?」
「ノンノン。俺はカードでもどうかと思ってね♪」

ギルバートと呼ばれた男は、
もう片方の手の中でトランプを広げた。
彼の名前はギルバート。
ギルバート=ポーラー。
天界に進攻していた44部隊の一人。

「カードはいいよ。とてもいい。運命に身を任せるゲームだ。どうだい?ニーニョ(ユベン)も一緒に」

「いや、俺は仕事なんでね」

そう言ってユベンはギルバートに書類を突きつける。

「オヤオヤ、ベストじゃないなぁ。こんな時まで仕事かニーニョ。
 人生は余裕を持ってこそベストなんだぜ?とりあえずワインでもどうだい」

相変わらずマイペースな男だ。

「いいからサインをくれ、ギルバート」

「せっかちだねぇ。ニーニョには余裕が必要だと思うよ」

そう言いながら、
ギルバートはトランプを広げた。
片手に4枚のカード。

「ゲームをしよう。この4枚の中からカードをひきなよニーニョ。
 この中に一枚だけジョーカーがある。それを引き当てたらサインをかくさ」

人が仕事をしているというのに・・・
いちいち面倒を作る奴らだ・・・・。
特にこのギルバート。
かなりのギャンブル好きである。
ギャンブラーといっても過言ではない。
そして何よりじゃない・・・・

「♪〜♪♪♪じゃぁ引かなくていいんじゃないかい?ユベン」

ミヤヴィは後ろで見ながら、ハープをポロンと弾いて言った。

「ひかなきゃこのオジサンは44部隊の契約書にサインしないんだろ?
 それも面白いんじゃないかな?タンゴにはダンスを。意地悪には意地悪をってね♪」

「それは名案だミヤヴィ。その案で採用だ。じゃぁなギルバート。
 天界から帰ってきてまだ数日だが、短い再会だったな。何よりだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよニーニョ!!」

焦るギルバート。
余裕がどうこう言ってた姿は見当たらない。
ワイングラスが揺れる。

「こんなアディオスは寂しすぎるだろ?」

「分かった分かった冗談だ」

そう言い、
ユベンはギルバートの左手からカードを引き抜いた。
・・・・・4枚全部。

「1枚しかひいちゃいけないなんてルールなかったろ?
 ほれ、ジョーカーだ。俺の勝ちだな。何よりだ」

「・・・・・小賢しくなったなニーニョ。ギャンブラーの俺を一杯食わせるとは」

「アレックス部隊長に習ったんだよ」

ギルバートはしぶしぶペンでサインをする。





--




次の部屋。
ネームプレートを確認する。
"メリー・メリー=キャリー"

「レディーの部屋に上がれるチャンスだなニーニョ」

ギルバートが隣で言う。

「ギルバート・・・なんでお前ついてきてるんだ」

「俺もミス.メリーに用があってね」

そう言い、
ギルバートはメリーの部屋をノックする。
ノック音。
だが返事はない。
当然だ。
メリーは口が利けないのだから。

「入るぞメリー」

ユベンは扉を開けた。
鍵が開いているのだから入っていいのだろう。
というよりうちの部下達の事だ。
いちいち許可をとっていたら面倒この上ない。

「・・・・・」

部屋の中。
そこでメリーが座っていた。
絨毯の部屋。
そして部屋中・・・・・ぬいぐるみで埋め尽くされている。
その部屋の中心。
メリーは大きなぬいぐるみを抱きかかえ、
こちらに小さく笑いかけた。

「あぁメリー。突然で悪いがこれにサインを・・・」

「・・・・!!」

メリーは声にならない声をあげる。
言葉はしゃべれないが、
こちらに向かって何かを訴えている。

「・・・・・ん?」

ユベンは足元を見る。
すると・・・・足元には"台所"と書いてあった。
他にも"寝室"や"トイレ"なども書いてある。
地面に家一件分のラクガキがある。
地図だ。
まるで砂場のママゴト。

「ニーニョ。入り口からあがれってミス.メリーは言ってるんだ」
「・・・・部屋の中にまた玄関か・・・・」

ユベンはしぶしぶ床に書かれた架空の玄関からメリーの部屋に入る。
すると、
メリーは嬉しそうに微笑みかけた。
ぬいぐるみを抱きしめる。

「メリー。これにサインを入れてくれ」

メリーは快く笑顔を返す。
ゴシックな格好をしているが、
その笑顔は天使のようだ。
そしてメリーはサインを入れる。
丸文字の女らしい字である。

「そしてミス.メリー。俺と今晩ディナーでもどうだい?」

突然ナンパを始めるギルバート。
何を考えているんだこいつは。

「・・・・・・」

メリーはそんなギルバートにも優しく微笑み返す。
そして首を横に振った。
なんとも天使のような断り方だ。
逆に心が痛む。

「いいじゃないかミス.メリー。こんなダンディな俺とディナーができるんだぜ?」

ギルバートはメリーに滲み寄る。
その際・・・・

「・・・・・・!!」

メリーのぬいぐるみの一つを踏みつけた。
ギルバートは気付いていないようだが、
メリーの表情が豹変する。
怒り・・・・・ではない。
悲しみの表情。
そして・・・・

「なぁ、どうだいミス.メ・・・・」

そこでダンディなギャンブラーは停止した。
息を。
活動を。
凍りついたのだ。
動きがとかの話ではない。
完全に・・・・・凍った。
氷に包まれた。
メリーの魔法だ。
氷付けのジェントルマン。

「自業自得だ色男・・・・」

ユベンはため息をつく。
そして書類を持って部屋を後にした。
そんなユベンに対して、
メリーは優しく笑顔を送った。
ぬいぐるみを大事に抱きしめながら。

そしてその中に、ヒゲ中年氷の彫像。
氷ついたギルバートはそこらのぬいぐるみよりも悲しいものに見えた。



--


「やっと6個目のサインか・・・・・・・先は長いな・・・・」

ユベンはメリーの部屋を出るなり、
今日何度目か分からないため息をつく。
そして顔を上げると・・・・

「・・・・・・・シュコー・・・・」

「うわっ!?」

目の前に男が立っていた。
正直心底からビックリした。

「・・・・・シュコー・・・・・・・コォー・・・・・・」

それはそうだ。
部屋を出るなり、
目の前に男が一人不気味に立っているのだから。
それも・・・・
顔に"ガスマスク"をつけた男が

「・・・・・・・シュコー・・・・・・・・・・シュコー・・・・」

ガスマスクから漏れる息の音。
表情も分からない。
ただピクリとも動かないガスマスクの男が目の前にいる。
これでビビらない奴などいないだろう。

「スモーガス・・・・・ビックリさせないでくれ」

「・・・・・・シュコー・・・・・・すいません」

ガスマスク越しに、
篭った声が聞こえてくる。
彼の名はスモーガス。
天界に派遣されたメンバーの一人。
ガスマスクのせいで素顔が見えない。
表情が分からない。
声もマスクで篭って聞き取りにくい。
微動だにしない。
なのに・・・・・息の音が聞こえてくるのだから・・・・怖い。
お前はホラー映画にでも出演していてくれ。

「・・・・・・・・・まぁいい。ある意味調度いいからな。スモーガス。ここにサインをくれ」

「・・・・・シュコー・・・・・・コォー・・・・・はい」

本当に何を考えているか分からない。
表情が見れればまだ何かしら対応のしようがあるのだが・・・・
とにかく素直なのはいいことだ。

「・・・・・・シュコー・・・・シュコー・・・・書けました」

サインを書き終わったスモーガスは、
書類をユベンに渡す。

「ご苦労さん」

「・・・・・・・シュコー・・・・・・」

スモーガスは黙ってこちらを見ている。
サインを書き終わっても、
まだこちらを微動だにせず見ている。
怖い。
頼む・・・何か言ってくれ。
それかどこかに行ってくれ。

「・・・・・・大丈夫だ。仕事はこれだけだ。行っていいぞ・・・・・」

「・・・・・・・シュコー・・・コォー・・・・・・」

スモーガスは何も言わず、そのまま振り向いた。
人形のように。
そして廊下を進んでいく。
何かしら映画のモンスターのようにも見える。
感情の無い化け物のようにも・・・・

スモーガスは廊下を歩きながら、
ある部屋の前で止まる。
ミヤヴィの部屋の前だ。
そして黙ってドアを開けた。

「うわぁっ!!」

ミヤヴィの驚く声と、
ハープの音がズレる音が聞こえた。
彼はあぁやって人を脅かして周っているのだろうか。
それとも寂しがりやなのだろうか・・・・。

「次の部屋に行くか・・・・・」

気にするだけ無駄だと判断した。



--


ネームプレートを見る。
"AAA"
ノーネーム。
つまりエースの部屋だ。

「入るぞ。エース」

ユベンがドアを押し開く。
そしてその光景。

「・・・・・・・・いつ見ても絶景だな」

「よぉ、ユベン」

エースの部屋。
それはもう・・・・部屋なのか?
といった風景である。
これはもう部屋というよりは・・・・・武器庫だ。

壁、
天井、
床、
棚。
部屋の8方向全てに・・・・様々な武器が飾ってある。
ソード、
ハンマー、
ランス、
シールド、
etc・・・・
その中心でエースは武器を磨いていた。

「よぉし。ロレントの掃除は終わり。次はキャロルとミリーだ」

エースは武器に名前をつけている。
・・・・というより元持ち主の名前をだ。
そしてまるで人間のように話しかける。
それを考えると・・・・・・

「まるで幽霊屋敷だな・・・・・」

部屋に敷き詰められた武器達。
それが全て生き物のようで・・・・
いや・・・・何かしら怨念が篭っているようで不気味だ。

「で、なんのようだ?ユベン」

「あぁ・・・サインを貰おうと思ってな」

「サイン?・・・・あぁ契約書か。お!それならいいのがあるんだ!!」

エースは何やら嬉しそうに棚を漁る。
そして何やらを取り出した。
・・・・・ペンだ。

「ただのペンじゃないか」

「違う!ジャンだ!」

「・・・・・ジャン?」

「こいつの名前だ。ジャンはよぉ、月刊マイソシアウォーカーの記者だったんだ。
 "ペンは剣よりも強し"とか言ってたやつでな、名前を貰ったんだ」

つまるところ・・・・
武器とみなして殺してコレクションにしたわけである。
なんとも悪趣味で怖い話だ。

「あ、俺の登録名は"AAA(ノーネーム)"でいいのか?」

「いや、面倒だからエースって書いておけ」

「チッ、これは俺の名前じゃねぇのにな。このサインは俺の名前を書く場所だ。
 俺自身の名前を書きてぇよ・・・・書きてぇよなぁ・・・・名前欲しいなぁおい」

エースはボソボソと言いながらサインを綴る。

「書けたぜ」

エースはユベンに書類を渡す。

「やっぱ自分の名前書きてぇよなぁ・・・・名前欲しいよなぁ・・・ユベン。くれねぇか?名前」

「誰がやるか」

「そうかぁ。ま、しゃぁね・・・・」

「ギュイイイイイイイイイイイイン!!!!!!」

突然だった。
もう突然としか言いようが無かった。
エースの背後・・・・
エースの部屋の真ん中・・・・
そこの地面が下からぶち抜かれ、
地面の中からスキンヘッドが飛び出した。

「ギュイイイイイイン!!ってあら?なんだここ。変なとこ掘っちまったか!!!」

ヴァーティゴだ。
何故かヴァーティゴがエースの部屋の床をぶっ壊して出てきた。
そしてつまりそれは・・・・
エースの部屋の床に並んでいた・・・・武器(名前)達が・・・・・

「おい・・・・おいハゲ・・・・」

エースはぷるぷると震えながらヴァーティゴに言う。

「あぁん?」

「てめ・・・ふざけんなよ・・・・」

エースは怒りをこらえながら、
すぐ横にかけてあったハンマーを手に取った。
ハンマーにはバリーと名前が掘ってあった。

「そのハゲ頭カチ割ってやるっ!!!!」

「うぉぁ!!!」

エースはおもくそにハンマーを振る。
ヴァーティゴは咄嗟に掘ってきた地面に飛び込む。

「ちょ・・・おま・・・危ねぇだろ・・・・」

またヴァーティゴが地面から頭を出す。
輝くスキンヘッドを。

「そんな物騒なもんはしまえってエース!!」

「いや・・・このバリーがテメェのドタマをカチ割る・・・・
 モグラ叩きだ・・・・100点ゲットするまで殴りまくってやる!!」

「や・・・やべ・・・・」

ヴァーティゴは危険を感じ、
穴の中へと入っていった。

「待ちやがれクソハゲ!!!!」

エースはさらにもう一個ハンマーを手に取り、
ハンマー二刀流で穴に飛び込む。
モグラを追っていった。
鬼ごっこという名のモグラ叩きの始まりだ。
ゲームオーバーはあまり楽しみではない。

「・・・・・・・・・・はぁ・・・」

またため息が出る。

「どうするんだこの穴・・・・また書類か・・・・・」

そう言い、
ユベンは部屋を後にした。
頭が痛くなってきた。




--



次の部屋だ。
ネームプレート。
"キリンジ=ノ=ヤジュー"

ガチャリとドアを開けるユベン。
そして・・・・・・

「ここも・・・・・・絶景な事だ」

飛び込んできた景色。
もう絶景というしかなかった。
景色・・・
そう・・・本当に景色が見えるのだ。
・・・・・・外の景色が・・・・・

「なんで・・・・・壁がないんだよ」

そう。
その部屋は外と直通になっていた。

壁が一切取り壊されている。
外の芝生と地続き。
ありえない。

「ぉお!ユベンじゃねぇか!ヘイモンキー!!!!こっちだ!」

部屋の中・・・というか外から女の声。
部屋から直通の庭。
城の芝生。
そこには・・・・沢山のモンスターがいた。
正しく言うと守護動物だ。
エルモア。
デミ。
メザリン。
Gキキ。
バギ。
ケティーハンター。
第一期獣。
etc・・・・

それが庭にいる。
そしてその中心。
そこに一人の人間・・・・・

「こんにチワワ!!!」

わけの分からん挨拶をする者。
あれがキリンジだ。
フルネームは、キリンジ=ノ=ヤジュー。
オオカミ帽子。
オオカミ服。
守護動物の中で自分自身もモンスターのような格好。
だが・・・・キリンジは女性だった。
女性でありながらオオカミ服とオオカミ帽子を着用している。

「おいキリンジ・・・・」

ユベンは怒る事もままならない・・・
呆れながら外にでる。
部屋を通過してそのまま外の芝生へ。

「なんだこの有様は・・・・」

「あぁん?何がだ?」

キリンジは頭のオオカミ耳をピクピクさせながらとぼけた顔をする。

「何がだじゃない!!!壁だ!なんでぶっ壊れてんだ!!」

「そらお前。あちきのアニマルちゃん達があんな狭い部屋で生活できないだろが。
 あんなとこで生活できるのはノミかダニくらいだもんだ。なぁー?」

キリンジは自分の周りの守護動物達に同意を求める。
守護動物達は嬉しそうに各々返事をする。

「それとこれとは話は別だろ!壊すなよ部屋を!」

「あぁぁああん?!何言ってんだこのヒポポタマスが!!!」

キリンジは尻尾をおっ立てて逆ギレした。
八重歯がのぞく。

「あの狭い部屋じゃあちきらは生活できねえぇっつってんだろこのエテモンキー!!
 あちきを住ますならエレファントが生活できるような規模の部屋を用意しろ!!!
 バリアフリーを考えろよこの鳥頭!アニマルのバリアフリーをな!!
 分かったか馬鹿野郎!!ウマシカ野郎!!ホースディア野郎!!!」

凄い逆ギレだ。
一応ユベンは上司なのになんだこの言い分は。
・・・・さすがのユベンも勢いに圧された。

「・・・・・・・・こ、この部屋は人間用に出来てるんだキリンジ」

「人間用?あん!?アホかこのチンパンジーが!!!
 いいかこのヒポポタマス野郎!!人間なんてのはなぁ!アニマルなんだよ!
 動物の一種類でしかねぇ!人間もアニマルだ!サルなんだよ!
 それを理解した上でもう差別すんじゃねぇぞ!アニマル差別だ!訴えるぞカバ!!」

なんたる暴言。
いや、内容はひとまず置いとくとして、
こいつはもうちょっと優しい言い方はできないのだろうか。

「キリンジ・・・お前男勝りはいいが・・・一応お前は女なんだからもう少し言葉遣いを・・・」

「・・・・・・・女ぁ?ウマシカかテメェわっ!!!!!このヒポポタマスが!!!
 あちきは女じゃねぇよ!人間って動物のメスだ!メス!!!」

キリンジは八重歯を出しながら叫ぶ。

「・・・・・・・・・」

ユベンはもう・・・・・
何を言っても無駄だと悟った。

「分かった・・・何かしら上に部屋のリフォームの申請してみる・・・・」

負けた。
何故かそう思った。
そしてまた書類が増えた。
部屋の修理費請求書と、部屋のリフォーム書類。

「分かったようだなこのヒポポタマス!!!
 まだ分からないようなら獅子鍋にして焼き鳥にしてやろうかと思ってたからな!」

「・・・・・・・・まぁとりあえず・・・・この書類にサインをくれ」

ユベンは書類とペンを出す。

「契約書ぉ?」

キリンジは書類を手に取り、
眺める。
周りの守護動物達も一緒になって書類を覗き込んだ。
そしてキリンジは名前を記入し始める。

「あ、こりゃぁあちきのアニマルちゃん達のサインもいるのか?」

「いや、お前の名前だけでいい」

「ざけんなよ!!!アニマル差別する気かこのヒポポタマスが!!!」

またキリンジが八重歯を出してキレる。
オオカミ耳をおっ立て、
オオカミ尻尾をピンっと立てて。

「・・・・・いや、代表としてお前の名前が欲しいんだ」

「あぁなるほどな」

扱いが分かってきた。
でもなんで上司である自分が下手に出なければならないのか。

「よしOK!!」

キリンジは書類をユベンに渡す。
と・・・同時に・・・・


「アィヤーーー!!!」

目の前の芝生に・・・・・
ダ=フイが吹っ飛んで転がってきた。

「不覚とったネ」

ダ=フイはシャベリンを地面に突き刺し、
飛び起きる。

「へへっ!!!俺のが強いってこったろ!!」
「調子こくよくナイヨ」

グレイとダ=フイだ。
ずっと外で戦っていたようだ。
マジ戦闘だ。
犬猿の仲だが・・・
まさか本気で殺し合いをしているとは思わなかった。

「おらぁ!!蹴飛ばしてやんぜ!!!」
「チッ、面倒アル。キリンジ。これ借りるヨ」
「あ、ちょっ!!何すんだこのモンキー!」

ダ=フイは咄嗟に何かを掴んだ。
それは・・・キリンジの守護動物。
メザリンだった。

「メザリンガードネ」
「そんなもんきくかクソッタレっ!!!!」

グレイが足を振り切る。
蹴飛ばす。
吹っ飛ぶ。
・・・・・・・メザリンが。
メザリンが蹴飛ばされて遠くの彼方に吹っ飛んだ。
ホームラン。
さらばメザリン。

「くっ・・・駄目アルカ」
「しゃぁ!!トドメだマサイ馬鹿が!!!」

「・・・・・・・・・おい」

グレイとダ=フイの動きが止まる。
真横で殺気を感じたからだ。

「あちきのメザリンちゃんに何した・・・・・」

殺気。
殺気の塊だった。
獣。
狼だ。
狼服と狼帽子をかぶった・・・女狼だった。

「何しやがったっつってんだこのヒポポタマスどもが!!!!!」

耳と尻尾をおっ立て、
キレまくり状態のキリンジ。

「・・・・・・いや・・まてキリンジ・・・今のはダ=フイがよぉ・・・」
「チ、違うネ。蹴飛ばしたのはグレイネ・・・・」

「どっちでもいいんだよチンパンジーめ!!」

キリンジは腰から何かを取り出す。
両手に掴んだそれ。
そしてそれを地面にぽとりと落とす。
それは守護動物の卵だった。
卵から・・・・メドューサとチャンプスミルが現れた。

「あちきのアニマルちゃんに手ぇ出したなこのウマシカ野郎共が・・・・
 何が犬猿の仲だ・・・クソ犬とエテモンキーめ!!!!
 アニマル保護団体に訴えるぞこのヒポポタマス共が!!!!!」

キリンジと・・・
周りの守護動物が全てグレイとダ=フイに詰め寄る。

「・・・・・・・やべぇ」
「・・・・・・一時休戦ネ」

「やれっ!!!アニマルちゃん達!!!あいつらが晩御飯だ!!骨も残すな!!!」

「うわっ!!」
「アィヤー!!!」

グレイとダ=フイは逃げ出す。
そしてそれを追う・・・守護動物の群れ。

「・・・・・・・・」

攻城戦でもないのに、
城の庭で追いかけっこが始まる。
命をかけた追いかけっこが。
モンスターが走り回る。
ここはダンジョンか何かだったか?

「何よりじゃないな・・・・・・」

もうちょっとうちの部隊の者達は仲良くできないものか。
ため息をつくことさえ疲れてきた。


そんなユベンに・・・・・

「痛っ!!!!」

何かがぶつかった。
ユベンの顔面に・・・・何かが直撃した。

「・・・・・つつ・・・」

ユベンは顔を覆う。
痛い・・・・。
鼻血が出ていないか?
・・・大丈夫だ。
だが何が突然・・・・

「うぉ!ユベンにぶつかった!!」
「副部隊長にぶつかった!!」
「「やべぇ!!!」」

二つの声。
ユベンが痛みをこらえながらそちらを見ると、
そこには同じ顔が二つあった。
顔面に何かが当たった衝撃で、
脳みそが揺れているのかと思ったが、
それは違った。

本当に同じ顔が二つあるだけだった。

「副隊長ごめん!」
「副部隊長ごめん!」
「「ごめん!!」」

二人は声をそろえて言う。
彼らは・・・・リーガー兄弟。
マイケル=リーガーと、ロベルト=リーガー。
双子ではないが、
そっくりな兄弟だ。

「・・・つつ・・・・何がぶつかったんだ・・・・」

ユベンが自分の顔面を凹ました物を確認する。
そして落ちているソレ。
ソレを拾い上げた。

「・・・・・野球ボール?」

それは野球ボールだった。
それを確認し、
ユベンは改めてリーガー兄弟を見る。
・・・・・。
マイケルは・・・・バットを持っている。
ロベルトは・・・・サッカーボールを抱えている。

「・・・・・野球してたのか?」

「おう!野球してた!」
「サッカーしてた!」

「どっちだ・・・・」

「野球!」「サッカー!」

声をそろえて言う。
さらに訳が分からない。
この兄弟はこういう奴らだ。
兄のマイケル=リーガーは野球好き。
弟のロベルト=リーガーはサッカー好き。

「馬鹿野郎!マイケル!俺達はサッカーしてたんだろ!」
「馬鹿野郎!ロベルト!俺達は野球してたんだよ!!」
「何言ってんだ!サッカーのが熱い球技だ!俺達はサッカーしてたんだよっ!」
「何言ってんだ!野球のが熱いだろっ!!どう考えたってよぉ!」

突然、
唐突に・・・
リーガー兄弟はケンカを始めた。

「ざけんなっ!野球なんてあんなもん個人技じゃねぇか!9人別々のよぉ!
 個性もなんもねぇ!ボコスカ打てるか、守備うまい奴を9人集めるだけだろ!
 性格関係なしに能力高い奴を集めてチームだと!?あんなもん個人技だ!
 チームワークが感じられねぇんだ!燃えねぇよあんなスポーツ!」
「バカ野郎!!ホームランばっかでもダメなんだ!ただ強いやつ入れてもダメなんだよ!
 あぁ見えて一つ一つのポジションや打順とかにはなぁちゃんとした役割があんだ!」
「知るか!サッカーを見ろサッカーをよぉ!戦術って奴だ戦術!!!
 適正ってのがあるんだよ!ポジションにもチームにもリーグにもな!
 世界的最強プレイヤーでも戦術に当てはまらなければお払い箱だ!そこが奥が深いんだよ!」
「野球だ!!」
「サッカーだ!!」
「ベェースボォー!!」
「フットボォー!!」

激しくどうでもいい・・・・

「サッカーなんて時間制限ってのがしょべぇんだよ!
 なんだアレ!!詰みがあるじゃねぇか詰みがよぉ!
 絶対逆転できねぇような時間帯とか点差とかよぉ!!」
「制限があるから終盤が盛り上がるんだろうが!!!」
「逆転できない詰みがあるから燃えねぇんだよ!!
 野球を見ろ野球を!最後の一球まで勝負は分からねぇ!
 100対0でも逆転の可能性はあるんだ!こういうのが燃えるだろ!」
「野球だ!!」
「サッカーだ!!」
「ベェースボォー!!」
「フットボォー!!」

まだ話している。
マイケル=リーガーと、
ロベルト=リーガー。
この兄弟・・・・
いつもこの話でケンカしている。

「お前らいつもケンカしてんな・・・・」

「「当たり前だ!!」」
「マイケルがサッカーの良さを分からねぇから!」
「ロベルトが野球の熱さを感じてくれねぇから!」

「でも一緒にスポーツしてたのか・・・仲いいのか悪いのか分からないな・・・・」

「あぁん!?俺とロベルトがぁ!?」
「マイケルと俺が仲いいかぁ!?」
「ふざけんな!!!」
「決まってんだろ!!!」
「「仲いいわ!!!」」

「・・・・・・・・・・・・・それは何よりだ・・・・」

どうでもよくなってきた。

「それよりお前ら・・・少し仕事につきあってくれ」

「「興味ねぇ!!」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・お前らの遊びを邪魔しようってんじゃないんだ。
 この契約書にサインだけくれればいい。お前ら二人のな」

ユベンは契約書を差し出す。
すると、マイケルとロベルトは顔を見合わせた。

「これは!」
「あれだな!」
「トレードだな!」
「FAだな!」

「いや、違う・・・・」

「契約金は!?」
「年棒は!?」
「何年契約だ!?」
「1軍起用か!?」
「先発か!?」
「ゴールボーナスは!?」

「・・・・まぁ騎士団でのそういう詳しい待遇を決めるための書類だ・・・とにかくサインをくれ」

「フッ、スカウトはせっかちだなロベルト」
「だな。俺達の様なアスリートはモテてしょうがないな」
「「プロはつらいな!!」」

「いいから書け」

「おっと焦りなさんな!」
「そんな簡単に契約はできねぇなスカウトさん!」
「俺達は他球団にもひっぱりだこだからな!」
「一番待遇のいいところに行かせてもらうぜ!」

「・・・・・・・・・・・・・・44部隊に残らないのか?」

「そう聞かれちゃしょうがないな」
「フッ・・・答えは・・・・」
「「残るだ!!!」」

いいからさっさと書け。
ため息しか本当に出ない。

「・・・・何よりじゃない」

やっとサインを書き始めてくれた。
何やらまだゴチャゴチャ言ってるが・・・・

「やっぱファンのために残留だな」
「地元のファンのために残留だな」
「「しゃぁねぇわなぁー」」

いや・・・・
いっそもうどこかに移籍してもらっても構わない。

「「契約成立!!」」

ロベルトとマイケルは二人で書類を持ち、
ユベンに突き出した。

「・・・・ご苦労だ」

「あ、」
「そういえば」
「「ユベン!!」」

「ん?なんだ?」

「さっきサッカーしてたら」
「さっき野球してたら」
「「窓ガラス割っちまった!!」」

お前らは近所のガキか何かか・・・

「どこのだ」

「そこ」
「すぐそこ」
「「ニッケルバッカーの部屋!!」」

リーガー兄弟が指差す部屋。
そこは・・・たしかに窓ガラスが割れている。

「分かった・・・お前らは遊んでろ」

「野球は遊びじゃないぜ!」
「サッカーは遊びじゃないぜ!」
「「プロだからな!!」」

もう放っておくことにした。
ユベンは窓ガラスの割れた部屋に歩む。
そして窓から部屋を覗き込む。


「俺は・・・・できる子だできる子だできる子だ・・・・・」

部屋の中では・・・・
ニッケルバッカーがうずくまり、
頭を抱えてつぶやき続けていた
頭には大きなタンコブが出来ている。
恐らく野球ボールかサッカーボールでも直撃したのだろう。

「こんなの痛くない痛くない痛くない・・・俺は我慢のできる子だ我慢できる子だ」

結構痛かったのだろう。
健気なものだ。

「ニッケルバッカー。窓から邪魔するぞ」

ユベンは割れた窓を開け、
ニッケルバッカーの部屋に入る。

「ん・・・・・ユベンか」

片方涙目のニッケルバッカー。
我慢している表情が見て取れる。

「どうしたんだ?」

「あぁ。仕事でな。とりあえず窓については請求書作っとくから安心しろ」

すらりとクセで言ってしまった。
また書類が増えた・・・・。
まぁダ=フイの部屋の窓請求のついでだ。

「おう。ありがとう。で、仕事ってのはなんだ」

「これにサインを欲しいんだ」

契約書を出す。
ニッケルバッカーはそれを見るなり、
目を丸くし、
突然契約書を猛烈な勢いでユベンの手から奪った。

「これは・・・・」

ニッケルバッカーが契約書をガン見。
契約書自体に目を通すメンバーも初だが、
それ以上に何かに引き込まれるような目だった。

「これにサインすれば・・・また隊長の下で働けるんだな・・・・」

「ん?あぁそうだ。何よりだろ?」

「何よりも何も・・・・」

ニッケルバッカーの口元が緩む。

「最高だ・・・最高に決まってるだろ・・・・・よ、よし!
 もっと俺は勉強するぞもっと俺は修行するぞもっと俺は努力するぞ。
 隊長のもとで働くに恥じない男になるんだ。成長するんだ・・・・。
 大丈夫・・・俺はできる子だ・・・できる子だできる子だできる子だ・・・
 ロウマ隊長が言ってくれたんだ・・・間違いない・・・俺には・・・できる!」

ニッケルバッカーは食いつくようにサインを書き始める。
そして書き終えた。

「ユベン。お前も・・・」

ニッケルバッカーは契約書をユベンに渡しながら言う。

「俺のようなできる部下を持って幸せだな」

「・・・・・そうだな。何よりだ」

自信がないのか自信があるのかよく分からない奴だ。
だが、確実に言える事は・・・・・
他の部下よりは可愛げがある。

「そして俺はこれもできるはずだ・・・・崩れてない。よかった」

ニッケルバッカーは部屋の隅を見る。
それはテーブルの上においてある積み木だった。
積み木?
いや、まぁ一般的な名称で言うならジェンガという奴だ。
木片(ブロック)が積み重なっている。

「リーガー兄弟のボールで崩れなくてよかった・・・あと一片で完成なんだ」

ニッケルバッカーは木片(ブロック)を一つを手に取る。

「これを上に乗せれば完成・・・・・」

プルプルと震えながら、
最後のブロックを・・・・
慎重に・・・

「大丈夫だ・・・俺にはできる・・できるできる・・・俺はできる子だ・・・俺はできる子なんだ・・・・」

慎重に・・・
ジェンガの天辺に・・・
緊張の一瞬。
これが乗れば・・・・・

「「ニッケルバッカー!!」」

「っ!!??」

ニッケルバッカーがビクりと驚く。
・・・・と同時に・・・・
ジェンガは悲しく崩れ去った。
あわれ。

ユベンが後ろを振り向くと、
窓からリーガー兄弟が顔を出していた。

「バッカー!」
「バッカー!」
「「ニッケルバッカー!!」」
「野球しようぜ!」
「サッカーしようぜ!」
「「しようぜ!!」」

元気なリーガー兄弟。
窓から愛想を振りまいている。
青春の青少年のように。
一方ニッケルバッカーは・・・・

「・・・・・俺は・・・できる・・・・」

放心状態だった。
最後のブロックを手に持ったまま、
崩れ去ったジェンガの残骸を見ていた。

「なぁー」
「なぁー」
「「ニッケルバッカー?」」
「野球しようぜ?」
「サッカーしようぜ?」
「しないのか?」
「やらないのか?」
「「できないのか?」」

その言葉に・・・・
ニッケルバッカーは振り向く。
最後のブロックを持ったまま・・・

「今・・・なんつった・・・・」

リーガー兄弟は顔を見合わせる。

「え?」
「何が?」
「だから俺達はサッカーを・・・」
「野球を・・・・」

「俺はできる子だ・・・・・」

ニッケルバッカーは立ち上がる。
ブロックを投げ捨てる。

「俺に・・・・俺に・・・・・・・」

そして片手をゆっくりと持ち上げる。

「俺に・・・"できない"と言うな!!!!」

怒りと共に、
ニッケルバッカーは指で十字を切る。

「うわ!」
「やば!」
「「パージだ!!」」

そう、パージフレアの予備動作。

「マイケル!!」
「ロベルト!!」
「「逃げるぞ!!」」

リーガー兄弟は外へ逃げ出した。
庭を、
芝生の上へと走り去る。

「逃がすか・・・」

ニッケルバッカーはユベンを素通りし、
ずかずかと窓際に踏み寄る。
そして指を指す。

「距離20・・・21・・・22・・・角度90・・・91・・・・」

ニッケルバッカーが指差す先。
魔方陣が動く。
芝生の上を・・・
魔方陣がロックオンしようと滑っていく。
リーガー兄弟を狙って・・・

「やれる・・・できる・・・・」

「ちょ、ちょっとまてニッケルバッカー!」

「いや・・・俺にはできる・・・・俺はできる子だ・・・」

ユベンの言葉を無視し、
動く魔方陣。
それがリーガー兄弟の足元に・・・・重なる。

「今だ・・・アーメン!」

「どけぇえええ!!!」
「どくアルネ!!!」

突然だった。
リーガー兄弟の横をグレイとダ=フイが通りかかる。
そしてリーガー兄弟をどかし・・・・

「のぁぁあ!!」
「アィヤー!!!」

炎に巻き込まれた。

「・・・・・・はずしたか・・・」

グレイとダ=フイが犠牲になり、
難を逃れたリーガー兄弟。

「やばかった・・・」
「危なかった・・・」
「「助かった・・・」」

ほっと胸をなでおろす二人。

「邪魔だこのヒポポタマス共がぁああああ!!」

「「!!??」」

それも一瞬の事だった。
リーガー兄弟の目の前に・・・群れが現れた。
守護動物の群れ。
守護動物の行進。
そして・・・

「あべし!」
「ひでぶ!」

ひかれた。
吹っ飛んだ。
グレイとダ=フイを追っていたキリンジの守護動物達にひかれ・・・
リーガー兄弟は彼方へと飛んでいった。
ホームラン。
さらばリーガー兄弟。
自分達が野球ボールにされるとは思っていなかっただろう。

「本当に・・・何やってるんだこいつらは・・・・」

ユベンは呆れ、
顔を覆って首を振った後、
ニッケルバッカーの部屋から出て行った。

「疲れる・・・・」

ニッケルバッカーの部屋のドアを閉め、
ため息をつく。

「・・・・・・・シュコー・・・・」

「うぉぁっ!?」

またビックリした。
部屋の前にガスマスクがいる。
スモーガスが立っていた。

「おま!毎回ビビらせるな!」

「・・・・・・・シュコー・・・・コォー・・・・すまん」

いや・・・・
その辺は素直でいいし、
悪気はないのだろうが・・・
なんで部屋の前に立っているんだろうか。
とにかく怖い。

「・・・・シュコォー・・・・」

そしてまた無言で立っている。
どこかに行くでもなく、
ただじっとユベンの前に立っている。
息の漏れる音だけが時間を知らせる。

「・・・・・・コォー・・・シュコォー・・・・」

「いや・・・特に用はないからどっか行ってくれ・・・」

「・・・・・シュコー・・・・・・分かった」

スモーガスは、
素直にそのまま廊下を歩いていった。
シュコーシュコーと息を漏らしながら。

「なんなんだあいつは・・・・」

ユベンがそれを見送っていると、
くるっとガスマスクが振り返った。
ビックリした。

「い、いいから行けって!!」

「・・・・シュコー・・・・」

スモーガスはそのままどこかの部屋の中に入っていった。



「・・・・・・・本当に何を考えているか分からんな・・・」

「本当でござるな」

「だよな・・・・ん?」

ユベンが振り向く。
廊下の逆側を・・・・
だが・・・
誰もいない。

「・・・・・・・?」

「ここでござる」

「うわっ!!」

声。
上だった。
真上。
天井。
廊下の天井。
そこに・・・・・男がぶら下がっている。

「・・・・・なんでそんなところにいるんだカゲロウマル!!」

「なんで・・・でござるか?」

カゲロウマルと呼ばれた男。
カゲロウマル=サルトビ。
口元を布で覆った黒尽くめの変な格好をしている。
そしてカゲロウマルは天井にくっついている。
両腕を組んで。
足の裏で・・・
逆さまに・・・。

「なんでと言われても某(それがし)、ただ廊下を歩いていただけでござるが?
 廊下は通路でござろう?何もおかしな事は・・・・」

「おかしいんだよ!廊下は廊下でもなんで天井を歩いてんだよ!」

「天井も廊下でござろう?」

「廊"下"っていうんだから上は廊下じゃない!」

「屁理屈でござるな」

「・・・・・あぁもう」

ユベンはもうどうでもよくなってきた。
とにかく契約書を取り出す。

「なんでござるかこれは?」

「うぉぁ!?」

いつの間にかカゲロウマルは下に降りてきていた。
音さえしなかった。
いつ、
どの一瞬で降りてきたかも分からなかった。
これがカゲロウマルがいつも言っている、
忍とか忍者とかいうものの特性なのだろうか。

「・・・・契約書だ」

「ふむ。極秘文書でござるな」

「極秘じゃないが重要な書類ではある」

「なるほどでござる」

カゲロウマルは変に納得し、
ユベンからペンを受け取って名前を書いた。

「これでいいでござるか?」

「おぉ。十分だ」

ユベンは書類を受け取る。

「ご苦労。だが廊下はちゃんと歩けよ」

「教師みたいでござるな」

「・・・・」

「まぁしかし無理な相談でござるよ。某(それがし)、いつも身の危険を察知しているでござる。
 下というものは罠が多い。それを回避するためにいつも最善の行動を取るのが忍でござる」

「なんで自分の城の罠を心配するんだよ・・・」

「何事も用心でござる。ユベン殿も気をつけるようにした方がいいでござる。
 世の中いつ誰に狙われてもおかしくないでござる。片時も用心を・・・・・ムッ!!」

カゲロウマルは突然何かを察知したようだった。
目だけをキョロキョロと動かす。
そして布に隠れた口元をゆっくり動かす。

「・・・・・殺気」

「は?」

「ユベン殿!!」

カゲロウマルは咄嗟にユベンを掴む。
そして・・・・

「ギュイイイイイイイン!!!!」

突然、
廊下の壁が吹っ飛んだ。
壁の破片が飛ぶ。
堅いコンクリートの破片がユベンにおもくそにぶつかる。

「ありゃ・・・廊下に出やがった・・・・」

廊下の壁を突き破って出てきたのは・・・・
スキンヘッドのドリル野郎だった。

「・・・・・・」

全身壁の破片がぶつかり・・・
ところどころ赤みを増すユベンの体。
そして顔も赤らんできた。
怒りでだ。

「ヴァーティゴ!!お前なんで廊下の壁から出てくるんだ!!!」

「なんでって知らねぇよ!たまたま廊下に出ちまったんだよ!わりぃ!邪魔したか!?」

「違う!!ルアス城を掘るなって言ってるんだ!」

「そんな事言われたって・・・うぉ!」
「追いついたぞヴァーティゴ・・・・・」

廊下の壁から出てきたもう一人の男。
ハンマーを二つ持った戦士。
エースだ。

「俺の名前達の恨み・・・」

「ちょ、ちょっと待てよエース!!」

「待てねぇ。待てねぇよなぁ・・・ヴァーティゴ・・・
 てめぇは掘って掘って掘り進むのが得意だ。そうだろ?そうだよなぁ・・・・
 だが・・・逆に"埋め合わせ"って言葉もあるんだぜ?分かるか?
 俺の名前達の埋め合わせ・・・てめぇで清算してやる・・・。
 俺の名前コレクションに今日から"ヴァーティゴ"ってドリルが並ぶぜ」

「くっ・・・・」

ヴァーティゴはキョロキョロと周りを見渡す。
廊下。
壁。
各々の部屋のドア。
天井。

「クソッ!!!下しか逃げるところがねぇ!!」

ヴァーティゴは両手のドリルで地面を掘り始めた。
一気に。
ぶち壊すように。
そして地面の下に潜っていった。

「逃がすかボケェ!!!」

エースもそれを追いかける。
もう追いつかれるのも時間の問題だろう。
死亡通知の書類を作らなければならないかもしれない。

「迷惑な輩達でござるな。というよりヴァーティゴはお粗末でござる。
 この状況で下に逃げるとは。廊下を走った方が早いでござろうに・・・・。
 あのツルツル頭からしたら、"掘れる場所が地面しかない"と思ったんでござろう」

「いや・・・・カゲロウマル・・・・」

「てめぇはなんで俺の後ろにいるんだ」

カゲロウマルは、
ユベンを掴んだまま。
ユベンの後ろにいた。
盾にするように。

「ヴァーティゴの殺気を感じたんでござる。壁から出てくると感じたんでござるよ」

「んで・・・なんで俺を盾にした。壁の破片全部俺に当たっただろうが・・・・」

「忍法変わり身の術でござる」

「ござるじゃない!!」

「お、怒らないで欲しいでござる」

カゲロウマルはユベンの殺気を感じ、
後ろに飛ぶ。

「ここは一端退くでござる」

カゲロウマルは両手の人差し指を立て、それを合わせる。

「忍法隠れ身の術」

そう言うと同時に、
カゲロウマルの姿が消え去った。
・・・・。
忍法とか言っているが、
まぁつまるところインビジブルだ。

「・・・・・・・ったく」


呆れ、
疲れ果てるユベン。
書類を見る。

「あと4人か・・・」

さっさと終わらせたいところだ。



--

次の部屋の前に立つ。
ネームプレート。
"ナックル=ボーイ"

「入るぞ、ナックル」
「あ、ハイッス」

元気な返事が返ってくる。
こういう部下はやりやすくていい。

ユベンはドアを開けた。

「うっ・・・」

一瞬鼻がひん曲がるかと思った。
匂い。
何の匂いかというと・・・
汗の匂い・・・
汗臭い・・・・

「おいッス!ユベン副隊長!」

部屋の中でナックルが元気に挨拶。
腕立て伏せをしながら・・・・

「お前・・・今日はオフだろ。なのにトレーニングしてるのか?」

「そうッス!男は日々鍛錬ッス!」

「それは何よりだが・・・・トレーニングルームはちゃんとあるんだ。
 そっちでやってくれないか?お前の部屋だから無理強いはしないが・・・汗臭い」

「汗こそ男の臭いッスよ!!男の華ッス!!」

男男。
男男男。
たまにそっちの気があるんじゃないかとまで思えてくる。
そしてこの悪趣味な部屋・・・・。

まず数々のトレーニング用品。
ダンベル。
バーベル。
あれはプロテインか・・
見ても分からない用具まである。
ユベンはその一個を拾い上げる

「これは何に使うんだ?」

「それは腹筋を鍛えるのに使うッス」

「どこで買ったんだこんなもん」

「通販ッス!それもこれも!あれも!」

見渡す限りのトレーニング用品。
これを全部通販で買ったのか。

「いい商品ばかりッス!」

ある意味・・・凄い。
通販で買ってすぐやめる人間がほとんどだが、
ナックルはいつまでも通販商品を使い続けている。
通販商品を超有効に活用している。
人類の奇跡かもしれない。

「っていうか壁のやつは剥がせ・・・」

壁。
これが一番悪趣味だった。
・・・・・・ポスターだ。
ポーズを決めているパンツ一丁の男達の・・・。
ボディビルダーという奴だ。

「いやッス!彼らは男ッス!彼らのような肉体を自分は目指すッス!!
 彼らは完全なる男ッス。この絵の中に女々しさなんてカケラもないッス!」

それはそうだ・・・
どう見ても女には見えない。
完全なる男。
・・・・これが求めているものなのか?
もっと心情的なものだと思っていたが・・・・

「お・と・こ!お・と・こ!」

ナックルは変なリズムに合わせてスクワットを始めた。
上司が来ている時くらいやめて欲しい。

「とりあえず・・・・サインを書いてくれ。契約書だ」

「契約書ッスか」

ナックルはスクワットをやめ、
契約書を手に取る。
汗がつく。

「名前かけばいいんスね?」

「そうだ」

ナックルはペンを受け取り、
サラサラと名前を書き綴った。

「はいッス。先輩も大変ッスね」

「あぁ大変だよ。思った以上にな。馬鹿な部下が多いからな」

「そうッスよねー」

「お前を含めてな」

ユベンは書類をもう一度ナックルに渡す。
返す。

「え?何ッスか?」

「字が違う。これじゃ"ナル=ボイ"だ。自分の名前くらいちゃんと書いてくれ」

「あれぇ・・・・」

ナックルは頭をポリポリかきながら、
そしてもう一度ペンを持つ。
何度も手を止めながら、
足りない文字を文字の間に入れていく。
なんと汚い字だろうか。
新聞の爆破予告のようだ。

「これで・・・イイッスか?」

ナックルは心配そうに手渡す。

「・・・・・OKだ。だが修行する意気があるなら、これからは体力だけじゃなく知力もつけろ」

「・・・やってみるッス。でもなんか先輩って先生みたいッスね」

「・・・・・・・そりゃぁ何よりだ」

もう自分は教師なのかもしれないとさえ思ってきた。
常識がない人間が多すぎる。
それが自分を錯覚させる。

「あ、あと明日先輩のところに届くッスから」

「ん?何がだ」

「え?通販の請求書ッスけど・・・」

「!?」

「経費で落ちるッスよね?」

落ちる・・・
いや・・・落ちるけども・・・
この量・・・
そしてこの時期・・・・
面倒すぎる・・・。
またか・・・
また書類・・・・。

「ナックル・・・」

「はいッス」

「お前当分・・・禁筋トレな」

「えぇ!?キンキントレ!?」

「キンキントレだ」

「そ、それは出来ないッス・・・男の中の男を目指すためッス。男は途中で投げ出さないッス!」

「男は我慢だ」

「・・・・・・はいッス」

ユベンはナックルの頭に手を置き、
そして部屋を出た。
ため息が出る。
廊下に出るたびため息をついている気がする。

「・・・・・・・シュコー・・・・」

「・・・・・・・・」

また目の前にスモーガスがいた。

「お前はなんなんだ・・・」

「・・・・・シュコー・・・・・スモーガスです」

「それは分かってる・・・なんでいちいち廊下にいるんだ」

「・・・・・・シュコー・・・・・・コォー・・・・・」

「分かった・・・どこかに行ってくれ」

ガスマスク越しで表情が読み取れない。
悲しんでいるのか何も感じていないのか。
よく分からないが、
スモーガスは言われるままにどこかに歩いていった。
廊下の向こうへと。

「ん?」

それとすれ違いに、
何かがこちらに向かってくる。

「あら、ユベン副部隊長じゃない」
「はーーなーーしてぇえええ」

それは・・・サクラコだった。
サクラコがこちらへ歩いてくる。
手にはムチ。
ムチで何かを縛り、
引きずっている。

「サクラコ!ごめん!僕が何したかわからないけど助けて!」

ミヤヴィだった。
足をムチで縛られ、
サクラコに引きずられている。

「何やってるんだお前らは・・・・」

「助けてユベン副隊長!何か知らないけど僕はララバイを迎えそうだ!」
「あら、子守唄?そんなわけないじゃない。簡単には寝かさないわよ。
 じっくりじっくりと楽しむから面白いんじゃない♪」
「な、何する気なんだよ・・・・破滅の公葬曲が聴こえてくるんだけど・・・・」
「何って監禁して調教に決まってんじゃない。アレックス部隊長がいいんだけどねぇ・・・
 お忙しい身で捕まらないのよぉ・・・・。あぁ!近くにいるのに獲物が手に入らない悲しみ」

サクラコは両手で胸を撫で下ろす。

「あたいのこの欲求はどこにぶつけたらいいのかしら!・・・って事で代わりにあんたよ」

ミヤヴィの顔が青ざめる。
そして暴れる。
だが、
両足をムチで縛られたままだ・・・・

「いやだぁぁああ!地獄へのプレリュードなんて聴きたくないぃい」

いつも落ち着いているミヤヴィらしくない様子。
それほどまでにサクラコが怖いのか・・・

「あーらいいわねぇ・・・ドキドキしちゃうわぁ・・・・
 こういう男を調教して女王様って呼ばせる過程が楽しいのよねぇ・・・・」
「ぼ、僕じゃなくてもいいじゃないか!考え直してよ!ダ・カーポさ!」
「んー」

サクラコが唇に指を当てて考える。

「無理ね♪うちに代わりになる男いないんだもん♪可愛い男が一番だからね」

「ま、まぁサクラコ・・・・」

ユベンが割り込む。

「なぁに?ユベン」

「ミヤヴィも嫌がっているんだし離してやれ・・・・」

「えー」

「・・・・命令だ」

「しょうがないわねぇ・・・・」

サクラコはしぶしぶミヤヴィの足のムチを解いてやる。
その時のミヤヴィの顔。
ユベンに対する感謝の思いが満面。
神を見るような表情でユベンを見ていた。

「はい、解いた」

ミヤヴィはすぐさま立ち上がり、
一目散に逃げていく。

「ありがとうユベン副部隊長!この恩はワルツにして返すよ!」

ワルツにして返されても全く嬉しくない。
ミヤヴィはそのまま部屋に飛び込むように逃げこんだ。

「まぁ今度また捕まえればいっか♪
 あ、ユベン。アレックス部隊長に言っちゃだめだからね!
 これは浮気じゃないんだから!男がやるアレと一緒なんだからね」

「・・・・・・・お前の性癖どうこうまで干渉する気はない。
 とりあえず今は仕事が片付けば何よりだ。この書類にサインをくれないか?」

ユベンは契約書を差し出す。

「あら、仕事ってこういう事ね。なら調度いいわ」

「調度いい?」

「あたいの部屋にスミレコが来てるのよ。まとめて書いちゃいましょ」

そう言い、
サクラコは隣の部屋のドアノブを回す。
あそこがサクラコの部屋だ。

「ただいまスミレコー。獲物逃がしちゃったわー」

サクラコに続いてユベンも部屋に入る。
まぁ・・・
用途の分からない怪しいものがいくらか置いてあるが、
それから目をそらせば至って普通の部屋だ。

「・・・・・・・・!?」

何かが走っていった。
部屋の隅へと。
いや、クローゼットへと。

「・・・・・・・ユベン副隊長?」

その者。
いや、その女性は、
クローゼットのドアから半分だけ顔を出し、
こちらを見ている。

「ほら、スミレコ出てきなさい」
「・・・・・・いやよ」

スミレコ。
彼女の名前はスミレコ=コジョウイン。
サクラコの妹だ。
ただ・・・性格は似ても似つかず、
スミレコはサクラコと違って引っ込み思案な性格だった。

「まぁ俺としてはサインが貰えればそれでいいんだけどな・・・・」

「はいはい書くわよ。全く、そういう仕事一辺倒の男はモテないわよユベン」

「だろうな。俺もそう思う」

誰のせいでこんな仕事まみれだと思っているんだ。
お前らのせいだよ・・・

「はい書けたわよ。ほら、スミレコも書きなさい」

サクラコは書類をスミレコの所まで持っていく。
スミレコはまだクローゼットのドアに隠れたままだ。

「・・・・・・・・」

スミレコは黙って書類を受け取り、
物陰でサインした後、
書類を返した。

「あ、そういえば」

サクラコはスミレコから受け取った書類を、
ユベンに返しながら思い出したように言う。

「ねぇねぇ提案なんだけどさユベン。この書類にアレックス部隊長の名前付け加えれないの?」
「・・・・・・!?」

突拍子もない事を言い出すサクラコ。
だが、その意見にスミレコも反応した。
何かしら物陰で喜んでいるのか・・・
悶絶している。

「・・・・・・いや、ロウマ隊長は少々その考えがあったようだが・・・無理だろう。
 皆アレックス部隊長を恨んでいる。それは俺もで・・・そしてお前もだろ?」

「でもアレックス部隊長の可愛さは罪よぉ〜?どうせいつかは行動に移すんでしょ?
 復讐のね・・・。ならそれまであたいとスミレコの恋を応援してくれればいいんじゃない?」
「・・・・・・・あたしもそう思う」

スミレコが物陰でそう言う。
つまるところ、
スミレコもアレックスが大好きであった。
そして、
サクラコとスミレコの姉妹は仲はいい。
さらに・・・恋敵といったところだ。
アレックスを巡る二人の姉妹。

「難しいさ。そういう事ならお前らで好きにやってくれ」

「・・・・・・・・・・使えない奴。芋虫以下か」

スミレコが物陰でボソりと言う。
ユベンは突然の罵声に驚いたが、
耳を疑い、
聞こえなかったことにした。
上司にそんな言葉が飛んでくるとは思えない。

「・・・ま、まぁそんなにアレックスが気になるならデートでも誘ったらどうだ?
 お前ら姉妹のことだからデートよりハードなものになるだろうけどな・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・そんな事しなくても。あたしとアレックス部隊長はいつも一緒」

「ん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・現に今日も朝一緒にいたわ」

「ほぉ。もうそんな関係だったのか」

そのユベンの一言が引き金になった。
スミレコ。
彼女はクローゼットのドアの後ろから顔だけだし、
物陰に隠れているような状況。
かなり引っ込み思案で、
あまり口数の多い方でもないが・・・
その彼女の口。
それが・・・爆発した。

マシンガンのように。

「朝6時18分。アレックス部隊長が起きたわ。寝癖が3本ハネてて布団を蹴飛ばしてた。
 可愛かった。それで歯磨きするより先にまず食堂に行ったわ。その時点で6時30分。
 朝ご飯の内容。卵焼きと味噌汁と御飯大盛り。お代わり2杯。塩魚には塩の味付けと別に醤油を少々。
 あと牛乳。そして7時04分完食。ほっぺに御飯粒をつけたままだったわ。気付かないのも可愛い。
 朝ごはんで使ったのはオハシだけ。これを洗ってない状態で獲得できた。再会記念の永久保存版にする。
 7時17分。仕事用の服装に着替えてたわ。以前より筋肉付いたのね。サイズが少し増えてたからメモ。
 腰周り0.2cm増。胸部1.2cm増・・・etc。その後こっそり服を棚に入れておいたわ。着てくれるかしら。
 そして7時42分。トイレに行ったわ。奥から三番目の個室に入り、使用時間は3分25秒。
 使ったトイレットペーパーはミシン目5つ分。7時46分。手を洗ってそのまま歯磨きに・・・・・」

「ストップ!いい!もういい!!」

鳴り止まないスミレコの口。
ユベンはたまらず大声で止めた。

「分かった・・・とてもよく分かった・・・・」

スミレコ。
彼女はとどのつまり・・・・ストーカーだった。
アレックスのストーカー。
積極的すぎるサクラコとは逆に・・・
引っ込み思案なスミレコの恋模様。
いや、ある意味最強に積極的だが・・・・・

「ま、まぁアレックス相手なら監禁なりストーカーなり好きにしてくれ・・・・」

「・・・・・・・・・・死ねこの腐れ豚。何勘違いしてるんだXXX野郎め」

さらりと、
ぼそりと、
暴言が飛んでくる。

「・・・・・・・・・監禁好きなのはお姉ちゃんだけよ」
「そうよユベンー。あたいは監禁大好き。調教大好き。
 ムチで痛ぶって泣かせて好きな子をメチャメチャするのが・・・快感♪」
「・・・・・・・・・・・けどあたしは逆。アレックス部隊長に・・・メチャメチャにされたい」

「・・・・・・・・・」

監禁・調教が趣味のドS女。
サクラコ=コジョウイン。
ストーカーが趣味のドM女。
スミレコ=コジョウイン。
SとM。
歪んだ愛情と性癖をもつ姉妹。
なんともはた迷惑な姉妹だ。
まぁとは言ったものの・・・・・・
今のところ迷惑なのはアレックスぐらいなので問題はない。
アレックスだけが世界のために犠牲になっていてもらいたいところだ。

「邪魔したな・・・・」

もうこの世界には関わっていたくない。
ユベンはさっさと部屋から出る事にした。

「あ、ユベン」

サクラコが引き止める。

「そういえばさ。あたいとスミレコでちょっと2人ほどヤっちゃってさ。
 新入団員の一般兵の可愛い子♪それで廃人にしちゃったのよぉ・・・・
 使い物にならないと思うからどうにか処理しといて♪何かしら理由つけた書類つくってさ♪」

笑顔で言うサクラコ。
・・・・・とりあえず返事だけしといた。
書類書類。
というか廃人になった人間二人の処分など・・・
楽じゃないだろう・・・。
仕事・・・仕事・・・・

ユベンはもう出し切ったと思ったため息を吐きながら、
部屋から出た。


「さて・・・・・・と」

書類を見る。
ずらりと並ぶ名前。
44部隊員の名前。

「やっと・・・・あと一人か・・・・・」

あと一人。
そう考えると報われる。
だが・・・・

「この一人が問題なんだよな・・・何よりじゃない」

そう。
最後の一人。
これが問題なのだ。
絶対に一筋縄でいけない。
ある意味、
44部隊最強。
実力もだが・・・
本当にある意味である。
名は・・・・

「パムパムか・・・・」

そしてその当の本人。
偶然か、
神のイタズラか・・・
パムパムという者は・・・・廊下の奥から現れた。

廊下の奥から・・・・
こちらに向かってきている。


「元気♪そぉれは♪過激なうっおの目だぁ〜♪」

わけの分からん歌を歌いながら・・・・・・。

「トンッネルの上に〜カツオブシィ〜♪そぉだ♪それは♪カブトムシィ〜♪」

混乱・カオスと言った言葉の似合う歌。
本当にわけの分からない歌だ。
意味が分からない。
それを口ずさむ・・・・・・女の声。
酷く子供っぽい歌い方だ。

「コーヒーの原料はぁ♪トリ頭ぁ〜♪よぉし♪あっしたも残業やぁー♪」

パムパムという女性。
いや、
本名は分からない。
本人がたまたま「パムパムゥ〜」とか言ったからその名前にしただけだ。

「ハンマー片手にデムピアス〜♪ジャンケンポンで鼻毛狩り〜♪」

その姿・・・・・・・
パンダ。
パンダキャップとパンダ服を着た、
パンダ娘だった。
パンダ娘が腕を振りながら歌って歩いてくる。

「体力任せのベジタリアァ〜ン♪なんでアフロは赤いのかぁ〜♪」

パンダ姿のその女性。
パムパム。
酷く子供っぽいが、
姿形は14〜18くらいだろうか。
そのパムパム。
腕を振りながら歌を歌っているパンダ娘。
それは廊下の奥から近づいてくる。
近づいてきて・・・・
ユベンの目の前へ・・・・・

「ラララ裸眼君♪ラララ羅針盤♪オラのお腹はメガバイトぉ〜♪」

ユベンを素通りして歩き去っていった。

「ちょ、パムパム待て!!!」

ユベンが引き止める。
すると、
パムパムは腕を振るのをやめ、
歌うのをやめ、
振り返った。

「なにやつだぁ!!」

突然パムパムは叫ぶ。
お前が何奴だ。

「いや・・・パムパム。少しお前に用があるんだ」

「オラ?オラはカジキじゃないぞ」

会話が噛み合わない。
ピクりとも噛み合わない。
いや、もうこれは会話じゃない。
言葉という名の文字化けだ。

「少し・・・・話を聞いてくれないか?」

「そうかっ!!!」

パムパムは目を見開き、
両手を広げて言う。

「リンゴの正体は宇宙人だったのかっ!!だからインコは青かった!!」

「いいから・・・・」

これは・・・ダメかもしれない。
この仕事を達成できないかもしれない・・・。
最後にして最大の難関。
それがコレ・・・・。
パムパム。

「オラの右手は新世界だ!!!」

パンダ娘は真剣な顔でユベンに言う。
うん。
新世界を見ているようだ。
だが・・・
ここで挫けるわけにはいかない。

「パムパム・・・いいか?この書類にな、パムパムって書くんだ。できるよな」

「生きてるってなんだ?」

「いや・・・分からんけど・・・あのな、この書類に名前を・・・・」

「なぁー」

パムパムは突然ユベンに抱きついてきた。
そしてそのまま話す。

「あんなー、あんなー。サイフって甘いんだ。カレーの味がするんだ」
「・・・・・・そうか」
「水色でなー、お相撲さんが好きなんだー」
「・・・・・・・ロウマ隊長・・・俺はここまでかもしれません・・・・」

攻略できる気がしない。
この女に、
パムパムという名前を書かせること。
それは世界のどんな事より難しいような気がしてきた。

「あんなー。ゴンゾウがフラフープ持ってカチカチ山に行ったんだー」
「・・・・・・・そうか・・・」
「そしたらハゲた亀が飛んできてなー。お地蔵さんが怒ってたんだー」
「・・・・・・・・そうか・・・」

ユベンに抱きついたまま、
パムパムは訳の分からん事ばかり言う。

「あの日のハンペンは夢だったのかっ!」

そしてまたわけのわからん事を叫び、
ユベンから離れる。
・・・・・・と思うと・・・・

「ニボシの目玉は♪あいやいやー♪寒中水泳まっしぐらー♪」

今度は廊下の地面に転がりだした。
地面でゴロゴロゴロゴロ転がりながら、
歌を歌うパンダ。
なんだこの生物は。

「時計の針は♪ホップ♪ステップ♪マガジン!UHH〜♪OHH〜♪あれ?マンダム?
 ゴキブリハンタ〜大失敗!あいつの夕飯なんだろなぁ〜♪」

知らん。

「カカオのコンニャク♪影法師〜♪そうかトイレは旅の中ぁ〜♪」

どうしてくれようか・・・・
いや・・・
強行手段にでも出ないとダメだこれは・・・

「パムパム・・・これを持て」

ユベンは地面で転がるパムパムの右手に、
無理矢理ペンを持たせる。

「あぁ〜年貢だけは勘弁をぉ〜」

「いいから持ってくれ」

パムパムを半ば無理矢理地面に座らせ、
ペンを握らせた。
まぁ握らせたといっても、
子供がクレヨンを持つようにペンを握りこんだだけだ。

「これが伝説のラマーズ法か!」

「パムパム・・・いいか?そのペンでな。この紙にな・・・・」

「あんなー、あんなー、家の蛇口が吐血してん」

「うん、そうだな。ここにパムパムって・・・」

「そしたらなー、焼肉奉行が踊りだしたんだー」

「・・・・・・・・」

ユベンはもう書かせる事は諦めることにした。
これは自分で書くしかない。
そう思った。

「お?お?」

ユベンはパムパムの後ろに回る。
そしてパムパムの手を握る。
ペンごと手を握る。
このままパムパムの手ごと自分で書くつもりだ。
パムパムのサインを自分で無理矢理・・・・。
なんという悪徳契約。
だがこれしか方法はない。
ユベンはパムパムの手を契約書に伸ばす。

「おたくも好きやねぇ〜」

「どこで覚えてくるんだそういう単語は・・・・」

パムパムの手ごと名前を書き綴る。
契約書に無理矢理書く。

「ぉお!これは馬の絵だな!」

「お前の名前だ・・・・」

そして・・・・
書けた。
契約書に・・・・・名前を・・・・

「よ・・・よし・・・・」

「おいおいニーニョ・・・」

「ん?」

背後を振り返ると、
ビショビショのギルバートがいた。
メリーの氷がやっと溶けたのだろう。
水浸しのギルバートは、
廊下でこちらを冷たい目で見ている。

「ニーニョ・・・疲れてるからって焦りすぎだぜ・・・何も女の子を廊下で後ろからとか・・・」

「い、いや!ちがッ・・」

「何が違うんだニーニョ・・・廊下でうずくまる女の子を後ろから抱きかかえて・・・」
「オラは無実だ〜」
「ミス.パムパムも嫌がってるじゃないか・・・・」

ユベンは慌ててパムパムを突き放す。

「ギルバート。これは契約書をだな・・・」

「手取り足取りねぇ・・・・大丈夫か?ミス.パムパム」
「オラは男の子だもん!」
「女だけどな・・・」
「たこ焼きに噛み付かれた」

「・・・・・で、ギルバート。お前は何してるんだ?」

ユベンは無理矢理話しをそらす。

「ニーニョ。俺の部屋はこの奥だ。帰り道を通ってきて何が悪い」

「だがお前が立っているそこはサクラコの部屋だぞ」

ギルバートは「おっと」ととぼけたフリをした。
絶対わざとだが・・・・

「まぁついでにディナーにでも誘おうと思ってね。
 ミス.メリーにも断られたし、ミス.キリンジにもさっき断られてね」

ナンパナンパ。
常時ナンパ。
懲りないやつだ。
いつの間にキリンジにもナンパしたのだろうか。
行動力のある奴だ。
だがよく見ると頭に歯型がある。
動物の歯型だ。
キリンジにはどう断られたかよく分かる。

「お誘いもギャンブルなのさ。レディーとジェントルマンはロシアンルーレット」

わけのわからない事を言いながら、
ギルバートはサクラコの部屋をノックする。

「チャオ♪ダンディー・ギルバートだよ」
「帰れ」
「・・・・帰れ」

中から即答でサクラコとスミレコの声が返ってくる。

「・・・・。トゲのあるレディー達だ。あ、ミス.スミレコもいるのか。
 まぁどうだい?姉妹揃ってこのギルバートと今夜ディナーでも」
「・・・・・・・・・黙れゴミ虫。眼中にねぇんだよ豚野郎。家畜小屋に帰れ」

ギルバートはユベンの方を向き、
肩を上げて両手を広げた。
スミレコの暴言で落ち込まないだけ、
この男はある意味打たれ強い気がする。

「ゴッミ虫♪毛虫♪茶碗蒸し〜♪」

パムパムが嬉しそうに歌う。
それもギルバートの心を貫いたようだった。
トドメだった。
立っているのもやっとなほどフラフラになってきている。
それもそうだ。
これで44部隊全ての女性にフラれたようなものなのだから。

「部屋に戻るとするよニーニョ・・・・」

イカしたジェントルメンの背中は驚くほど小さく見えた。
とぼとぼと・・・
弱弱しくギルバートは家畜小屋に入っていった。

「スキヤキ♪スキヤキ♪大嫌いぃ〜♪なぜならミミズはハゲ頭〜♪」

パムパムがまた歩き出す。
腕を振って歌いながら、
廊下を歩き出す。

「コーラのシッコはマッハ6〜♪トンガリ少年タキシードォ〜♪」

あれの行動だけは一生解析できない気がする。
そしてパムパムはピタリと動きを止めた。
そして90度ターン。
すぐ横のドアをあける。

「ごちそうさまでしたーーー!!」

そう言い、
突然的にパムパムはナックルの部屋に入っていった。

「うわっ!なんスかパムパム先輩」

「オラのズボンはサラリーマァ〜ン♪虫歯の日記は不戦勝ぉ〜♪」

「わーわー!飛び跳ねたらベッド壊れちゃうッスよ!あっ!それは大事なもので!」

「尿瓶♪天秤♪哺乳瓶〜♪・・・・ぬぬ!民営化などゆるさーん!!」

「だぁー!そんなとこ入れないッスよ!!あぁ!プロテインを撒かないで!」

「オラの心はアバンチュー♪豚さん皆さんオラバウチュー♪」

なにやらナックルの部屋が大変な事になっているようだ。
だが放っとこう。
もうあれこれする元気などない。
ご愁傷様でしたと祈るぐらいしかできない。


「とにかく・・・・・・」

ユベンは書類を見る。

「やっと集まったな・・・・・・」









--




「ふぅー・・・」

自分の仕事部屋に戻り、
ユベンは一息つく。
仕事をすべき場所が一番安息を手に入れられる。
なんの皮肉だこれは。

「俺とロウマ隊長の分も合わせて・・・・19人。おし・・・・」

もう一度書類をチェックする。

並ぶ名前。

隊長・ロウマ=ハート
副隊長・ユベン=グローヴァー
グレイ
ダ=フイ
ヴァーティゴ=U218
ミヤヴィ=ザ=クリムボン
ギルバート=ポーラー
メリー・メリー=キャリー
スモーガス
エース
キリンジ=ノ=ヤジュー
マイケル=リーガー
ロベルト=リーガー
ニッケルバッカー
カゲロウマル=サルトビ
ナックル=ボーイ
サクラコ=コジョウイン
スミレコ=コジョウイン
パムパム

「よし・・・19人全部あるな」

そして並ぶ書類。

「請求書各種・・・あと足らない搭乗用ドロイカンの要請・・・
 仕事割り・・・配置・・・シフト・・・・山済みの問題と・・・」

投げ出したくなる。
なんで自分にはこんなに仕事が・・・・

「何よりじゃない・・・・」

「それは何よりじゃないな」

ドアが開いた。
大きな体。
威圧感。
尊敬すべき・・・我らが隊長。

「ロウマ隊長」

ユベンは姿勢を直す。

「書類はできたようだな」

ロウマは契約書を手に取る。
小さく頷いた。

「ただの契約書作りだったが・・・その様子だと苦労をかけたようだな」

「それは否定しません」

苦労なんてものじゃない。
名前を集めるだけなのに、
何故あれほど苦労するのか・・・・

「部下が部下ですからね・・・なんとも苦労かける奴らです」

「違う部下の方がよかったか?」

「もちろんですよ。あんな面倒ばっか起こす奴らうんざりです」

ユベンは手で顔を覆う。
あいつらがもっとまともならば・・・
あいつらがもっと使える奴らならば・・・
実力はそのままにもっと素直な奴らならば・・・・

「ですが・・・・・」

ユベンは顔を上げる。

「あいつらが俺の部下なら、俺はそれを引き受けるまでです」

「いい面構えになったな」

ロウマの言葉。

「お前になら任せられる。皆もお前がまとめているから好きにできるんだ。
 無論・・・・このロウマもな。お前は44部隊に居なくてはならない存在になった」

この言葉。
実際・・・
ロウマからこの言葉を聞ける・・・
そのためだけに頑張っていられるような気がした。
認めてもらっている。
世界最強に。
世界で一番素晴らしい人物に。
自分は・・・頼られているんだと・・・・。

「このロウマも、今日から絶騎将軍(ジャガーノート)とかいう位になった。
 それと44部隊再結成を兼ねて・・・今晩皆で飯でも食うとするか」

「ほんとですか?」

ロウマがこんな事を言うのは珍しかった。
故に少し驚いた。
そして嬉しかった。
出欠などとらなくてもいいだろう。
ロウマが来る時点で断るメンバーなどいない。
ロウマがいる時には、
1分さえ遅刻する人間はいない。

「皆、喜びますよ」

やはり・・・
自分達に必要なのはこの人だと再認識した。
この人だから皆、下についている。
この人のカリスマだけでアンバランスな44部隊は成り立っている。
そして・・・・
自分はその一つの礎になれればいい。

「幹事は頼んだぞ」

「え?」

ロウマはそう言って出て行った。
また部屋はユベンだけになる。

「幹事って・・・まだ仕事が・・・・」

一瞬動きが止まった。
硬直した。
目の前に転がる書類の山。
この仕事を終わらすだけで徹夜だと思っていたのに・・・・

「クソッ・・・何よりじゃないっ!!」

慌ててユベンは棚から何やらをぶちまける。
パンフレットの山。
そして急いでパンフレットを漁る。

「和食はギルバートが文句言うな。それでミヤヴィの演奏が許される所・・・・・ならこのレストランか?
 ダメだっ!キリンジの守護動物を入れれない!ペットを許可してもらえるところ・・・・
 ここならいいな。・・・・・・ん?なんかチェックが・・・・・・。!?・・・前に入店禁止になったところか!
 クソっ・・・パムパム用にお子様ランチのある店・・・・・・お、ここいいな。"Queen B"・・・・・・・行けるか!
 いやまて、まずメンバーより隊長だ。隊長はすぐ写メ(SS)撮られるからユックリできる場所・・・」

パンフレットは拾っては投げ、
拾っては投げ、

「クソ・・・これって経費で落ちるよな・・・いや、経費で落としたらまた書類が・・・・・・あぁぁもう!!!」

ユベンはパンフレットをバラ撒いた。
そして倒れるように椅子に深く腰掛け、
意気消沈する。

「中間管理職は楽じゃない・・・・」

カラスが鳴く。
今日も仕事。
明日も仕事だ。
・・・・・何よりじゃなかった。






がんばれ。










                 






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