「まだ降りるんですか?」
「そりゃぁ階段がある限りは降りるさ」


地下へと続くその階段。

その階段をコツコツと下りる。


死んだ宿の下へと進むその様は、
まるで墓へもぐる死体の気分だった。


「幽霊出てくるぜ〜?カカカッ!」

幽霊を信じていると知るやアレックスをからかうドジャー。
そんなドジャーにアレックスは呆れて話す。

「ドジャーさん・・・幽霊を信じている=幽霊が怖いってんじゃないんですよ」
「なぁんだよつまんねぇの。お前はまったく可愛げがねぇなぁ」
「そうですか?カッコよさと可愛いさが混じる最高の物件だと自分では思ってますよ?」
「そこが可愛くねぇんだよ!」

アレックスは笑う。
やはり人に馬鹿にされるより
人を馬鹿にするほうが楽しい。

そんなアレックスの視界に、
ひとつの光明が飛び込む。

「あっ、光・・・・・」
「おぅ。やっと部屋か」

階段が途切れ、
とうとう地下の部屋へと繋がった。
冷たい空気のその部屋。
その部屋にアレックスとドジャーはアレックスは足を踏み入れる。

「う・・・・わ・・・」

アレックスはその小さな部屋を見て小さな声を上げた。

その部屋。
小さな部屋。
狭い部屋。
灯りはあるが、日光の届かぬ地下ゆえに適度に薄暗い。
そしてその弱き灯りに映るのは、

まず壁全ての本。
四方が本棚になっているのだ。
まるで古今東西の本を集めてきたかのような本の数。
どの本も難しそうなハードカバー。
スペルブックもほとんど揃っている上に見たことのないスペルブックまであった。

そしてそしてたった一つの机の上に並ぶ・・・・研究道具。
試験管やらオーブ。
ステリク・マナリク。その他なんとも分からぬ液体。
ファーマシー一式。
開かれた研究本と記録紙とスペルブック。

一言で言うと・・・・

「研究者の研究室(ラボ)って感じですね」
「感じっていうかその通りさ。何せここに住んでいるやつはこう呼ばれてる・・・・・」

「誰ですか。ノックもなしに私の部屋に入ってくるとは」

突然声が聞こえる。

この小さな部屋のどこから・・・
と思うが、答えは簡単。
真ん中の机の向こうの椅子。
アレックス達に背を向けた逆向きの椅子からだ。

「おぃ、ミダンダス。俺だ。ドジャーだ」

「ドジャー?それはまた随分と懐かしい人物ですね」

椅子がクルリと回り、
その人物は姿を現す。

「ほれ見なアレックス。世界一のひきこもり。
 『ロストプロフェッサー(失われた研究者)』ミダンダスの登場だ」

アレックスは見た。
が、第一印象としては・・・・・・・・・・・・・・・・・・うさんくさい。

まずローブのフードを深くかぶっているその姿。
顔以外の全身をローブで包んでいる。
怪しく、陰様に感じられる。

そして丸く、光を反射する・・・・・・・・眼鏡。
まるで目に映る感情を隠しているようだった。

「ひさしぶりだなミダンダス」

ドジャーの挨拶を聞くと、
ミダンダスは眼鏡を人差し指でくぃっと持ち上げて返事をする。

「ひさしぶりですね。10ヶ月ぶりぐらいでしょうか?」

「あぁ!?アホかおめぇ!前に会ったのは5年前くらいだ!」

・・・・・・・・・・・・は!?
聞き流しそうだったけどそれは間違えすぎだろ!
どんな時間間隔してるんだ・・・・

「そうですか?いやはや、朝も夜もないこんな地下にいると時間の感覚が狂いがちでしてね
 それに研究に没頭すると時間が過ぎるのなど早いものでして」

ミダンダスは眼鏡をくぃっとあげた。

アレックスは思う。
時間感覚が狂うにも狂いすぎだろと
その感覚はアレックスには考え付かない感覚だった。
だって
太陽がどうこうなど関係ない。
何故なら、
人間は一日三回決まった時間にお腹が鳴る。
それだけでカレンダーをめくる事は可能だ。
・・・と
アレックス独自の考えをもっていたからである。

まぁともかくアレックスは挨拶をしようと思った。

「こんにちはミダンダスさん。僕はアレックスと言います。アレックス=オーランドです
 ドジャーさんは僕の事を"アレックス兄貴"と言って尊敬してくれてます」
「はぁ!?いつ俺がそんな風に尊敬したってんだアレックス!」
「夢の中で」
「知るか!」

アレックスとドジャーのそんな他愛のない会話。
ミダンダスはどうでもいいといった顔つきで返事をした。

「そうか、お前らの関係はよく分からんし知りたくもないが、
 私はミダンダス=ヘブンズドアだ」

「よろしくお願いしますミダンダスさん」

そう言ってアレックスは握手を求めようとした。
だが、
ふとその時、自分の異変に気付く。

なんだ・・・
握手をしようにも・・・・

足が・・・・進まない。

「アレックス君」

ミダンダスは眼鏡をまた片手で持ち上げた。

「残念ながら私からは"よろしく"とは言えない。私は誰よりも人を信じない人間でしてね
 ドジャーの知り合いとはいえ・・・・・失礼だがそれ以上近づいて欲しくありません
 まぁ・・・・・・近づきたくても近づけないと思いますが・・・・・・・・」

アレックスは足元を見る。
そして気付く。
最初は気付かなかった。
あまりにも不自然が自然なもので気付かなかったのだ。

地面全体に・・・・・・大きな魔方陣が描かれている。

ホーリーディメンションだ。

「私は警戒心が人一倍強いのでね。
 近寄りがたい人・・・・とよく言われますが、正確には"近寄れない人"・・・・というわけです」

ミダンダスは眼鏡をくぃっとあげた。

「な、なるほど・・・・
 ドジャーさんがミダンダスさんの事を"世界一のひきこもり"と呼んだ意味が分かりました・・・」

アレックスは最初から思い起こす。

「一般人なら誰も立ち寄らないスラム街、ルアス99番街・・・・・・・そのさらにはずれ。
 そんなところにポツンとたたずむ古びた宿屋の廃墟。
 その宿屋にある、普通なら見つかるはずのない隠し通路。
 いや、普通ならこんなところに隠し通路があるなんて思わないでしょうね」

「ふん。私の研究室を見つけるなど、ツチノコを見つけるより至難だ」

「ですね。そしてさらに奥の研究室・地下室。
 その部屋には近寄れないホーリーディメンションの魔方陣。
 それでももし、万が一・・・・宝くじが当たる確率の1/100の確率でここまで突破されたとして・・・

アレックスがミダンダスを見る。

「そこにいるのは、5年以上も人に心を許さない研究者が一人・・・・・・・・」
「カカカッ!そういうことだ。
 こんなにオブジェをかくまってもらうのに打ってつけの奴はいないだろ?」

なるほど。
とアレックスはもう一度思う。
だが、突然アレックスとドジャーに訪ねられたミダンダスは、
状況を理解していなかった。

「オブジェ?なんのことだ」

「ん?あぁ。シンボルオブジェクトだよ。それを預けようと思って今日来たんだ」

「ふん。そういう事ですか」

ミダンダスはまた眼鏡をクィっとあげる。

「また大層なものを手に入れたものですね。いや、大層すぎるものだ。
 でもそんなものを他人に預けようという神経はどうなんだ?
 私がオブジェを悪用したらどうするんだ」

たしかに・・・・ごもっともだ。

「カッ!決まってる。ミダンダス。てめぇが安全だからだよ。
 おめぇはオブジェについてからっきし興味がない。そうだろ?
 俗世での名誉・金・そして人間らしい人生よりも、
 こんな暗い墓場みたいな研究室で研究漬けの毎日を選んだんだからな」

「ふん。私の事はよく分かってるようですねドジャー。
 ですが逆にそれがどういう意味かも分からないのですか?
 あなたの言うとおり。たしかにオブジェに興味はない。いや、どうでもいいんだ。
 つまるところこんなもの預けられても邪魔。やっかい以外のなんでもない
 私は静かにここで研究を続けたい。何者にも邪魔されることなくだ。
 つまり答えとしては・・・・・NO。他を当たってくれ」

そう言ってミダンダスは椅子を回転させ、
アレックスとドジャーに背を向けた。
まぁ当然といえあ当然の結果なのだが、
アレックスは「感じの悪い人」と感じた。
こっちが頭を下げて頼んでるんだからいいじゃないか・・・と。
全然頭を下げたりはしていないが。

「まてよミダンダス」

ドジャーが声をかけなおす。

ミダンダスは「なんなんだ」ともう一度椅子を回し、
こちらを向いた。

「じゃぁもう頼まねぇ。こっからは命令・・・・いや、脅迫だ。
 預かってくれねぇのなら、俺はココの事を世間にバラすぜ?」

ドジャーはニヤりと笑いがなら話を続ける。

「ミダンダス=ヘヴンズドアの行方。知りたい奴なんざ世界にごまんといる。
 神、聖、魂に関する術。アスガルドにミッドガルド。それらの研究に精通する最高の聖職者。
 ミダンダス=ヘヴンズドアの研究は金になるし、役にたつ。
 だがある日、お前はここに消えた。部屋で爪きりをなくした時のように突然にだ。
 だから『ロストプロフェッサー(失われた研究者)』と呼ばれ始めるたよな?」

ふむ。
有名なんだなぁ。
僕は知らなかったけど恥ずかしいから黙っておこう。

「もし・・・・・・・俺が一言世間に「ミダンダス君、見ぃつけた♪」・・・って公表したら。
 どうやってもお前の研究とお前の力が欲しい奴らは、この場所に蛆虫のように押し寄せるだろうよ
 カカッ!分かるだろ?俺の一言でお前の研究漬けの毎日は消えうせる」

「・・・・・・・・・・」

ミダンダスは黙った。
無表情で。
ただ、また眼鏡を片手で持ち上げた。

「ドジャー・・・・・正直君がそういった条件を出してくるだろうとは思っていました」

うそつけ

「カッ!なのに一回断ったのか?」

「引き下がってくれる可能性がある以上一回は断ってみますよ。
 が・・・・・・もうしょうがない。オブジェは預かろう」

いろいろ思ったが、
預かってくれるという事でアレックスはホッとした。
いろんな意味でだ。

まずこれ以上に良い隠し場所がないので、
ここに安置したかった・・・というのがひとつ。

もうひとつは・・・・
ミダンダスの性格、いや、"位置"である。
ギルド戦争とは無関係であるという事だ。
いや、正確には"無関心"であるということが重要なのだ。
味方以外の人に預ける以上。
それは絶対条件だからだ。

「だが、ドジャー。・・・ついでにアレックス君。
 ひとつだけ・・・・・・勘違いしてもらいたくない事がある」

「?」
「なんだよ」

ミダンダスは眼鏡を持ち上げたあとに話す。

「私は俗世に興味がないわけではない。
 私は世界史に残るような素晴らしい研究結果を出したいのです。
 私にできる最大の成果をもってね。
 だから研究に一番いい環境であるココで研究に明け暮れているのです。
 ただの研究オタクみたいに思っては欲しくない」

いや、どんな理由だろうと研究オタクに違いはないだろう・・・・
アレックスは思う。

が、それに地下にひきこもるくらいだ。
ミダンダスの研究に対する意欲。
それは並大抵の意思ではないのだろう
何故ならこんな食の不便な場所に引きこもろうと思うくらいだ。
アレックスには考えられない。
いや、考えたくない。

「で、いつまで預かればいいのですか?」

ミダンダスが問う。
まぁ当然の問いだ。
あげるわけじゃないのだから。

「あぁ〜・・・・そうだな・・・・」
「とりあえずGUN'Sと一段落したらがいいんじゃないですか?」

「《GUN'S Revolver》・・・・・・か。面倒なところと関わってますね
 あそこのギルドマスターは頑固だ。なかなか諦めてくれることはないだろう」

ミダンダスの言葉。
それにアレックスとドジャー反応し、
真剣な表情になる。

「・・・・・知ってるのか?」

「知ってるさ。よぉくね」

「会った事があるんですか?」
「GUN'Sのギルマスのドラグノフは人前に姿を出さないことで有名なんだぜ?」

「会った事があるかと言われると・・・・・・ふふ、どうかな」

ミダンダスは意地悪な笑みを浮かべて眼鏡を持ち上げた。
アレックスには分かる。
"何かしら知ってるけど教えてやろうかな。どうしようかな"
そんな笑みだ。
アレックスは焦らされたのがなんかくやしかった。
あの眼鏡の動きがなんか悔しさを増徴させるのだ。
クソォ、眼鏡が欲しくなってきた。

「ま、神や世界・・・ミッドガルドやアスガルド。
 そんな研究をしてるといろいろあるものですよ
 それもまぁ過去の話。どうでもいい話です」

「濁すなよミダンダス。GUNSについて何か知ってるなら教えろっての!
 GMについて知ってるならなおさらだ。頭を叩くのが一番効率がいい」
「早く事が片付いた方がミダンダスさんにとってもいいんじゃないですか?」

「さっきも言ったが、私はあまり関わりたくないんですよ」

ミダンダスは机の上にあったフラスコを片手にとって軽く振った。
そして"アスガルドについて"・・・・みたいな研究本を横目に見る。
研究の方が大事なんだと言いたげだった。

「ま、ですけどアレックス君がいう事も一理ある。
 私も事は早く片付いた方がいい。だから・・・・・・ヒントだけ教えとこうか」

ミダンダスは眼鏡を持ち上げ、
そして数秒の間をあけて・・・言った。

「"ミッドとアス"。これがキーワードです」

ミダンダスは自身ありげだった。

「アス?ミッド?」
「アスガルドとかミッドガルドとかの話ですか?」
「それらとGUNSに何の関係があるってんだ。
 いや、っていうか何のヒントなんだ。GMのドラグノフの居場所か?
 GUNSのアジトがアスガルドにあるとかわけの分からん事は言わないだろうな?」

「いや、そんなたいした意味じゃないんですよ。
 何事も繋がってる。いいたい事はそこですよ。
 地と空。つまりアスガルドもミッドガルドのようにね。
 繋がっている。つまり順々に手繰り寄せていけばいつか結果に到達するんです。
 まるで研究のような話ですね」

「カッ!地道にGUNSの尻尾を手繰り寄せていけって言いたいのか」

ミダンダスはニコリと笑い。
眼鏡を持ち上げた。

「まぁとにかく私は無関係でいたいんですよ。
 話はこれくらいにしよう。オブジェを渡してくれ」

ドジャーは少し煮え切らない・・・といった表情だったが、
アレックスからオブジェを受け取り、
ミダンダスへと放り投げた。
ミダンダスはそれをキャッチし、
「たしかに」とだけ言って引き出しにしまった。

「じゃぁこれくらいで帰ってくれ。研究の続きがしたい」

ミダンダスは椅子を回し、
またドジャーとアレックスに背を向けた。
そしてのそのまま言う。

「次に会うときはGUNSと一段落する時だったね。
 僕もこんな用事長く続けたくないから早めに片付けてきてくれよ?
 この地下の底で思い出した時くらいは応援してる」

「カッ!明日には忘れて研究に没頭してそうだけどな!」

たしかに・・・
年単位で時間の感覚が狂う人だ。
今度きた時は
「久しぶりだね。なんのようだい?」
とか言ってそうだ。

「じゃぁ帰ろうぜアレックス」
「そうですね」
「ミダンダス!地面のホーリーディメンション解いてくれ!」

「あぁ、そういえば固定されてたんでしたね」

ミダンダスが指をパチンと鳴らす。
すると魔方陣の光が消えた。
だが、部屋の床には魔方陣の絵柄は残ったまま、
どうやらこの部屋自体に魔方陣が描きこんであるようだ。

ともかくアレックスとドジャーは魔方陣から出た。

「まぁ、応援すると言ったからには少しくらい誠意を見せましょうか」

ミダンダスは突然そんな事を言った。
と思うと次にミダンダスは、
指をパチンと鳴らした。

すると突然魔方陣がまた光る。
しかも先ほどより強く。

「ホーリーディメンションを強化しました。
 これからは人もこの部屋には入れません。
 モンスターがホーリーディメンションの中に入れないようにね」

何者も入ることさえできないホーリーディメンション。
つまりもう魔方陣の中は聖域。
絶対無敵バリア。

「カッ!世界一のひきこもり。パワーアップ!ってか?」
「でも本当に凄い・・・・・・こんな凄いひきこもりは初めてですよ・・・」
「カカカッ!絶対人がこないとこにいる上にバリア張ってるわけだからなぁ!」
「誰もこんなところにひきこもりがいるとも知らないのに、さらにひきこもってるわけですからね」

「ひきこもりひきこもりうるさいな君たちは、さっさと行ってくれって」

「あいあい」
「それでは、全て片付いたらまた来ます」
「来ないと会えないからな!ひきこもってるから!カカカッ!」

そういい残し、
アレックスとドジャーは、
この地下研究室をあとにした。


ミダンダスの人格に問題があるとはいえ、
これでオブジェは安心である。

もし《MD》が全滅した場合、
永久にオブジェが地の底・・・・ということさえあり得る。
それくらいの安全。

階段を昇るアレックスとドジャーは、
取られないという点では、
根底から安心できた。

「あー!なんか一つ問題が片付くとスッキリするぜ!」
「ですね!ぱぁ〜っとご飯食べましょう!」
「あん?おめぇがぱぁーっと食べるのはいつものことじゃねぇか!」
「んじゃさらにぱぁ〜っと食べましょ!」
「・・・・・」

ドジャーは顔を覆う。

「お前もミダンダスのとこにしまっといてやりたいぜ・・・・」
「そりゃゴメンですね」
「カカカッ!だろうな!・・・・・・ま、」

ドジャーはアレックスの肩に手を回す。

「今日はマリナんとこで存分に食って飲むとするか!」
「そういうところがドジャーさんのいいところです!」

鼻歌まじりの二人。

問題、
重荷が片付くのはいいことだ。

だが、

マリナ不在の「Queen B」が
大変なことになってるのはまだ知らなかった。
















                 






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