ミルレス白十字病院。
産婦人科。
その一室。
その部屋の札にはこのような名前が書いてある。

"エーレン=オーランド"


「アクセル!男の子よ!」
「ははっ!見れば分かるっての!
 でも男の子だったってことは俺が名前決めていいんだよな!」
「感動より先に名前ぇ?ま、しょうがないわね。約束だものね」

アクセルはエーレンの手で泣くわが子をつつく。
生まれてきた新しい命。
自分と自分の妻の、50%と50%を受け継いだ結晶。
いや、できれば95%くらい自分の遺伝子を受け継いでくれないかと
欲張りな父、アクセル。

やわらく、暖かい。
そしてか弱い。
だが・・・・

「きっとこいつは俺のように豪快に生きていくはずだ」
「アクセル。この子にはあんたのようにひん曲がった性格に育って欲しくはないわ」
「ハハ!そうだろうな。でもエーレン。性格の悪さならお前に似る方が怖いぜ?」
「あら、聖母エーレン様にそんな事を言うのかしら」
「その性格がどうなんだって言ってるんだ・・・・
 まぁとにかくさっきも言ったが名前は俺が決めさせてもらうぜ?」
「はいはい。変な名前付けないでね。犬に付けるわけじゃないんだから。
 この間飼い始めた守護動物にだって"お味噌汁"とかわけの分からない名前つけるんだもん」
「わかってるって。俺だって自分の子とGキキの違いくらいわかるっての」
「で、この子の名前は決めてあるの?」
「あったり前だ!」

アクセルは紙を取り出す。
そして鉛筆でつづる。

「俺のような立派な騎士になって欲しいからな」

書き終えたアクセルは
鉛筆をほうり投げ、
わが子の名前の書かれた紙を、妻エーレンの目の前に突き出した。



「この俺、アクセル(AXEL)=オーランドから名前をとって!
 アレックス(ALEX)! この子の名前は アレックス=オーランドだ!」














この日、アレックス=オーランドが誕生した。

















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世界にはいろんな人がいる。
そして世界のかなり多くの人間が環境に不満を持って生まれてくる。

マシソシアに置いて、
生まれ落ちたくない場所NO.1はルアス99番街らしい。
まぁ覚えといても得はないが。

親無し。
捨て子。
虐待。

それらを無しにしても
これから過酷な環境を生きていかなければならない子はいる。

大事な友・家族を亡くす子。
それらさえ手に入れる事ができない人。
望まなくても犯罪に手を染めなければならない。
殺しをはじめ、人を欺いていく事が当然。
食にありつけない。
職にありつけない。
金がない。
安心がない。

まず明日生きているか、
今日を生き延びなければ。

それだけを考え、
他の全ては「しょうがない」で片付け、
心を捨てて生きていかなければならない子がいる。


ただ、
アレックスは逆だった。


「アレックス〜あんた〜ご飯よ〜」
「おぉ〜!今日のハンバーグは大きいなぁ!」
「って呼ぶ前から台所にいるのねアレックス・・・・」
「ご飯がいつできるかなんて匂いで分かるもーん」


悲しく、哀れむような少年時代は
アレックスにはない。

ルアス2番街。
つまりルアスの一等地で生まれた。

平穏面。
経済面。
愛情面。
将来面。

全てにおいて整った家。
オーランド家に生まれついた。

一言でいうと幸せな家庭で育ち

6歳を迎えるまでになった。

それにさらに言うなら幸せな家庭というのは、
一概に裕福だからというわけでなく。
アレックスにとって幸せだったのは・・・・・・・

素晴らしい両親の存在だった。


父のアクセル=オーランドは、
筋肉質ではないが、
豪快で力強い、熱い父だった。
学より武という人間。
自分のような騎士にアレックスを育てたいのだ。

「アレックス!よく食えよ!男は食べなきゃ駄目だ!
 食べて食べて食べて!修行して修行して修行して!寝て寝て寝て!
 んで強くなれ!この親父よりもな!ってまぁそれは無理かな!ハハハッ!」

「うるさいよ父さん〜。言われなくたって食べるよ。おいしいんだもん」

「おぉー?親父様に口答えする気か?ったく。マセて育ったもんだな。母さん似だ。
 それに食べるだけじゃダメだ!ちゃんと修行してるのか?
 食べたものが修行によって自分の血肉になるからよく食べろといってるんだぞ?
 食べるだけならただ太ってくだけだ。モリス銀行長みたいにな」

「修行もちゃんとしてるよー。今日も槍の突き500回。ちゃんとやったよ」

「そうかそうか。そりゃ感心だ!」

父のアクセルは大きな手でアレックスの頭をクシャクシャと撫でる。
二言目には「俺のように強くなれ」が口癖で、
自己中で融通のきかない父だが、
アレックスは父の事が好きだった。
特に頭をクシャクシャされるのは好きだった。

そして同じくらい好きな母の手料理を口いっぱいに頬張った。

「おかわりはあるから慌てて食べなくていいのよ」

母エーレンは優しい母だった。
いや、怒ると怖い。
それはもう鬼のように怖いが、
優しい母だった。
そして大好きだった。

「アレックス。お父さんが稽古に誘うからって、
 そんなに槍の稽古ばかりしなくてもいいのよ?」

「んー。面倒くさいだけで別に嫌いじゃないけど・・・」

「でもね、ただでもアレックスは私に似て綺麗な顔立ちで生まれてきたんだから、
 荒っぽい事は似合わないわ。母さんのように聖母的な聖職者を目指した方が・・・」
「ハハッ!そりゃ顔だけじゃなく、中身までお前のようにひん曲がらっちまうな!」

その言葉に、母エーレンはキッと顔をこわばらせる。
すると父アクセルは「おっと・・・」と言って食事の手を進めた。

「ごちそうさまー」

アレックスが席を立とうとする。

「あら、待ってアレックス。ほら、今日は特大ハンバーグだけじゃないのよ」
「アレックスの誕生日だからな」

「ケーキだぁあああああ!!」

「ほら、ろうそく6本」
「槍の形してるんだぜ?」

「ろうそくなんてどうでもいいよ!ケーキだよ!イチゴだよ!」

「・・・・・・・・・。アレックスは"花よりだんご"か・・・・・。かわいげがないような・・・・」
「むしろ可愛いような・・・・・」

「いっただっきまぁーす!もぐ。・・・・うん。おいしいけどスポンジが少しかたい」

「「やっぱかわいげないな・・・」」

という幸せな家庭だ。
平和を絵にかいたような。
そんな家庭だ。
アレックスはスプーンをおいて椅子を飛び降りる。


「アレックス。お風呂に入るまえに学校の宿題やっときなさいよー」

「もうやったー。分数の計算とか簡単すぎー」

「じゃぁ " 1/2 + 1/2 "は?」

「1/4〜」

「宿題見直してきなさい」


学校。
それは騎士養成学校。
王国騎士団付属の学校だ。

何故そんな所に行ってるか。
単純に騎士になるため・・・・・
というか、
その学校に入るのが当然の環境だったのだ。

大体の子は安定している騎士団(公務員)を目指す。
騎士団学校に入るという選択は至ってポピュラーなのだ。

だがそれ以上にアレックスにはその学校に行くのが当然の環境だった。

何故なら




「あんたー。兜忘れてるわよ兜!」
「あーいらねいらね。俺強いしよ」
「そんな事言って〜。頭無い状態で帰ってこないでよ」
「帰ってこれるか!」

「父さんの頭の中身はいつもないけどね」

「アレックスもうるせぇ!やっぱお前は母親似だ!」

「アハハ、行ってらっしゃい父さん」
「むしろ逝ってらっしゃーぃ」

「あいあい・・・・」

そう言って
父アクセルは背中に槍を背負って家を出た。

父アクセル=オーランドは。
王国騎士団 第8番隊の部隊長なのだ。

王国騎士団の中で52人しか選ばれない"部隊長"の一人
それはとても名誉あることだ。

父アクセルが担当する8番隊は治安維持部隊。
ルアスを中心とした町のパトロールから
周囲のモンスター討伐、悪人の撤去など。

子供のアレックスから言わせれば
"正義の味方"というやつだ。




「おいアレックス!今日の新聞みたか?"《昇竜会》のヤクザ幹部を含めて20人検挙"。
 あれはお父さんがやったんだぞ?凄いだろ!尊敬したか?このアクセル様を尊敬したか?」

「別に〜」

「なっまいきだ!父を敬いやがれ!」

「アハハ」

尊敬というか、
まぁ一番身近な大人の男。
正直、"正義"自体に憧れはしなかったが、
アレックスはそんな偉大な父を見て育った。
父が大好きではあったし、
父がいう事も正しいとも思ってた。

"何かを守るためには力が必要だ。強い騎士を目指せ"
という言葉だ。

だから自分も将来それになるために頑張るのが当然だと思っていた。

そう、
言うならば将来までのレールが用意されていたというやつだ。

そのため、
とりあえず他に目標もないので
馬鹿のように勉強し、
馬鹿のように修行した。


とりあえず騎士になるために。







「うっわぁ、また"槍技"と"戦略学"はアレックスがトップかよ」
「もうピアシングスパイン覚えたらしいじゃん」
「マジで?高等部卒業しても覚える奴そういないらしいじゃん」
「やっぱ親が凄いしなぁ」

「別に普通ですって」

自分に才能が受け継がれていたかどうかは別として、
アレックスの能力には目を見張るものがあった。

王国騎士団付属学校。
中等部3学年。
卒業目前
アレックス=オーランドは13歳。

「ははっ、なぁにが普通だこのヤロぃ」
「年下らしくしろってのぉ〜」
「いつか勝ってやるからな!」

「アハハハ」

実はアレックス。
親の考えで一年早く学校に入学した。
さらに小学部で飛び級も経験。
人より1年早く入学し、
人より2年少ない年月で卒業する。

つまり
学校に入った当初から8年間。
小学部から中等部までずっ〜と・・・まわりは年上の人間ばかりだったのだ。


「アレックス〜」
「帰り雑貨屋いこうぜ!」

「あぁ〜。いいですよ。丁度欲しいものがあったんです」

「んじゃ決定な!」
「それよりアレックス。いまさらだけどよぉ。一応同級生なんだからよぉ」
「だな。別に敬語使わなくていいって言っただろ?」

「あっ、いいんです。方言みたいなもんですから気にしないでください」

持ち前の気質のお陰で、
年上ばかりの中でも友はそこそこいた。

それでも学校にいる間はずっと敬語を使っていた。
年下にタメで話されるとムッとくる人間もいる。
そんな事を気にしないいい奴らもいるが、
面倒を避けるためには、敬語を標準語にするのが無難なのだ。

そういうわけでアレックスは普段から敬語を使うようになっていた。

「爆竹買おうぜ爆竹!」
「明日は卒業式だしよ!パーっとバラまこうぜ!」

「いいですね〜。僕はモンスター学のジェイソン先生にぶつけてやりたいんですよ
 あの人の授業最初から最後まで意味分からなかったんですよね」

「うぉっ、優等生の爆弾発言」
「ハハッ!アレックスは外見そんななのに考えることは面白いよな」

「僕も人間ですから面白い事が大好きですって。それにアレもやるつもりですよ?」

「アレ?アレってなんだっけ?」
「ばっかアレだよ。成績TOPだからアレックスが首席だろ?
 卒業式で校長からひとりで卒業証書もらって、なんか朗読するやつあんじゃん」
「あー。アレックスが証書もらう瞬間にテレポートランダムで飛ぶってイタズラな」

「校長絶対驚きますよ〜」

アレックスは常に優秀な成績を確保していた。
授業と別に、
家でも稽古。
そのうえ稽古の先生は騎士の鏡ともいえる父。
なんてったって父アクセルは王国騎士団の部隊長なのだ。
これ以上の師範はいない。

とにかくアレックスは、
才能うんぬんではなく、
勤勉なる努力でめきめきと成長していった。
毎日の予習復習。
そしてもう3年間続いている"槍の突き500回"

何故そんなに努力できるか。

それに立派な理由なんてない。

父は「自分のような騎士になれ」というし、
環境的には騎士を目指すのが至極当然な環境で育った。
そして他に夢もあるわけではないので

とにかくアレックスは騎士を目指した。







卒業式は無事終わった。

王国騎士団 騎士養成学校中等部を首席で卒業。
周りより2歳年下のアレックスがだ。

あぁ、
一つ訂正するなら卒業式は"無事"・・・とは言えなかったかもしれない。
アレックスのイタズラは見事に炸裂し、
出席していた父アクセルもハッチャケだしたから
爆竹の飛び交う祭のような卒業式になった。


卒業式の後。

アレックスは父と二人。
町を歩いていた。

母は仕事で卒業式にこれなかったので、
父が変わりに卒業式に出席したのだ。
ビールを持って息子の卒業式に出席するとは思わなかったが・・・

まぁこれでも父アクセルは部隊長という立場上偉い。
誰も文句は言えなかった。
そして立場上忙しい身でもあった。
これからすぐ仕事だ。
仕事に行く前に、
ルアスの町を歩きながら父アクセルはアレックスに聞く。

「アレックス。前にも聞いたが高等部に進む気あるのか?」

「ん〜・・・」

「お前はもう、現段階でほとんどのスキル習得してる。
 残りの上級スキルも学校で教える範囲じゃねぇ。いくだけ無駄だと思うぞ」

「でも行かないなら行かないでヒマだし」

「騎士団入ればいいじゃねぇか。若いがお前ぐらいの年の奴も結構いるぜ?
 小学部をひとつ飛び級して、中等部を首席で卒業。文句なしで採用だ
 それに俺のコネもあるしな」

「まだ働きたくないなぁ・・・・」

「出ったメンドくさがり!まぁ当然っちゃ当然か。
 まだ13だもんな。学校の入学を早めたりちょっと俺も急ぎすぎたところがあった
 部隊の部下に自慢したかったが、まぁ好きにしろや!」

「騎士団に入る気にもならないけど、騎士団学校の高等部に行く気もしないなぁ
 十分頑張ったからダラけたいし。それ以上に高等部は給食ないし」

「給食で進学を決めるな・・・・」

正直な所やりつくした感があった。
プレッシャーがあったため、
勉強は腐るほどした。
修行も腐るほどした。
十分頑張って生きてきた。

ぶっちゃけさすがにもう飽きた。

ダラけたいー。

きっとこれから僕は騎士団に入るんだろうけど。
別にそれが夢じゃないし〜・・・
でも別の夢もないし〜・・・
あえて夢があるとしたら・・・・

食っちゃ寝の生活がしたい

「まぁいいアレックス。お前の好きにしていいぞ。
 お前は今までちょっと頑張りすぎて・・・・・・・・・・・・・・・・・」

なんだよ
最後まで言えよ。

とアレックスが思う。

が、父の方を見て目を見開く。

父は片膝を付き、
右手を抱えるその腹。


父の腹は穴が空き、血が垂れ流されていた。


「父さん!どうした父さん!」

「しくじった・・・・」

「ハハハハハ!無様だねぇアクセルさんよぉ!」
「息子と一緒で気が緩んじまったか?」
「あの『止まる事知らぬ一本槍』が片膝ついて赤信号だぜ?」
「王国騎士団のいち部隊長がなさけねぇ。なさけねぇよなぁ!」

気付くと
アレックス達の周りには、

30人ほどの男が囲んでいた。

どいつもこいつも黒いスーツを着ている。
黒尽くめのスーツの男達は笑いながらアレックスを・・・いや、父アクセルを見下していた。

分かる。
こいつらはヤクザだ。
黒いスーツ。
間違いない。
ヤクザギルド《昇竜会》。
世界の裏を牛耳る奴ら。

「父さん!ナイトヒールだ!」
「もうしてる・・・が・・・」

「ハハハハ!無駄だよ無ゥダ!」

ヤクザの中の一人。

一人だけ赤いスーツを着ている男。
多分この中ではリーダー格の男だと分かる。
その男が前に出て話す。

「ナイトヒールの性能と騎士ごときの魔力じゃぁ、その大怪我は治せないだろアクセルさんよ
 この《昇竜会》が若頭!タカヤ様のクローアームは3倍痛ぇだろ?
 おっと。不意打ちが卑怯とか言うなよ『止まる事知らぬ一本槍』アクセル=オーランドさんよ。
 こないだ大事な取引中のうちの兵隊。・・・・20人もパクりやがって。報復は3倍返しだ。」

赤スーツのタカヤという男は腕をパキポキと鳴らす。
そして睨みつける。
ヤクザ特有の威圧感のようなものもあった。

「・・・報復も仕事か・・・・・・・・ハハ・・・・ヤクザも大変だな・・・・
 ・・・・・・・・こんな日中から・・・・真っ黒な服着てよ・・・・」

「うるせぇぜ。あんたの仕事は前から3倍むかついてたんだ。うちの邪魔なんでな
 死んでもらうぜ。3倍後悔して3倍粉々になりな」

「・・・・・・チッ・・・・・」

黒スーツのヤクザ達が全員一歩踏み込む。
各々の武器を持って。
父さんに。
父アクセルにトドメを刺すつもりだ。

「さ、させない!」

アレックスは父の背中から槍を抜き取る。
王国騎士団部隊長の名誉ある槍。
それを手に取る。
呼吸を荒くする。
竹刀以外を人に直接向けるのは・・・・初めてだ。

「・・・・・お、おいアレックス・・・やめろ・・・・」
「い、いいから!」

手に持つ槍は・・・震えていた。

「なぁんだこのガキ!」
「てめぇはアウトオブ眼中なんだよ!」
「ククッ、震えてんぜこのガキ」

「ほほぉ。威勢がいいなぁアクセルの倅。こういう3倍"活きがいい"のもうちに欲しいもんだ。
 そして勇気あるねぇ。ヤクザに槍を向けるなんてなぁ。3倍偉い
 が、3倍長生きしてぇだろ?こっちとしても罪なきガキを殺すのは"仁義"に関わるんでね
 できれば槍を置いてスタコラしてほしいとこなんだがぁ・・・」

「だ、だれが逃げるか!!」

アレックスは叫ぶ。
そして睨む。

「・・・逃げ・・・ろアレックス・・・・」
「逃げない!」
「親父の言うこと・・・がきけねぇのか・・・・」
「聞けない!」
「・・・ったく・・・可愛げのない息子だ・・・・」

アクセルは血を垂れ流したまま、
ハァ・・・とため息をついた。

一方
タカヤという赤服の男もハァとため息をついた。

「しゃぁねぇ。・・・・・・・・オメェラ!あのガキごと殺っちまえ!」

「いいんですかい若頭?」
「リュウの親父の仁義にかかわりますぜ?」

「いい。俺が目をつむる。3枚におろしてやれ」

「しゃぁ!」
「ガキを殺るのは久しぶりだぜ!」

黒スーツのヤクザ達は揚々と盛り上がる。
黒い身なりの中は、黒い心しかないのか。

「下っ端も楽じゃねぇからな。ハメ外せるってもんだな!」
「ククッ、見てくれよ俺のドス(ダガー)新調したんだぜ?
 このガキで筆おろしさせてもらうかな!ドスだけにドスッっとな!」

ドスッ

「そうそうドスっと・・・・・・ぁあん?」

その黒服のヤクザの腹。
そこには槍が刺さっていた。
真っ直ぐ伸びる基本に忠実なその槍の突き。
もちろん持っているのは・・・・アレックス。

「ふぅ・・・ふぅ・・・・父さんを・・・・守る」

「こ、このガ・・キ・・・」

そのヤクザはそれっきり地面に倒れた。
死んだ。

人を殺すのは・・・初めてだった。
だがそれどころじゃないほど血が巡りにめぐるようで、
・・・・・いや、巡るのは血ではなく、
とにかく父を守りたい。
その気持ち。
その気持ちと、命が掛かっているこの状況。
それは恐怖で、
それは必死で、
それだけでいっぱいで。

槍を振り回す。
阿呆のように修行したせいで体が覚えている。
必死と忠実が混じる槍術。
が・・・

「ガキぃ!」
「大人を!・・・・極道をなめるなよ!」

やはり・・・
歯が立たなかった。

30対1
しかも相手は"その道"の人間。

たしかにアレックスは優等生。
飛び級して、首席で卒業。
13歳でそんな人間はそうはいない。
が、
それも人一倍修行したからというだけ。
能力的にはピアシングスパインを覚えた・・・というレベル。
世間的にはただの中の上の人間・・・といったところだ。

ただの下っ端ヤクザに蹴飛ばされ、
アレックスは思う。

力が欲しい・・・
人を守るには力が必要だ・・・・
力が・・・・
武力が・・・・
父さんの言っていたことは正しかった。
力がなくては・・・
何も守れないんだ。

自然と・・・涙が出ていた。

自分の無力さに。
そして父を守れないという事に。

大怪我をしている父に、
自分は何もしてやれない。
このままでは父は死んでしまうのに。
どうしてやることもできない。

守ることさえ・・・・

涙が・・・
悔しいという感情の涙だけが垂れ流されていた。

「ヤクザをなめると・・・こわぁーいぜぇ?」

黒服のヤクザ。
ただの下っ端。
そんな奴がアレックスの胸倉を掴む。
胸倉を掴んで持ち上げられる。

「えんえん泣くんじゃねぇぞ泣き虫が!」

そのヤクザが拳を振り上げる。

情けない事に・・・
アレックスは目をつぶってしまった。

恐怖を感じて。

が、
いつまでたっても拳がとんでこなかった。

何か悲鳴が聞こえる。
自分の体が地に落ちる。

ソッとアレックスは目を開けた。

すると、
自分の胸倉を掴んでいたヤクザは・・・・

青色の炎に包まれて燃えていた。

「ぎゃああああああぁぁあぁっ!」

蒼炎に包まれて転がりまわるヤクザ。
何が起こったかわからなかった。


が、その声を聞いて全てが分かった。


「アレックス。男の子がわんわん泣くんじゃないの」


母だった。

母エーレン=オーランドだ。
鎧に包まれたその体。
家の台所に立つ時と違う、
引き締まった顔つきと目力。

「な、なんだあの女聖職者・・・・」
「『聖母』だ・・・・」
「あん?」
「アクセル=オーランドの妻の・・・・『聖母』エーレン=オーランドだ!」

『聖母』
それが母のあだ名だった。
そう。
母の仕事も王国騎士団。
それも部隊長。

第16番医療部隊 部隊長。
『聖母』エーレン=オーランドその人なのだ。

母はとことこと歩き、
アレックスの横に来る。
そしてアレックスの頭の上に手を置き、
一言「でもよく頑張ったわ」と言い。
通り過ぎた。

「まったくあんたもダラしないんだからね。それでもあたしのダンナなの?」

そう言って母は、右手を父、アクセルの腹の傷に当てる。
回復魔法だ。
スーパーヒールである。
見る見る父の腹の傷がふさがっていく。

「な、あの大怪我が一瞬で!?」
「あれが大陸一の聖職者の回復スペルなのか!」

ヤクザは手を出すのも忘れ、
驚愕だけを感じていた。

その間に父アクセルの怪我は完治し、
父アクセルはスッと立ち上がった。

「いやぁ、しくじったぜ。息子の前で恥かかされるとは、まだまだ俺も甘いな」

そう言って父はカキコキと首と肩を鳴らし、
アレックスの横に来る。
そしてアレックスの頭をポンと叩き、
「カッコよかったぜ」と言って槍を取り上げた。

「アレックスよぉ。親父の強さっての・・・見せたことなかったな
 尊敬させてやるぜ?泣いてねぇで眼ぇ開いて見てろよ?」

「見、見てるよ・・・・」

「見失うなよ?」

父は槍を構える。
それは特異な構え。
斜め45度に槍を持ち上げ、
相手へと突きつけた構え。
左手はそっと槍に添える。
そう、
言うならば剣技の"牙突"の構え。

「よぉヤクザども。そしてアレックス。ここで授業だ。
 ピアシングボディ・・・ピアシングスパイン・・・・"ピアシング"の意味・・・知ってるか?
 とっても単純だ。ピアスとかの穴をあけるピアシングの事だ。
 そう、これからオメェラのボディ(どてっぱら)を一人残らずピアシングしてやる!!!!」

瞬間。

父の姿が消えた・・・・
ように見えた。

気付くと、一人のヤクザの後ろにまで動いていた。
槍を突ききった状態で・・・・。

そしてそのヤクザの腹には、
槍が通り抜けた空洞ができていた。

「お・・・・俺の腹・・・どこ行っ・・・・・・」

それっきりヤクザは倒れさった。

「なっ、速っ!」
「やべぇぞ!」

「ハハハッ!ドンドンいくぞテメェら!このアクセル様はノンブレーキだ!」

気付くとまた父の姿が無かった。
見つけた時には、
父は槍を突ききっていて、
一人のヤクザに大穴が開いている。

そしてまた消える。
またヤクザに穴が空く。

また一人、また一人と
突き抜けていく。
数珠を繋ぐかのように穴を開けていく。

言うならば瞬足移動型のピアシングボディ。
アクセルの槍は、
風が通り過ぎたかのように相手を突き抜ける。
一撃必殺の威力と速さ。

相手はいつ食らったかも気が付かない。
気付くと自分の腹に大穴が開いているのだ。

「そこっ!並んでるとあぶないぜ!」

次の一突き。
一気に二人を突きぬける。

二人のヤクザの腹には、
子供が砂山に開けるほどの穴が掘られている。

「み、見えねぇ!」
「こ、これが『止まることを知らぬ一本槍』の実力か!」
「騒ぐな!速いだけでただの移動式ピアシングボディ・・・ごはっ!」

一突き、
一突き、
一突き。

そのたびに人に穴が空いていく。

アレックスは思う。
これが・・・力。

父は今、その強大な力で戦っている。
力あるからこそ、
この情けない僕を、
そして愛すべき妻を守る事ができる。

アレックスは本当に理解した。

人を守るには力が必要だと。

「わ、若頭!」
「タカヤさん!もう・・・・」

「チッ!一端退くぞ野郎ども!」

赤服の男の一声で、
わずかに残るヤクザ達は逃げていった。

そしてやっとその場に静寂が戻った。


「どうだ?アレックス。父さん強くね?まじ尊敬!ってやつだろ」

そう言って父はアレックスの頭にポンっと手を置く。

「アレックス。父さんのようになりてぇ!って思ったろ?」
「あら、嫌よねアレックス。こんな野蛮になりたくないわよね?
 この人こんな事言いながらもさっきまで腹の怪我かかえて"痛い〜!痛い〜!"って泣いてたのよ?」
「なっ!んな事言ってねぇだろ!」
「あーら。でも私がこなけりゃ死んでたのよ?
 妻が美人な上に世界一の聖職者でよかったわね〜」
「なぁにが!俺だって世界一の騎士・・・・・」
「そんなのロウマに勝ってから言いなさい」
「クッ・・・・」

「父さん・・・母さん・・・・」

「ん?」「どうしたのアレックス」

「僕、養成学校の高等部に行くことにします」

「ほーぉ。父さんのようにもっと強くなりたいと思ったか?」

「えっと・・・違う。僕、聖職者学部に行くよ・・・・・」

「んあ?」
「あら!聖職者になるの?!やっぱりアレックスはそっちの方が似合うわよ!」

母エーレンはパチンと両手を合わせ、
嬉しそうに笑う。

「でも家では騎士の修行をする」

「?」
「なんだ?アレックス。騎士になりたいのか?聖職者になりたいのか?」
「どっちなの?」

「両方なりたい。僕は欲張りなんだ」

そう、
さっき分かった。
人を守るには力がいる。
力がなければ、何も守れない。

けど、
またさっき分かった。
守る力があろうがなかろうが、
力だけでは人を助ける事ができない。
人を助ける力も欲しい。


僕は・・・・両方の力が欲しい。


母は、アレックスの頭を撫でる

「聖職者学部は6年制よ?」
「サボれなくなるけどいいのか?」

「いい。僕は欲張りなんだ」

「そうか」
「頑張りなさい」

「はい」

人一倍努力してきた。
でもそれ以上しなければならないかもしれない。
だけど、
・・・・
不思議とやれる気がした。

「じゃぁ!夕飯にでも食いに行くか!」
「そうね。アレックス。何食べたい?」

「寿司!ルケシオンで寿司が食べたい!」

「うっお贅沢」

「さっき言ったでしょ父さん。僕は欲張りなんだ」







6年後。

アレックスは無事、王国騎士団養成学校高等部、聖職者学部を卒業。
さらに学院まで進み、

22歳の時点で、
聖職者の称号を得る。
そして騎士の修行も平行し、
騎士も極める事に成功した。

人を守り、
人を助ける力を併せ持つ者。

勤勉なる努力のみで二つの力を手に入れた
欲張りな騎士。


聖騎士アレックス=オーランドの誕生だった。


















                 






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