雨が降る。

スオミの森の中に

雨が降る。

「ぼくは・・・・・・・・ルカ様に・・・・・・見捨てられたのか・・・・・・・・」

一匹のケティが走る。

昔は"手"と呼ばれていた前足を動かし。
雨の中、満身創痍のケティは走った。

「あんな愚民なんかに正体がバレて・・・・・・・しまったから・・・・・・」

必死に走る。
「消えろ」というルカの最後の声が
何度も何度も脳内に響いた。















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- 数年前カレワラ -







ひとりの人間の少年。
彼の名前は・・・・・・無かった。
捨てられたのだ。

え?
このご時世捨て子なんて珍しくもない?
そんな話そこら中にある?

いや、とんでもない。

彼が捨てられた場所は悪都市カレワラ。
モンスターが住まう町。
魔女が統括する地。
人の住まぬ場所。
そこに一人の人間の男の子が捨てられたのだ。

ライオンの檻に投げ捨てられた脆弱なウサギ。
彼はそれだった。

魔女が支配するカレワラの闇の中。
彼が人間らしい生活ができるはずがなかった。
当然。
人間社会ではないのだから。

「あら、あそこで這い蹲ってるのはクズ人間じゃないかしら?」
「ほんとだわ〜。まだ生きてたのね〜」
「魔女の村でどのツラ下げて生きてるのかしらねぇ」

「おね・・・が・・・・・タベモノ・・・・・・」

生まれて十数年は生きただろう。
いや、その十数年、
生きた心地などしなかった。
空腹に見舞われない日はなかった。

「・・・美し・・・い・・・・お姉さまがた・・・・・タベモノ・・・・タベモノを・・・・・・・・」

このカレワラの地で、人間の少年の彼が職を持てるはずもなく。
奪い取る力もなく。
彼はとにかく魔女にタベモノを恵んでもらうしか生き延びる術はなかった。
十数年間ずっとだ。

「アッハハハ!このゴミクズみたいな人間今何ってぇ〜?」
「美しいお姉さま方だってさ〜」
「まったく、人間って成長するのは"機嫌のとり方"だけなのかしらね」
「アハハハ!」

冷たいカレワラの地に這い蹲り、
いつも見上げると
冷酷な闇の空と、
冷血な魔女の笑顔。

それでも少年が欲しいのは食べ物だけだった。

「食べ物が欲しいの〜?た・べ・も・の・が」
「でもタダじゃあげられなぁーい」
「恒例行事よ〜。欲しいなら私達を楽しませなさ〜ぃ。ピ・エ・ロ♪」

"ピエロ"

それが少年の呼び名だった。
地を這い蹲り。
空腹を満たすためだけに魔女の足にすがり、
命を恵んでもらうために彼がこの生涯一日欠かさずやってきたこと。
道化。
魔女たちの機嫌を損なわぬよう
魔女たちの機嫌が良くなるよう
彼は人間の生から遠く離れた・・・・・・・
魔女達のオモチャだった。

「わん!わん!」

舌を出して三回回る。
彼には惨めという感情は微塵にも無かった。

「また犬のマネ〜?」
「それ飽きたわ」
「新ネタないの?」

「・・・・・・・・ニャ・・・・・・ニャン!」

「アハハ!犬の次はネコぉ〜?」
「くっだらなぁーぃ」
「もうちょっと思考回路が発達しないのかしらね〜」
「犬以下の脳みそのくせに犬や猫のマネをしようってのも馬鹿よね〜」
「「アハハハハ!」」

「・・・・・・にゃん!ニャン!」

魔女たちの見下した笑い。
それを前にしても、
彼はただただ・・・・
阿呆のように鳴き続けるしかなかった。
ご飯が、
タベモノが、
いや、
ただただエサが欲しいから

「ま、いいわー。今日のエサよ〜」

魔女が取り出したもの。
それは・・・・
魚の骨。

「キャ〜!今日はリッチね〜!」
「うちのケティちゃんの食べ残しなんだけどね〜」
「食べ残しって骨しかないじゃぁ〜ん!アハハハ〜!」
「で、欲しい〜?ピエロちゃぁ〜ん?」

「ほ・・・・ほしい・・・・・・・・・・・・・・にゃん!・・・・・にゃん!!」

少年は必死に鳴きながら
手を伸ばした。
魔女たちの機嫌を損なわぬよう
必死に、哀れに、猫のマネを続けてせがむ。
それは
"こうすればご主人様はエサをくれる"

学習したペットのようだった。

が、魔女はご馳走(魚の骨)を与えてくれない。

「欲しいか〜?ほら、ほぉ〜ら」

焦らすように魚の骨を揺らす魔女。
地面に縋る少年には。
遠い・・・遠い空の果てだった。
ただただ、
天空で揺れる魚の骨に手を伸ばし、
ニャンニャンと鳴いていた。

「しょうがないわねぇ」

魔女は少年に魚の骨を近づける。
少年が歓喜に満ちて魚の骨に手を伸ばす。

「だれがやるか!」

魔女は突然魚の骨を地面に叩きつけ。
そして足で踏みつけた。
魔女が足を地面にコスる。
そのたびに魔女たちは笑う。

魔女が足をどけると
現れたのは、
地面の砂に混じって消えたご馳走のなれはてだった。

「・・・・・・あぁ・・・・」

「明日また来るわ〜ピエロちゃぁ〜ん♪」
「明日は死んでますよぅに♪」
「「アハハハハハハ」」

少年はうつむいた。
今日は食べ物にありつけなかった。
残念。
それ以上の感情は"お腹が空いた"以外になかった。

「ごはん・・・・ごはん・・・・・・にゃん・・・・にゃん・・・・・」

魔女たちが居なくなっても、
少年は猫のマネをしていた。
砂を前足という名の両手でさぐる。
少しでも魚の骨が回収できるように・・・・・・・


「みっともない子猫ちゃんだこと」


そんな少年に。
一人の魔女が声をかけてきた。

見た目そう年をとっていないが、子供でもない魔女。
まぁ魔女は何百年も生きるらしいから、
見た目では判断できない。

だが、
少年はこの魔女の事を知っている。
知り合いではない。
有名だから。
たしかWIS通信がどうとかなんか凄いことをして
物凄い儲けた魔女だ。

「にゃん!」

少年は鳴く。
希望。
この魔女はチャンスだ。
今日二度目のチャンス。
ご飯にありつけなるかもしれない。
お金持ちというなら。
もしかしたら凄いご馳走をくれるかもしれない。
パンのみみや、
なすびのヘタをくれるかもしれない。

「にゃん!にゃん!」

ピエロ。
道化。
彼は演じた。
楽しんでくれればご褒美。
食べ物。
命。
ください。
ぼくに。

「哀れですわ・・・・・」

哀れという言葉の意味はよくわからない。
だがよく魔女たちは少年にその言葉を投げかける。
だから自分が哀れというものなんだろう。
少年の感情はその程度だった。

どうでもいい。
お願いします。
この哀れにご飯をください。

その気持ちを猫の真似で表現するしか少年には思いつかなかった。

「子猫ちゃん。わらわのもとで猫になりませんこと?」

「へ?」

突然で素の声が出てしまった。

何を言ってるんだこの魔女は。
猫?
猫にはもうなってる。
だから、
だからご飯をください。

「どう、なるの?」

「にゃん!」

「そう、猫になるんですわね」













その適当な返事が、少年の生活を変えた。










- 豪邸 ルカ=ベレッタ家 -




「どうですの?無限変スクで一生ケティになった気持ちは」

「・・・・・・・・」

「なんか感想を言ったらどうなの?人間じゃなくなったんですのよ?」

感想?
いや、
感想もなにも
何が変わったのか。
姿が猫に。
ケティになっただけ。
人間じゃなくなった?
最初から自分は人間らしい生き方などなかった。
いや、人間らしい生き方というのがどういったものかは分からないが、
これほど哀れではないだろう。

生まれてこの方、
周りの魔女達の機嫌だけをとり、
残飯だけを食べて
地を張って生きてきた。

人が始めてもらえるプレゼント。
"名前"ももらえず。
あるのは骨と皮だけでできた体。

それが・・・・毛だらけのケティに変わっただけだ。

変わらない。
とりあえず
この魔女の機嫌をとっておこう

「さ・・・・・最高です・・・・・・・」

魔女はいきなり少年を蹴飛ばした。
いや、ケティを蹴飛ばした。

「がは・・・・・」

「違うでしょ?あんたは猫なのんですわよ?ケティなんですわよ?言葉は全て猫語で話なさい。」

ほれみろ。
何一つ生活は変わってない。

「あら、そういえば猫じゃぁ呼びにくいですわね。あんたなんて呼ばれてたんでしたっけ」

「・・・・・ピエロです」

魔女はケティの頭を掴みかかる。
そして顔を近づけ、
魔女の妖々とした瞳を見開き、
怒りをあらわにしながら言う。

「ピエロです・・・・"にゃ"でしょ?」

そう言って魔女はケティを投げ捨てた。

「でもあだ名じゃ締まりませんわ。せっかくわらわのコレクションになったんですものね
 ・・・・・・・そうですわね。わらわの従者になるのだから高貴な名がいいですわ。
 ・・・・・・・ピエロねぇ・・・・・。そういえば聖人ピエトロ(ペテロ)ってのがいたわね・・・・・
 うん。あんたは今日からピエロではなく、"ピエトロ"。
 このもったいない高貴な名前があんたの名前。分かったかしら?」

名前?
このぼくが・・・・
名前を手に入れたのか。
まるで・・・
まるで生きた人間のようだ。

「さぁ、ピエトロ。とりあえず今日から覚えてもらう事はたくさんありますわ。
 魔法に礼儀。このルカ様の機嫌を損なわぬように頑張ることね」

いや、
やっぱり何も変わってない。
やはり・・・
魔女の機嫌をとる人生なのだ。
機嫌をとり、
少しだけ機嫌をとることができたなら、食を得ることが出来る。
機嫌を損ねたなら暴力を振るわれる。
その人生。
変わったことは・・・
生きる地面が豪華な絨毯に変わったくらい。

「さぁ、とりあえずディナーにしましょうか」

そうして魔女・・・・いや、ルカ様が導いた部屋。
そこには長い長いテーブル。
そしてその上に並べられる。
色とりどりの料理。
それはピエトロが生涯で食べた量より多いのではないかという食のパレード。
見たことのないものがたくさん並んでいる。

「どうしたの。食べなさい」

た、
食べていいのか。
これを
これらを。

テーブルの上のものを凝視する。

魚。
骨の周りに何かある。
魚とは骨で出来ているものじゃないのか。

いつも食べてる草の茎に、
何かおいしそうな丸いものがついてる。
これが果物というものなのか。

「どうしたの?早く食べなさい」

本当・・・・
食べていいのか。
もしかしたら
これが毎日続くのか。
毎日・・・
毎日ご飯が食べれるのか。



この人は・・・・神様だ



少なくともピエトロにはそうしか思えなかった。

一年中闇夜のカレワラ。
闇の中、
闇から一番遠い地面に這い蹲り、
命乞いと道化をしてきた。
闇のような生活。
感情までも暗く染め上げて生きてきた。

闇。
そこに輝く一輪の太陽。

神様。
それがこの人。
ルカ様だ。


ぼくは、

神様の従者になれたんだ。





この日から
ピエトロのケティとしての幸せな生活が始まった。















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雨が降る。

スオミの森に。

そんな雨の中。

ケティが一匹走る。


          「あの猫!ひとの言葉しゃべってる〜!」
          「何?あのケティ・・・人間なの?」
          「・・・・・・・・・・そういう事です」

思い出す言葉。
人間?
何いってたんだあの人間達は。
ぼくはケティ。
人間なはずがないじゃない。

ぼくはルカ様の猫。
ルカ様のケティ。

人間なはずがないだろう


            「さっさとわらわの前から消えなさい!」

ルカのその言葉を思い出すと
ケティがビクりと心に傷が入る。
何年も
何年も
ルカ様のケティとしてやってきたのに。
ルカ様は・・・・
神様は・・・・


             「消えろと言ってるんですわ!」


神様はぼくを見捨てた。



ケティは泣きながら走った。

生涯をかけたものが消え去った。
このまま、
このままあの頃に戻るのか・・・・

いや、
しょうがない・・・・

神の機嫌を損ねたのだから・・・・

機嫌をとる。
それだけに命をかけてきた。

それが失敗した。
だからぼくはもうダメなのだ。


ピエトロは走った。

ただただ走った。

走るしかなかった。

ルカ様は「消えろ」といったのだから。
あの人の、
神のいう事は絶対だ。

だから

ただ走った。




また一人か



ふとそう思った。

そう思った時。
また思った。


ルカ様も一人じゃないのか。


今思い出す。
ルカ様。
ルカ様の周りには
金にたかるハエのような者ばかり。
もちろん自分もそうだが、

ルカ様は寂しかったんじゃないだろうか。

大成功を収め、
億万長者になったが、

人間と魔女の子。
ハーフウィッチとして生まれてしまい、
カレワラでは「人間の血が混じっている」と疎外されていた。

だから、
だからカレワラで唯一の人間であるぼくを・・・・
ぼくをケティ(従者)に選んだ・・・・・・・




ケティは立ち止まった。
そして振り向く。


「ルカ様は・・・・・神は・・・・・・・ぼくを見捨てていない」


ルカ様は、
さっきぼくをいつものように蹴飛ばした。
いつものようにだ。
殺さなかった。
消えろと言った。

ぼくに・・・・

消えろ(生きろ)と言ったのだ。




ケティは走った。
もとの方向へ。

「神は・・・・ルカ様はぼくを見捨てていない!!!!」

走った。

雨の中を。

スオミの森も

もと来た道を。
ルカ様。
神様。




そこに

その場所に戻る。


必死に。

たどり着いた。

だが

残っていたのは。






神様の残骸。





「ルカ様・・・・・・・・」

ピエトロは近寄る。

「ルカ様・・・・こんな所で・・・・地面に這い蹲ってちゃ・・・・・昔のぼくみたいですよ・・・・」


返事をくれない神様。
蹴飛ばしてもくれない神様。

ピエトロはルカの死体の横に座った。

「ルカ様・・・・・・・・・命令をくださいルカ様・・・・
 言われたことはなんでもします・・・・・・・・もとはピエロ(道化)なんだから・・・・・・・・」

返事はない。
だがピエトロは整えられた毛をすりよせ、
ルカに寄り添い。
ただただ話しかけた。

「命令をくださいルカ様・・・・・・・そしてご飯をください・・・・・・・
 ぼくはそれ以外に・・・・・・生きる術を知らないんです・・・・・・・・・・・
 あっ、猫ですか・・・・・・・・ぼくが猫語を話さないから怒って返事をくれないんですね・・・・・・」

ピエトロは

ただただ。

ニャァニャァとルカに話しかけた。

ずっとずっと。


ルカが

神が返事をくれるまで話しかけた。


何日も何日も。


ただただ

ニャァニャァと。


この狭い世界で
唯一人生をくれた神に。
命(食べ物)をくれた神に。





ただただ

ニャァニャァと。






猫は鳴き続けた。






鳴き続けた。









泣き続けた。
















                 






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