どれくらい時間がたっただろう。
暗い空間。
地下の空間。
冷たい空間。
悲しき空間。

外を見ると月が先ほどと違うところにあるのが分かる。
それほどの時間がたったのだろう。

「・・・・・・・・」

だが、
アレックスもドジャーもジャスティンも、
誰も何も言わなかった。
それぞれが思いにふけ、
切り出す言葉もなく、
淡々と時間が過ぎていった。
レイズが戻ってくるはずもないのに、
ただ空虚に時間が過ぎていった。

「《MD》誰かが死ぬって俺が言ったのは・・・・本当は俺が死ぬつもりだったんだ・・・・
 お前らを失うぐらいなら・・・・俺の方がって・・・・」

突然そんな事を言い出すジャスティンに、
ドジャーは掴みかかった。

「テメェ・・・ジャスティン。もっぺん言ってみろよ」
「・・・・・・・・・」

ジャスティンは黙ったままだった。
分かる。
アレックスにも分かる。
つまるところ、
皆同じ気持ちだったのだ。
そしてレイズも。
誰もが仲間のために自分を失う覚悟があり、
今このとき、それを実行したのがレイズだったのだ。
だからこそやりきれない。

だが、ふっきらないといけない事だった。
忘れろというわけでなく、
立ち止まるわけにはいかない。
それこそレイズの死が無駄になる。

ふと、
ドジャーがジャスティンから手を離し、
横窓とでも言える壁の穴の方を見た。
話を無理矢理変えるかのように。

「・・・・・・・なんか外が騒がしくねぇか?」

ミルレスの絶壁から聞こえる外の音。
月夜の景色が輝かしく、
そこから聞こえる外の音。

「そりゃそうですよ。僕達の戦いは終わりましたけど、
 外ではまだ戦いが起こってるわけですからね」
「・・・・チッ。そう考えると俺らがここでグズグズしてるのはよかねぇな」
「・・・・・・・あぁ。そうだ。そうだったな。
 ミダンダスを倒した事を知ってるのは俺らだけだ。
 あとの戦いは無益。止めなくちゃな。メソメソするのは後からでもいいんだ」

ジャスティンがそう言うと、
頷きも返事もせず、
アレックスとドジャーは階段の方を向く。
帰る。
全て終わった。
だが何か空虚に残ったもの。
レイズを失ったからだ。
悔いが残ってしょうがない。

それは三人全ての気持ちであり、
三人お互いが分かっている事でもある。

だからただ無言で三人は・・・・


「おやおや、もうお帰りになられるのでございますか?」























S・O・A・D 〜System Of A Down〜

<<天国と地獄の全てと絶対的存在>>

















三人は咄嗟に背後を振り向く。
暗い空間の向こう。
ミダンダスが出てきた奥。
そこに一つの影。

その姿を見てもドジャーは驚いた風ではなく、
用意していたかのようにただ言い放った。

「・・・・・・カッ!やっぱり出てきやがったか・・・・・ピルゲン!!!」

「おや、予想と期待に応えた登場でございましたか。それはそれは光栄でございます」

ピルゲンはそう言い、
黒いハットを脱ぎ、
暗い闇の中でお辞儀をした。

「・・・・・出てくるとしたらこういうタイミングだと思いましたよピルゲンさん」
「あぁ。《ハンドレッズ》の時と同じだ。来ると思ってた」
「GUN'S会議の時も何か企んでるだろうとは薄々感づいていたんだがな」
「カッ!何企んでるか知らねぇけど・・・・ただ"何か企んでる"。そういう奴だ」

「お褒めにあずかり光栄です」

ピルゲンはヒゲを整えながら答える。
ヒゲの下の口は優しく緩む。

「やる気か?」

ドジャーが片手にダガーを取り出す。
ダガーはくるくると高速で回転した後ドジャーの右手に収まった。

「今ココでテメェのイカしたヒゲを刈り取ってやる」

「ハハハ、そんな物騒な」

ピルゲンは怪しく笑い、
頭の上の黒いハットを調えた後、
突如闇が現れ、ピルゲンを包み込んだ。
・・・・と同時に消えた。

「どこいったっ!!??」

「こちらですよ皆さん」

声がした方。
ピルゲンはそこで逃げも隠れもせず、
また丁寧にお辞儀をしていた。

「・・・・茶化すなよヒゲ野郎!!!」
「あんたからは怪しい臭いがプンプンするんだ」
「えぇ。納豆がさらに腐ったような残飯に似た怪しい臭いです」

「怪しい?・・・・・・ふむ。怪しいですか。そうでございますね」

ピルゲンは当たり前かのように肯定し、
さらに続ける。

「私(わたくし)は実に怪しい。私自身もとてもそう思いますよ。
 なにより・・・・・・・・・・このようなものを持っていますしね」

そう言ってピルゲンが片手で胸の前に出したもの。
ピルゲンの片手に乗っているもの。
それは・・・・

「シ・・・・」
「シンボルオブジェクト!?」

アレックス達の反応が可笑しかったらしく、
ピルゲンは軽く鼻で笑った。

「何を驚いてらっしゃるのですか?もともとこれが元凶なのでございましょう。
 戦いが終結したからといってお忘れにでもなられたのでございますか?」

「返せこのヒゲ野郎!!!」

ドジャーがダガーを投げる。
返せというよりは・・・・・殺しにいった。
だがピルゲンはまたシュンと闇の中に消え、
別の位置に移動した。

「返せ?返せとは可笑しなお言葉でございますね」

「うっせ!それはアレックスが盗ってきたもんだ!
 つまりイコールそれは俺らのもんなんだよ!」
「だな。いちいちこれからそれで戦争起こっちゃぁたまらないしな」

「アレックス殿のもの?おかしいのでございます
 もともとこれは騎士団のものでございましょう?」

「その騎士団が無くなってアレックスがパクったんだからアレックスのものだろ!」

「いやいや・・・・・・面白い意見がぽいぽいと出てきますなドジャー殿。
 ・・・・という事はつまり、そのアレックス殿から奪ったらその人の物。
 つまりこれはミダンダス殿の・・・・GUN'Sのものではございませんか?」

「ミダンダスも死んだだろが!!」

「そうでございますね。じゃぁ今は私のものです」

ピルゲンは「そうでございましょう?」とでも言わんばかりに、
勝ち誇った笑みを見せた。
ピルゲンはドジャー達を馬鹿にして遊んでいる。
あの余裕はどこから来るのか。

「じゃぁ・・・」
「僕達が貴方を倒して取り戻しますよピルゲンさん」
「そりゃ名案だ」

アレックス達は各々の武器を構える。
殺意を持ってピルゲンに武器を構える。

だが、ピルゲンはヒゲを整えながら、
小さく笑う。

「いえいえ、あなた方はもう戦わなくてよいのでございます」

「・・・・は?」

「もう・・・・・役目は終わったのですよ。
 今この時をもって"全ての駒は用済み"なのでございます」

そう言い、
ピルゲンはまた闇に消え、
別の所からまた闇と共に現れた。

「《ハンドレッズ》の時にも言いましたでしょう。
 私の望みは多くのギルド達が戦い、散って行く事ですと。
 そういった意味であなた方は本当に大いに役に立ってくれました。
 《ハンドレッズ》をつぶし、面倒な《メイジプール》を壊滅させ、
 やっかいな《昇竜会》を戦いにひきこんだ。
 そして・・・・ついに最強のギルド《GUN'S Revolver》をも倒した」

ピルゲンは可笑しそうに言う。

「そして何よりオブジェという餌を持つ《MD》という名の大餌。
 世界の邪魔なギルド達は阿呆のように潰しあい。殺し合い。
 ギルド達の破滅を願う私にとっては願ってもない事でございました」

ピルゲンはまるでハッピーエンドが叶ったかの表情で言い、
ヒゲを撫でた。

「・・・・・だからあんたはGUN'Sを含め、多くのギルドにオブジェの情報を囁いていたんだな」
「カッ!そんな事は分かってるっての!聞きてぇのは・・・・・」
「理由です。理由はなんですか?ただの楽しみじゃぁないはずです」

頷くようにピルゲンは笑った。

「それも以前言いました。私は世界の掃除がしたいかったのですよ。
 邪魔なギルドを掃除し、そしてそれは全て・・・・・・・・・・"あの方"のため」

ピルゲンは闇の中に消え、
また現れた。
そこはこの地下の部屋の入り口。
その階段の傍ら。

「ですよね?」

ピルゲンはヒゲを整え、
そう言いながら、横に話しかける。
ドジャー達ではない。
入り口の傍ら。
別の誰かに。


「・・・・・・・・・・・ふん」

返事をした者。
その男は・・・・後ろを向いていたが一瞬で分かった。
何せその2mを超える雄雄しき巨体。
ライオンの鬣のようなオレンジの神。
横に添えてある4mを超える巨槍、
ハイランダーランスとドラゴンライダーランス。
そしてマントに揺れる"矛盾"のに文字。

最強ロウマ=ハートそのもの。

いや、
見なくても雰囲気だけでのまれそうになる。
そんな存在感。

「簡単にお前とひとくくりにしないでほしいものだピルゲン」

ロウマが言う。

そして大事なのは・・・・・ロウマというその存在がそこに居る理由。
ピルゲンが親しげにロウマに話しかける理由。
だがそんな理由は一つだった。
たった一つしか思い浮かばない。

「・・・・・ロ、ロウマさん」

アレックスが信頼を裏切られたような顔をする。

「なっ・・・・・・・ロウマが・・・そっち側だと」

ジャスティンはただ単に落胆と恐怖を感じる。

「・・・・カッ!最初から・・・最初からピルゲンと連絡とってる事を疑っとくんだったぜ!」

ドジャーはただ怒りを表した。
そしてアレックスはまだ感情に震えながら・・・ロウマに話しかける。

「ロウマさん・・・・なんで・・・・」

ロウマは背後を向いたまま、
ただ低く、心を掴むような雄雄しい声で話す。

「理由など陳腐なものだアクセルの倅(せがれ)。
 このロウマ。最初からこの立場でこの戦い参加していた。それだけだ。
 言っただろう・・・・・・・目的が重なったから手伝ってやっただけだと」

その的確で、単刀直入すぎる言葉に、
アレックスはまた絶望を感じた。
考えれば考えるほど・・・・・納得できてしまうからだ。

・・・・・・・途中から違和感は感じていた。
何度も感じた。
それはアレックス以外ではエクスポも感じた違和感だった。

それは"何故共に戦っているのか"。
・・・・・そこだった。
ダニエルと三騎士が憎みあっている時にも感じた。
三騎士はロウマとの再戦を狙っていた時も思った。
そして《昇竜会》が参加した時も。

何故・・・・憎み合ったままの者達が共に戦場にいるのか。
ギルドの敵方である王国騎士団44部隊が・・・何故共に戦っているのか。
まとめてしまえばロウマの言うとおり。
"目的が重なった"
その言葉に尽きる。
だがその目的。
それは《GUN'S Revolver》を倒すこと。
還元すると・・・・ロウマの目的。
騎士団の破滅を施した15ギルドの壊滅。

「そうですね・・・・・・もとを辿れば同じだったんですね・・・・ロウマさんも・・・
 ピルゲンさんと同じ・・・"邪魔なギルドの壊滅"が目的だった・・・・」

ロウマは背後を向いたまま、
マントの"矛盾"の二文字を向けたまま、
間を置いてから低く、深く言葉を返した。

「・・・・・そうだ。邪魔なギルドは喰ってやった。
 ふん。まぁピルゲンと同じと思われても心外だがな。
 このロウマ。同胞の仇を討ちたいという気持ちは本物だ。
 だからこのロウマは王国騎士団の崩壊に関したギルドばかりを狙った」

・・・・・・同じ事だ。
最初からピルゲンと連絡をとっていたロウマ。
そしてピルゲンと目的が同じ。
考えればこんなに簡単な繋がりはない。
世界恐慌(システム・オブ・ア・ダウン)が起こり、
ギルド同士の戦乱時代に突入し、
だが、その中でアレックス以外に元王国騎士団が動いていた者。
それがピルゲンとロウマ。
直接オブジェを求めるでなく、
真にギルド破壊のために動いていた者。
それがピルゲンとロウマ。

「おやおや、私を悪く言わないでくれませんかロウマ殿。
 私はただ献身的に動いただけの事でございます。
 それに悪く言われるという意味ならロウマ殿も結構な事をしたじゃありませんか」

「結構な事?」
「GUN'Sの奴らを殺しまくった事か?」

ロウマのやる事など、全て許容の範囲外の事だ。
つまるところ"結構な事"ばかりだ。
今更驚きもしない。
が、
ピルゲンは今から話す言葉が楽しくて嬉しくてたまらないといった表情で、
ヒゲを整えながら軽く言い放った。

「いえ、ミルレスを焼いた事です」

「「「!!?」」」

ミルレスを焼いた・・・・?
ロウマさんが?

そしてふと、
頭に浮かぶ近い記憶。

                  「アッちゃん。"俺は燃やしてねぇ"・・・・・・」

ダニエルの言葉。
"燃やしていない"
それはミダンダスの事だけだと思っていた。
だが・・・その意味の真意は・・・・

「ロウマ殿が竜騎士(44)部隊のドロイカンを使って焼いたのですよ」

「クッ・・・・」

ジャスティンが汗をたらしながら歯を食いしばる。

「たしかに・・・あの時、この戦いの最初にドジャー達と会ったあの時・・・・
 俺が44部隊を発見したのとミルレスの炎上を発見したのはほぼ同時だった・・・・
 そうだった・・・・44部隊とミルレスの炎は同時に発生してたんだ・・・・・
 疑うべきだった・・・・・俺は炎ってだけで勝手にダニエルがやったものと・・・・」
「ダニーはダニーで実際炎上する町中を楽しんでましたから・・・・混乱しましたね」

                         「ふん。もう燃えているのだ。同じ事だろう」

ロウマと合流した時にロウマが言っていた言葉だった。
なんの気兼ねもなく、
自分のハイランダーの炎を町に吹きかけるロウマ。
普段の・・・アレックスの知っているロウマなら、
無益に被害を出さない。
つまり、あの時からすでに炎に対して後ろめたさがなかったという事。
炎は自分が放ったもので、
炎を町に広げるのも目的の一つだったという事。

「カッ!思えば戦争中も部下のナックル=ボーイって奴だけ単独行動させて、
 ピルゲンと接触しようとしていやがったな」

「あぁあの時もお会いしましたね。あの後無事接触できましたよ。お構いなく」

ピルゲンはヒゲをさすりながら笑顔で答える。

「て、てめぇら!!」

ワナワナと震えるドジャー。
とにかく話を聞き、分かった事は、
ピルゲンとロウマがつるんでいて敵だったという事。
そしてまんまと動かされていたこと。
そう思い起こすと感情が吹き出てくる。
感情。
怒りという純粋な感情が・・・・。

「俺ぁ騙されたり利用されたりってのが一番気に入らねぇんだ!!ざけんなよっ!!!」

ドジャーはダガーを投げ飛ばした。
怒りのままに。
投げた一本のダガー。
それはピルゲンに投げたかと思うと・・・・違った。
少々のわずかな隙をついたかのようにロウマに放った。
だが、

「ドジャー・・・・・だったな。悪いとは思っている」

ロウマは・・・・ダガーを簡単に止めた。
不意をついたと思ったが関係ない。
ロウマは簡単にダガーを止めた。
片手で、
二つの指で挟むように。
それも・・・・・

体は背後を向いたまま。

「お前の事はかなり気に入っていた。お前の結果を求める強さ。
 あくまでもガムシャラに結果を掴み取ろうとする執念。
 正直このロウマ。敬意され感じていたかもしれん」

そう言いつつ、
ロウマは指の間でダガーをお菓子のようにペキっと折る。
そして振り向く。

「だがやはり過程をおろそかにすると、今回のような事態に目がいかない。
 気付こうと思えば気付けたのだ。そして"最悪"は防げていたかもしれん」

「うっせぇええええ!!!!」

気付くとドジャーは飛びついていた。
全力ぜ駆け出し、
片手にダガーを握り締め。

一瞬。
コンマの時間だろう。
最高速でロウマに突っ込んだ。
ダガーを突き出して。

「喰うには・・・・まだ熟れておらんな」

ロウマはドジャーの攻撃に対し、
ほぼ無反応だった。
避けるでもなく。
防ぐでもない。
ただ、
腕を伸ばした。

瞬速でダガーを突き出したドジャー。
目にも留まらぬ瞬速で突っ込んだドジャー。
だがその腕を・・・・・・・簡単に掴む。
防ぐでも避けるでもなく。
簡単に掴む。
そして、ブンと腕の力だけでドジャーを横にぶん投げた。

「がッ!!」

ドジャーは地下の壁にぶつかり落ちる。

「ぐっ・・・クソっ!!」

ドジャーはロウマに捕まれ、投げられた腕を押さえる。
右手。
それを捕まれて力だけで横にぶん投げられたのだ。
その反動・・・・。
その反動だけでドジャーの右腕は・・・・・・・・・折れていた。

「ドジャー!!」
「ドジャーさん!!」

アレックスとジャスティンは叫ぶと同時、
ドジャーを心配するのと同時にロウマの方へと目を向ける。
いや、睨むに近い。

アレックス、ジャスティン共にロウマの怖さを知っている。
騎士団内。
終焉戦争。
理由は違っても身に染みる格の違い。
そして消えぬ恐怖心。
だがそれを賢明に隠し、勢いに身を任せ、同時に飛び出す。

「やってやる!やってやる!!!」
「僕の槍は・・・・ロウマさんに届くはずっ!!!」

左から振られるジャスティンの鎌。
右から突き出されるアレックスの槍。
それが同時に放たれる。
心を込めた必死の二人の必死の二撃。
が・・・・
結果は同じだった。

「人を思う気持ち。お前らはそれが己の強さになる・・・か。
 そうして己を強める。結果として己を強めているのならそれは敬にも値する。
 ・・・・が、・・・・・・それでもお前らの強さはこのロウマの強さには届かない」

ロウマの右手はジャスティンの鎌を掴み、
ロウマの左手はアレックスの槍を掴む。
簡単に止めた。
全く動かない。
ロウマに捕まれた鎌と槍が全く動かない。

「・・・沈め」

ロウマが突然両手を地面に叩きつける。
つまるところ、鎌と槍が地面に叩き付けられる。
ひび割れる地面。
埋め込まれる鎌と槍。
思いを込め、
握り締めていたはずの各々の武器は簡単に手から抜け落ち、
地面に叩きつけられた。

武器を持たぬジャスティンとアレックス。
目の前には・・・・ロウマ=ハートという化け物。
最強と呼ばれる生物が、
目の前で自分達を見下ろす。

「己の強さを知りなおせ」

ロウマの両腕。
その拳が左右に開くように放たれる。
左手と右手の裏拳。
二つの豪拳。
それはアレックスとジャスティンに直撃し、
アレックスとジャスティンはうめき声をあげる間もなく
それぞれ左右の壁まで真っ直ぐ吹っ飛んで砂煙をあげた。

「ぐっ・・・」
「・・・・・くそ・・・」
「歯が立たない・・・・」

片方の壁ではアレックスがフラつき、
もう片方の壁ではドジャーとジャスティンが揺らめく。
全く歯が立たず、
傷を付けるどころか攻撃も届かず、
圧倒的に足りない実力の差。
そしてイヤでも思ってしまう。
・・・・・・・あのロウマを倒すことなどできるのか。

「おやおや、私を省いて楽しまないでいただきたいものですね」

ピルゲンがくすりと笑い、
ヒゲを撫でる。
と、同時。
ピルゲンの周り。
その空間に現れる凶器。
黒い剣。
妖刀ホンアモリ。
8本の剣がピルゲンの周りに浮かび上がる。

「こんな良い夜はまたとありません。私とて余興には参加したいものです」

ピルゲンの周りをホンアモリがクルクルと回転したと思うと、
一本一本の剣がピタリと止まる。
剣先がそれぞれどこかを目指している。
ある剣はアレックスを、
ある剣はドジャーを、
またある剣はジャスティンを。

「さぁ・・・・ダンスの時間でございます。血が舞うまで踊り狂え!」

ピルゲンの声と同時、
8本のホンアモリがそれぞれまっすぐ放たれる。
一本一本がホンアモリ。
力(STR)のエネルギーが込められた妖刀。
それが別々の生き物のように舞う。

「・・・くっ!」

アレックスが避ける。
ホンアモリは壁に突き刺さる。
が、目の前からは別のホンアモリが向かってきている。
それもなんとか避ける。
と、次のホンアモリ。
・・・・・・・今度のは避けられない。
アレックスの頬をかすめる。
だからと言って終わらない。
次々と妖刀ホンアモリがアレックスを襲う。

「だぁ!ざけんな!」
「クソッ!!」

ドジャーとジャスティンも同じ。
ドジャーは得意の運動能力で巧みにかわしているようだが、
それも楽ではない。
一番ダメージの大きいドジャー。
いつまでも狙ってくる妖刀ホンアモリ。
避ける。
狙われる。
黒い闇の剣が追ってくる。
地面に突き刺さったと思うと、
ひとりでにまたふわりと浮き、
命を奪いに突き飛んでくる。
逃げ続けるしかない。

「だめだ!せめて鎌で防げれば!」

ジャスティンが一番キツかった。
運動能力がないわけではないが、
それでも聖職者。
避け続けるのは困難。
何度か軽傷をもらっている。
鎌もないので咄嗟にガードもできない。

「ハハハ!踊れ!踊りなさい!フィナーレまで!」

まさにピルゲンの言うとおり、
踊らされているようだった。
ひと時も止まるタイミングをくれない。
ただ避け、避け、避け続ける。
ホンアモリから逃れようとする三人の姿はまるでダンスを踊らされているかのよう。
死のダンス。
いや、死を待つダンス。

「おいドジャー!こっちに来るな!お前のホンアモリが当たるだろ!」
「うっせぇ!!周り気にしてるヒマなんざねぇんだよ!」
「クソッ!やっかいですね・・・」

避け続ける。
いつまで避け続ければいいのか。
とにかく三人は移動し続け、
側転、飛び込み、
なんでもいいので必死に逃げ続けるしかなかった。

「ドジャーさん!ジャスティンさん!」
「あん!?」
「なんだっ!?」
「避け続けるのに飽きて世間話か!?」
「避け方のコツを教えます!」
「カッ!そりゃありがてぇな!」
「さっさと教えてくれるとありがたいんだけどなっ!」

アレックスを含め、
三人は跳びまわりながら話す。
相手に向けて声を放つヒマもない。

「ホンアモリは真っ直ぐ自分に向かって攻撃してきます!」
「カッ!わぁーってるっての!」
「でも全部のホンアモリを目で追ってるヒマなんかないんだ!」
「だからコツっていうのは"勘"です!」
「・・・・ほぉ」
「そりゃ大層な攻略法だな!」
「・・・・運を味方につけてでも逃げ回ってください!!」

逃げ続ける手立てはないのか。
とその時、
アレックスの背中に何かがぶつかった。
いや、それはドジャーも。
そしてジャスティンも。
三人が同時に振り向くと、気付く。
三人は背中合わせになっていた。
・・・ピルゲンの思う壺。
誘導させられていたようだ。
たった一人に・・・・三人はなすすべもなく踊らされた。

「面白い演芸会でございましたよ。さながら月のシャンデリアの下で舞う舞踏会」

ピルゲンがそう言うと、
8本の妖刀ホンアモリがアレックス達の周りを取り巻く。
そして一斉に地面に突き刺さった。
まるで檻。
アレックス達は妖刀ホンアモリの檻に閉じ込められた。

「まんまと・・・遊ばれてたって感じですね」
「・・・だな。完全にやられた」
「クソッ・・・ロウマどころかピルゲンにも全く歯が立たねぇのか!」

「フフ・・・・己の弱さを知る事は良いことでございます。
 で・・・・ございますよね?ロウマ殿。貴方の口癖でございます」
「ふん。勝手に言ってろ」

ホンアモリの牢の中、
視界に見えるピルゲンとロウマの姿。
どちらもが・・・力が強大すぎる。
片方づつでも手も足もでない。
勝てる状況が見当たらない。
なのに・・・・その二人が目の前に並んでいる。
この地下の部屋の入り口の階段。
その脇に並んでいる。
地上最固の門番にも見える。

「ああ・・・・本当にいい月夜でございます。月が赤く火照っておいでだ。
 まるで血を喰ったかのようでなんとも美しい。
 先ほどまでは雲っていましたが、今では満開の星空でございますね。
 星空はいい景色でございます。死んだ人は星になるといいますしね。
 あの夜空に浮かぶ星達が全て死人だと考えるとどれだけ絶景なのでしょう」

ピルゲンはのん気にそんな事を言う。
それほどの余裕。
ピルゲンはヒゲをたしなめながら愉悦な目でこちらを見ている。

「・・・・でございますが、やはり星空よりも地上が美しい。特に今の世は・・・・。
 血に飢え、金に飢え、地位に飢え、存分に欲にかられて思いのままに愚か。
 こんなステキな世の中。これが望まれた事なのでございますから素晴らしい」

「望まれた・・・・だと?」
「こんな腐った世の中がですか?」
「カッ!たしかに騎士団に統治されてたときよか何倍もいいがな」

「何をおっしゃいます」

ピルゲンは疑問と共に笑みを漏らした。

「誰かが望んだ?そんな事は一言も言っておりません。
 私を含め・・・・・・世界の人間、いや生物・・・石ころさえもそんな権利はございません。
 世界は"たった一つ"の意思で自由に動いておられます」

ドジャーとジャスティンにはよく分からなかった。

「何言ってるんだあのヒゲは・・・」
「カッ!サイコ野郎ってだけだろ」

アレックスは・・・・何も言わなかった。
不安と共に予感が湧き出ていた。
それは恐怖の下に埋め込まれた予想。
そして自分の脳はそれであって欲しくないとその予想を思考に変換する事はなかった。

そうであるはずがない。
そんなはずがない。
そうで・・・あってはいけない。
ただその思考がぐるぐると回る。
そしてそれは大量の汗としてアレックスから吹き出ていた。

「お、おいアレックス君?」
「どうした?」

突然、
アレックス達を取り巻くホンアモリが消えた。
解放された。
突然の事だった。
意味は分からなかった。
が、ピルゲンはヒゲを整えながら笑い、
その意味を口にした。

「その眼でとくと拝みなさい。"絶対の存在"を・・・・・・」

言うと同時に、
ピルゲンは・・・・・・ヒザをついた。
地面に片膝をついた。
頭を下げる。

「な、なんだ・・・」
「どうしたってんだ?」

アレックスの汗が止まらない。

「お、おい!あれ!」

ドジャーが指差さなくても何を示しているか分かった。
ピルゲンではなく・・・・・・ロウマ。
ロウマの姿。
ロウマが・・・・・ヒザをついていた。
ピルゲンと同じように地面に片膝をつき、
頭を垂れていた。




「ご苦労だった。ロウ。ピルゲン」




誰かの声が聞こえた。
どこからか聞こえた。
あまりに雄雄しくかつ美声。
そして安らぐようで不安と恐怖を引き立てるような声。
ロウマよりも心を鷲掴みにするような声。
一辺の曇りもない自信に満ちた声。
絶対的勝者の声。
両耳を押しつぶす威圧感。


「我の思いがため、多くの命が絶たれ、多くの夢が消えていった・・・・
 が、関係ない。それもただの排泄物と同じ。カスだ。
 我より優先すべきものなど・・・・・・この世にはないのだからな」


カツン・・・カツン・・・と足音が聞こえる。
ただの足音。
だがあまりにも強大な威圧感を持つ足音。
遠くから聞こえる。
いや、ただの足音でありながら、
あまりの存在感に近くから聞こえてくる気もする。
いや、まるで地獄から・・・・・
響く残響。
不安が音の距離感をも麻痺させる。
足音が近づいてくるのだけが分かった。
押しつぶすように迫り来ると言い換えてもいい。


「そう、我だけが絶対の存在。我にとって神さえもただの生き物に過ぎん。
 我以外の全ては我の下にあるただのカス。それを超えることはない」


足音はさらに重くなってきた。
カシャンカシャンと鎧の音がする。
それが大きくなっていく。
まるで耳元で響くかのように。
直接脳に響いてくるかのように。
・・・・・どこから聞こえてくるかは分かった。
ピルゲンとロウマが頭(こうべ)を垂れている間。
この部屋の入り口。
その階段。
その階段から"ソレ"は迫ってくる。


「それ故に我の望みは全て叶う。この手で叶える事ができる。
 我が再興を望めばそうなり、我が崩壊を望めばそうなる。
 そして我が混沌を望み・・・・だからこの"今"がある」


階段から・・・影が見える。
アレックスは目をそらしたかったが、
それはできなかった。
強烈な何か。
カリスマに似た恐怖と力がそれを妨げた。
ただ・・・・凝視するしかできなかった。
目を離すと死んでしまいそうにもなる。
悪魔に眼球を引っ張られている思い。
ドジャーとジャスティンにもそれは同じだった。


「実の所、世の中のモノは使えるか使えないかだ。どちらもカスだがな。
 まぁ結果として我にとって有益なものだけが残り・・・他は散ればいい。
 利用価値のあるカスは使ってやる。他は存在さえもしなくていい」


足音と共に、
暗い闇の中から薄っすらと姿が現れる。
その面影。
それを見ると、アレックスは頭が真っ白になってくる。

引きずるほどに長いマント。
その皇々しさ。
引きずるほどに長い髪。
長く、重い黒い髪。
漆黒のようにただ黒い髪。
全てを包み込むほどに長く、
ただただ圧倒的な漆黒の髪。


「ロウとピルゲンは使えるから生かしている。
 いや、"使ってやっている"。それだけだ。
 この世にある全てのものに権利などない。
 全てのものの価値も、そして存在の"有無"さえも我が決めることだ」


引き込まれるようで・・・・・。
それで呼吸がつらくなる。
体の全細胞までがあの人の前では思考を停止してしまう。
真っ白になる。
そしてあの人の言うように、
自分の存在というものに疑問さえでてくる。
独特の絶対的なカリスマ。
彼が言うのなら、
自分はただの意味のない存在で、
彼の許可なく生きている事さえ心が揺らぐ。
破裂しそうになっている心臓を鷲掴みにして無理矢理抑えたい。
だが、力が入りすぎて握りつぶしてしまう幻想さえ浮かぶ。


「世界など、さながら玩具に過ぎない」


その絶対的な存在の姿は、
ピルゲンとロウマの間で止まる。
アレックス達が歯が立たなかった二人を、
左右に落として堂々と立っている。
それは一目で彼が"最上"であると認識してしまう。

口は神さえを見下すような笑み。
目は神さえを軽蔑するような冷たい闇。
その強大すぎて、引き込まれそうで、
そむけたくなるような絶対の存在を目の前にし、
アレックスはいつの間にか汗が冷たく止まり、
心も氷のように冷える。
そして目の前にある絶対の存在。
疑う事も許されない姿。


「やりたい事ができるのでなく、我にやれない事がない。
 やらなくてはならない事などなく、我はどんな事でもできる。
 我の前に"夢"などない。何もかもを実行できるゆえに"夢"など存在しない。
 我の手で動かせないものはなく、世界など我の思うまま自由にできる」


その全ての横暴な言動。
一言一言にさえ一点の曇りが無い。
自信家だとか慢心家だとかそんなレベルではなく、
全てが偽りではなく、
ただその強大な力をそなえる手で星を掴むが如く。

何もかもを闇に引き込むような漆黒の髪。
地面に届くかという闇の長髪は、
天から地獄への道しるべ。

何もかもを見下す漆黒の目。
深く、居ねと言えば消されてしまいそうな確固たる目。
決して向けられたくないその眼が・・・・・・アレックスを見下した。
アレックスは息が止まりそうになる。
真っ白だった頭の中が真っ黒になる。


「そしてアレックス・・・・お前は少々我に余興をくれたようだな」


アレックスはその存在を前に、
紡がれたように動かない口を懸命に動かした。
動いたかどうか感覚がない。
五感がうまく起動しない。
ただ・・・自分の耳では察知できないが、
小さく・・・・なんとか声は出たようだった。
突如草食動物にでもなったような微弱な声で、
アレックスは断末魔のように言った。


「・・・・・・・い・・・・・・・生きておられたのですか・・・・・・・・・騎士団長・・・・・・・」



「愚問だ。・・・・・消えたいのかカスが」


絶対的存在は、
虫でも見るかのような冷たい目でアレックスを見下ろした。

















アインハルト=ディアモンド=ハークス



王国騎士団 騎士団長















                 






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