外で・・・・
ミルレスで何が起こっているかは分からない。
いや、
大概の予想はつく。
あまり考えたくない予想だ。
アインハルトが掃除と言っていた事から想像できる。
悪夢のような想像がだ。
・・・・
最悪を想像したくないが、
目の前にいる男は最悪を行う男で、
最悪を実現することができる男なのだ。

「クク・・・・・・・・古都ミルレス・・・落つ・・・か」

アインハルトが悪魔のような微笑を浮かべながら、
嬉しそうに、
いや誇らしげに、
感傷深いようで、
それでいてまるで他人事のように言う。

「ふん。古都などいらん。これからは我が作る世界がくるのだから。
 そして歴史などいらん。これからは我の創造する世界だけが絶対なのだから」

アインハルトが拳を握る。
ただ一人の男が拳を握っただけ。
だが、
まるで世界が、
星が握りつぶされたかのような錯覚さえ起きる。

「このっ・・・・」

ドジャーが震えている。
武者震い?
いや、恐怖が混じっている。
だが、
ドジャーの確固たる意志が言葉を漏らした。

「好き勝手言いやがって!!!」

ドジャーが・・・・
武器を構えた。
それがどういう意味なのか。
・・・・
分からないはずがない。
戸惑うアレックス。
戸惑うジャスティン。
だが、

「クソッ・・・やぶれかぶれだ・・・」

ジャスティンも鎌を構えた。
ドジャーがやるならば・・・・自分も命を張る。
そういった心の表れ。
震えてはいるが強気意志。

「ド、ドジャーさん・・・ジャスティンさん・・・・」

アレックスの視界の前。
そこで武器を構える二人の友。
ドジャーとジャスティン。

アレックスが唇をかみ締める。

どうなるか・・・・
決まっている。
あの人に対して武器を構えた。

それは・・・・・・・自殺よりやってはならない禁忌(タブー)。

いうならば・・・愚かに近い行為。
そして・・・アレックスにしてみれば・・・・
ひとつの結果しか想像できない惨劇。
それを考えると・・・怖い。
どうすればいいのか・・・
止められるのか・・・
自分に二人を助けられるのか・・・・

アレックスの頭の中には・・・・
加勢するという選択肢はなかった。
あまりにも目の前の者の強大さを知っているから・・・

「この野郎!!」
「やってやる・・・やってやる・・・・」

「ほぉ」

アインハルトが見下し、
握った拳の指を、一本づつ広げていった。

「カス共。それほどまでに命を欲しないか。
 くだらん。実にくだらん。お前らが我に刃を向けてどうなる?
 世界が変わるか?歴史が変わるか?・・・・・我をどうかする事ができるのか?
 否。お前らがただ朽ちるだけ。世界に何の影響さえない。
 それは一瞬の自己満足。それは道端の木の葉がゴミのように朽ちるが如く。
 カスなお前らのノミのような意志は・・・・・・・・何一つの結果も生み出さない」

アインハルトの腕。
メキメキと唸る。
口元が邪悪に歪む。
何をするのか分からないが・・・・
終わる。
殺される。
それだけが分かる。

「我に一瞬の不快を与えた事だけ褒めてやろう。朽ちるがいい・・・・・カスめ」

やられる・・・。
ただ道端の煙草の煙を踏み消すように・・・
燃えるような意志でさえ・・・なんなく・・・
彼は簡単に消してしまえる。
・・・・・・いけない。

「騎士団長!!!!」

アレックスが咄嗟に叫んだ。
必死の叫び。
いや、叫ぶだけではどうにもならない事は分かっている。
アレックスが飛び出す。
そして・・・・

「・・・・っ!?」
「・・・がっ!!」

ドジャーとジャスティンの頭を・・・・・・・
おもくそに地面に打ち付けた。

「僕らに逆らう意思など些細もありません!!!」

アレックスが叫ぶ。
左手にはドジャーの頭。
右手にはジャスティンの頭。
その両方を堅い地下の地面にうちつけたまま、
アレックスがアインハルトに頭を下げ、見上げる。

「・・・・痛っ・・・」
「アレックス・・・テメっ・・・・」

アレックスの両手の下で、
ドジャーとジャスティンの頭は地面に打ちつけられたまま、
ただただ赤い血を垂れ流していた。
だがアレックスはそんな事に躊躇もしない。
そのままアインハルトに頭(こうべ)を垂れる。

「ドジャーさん・・・ジャスティンさん・・・・おとなしくしててください・・・・」

そうアレックスは歯を食いしばりながら、
二人の仲間の頭を地に押し付けた。
その様子にアインハルトは、
喜びのような興を楽しむような笑みをこらえきれなかった。

「クク・・・・ハーハッハッハ!!!アレックス。お前は本当に面白い。
 お前はなんとくだらん事をするカスだろうか!!!」

アインハルトがアレックスを見下しながら、
漆黒の目線を差し込む。
何もかも見透かすような・・・
無限に続く螺旋を帯びた目で。

「分かるぞ。我には"理解"はできぬが・・・・カスの"考え"くらいは分かる。
 仲間を我に消されたくない。それ故に出た最善の策。・・・クク。
 そうまでして命が助かりたいか・・・・そうまでして命を助けたいか!
 狼も王の前では生きるために頭を垂れる。まるで獅子の尾を借る狐だな」

まるで弄ぶように、
アレックスがどうする事もできない事を分かりながら、
アインハルトは嬉しそうに見下している。
自分の絶対的な力になんの疑いもなく、
そして目の前のカス共の大事な人生をどうしてくれよう。
そんな玩具を見るような冷たい目。

「生きたいか。そうまでして生きたいかアレックス。
 誇りや信念を捨ててまで生きたいのだな。・・・フッ。
 たしかに命を落としてはそれはまで。だが生きれば次がある。
 お前の心の底で・・・この我に反する狼の心があったとして、
 カスなりに悪あがきをしたいのならば・・・まず生きなければな」

コツン・・コツン・・・とアインハルトが少々前に出てくる。
が、
アレックスは変わらず頭を垂れたまま。
自分の意志を拒絶し、命を乞うたまま。

「だが、お前の親のアクセルとエーレンは自由を選んだぞ。
 不自由を手にするくらいならば・・・・・・・・死を選んだ。
 だがその二人の血を引いていながらお前の低落はなんだ?」

ドジャーが頭を地面にうちつけられたまま、ソッと横を見た。
そこにあったアレックスの表情は・・・
見たこともないような表情だった。

震える苦悩の表情。
血が滴り落ちているのにも関わらず、
噛み切るように・・・・・強く強く・・・唇をかみ締め、
瞳孔まで開かれたような目は恐れと悲しみをこらえているようにしか見えない。
涙ではない形で目が表現している。
そして心ごと震えている。
まるで鬼に飲み込まれたように。
まるで鬼に心を握られているように。

「アレックス。お前がオブジェを持って逃げたと聞いた時は、
 オーランドの血が再び我を楽しませてくれると思ったがな・・・・」

コツンコツン・・・と足音が響く。
胸が苦しくなる。
アインハルトが近寄ってくるのだ。
見なくてもも分かる。
終わりが近づいてくるような感覚。
そして・・・
それが今、目の前に・・・・

「・・・・・・ぐっ!」

アレックスが思わず呻き声をあげた。
アインハルト。
彼の足が・・・・

アレックスの頭を踏みつけた。

「どうしたアレックス」

愉悦の笑みでアインハルトがアレックスを見下ろす。
足の裏でアレックスの頭を踏みつけたまま、
ガリガリとアレックスの頭を踏みにじる。

屈辱・・・・
などというものはなかった。
堪えねばならない。
ここはただ耐え切らなければならない。
ただその思考が頭を支配していた。
だが・・・・

「そうか。誇りがないのだなカスめ」

アインハルトの言葉に胸が苦しくなる。
この人はどれだけ人の心を踏みにじるのが上手いのか。
孤高の存在でありながら、
誰よりも人の心を理解するのに優れ、
それを簡単に玩具にして陥れる。

「お前だけ誇りも持たず終焉戦争から逃げたなぁ。
 お前の仲間たちは誇りを胸に惜しみなく命を投げ出したというのにな。
 そして・・・・・・お前の父と母もな!」

「・・・・・・・・うぐ・・・・」

「なのにお前は誇りもなく、ただ生きたい?お前は虫か何かかカスめ」

心臓が破裂しそうだった。
自身の心に押しつぶされてしまいそうだった。
自分の罪悪感と不甲斐無さに締め付けられ、
だが・・・それでも・・・・・

「アレックス君!!もういい!!」

横でジャスティンが叫んだ。
アレックスに地面に頭を打ちつけられたまま。
地に顔を付けたまま叫んだ。

「俺達のために君がそこまで苦しむ事はない!
 苦しいなら反論したっていい!言い訳を作ったっていい!君は・・・・」

「黙れカスが」

アインハルトが軽く右手を広げた。
ただ広げた。
それしか分からなかったが、

次の瞬間・・・・ジャスティンが地面にめり込んでいた。

地下に響いた轟音と共に・・・瞬間的に意識はなくなっただろう。
血が飛び散った。

「カスめ。お前に話してなどいない」

そう言いつつ、
もう次の瞬間にはジャスティンに興味などなくなったような表情で、
アインハルトはアレックスをまた嬉しそうな冷たい目で見下ろした。

「おっと。やりすぎたか?まぁ心配するなアレックス。殺してまではいない。
 それではお前がこうまでしている意味がないからな。
 頭を踏みにじられる狼の姿・・・・仲間のためになぁ!!
 カハハハ!!!なんと面白く・・・なんとくだらないのだ!!
 まぁもう少し遊んでやる。あの忌々しいオーランドの血で弄んでやりたい」

アインハルトはさらに強い力でアレックスの頭を踏みつける。

「そうそう。今カスにくれてやった技はプレイアという技だったか?
 お前の母親のエーレンも得意な技だったな。・・・・・・・・・くだらん技だ。
 神の助力を得るために十字を切って発動する技らしいが・・・
 我のように神さえも凌駕する者にはただの遊戯に他ならない」

アインハルトは両手を掲げる。
広げるその両手は、
まるで世界を表すかのごとく。

「頂点は一つでいい。たった一つ。その"1"という言葉が"絶対"という我の言葉。
 ・・・・・・・我も人の子だ。これでも我にはお前のように親という者がいた。
 ふん。くだらん奴らだったから早々に殺してやったがな。ただのカスだった。
 だが奴らに一つ感謝するならば、この"アイン"という"1"を表す名をくれた事」

鈍い音が鳴り響いた。
地下に悲しく響く。
アレックスの頭が地面に打ちつけられる音。
だが、ただの音。

「世界が何を望んだのか知らぬが、我のという絶対の存在がいる。
 "1"という全て・・・・・"絶対"という最強で最大の存在がここにいる。
 虫の上に獣を作り、獣の上に魔物を作り、魔物の上に人を作った。
 そしてそれを作った全ての上に神がいた。だが・・・・その上に我がいる」

アインハルトが、
ようやくアレックスの頭の上から足を離した。
すると片膝を付く。
血だらけのアレックスの顔。
アインハルトはゆっくりとアレックスのアゴの下に手を這わせ、
アレックスの顔を持ち上げた。

「その目。まだ意志が砕け散っていないのだな」

それ自体を楽しそうに漆黒の目が、
アレックスの心を包み込み、侵した。

「ならばお前が悲しみに狂う姿を見るのも面白い」

自然と・・・
ただゆっくりと・・・
アインハルトの左手がドジャーの方を向いた。
ドジャーの頭にアインハルトの手が這う。

「こいつを殺してみるか。お前はどう泣き叫ぶだろうかな」

「!?」

アレックスの目の色が変わるのを見て、
アインハルトの目は愉悦に歪む。
そして震えるアレックスの体。
恐怖。
それは自分に向けられていない事から感じる恐怖。
殺されてしまう。
それに対する・・・恐怖。

「や、やめてください騎士団長!!」

「やめろだ?お前に何一つ権利などない。
 カス同然のお前が我に何が出来る?そう、何も出来ない。
 反抗するどころか我に何かを交渉することさえな。・・・・なのにさらに願いだと?
 なんと理不尽なのだろうかな。くだらん。まるで子供だ。
 助けて。許して。そんな言葉だけで何もかも解決できると思うか?
 それがお前の実態だ。弱者の最後の行動。それは・・・祈る事」

心を言葉で掻き毟られる。
自分が無力過ぎる事、
自分になんの権限も権力もない事。
全て思い通りにされていること。
それに気付かされる。
目の前のこの男は、
自分にとってカス同然の人間の心まで鷲掴みにし、
それを弄ぶ。
アレックスが心に色が無くなるような感情になり。
ただ呆然と思考回路が切れる。
そして何も無い頭の中で、
ただ一言出た言葉・・・・。

「・・・・・・騎士団長・・・僕はどうしたら・・・・・・」

まるで神に懺悔を乞う様に、
まるで神に道を示さんと願うように。
アレックスは弱弱しく言った。

「フッ・・・・」

待っていたと言わんばかり、
いや、つまるところ思い通りと言った表情でアインハルトの表情が歪む。
そしてアインハルトは立ち上がり、
孤高の目をアレックスに下し、
言い放つ。

「狼よ・・・狗(いぬ)になれ。・・・・・我の下で我を楽しませろ」

下された言葉。
その心単刀直入で分かりやすい言葉。
それはアレックスの心を揺らすことさえもしなかった。
アレックスの頭の中の空白。
思考という概念は必要ない。
思考。
考える。
そんな事・・・・無駄なのだ。
どう考えよ尽くそうが、結果など一つしかない。
頭の中に道などない。
自分の意志でどうこうするものではない。
ただ・・・・決められている。
出来る事。
しなければならない事。
目の前の絶対的存在の前に。
何もかもを奪われ、
自由を取り除かれたアレックスは、
動揺の一つもないハッキリとした言葉遣いで・・・・・・・言った。


「おおせのままに・・・・」


その言葉は、
響くようにこだました。
地下全体に響くように。
心を蝕むように。
その言葉。
その声。
その意味。
それが響く。
何の中でといわれれば・・・・・・ドジャーの頭の中で。

「お、おいアレックス!!!」

ドジャーが叫ぶ。
と同時。
アインハルトの殺気が周りを包み込む。
カスを消してしまおうという驚異的な殺意。
雑草を踏みにじるような不快な怒り。

咄嗟にアレックスはドジャーを蹴飛ばした。

「ぐはっ・・・」

本気の蹴り。
重症のドジャーはゴミのように転がった。

「・・・・・・ぐっ・・」

ドジャーは転がり、
いう事の聞かない体を必死に持ち上げようとする。
が、
ドジャーの目の前に、
アレックスの槍が突きつけられる。

「おとなしく寝ていてください」

冷たいアレックスの目と、
向けられるはずのない武器がドジャーに向けられる。

「アレックス!!てめぇ!!!・・・・・・・がっ!・・・」

もう一度蹴飛ばす。
思いっきりゴミでも蹴飛ばすように。
ドジャーがまた転がる。
そこにゆっくりと足音を立てながら歩みよるアレックス。

「・・・ク・・・・ソ・・・・・」

フラフラと体を起こそうとするドジャー。
アレックスはそんなドジャーの横に槍を突き刺し、
軽くしゃがみこむ。
ドジャーの目線に合わす様に、
転がり、痛みをこらえるドジャーに目線を・・・・
いや、ドジャーの耳元に顔を寄せる。

「1年・・・・待ってください」

聞こえるか聞こえないかという小さい声でその声は響く。
ドジャーの頭の中に響く。
そう思った次の瞬間。
ドジャーの腹にアレックスの拳が突き刺さる。

「うぐ・・・・」

呻き声をあげながら・・・
ドジャーは前かがみにそのまま倒れた。

「これでいいですか?騎士団長」

アレックスは振り向きながら、アインハルトに言う。
アインハルトは楽しむかの表情でアレックスを見ていた。
そして・・・・・

「クク・・・・・始まりだ」

マントを一度片手で広げ、
靡く暗闇の中で
絶対的存在は話す。

「今、この時をもって我の時代がな」

そう言ってアインハルトは振り向き、
出口に向かって堂々と歩き出した。
全て終わり、
全て始まる。
そう言いたげだった。
そしてその姿は誰にも・・・・

「アイン」

ロウマがその側で腕を組んで立っていて、言った。
アインハルトに敬意を表すたたずまいではない。
だが出て行こうとするアインハルトを引き止める。

「なんだ?・・・ロウ。我は今気分がいいのだ」

「アクセルの倅(せがれ)を引き込む事にはなんの文句もない。
 が・・・天上界から帰ってきたのならこのロウマにいう事があるだろう」

アインハルトは軽く鼻で笑った。

「さぁ。なんのことだか」

「とぼけるなアイン!!!」

ロウマは形相を変えて叫ぶ。
初めて見るような表情だ。

「天上界に内密に連れて行ったこのロウマの部下はどうした!?」

アインハルトはまた鼻で笑う。

「あぁ・・・あのカス共か。王国騎士団44部隊なんて肩書きを天でも掲げてたぞ。
 心配するなお前の部下だけあってなかなか使える奴らだった・・・・・まぁ数匹死んだがな」

「アイン!!お前!!」

「下がれロウ!!!」

アインハルトの目がロウマを睨む。
まるで猛獣を抑するが如く。

「使えぬカスが死んだだけだ。我に必要なものは使えるカスだけだ。
 死んだ者は我に付いて来る力量がなかったというだけ。使えなかったというだけだ」

「・・・・・・っ!?・・・このロウマの部下だぞ!!」

「そうだ。"つまり我のもの"だろう?」

そう当たり前のように言いながら、
アインハルトは自分より大きなロウマを見下すような目線。

「まぁついでに言っておくと・・・あいつらはもうお前の部下ではない。
 あれらはあれらで別の部隊として編成しようと思っている」

「なんだと・・・アイン!勝手なマネをするな!!」

「いいではないか。その礼だ。アレックスをくれてやる。
 前々から欲しがっていたではないか?なんだったか?
 お前のくだらん信念だったな。己を信じるとかいう・・・・そういう者が強いと。
 クク・・・くだらん。ある種カス共の宗教だな・・・・・"信じる"という言葉は」

「・・・・クッ・・・・アイン」

「そんな目をするなロウ。お前とて・・・・・消すぞ」

邪悪な視線がロウを貫いた。
ロウマは歯がゆい思いだっただろうが、
それ以降反論する様子はなかった。

「ディアモンド様」

片膝をついたまま、
ピルゲンはアインハルトに声をかける。

「なんだピルゲン。お前ら揃って我に文句があるのか?」

「いえ・・・滅相もございません。
 ただ・・・・・これからの貴方様が統治する貴方様の国。
 今この時を持って・・・その偉大なる名をお示しくださいませ」

アインハルトはまた鼻で笑った。
あざ笑うかのように。

「ふん。名などくだらん。好きにしろ」

それを聞き、
ピルゲンは片膝をついたまま、
真剣かつ嬉しそうに自分の意見を献上した。

「はっ・・・・ならば。王ではなく、たった一人の帝王が治める世界。
 アスガルド(asgard)もミッドガルド(midgard)も・・・・全て(all)の世界を纏める者。
 ・・・・・・・・・・・・ 《帝国アルガルド(allgard)騎士団》 というのはどうかと・・・」

「ふん。また性懲りもなく"騎士団"か。我よりもロウが喜ぶ名だな。
 まぁいい。騎士という生き物が・・・・一番愚かで使いやすいからな」

その言葉に・・・
完全に"仲間"という概念は無かった。
いうならば駒。
どれだけ使えるか。
使いやすいか。
店で物を選ぶような基準。
そんな者に・・・自分はついていく。
そう思っても・・・道具に主人を選ぶ権利など無かった。

「ピルゲン!!我は気分がいい!せっかく久方の下界だ。
 女を用意しろ。10匹でいい。用意して我の部屋に連れて来い」

「ハッ、すでに器量の良いものを選別し、20人ほど揃えてあります」

「手回しがいいな。だが我は10と言った。余りの雌豚(メスブタ)は殺しておけ」

「・・・・・ハッ」

そう吐き捨て、
アインハルトは、高笑いと共に
絶対的恐怖は階段を上がっていった。
絶対的な存在は・・・
そうしてやっとこの場から姿を消した。

「ふん。アクセルの倅。行くぞ」

ロウマがアレックスを呼ぶ。

それに・・・変な感覚を感じた。
今感じるべきではない感覚だと分かっているが・・・
おかしな気分の上に・・・・なつかしい感じがした。
まるで王国騎士団の頃の感覚が戻ってくるように。
・・・・・あまりその感覚に溺れてはいけないが、
ひと時だけ、その感覚に身を委ねることにした。
アレックスにとって終焉戦争の出来事は大きすぎて、
仲間への懺悔の心・・・罪悪感・・・それは抑えようとも消せないものだった。

その感覚までもアインハルトに読まれ、使われたと知ってはいたが・・・・

「・・・・・・・・・」

アレックスは一度だけ後ろを振り向いた。
倒れているジャスティンの姿。
倒れているドジャーの姿。
その二つが見える。
そして気を失っているジャスティンと別に、
ドジャーの姿・・・・・。
分かっている。
ドジャーは気を失ってはいない。
倒れつつも・・・・・
まるで親の仇でも見るような目で・・・アレックスを睨んでいた。

「行きましょう・・・・」

アレックスはそう言い、
ロウマと共に階段を上がっていった。



静寂が戻った。
地下の闇の中。
悲しき静寂。
何もかもが終わり、
何もかもが始まった瞬間。
まるで無垢な空間。

そして・・・・

「さて・・・・・」

ピルゲンだった。
唯一その場に残っていた。
ピルゲンはヒゲを右手で軽く整えながら、
横目で軽く・・・・ドジャーを見た。

「意識があるのでございましょう?気付かないとお思いで?」

ピルゲンはそう軽く笑いながら言ったあと。
ドジャーの方を振り向く。
そして少しゆっくり歩いた。
闇のオーラを纏いながら、
少し歩いたと思うと、
突如止まり、
地面から何かを拾い上げた。

「安物を使っておりますね」

ドジャーのダガーだった。
それを拾い上げ、
ピルゲンは少し笑った。

「・・・・・・・カッ・・・バーゲン品だ・・・・テメェら殺すにゃ・・・・・・・お似合いだろ?」

ドジャーはいう事の効かない体のまま、
地面に伏せたまま強がった。
まるで虫が強がるように。

「意地の張ったお方だ」

ピルゲンが少し笑ったと思うと、
突如闇の中に・・・・消えた。

「!?」

・・・と思うと、
一瞬でドジャーの目の前に姿を現した。

「ぐっ・・・」

ピルゲンがドジャーの頭を掴んで持ち上げる。

「そして素直でない方だ。余興としては面白いですが・・・・・私は嫌いでございます。
 ディアモンド様はあなたなどには目もくれなかったようですが、
 私にとってはあなたは少し不穏でございましてね。
 ・・・・・・・・噛み付かれる前に・・・・・・消しておくとしましょう」

ドジャーの頭を掴むピルゲン。
片手には・・・ドジャーのダガー。

「・・・クッ・・・カカッ・・・・・そのヒゲ面をマジへこましてやりてぇぜ・・・・」

「黙りなさい」

「ガハッ!!!」

一突き。
たった一突きだった。
ピルゲンが持っていたダガー。

それがドジャーの心臓部に突き刺さった。

「・・・・・・・・・・あ゙・・・」

ドジャーの目が反転する。
体全体から虫の息まで消えうせる。
そして・・・・ただのモノのようになった。

「虫の殺生など簡単なものでございますね」

ピルゲンはダガーを抜き、
血のりのついたダガーをその場に放り捨てた。

「絶望とは・・・・心地良いものです。フフフ・・・・」

そういい捨て、
ピルゲンは闇の中に消えていった。


また静寂が戻った。


何もかも終わったかの静寂。


外から聞こえる悲鳴の声など、
ただの雑音にしか聞こえない。


ただ、ピルゲンが言うように絶望だけがそこに残った。



















「かはっ・・・・・・」

ドジャーは大きく血のりを吐き出しながら上半身だけ体を起こした。

「はぁ・・はぁ・・・今のはマジでやばかった・・・・」

ドジャーは・・・息をしていた。
生きているというにはあまりにも虫の息だが、
全身重症なりに、血を滴らせながらも・・・・・・生きていた。

「はぁ・・・・・」

ドジャーはため息を吐き、
両手で体を支えながら、上半身を上に向け、
天井を見ながら、少々の静寂に身を任せた。

「・・・・・・・・・」

見える天井。
地下の湿った天井。
それを見ると忽然とした意思が襲ってくる。

「生き延びたか・・・・いや、助けられたんだな・・・・
 アレックスに・・・そして・・・・・・・・レイズに・・・」

ドジャーはそう言い、
自分の懐を揺らした。
と、同時に冷たい地面に転がるもの。
それはカランと音を立て、そこに転がった。

それは・・・へしゃげて穴のあいた10グロッド硬貨だった。

「我ながらあんまりにも陳腐でくだらねぇ生き延び方だな・・・・
 漫画かっての・・・・おそまつなもんだ・・・・・・」

ドジャーは血のりのついた穴あき硬貨を拾い上げる。

「だが・・・俺の命なんてそんなもんなんだろな・・・・
 昔レイズが言ってた通りだ・・・俺の命なんて10グロッドってなもんだったぜ・・・」

硬貨を握り締め、
ドジャーはうな垂れる。

「だが・・・また助けられた・・・死んだレイズにまで助けられた・・・・
 俺ぁ世話焼きのつもりで・・・助けられてばっかだな・・・クソ・・・・」

ドジャーは自分の不甲斐なさを痛感する。
どれだけ誰かに慰められようとも、
どうしようもない心の痛みだった。
それを体の痛みと混同し、涙が出そうになる。

「クソ・・・・アレックスの野郎・・・思いっきり蹴飛ばしやがって
 ・・・・・・・・今度会ったら泣くまでぶっ飛ばしてやる・・・・・」

ドジャーは外の景色を見た。
月の輝く夜の空。
そして外も地獄なのだと月は笑っている。
手の届かないその月がなぜか憎くてたまらなかった。

「そんでアインハルト・・・あの野郎を絶対ぶっ飛ばしてやる・・・・」

ドジャーは腕を地面に打ちつけた。

「《MD(メジャードリーム)》・・・・クソッタレの逆襲だ」




空虚な意志と
確固たる意志の狭間で、


長い長いその日は終わった。






                        「1年・・・・待ってください」




アレックスのその言葉だけを、

どうにか信じ、

ドジャーはまた立ち上がった。






その日から世界は落ちた。

帝国アルガルド騎士団。

アインハルト=ディアモンド=ハークスによって、

アスガルドも、
ミッドガルドも、
"世界"と呼ばれる全ては手に落ちた。

与えられたのは不自由だけだった。










そして・・・・












最後の物語は一年後へ。
























あとがき






                 






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