どれくらいの時がたったろう。
何ヶ月?
何年?
それとも数日か。
よく思い出せない

どれくらいの時がたったろう
成人し、
父が死に、
ルドを殺し、
シシドウを継いでから。

いや、シシドウは継がなかった。
継いだには継いだが、
殺しの仕事にはすぐ飽きた。
嫌気がさした。
いや、
嫌気がさしたのか?



「血で汚れたのぉ」

カージナルはアスカに問いた。
アスカは目も合わせず、
答えた。

「カージナル殿。お主は鍛冶屋だろ。黙って研いでくれればいい」

「変わったのぉ・・・・アスカ」

カージナルはアスカの剣を研ぎながら、言った。
剣研ぎをしながらも、
視界の端にアスカを捕らえている。

「もう一度だけ言おうかの。血で汚れたのぉ」

「人を斬っているのだ。剣が血で汚れるのは当然」

シシドウの仕事をしていないのに何故人を斬っているのか。
何故とは言われればアスカにも分からない。
だが、
アスカは人を斬っている。
無差別に。
ただの目的もなく。
ただただ人を斬っているのだ。
分からない。
とにかく斬る。
人を斬る技(スキル)を父から学び、
人を斬る物(剣)を手に持っている。
だから人を斬っている。

「違う。わしが言っておるのはそういう事ではない」

「拙者の手が血に汚れているといいたいのか?」

「それもある」

カージナルは研いでいた剣を置き、
一度自分自身の両手を見た。
まるで自分自身の血で汚れているとも言いたげだった。
手(ハンド)が・・・赤(レッド)に・・・・

「が、大事なのは剣自身も血にまみれているという事じゃ
 血に溺れた剣はまた、使う者を陥れる事もある。人は剣を使い、剣もまた人を使う・・・
 馬鹿馬鹿しいと思うかもしれんが、大事なのは剣とお互い信じあう事じゃ。
 剣の事を知れば、また剣の思いをしれば、剣を最大限に使える。ま、分からんじゃろうな」

「分からんな」

「それはそれでいいかもしれん。まぁ分かればお互いが美しく輝けるのじゃがな」

カージナルは剣を包んだ。
いつの間にか剣研ぎは終わっていたようだ。
そしてカウンターの上に置く。
アスカはそれを手に取ろうとするが、
その時カージナルは言った。

「それが分かるほど剣にのめりこんでしまうとわしのようになってしまう」

「・・・・・・ふん」

アスカは半ば取りあげるように剣を掴み、
そして背を向けて出て行こうとした。

「アスカ。今ちまたで話題になっている『人斬りオロチ』・・・・あれはお主なのじゃろ?」

「・・・・・・」


アスカは返事もせず、
カージナルの鍛冶屋を出た。
そしてゲートを使う。


ゲートで飛んだルアス。
ルアスに飛ぶなり、

最初に見た者を斬った。
血にまみれた赤の他人の死体と、
血にまみれた自分の剣、
そして血にまみれた自分の手を見た後、
いつもどおりの道を進んだ。

そこはルアス99番街。
いつの間にやらひきつけられるようにそこに居た。
居心地が良かった。
ルアス99番街にはそういう魅力があったのかもしれない。

そして人を斬った。
来る日も来る日も。
ただただ人を斬った。
別に血を見るのが好きなわけではない。
人を斬るのが好きなわけではない。
だが、
理由もなくただ斬った。
人を斬って斬って、
そして斬り続けた。

『人斬りオロチ』

人はアスカの事をそう呼んだ。

空を見ることなく地を這い、
地を這って這って這い回り、
這っては・・・・・

"見るもの全てを剣で飲み込む"
まるで大蛇(オロチ)のようだと・・・・・

空は見えない。
地を這うのがお似合いだと自分でも思った。
大蛇はモノを飲み込むとき何か思うだろうか?
思わないだろう。
自分と同じだと思った。

地を這って這って、
見たもの全てを飲み込む。
意味もなく、
斬って斬って斬り続ける。
見たもの全てを斬り、
見たもの全てを飲み込む。

自分は地を這う大蛇(オロチ)。

空など見えるはずもなかった。




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「ふん。人を守るだぁ?剣が殺しの道具。それ以上でもそれ以下でもない!」

「どんな物でも使いようだ。善にも悪にも正にも不にもなる。・・・・・・・・ゆくぞ」

あらためてイスカが剣を握りこみ、
走る。
低姿勢で走りこんでいるその姿。
地面を這うというよりは、
低空を滑空する鳥が如く。
もう真っ直ぐ。
スミスの左目の死角をどうこうさえしない。

「たしかに使いようだな!剣もハサミと一緒だ!!」

スミスはそんなイスカに剣を振り落とす。
パワーセイバー。
縦に斬りおとされた剣撃。

だがイスカの見切り。
ソッと無駄もなく、
多すぎず、少なすぎず。
最小限だけ体をズラし、
その剣撃を避け、
なお走りこむ。
そしてあっという間に間合いをつめる。

「居合い切り」

走りこみの低姿勢から、
イスカの剣が真横に振り切られる。

「チィ!」

大技であるパワーセイバーを振り切ったスミス。
その隙は大きい。
後ろに避けようとするが、
皮一枚超。
スミスの腹が横にカッ裂かれる。
血が真横に飛ぶ。

「なめるなよ!」

スミスがダメージを受けた事に臆せず、
今度は下から上へ剣を斬り上げる。
パワーセイバー。
イスカはまた"見切り"
それを冷静に、
体を半歩分斜めに傾けて避ける。

パワーセイバーの剣撃はイスカの斜め横に擦れ、
そのまま天井を斬り破った。
天井がパラパラと粉を舞い落とす。

金属音。

イスカは今度、
スミスを斬りにいくでなく、
あえてスミスの剣に自らの剣を重ねた。

「どうしたウェッソン」

「スミスだ!上の名で呼ぶなアスカさんよぉ!」

「じゃぁ拙者の事もイスカと呼べ」

「チッ・・・」

スミスは力で、
無理矢理鍔迫り合いの状態からイスカの剣を弾き飛ばそうとする。
が、できない。
どう押し込もうにも、
イスカの剣は傾きと力を調節し、
まるで張り付いたように鍔迫り合いを好む。

「無駄。拙者の剣は柔の剣だ」

「柔(やわ)と書いて柔(じゅう)。ショボい剣だ。だから俺の皮一枚しか斬れない。
 剣は攻撃力!剣は破壊力!なんでも斬れる剣こそ最強だ!」

「なんでも斬れる剣か。鍛冶屋の孫らしい意見だ」

「ふん。間違いじゃぁないはずだ。剣聖も同じものを目指したんだからな。
 "斬れぬもの無し"の名を継ぐのは俺しかいねぇ。この六銃士NO.1の俺しかな」

「攻撃力・・・・。だからといって至近距離で中距離用の技を放つのはどうであろうな。
 技は有るべきところにあるものだ。剣と同じく使いようだ」

「あぁそうかい!なら今あるべき技はこれだ!!!らぁあああ!!!!」

スミスはイスカの剣を弾き飛ばすのを諦めた。
それ以上に単純に行動してきた。
突進。
イスカごと押す。
そう考えた。
鍔迫り合いを維持したまま、
スミスは足を進める。
いや、走り出す。
突撃。

「ぬ・・・」

女であるイスカの体は軽い。
スミスの突撃に、体をもってかれる。
鍔迫り合いの状態のまま持ち上げられたような状態。

「らぁあああああああああああああ!!!!!」

スミスはそのままイスカごと、逆の壁まで押し込み、

「だぁありゃぁ!!!!」

剣を振り切る。
鍔迫り合いの状態からのパワーセイバー。

振り切られる剣撃。
それはすでに半壊気味だった壁を至近距離で砕き、
イスカごと家の外にふっとばした。

「くっ・・・」

イスカは吹っ飛ばされながらも、
地面を転がり、体勢を整える。
外の青い空がイスカに光を注いだ。

が、剣で防いでいたといっても、剣撃を防ぎきることはできなかった。
家の壁を破る剣撃だ。
当然といえば当然。
肩に剣による傷を植えつけられていた。
それも綺麗に斬られた傷ではない。
大きくはないが、
荒々しい剣撃による酷い傷跡だった。

「どうしたいアスカさんよ?」

ガラっ、と破れかけた壁の一部を剥がしながら、
スミスも家からゆっくり出てきた。
見える右目でイスカを見下ろしていた。

「あんたの剣筋・・それに動き。綺麗なもんだ。だけど俺が見たいのはシシドウの暗殺剣だ。
 もっと荒々しい威力のある悪の剣だよ。見せろよ。じゃないと勝てないぜ?」

「シシドウの剣は人を殺すためだけの剣だ。とうに忘れたわ」

「殺すためだけ?その言い方に対する受け答えは俺何回した?
 剣はそういうもんだっつってるだろ!!!そしてあんたは今もそれをしてるっ!!!」

スミスが下から上へ剣を振り上げる。
放たれる剣撃。
それは地面を這うように、
地面を削りながらイスカに迫る。

傷と体勢のせいで半歩遅れた。

イスカは避けるには避けたが、
腿(もも)をえぐられる。
その傷はやはり荒々しく、
酷い激痛が走る。

「終わりだアスカさん」

スミスがゆっくり迫り来る。
剣を振り上げながら。
あれが振り下ろされたら終わりだ。
だが、
意思とは別に腿の激痛。
体が勝手に避ける行動への拒絶反応をする。
思うように動けない。

「ハハッ!デカい口叩いてたわりには情けないなぁアスカさんよぉ。
 足引きずって必死に俺から逃れようとしている。
 ズルズルズルズル・・・這い回るように。地面を這いずり回る蛇みてぇだな」

蛇・・・
違う。
大蛇(オロチ)と呼ばれた自分はもういないはずだ。
空を目指しているのだ。

「地は這っていない・・・拙者は大空を知っている・・・」

「あっそ。ま、いいからまず泣け。命乞いしろ。白旗をあげろ。負けたと言え。話はそれからだ」

「鳥は鳴いても泣きはせん・・・・」

「ふん。じゃぁ羽をむしってやるよ」

スミスが剣を振り下ろす。
イスカの命を絶つべく全力のパワーセイバー。
それがまっすぐ振り下ろされ・・・

「・・・・・・てぇ!!!!」

突然スミスが叫んだ。

「いってぇなぁこの野郎!!!」

スミスが叫びながら振り向いた。
振り向いた先にはギターを構えたマリナがいた。

「あら、食あたりしちゃったぁ?」

イスカの目に映ったのは得意げなマリナの姿。
そして背2・3発のMB(マジックボール)の弾丸を受けたスミスの背中。
血がたれ出ていた。

「てめぇ!仲間の真剣勝負に横槍入れる気か!」

「馬鹿ねぇ。だから致命傷にならないぐらいで勘弁してあげたんじゃないの?
 それともおかわり希望?いいわよぉ?注文次第でなんでも作るのがマリナさんだからね♪
 弾丸のミートボールは売り切れ無用!好きなだけご馳走するわ」

マリナのギターの銃口がスミスに向く。

「それとね。真剣勝負に横槍って言葉だけど・・・・・・くだらないわ。
 イスカが死ぬかもしれないってのと比べたらそんなものナスビのヘタよ
 ま、最初から1対1で勝負!・・・・なんて約束(メニュー)なかったしね
 コックが2人いるだなら2人で勝利するわ。あ、料理の名前教えてあげましょうか?
 そうね・・・・"スミス=ウェッソンの馬鹿味噌炒め"。売れ残り必死ね♪」

「クソっ!てめぇから殺してやる!!!」

スミスが殺気立って走る。
マリナを殺す気だ。
一撃で。

「マリナ殿!!!!」

自分と違って高度な見切る技術をもっていない。
マリナが死んでしまう。
自分が守ると約束したのに、
死んでも守ると言ったのに。

「うるさいわね」

一発だけ銃声が鳴った。
たった一発だけ。
まるでスパイスは一振りだけ振り掛けるように。

「あんたは黙ってまな板の上にいればいいのよ」

気付くと、
剣を投げ捨て、
もだえ苦しむスミスがいた。
両手を顔に当て、
もがき叫んでいる。

「目がぁぁあ!!!俺の右目ぇぇえええ!!!」

スミスにとって唯一の光。
右目に銃弾を当てたようだ。
もとより隻眼のスミス。
その唯一の光を奪った。

「それがまな板よ。"まな板の鯉"。料理されるのもなすすべなく見る魚の状況ね」

「ぁああああ!!!あぁぁあああああ!!!」

叫ぶのをやめず、
スミスはウロウロとよろけていた。
右手を右目にあてがい、
左手は地面をさぐっていた。
投げ捨ててしまった剣を探しているようだった。
が、
両目の見えないスミスが見つけられるはずもない。

「はいはいイスカ!あとはトドメを刺すだけよ。早くして頂戴。私を守るんでしょ?」
「マリナ殿・・・・」
「なぁにしかめっ面してるのよ」
「拙者がマリナ殿を守ると申したのに・・・あの日約束したのに・・・・」

自分のふがいなさを、
イスカは嘆いた。
だが、マリナは優しく微笑んでくれていた。

「なぁに言ってんのよ。約束は私もしたでしょ?」
「え・・・・」

イスカは思い出す。
そしてふと、空を見上げた。
そうだ。
そうだった。
だから自分は約束したのだ。
だから彼女を守ろうと誓ったのだ。
また助けられた。
いや、
自分はまた助けられたかったのかもしれない。
彼女に助けてもらうために・・・
だから彼女に生きていて欲しく、
守ってもらうために守ると決めた。

「あぁぁああああ!ぁぁぁあああああああ!!!」

「耳障りだな。空に響くべき声ではない」

イスカは立ち上がった。
剣を鞘に納める。
もちろん攻撃しないためじゃない。
攻撃するために。
イスカは右手を鞘に納めた剣に添える。
そして低く構える。
抜刀の構え。

その静かな殺気は、
スミスも感じ取ったようだった。

「やめろ!やめろアスカ!!!俺はもう戦えない!!!分かった降参だ!
 負けだ俺の!命乞いする!白旗をあげる!だから剣を収めてくれ!話はそれからだ!」

「もうお主と交わす言葉など持ち合わせておらん」

「・・・・・・・・」

スミスは両手を目に当てて棒立ちしていた。
打ち抜かれた右目から垂れる血は、
まるで赤い涙のようだった。
が、
マリナは気付いた。

目の見えないスミスが真っ直ぐイスカの方を向いているのを。

「イスカ気をつけて!なんでかスミスはあんたの位置を分かってるわ!!!」

「・・・・・・フフ」

スミスは笑っていた。
命乞いをしていた時とは正反対。
まるで通常時、
クールを装っている時のような笑顔。

「交わす言葉はない?いいさ。"十分言葉は交わした"。
 目を失ってから分かるよ。耳の大切さをな。
 俺の左目の死角と同じだ。"人は弱点ほど長所にできる"。
 声であんたの位置は大体分かった。そして俺は生き延びれそうだ」

スミスは何やら、
懐を漁っていた。
武器?
警戒する。
が、
スミスが手に取り出したのは・・・・・

「・・・ゲート!?」

「そう。俺は逃げるとする。さっきの言葉は本当だ。
 俺の負けを認める。白旗を揚げる。だが話はここからだ・・・・・
 俺がゲートを開いて転送されるまでの時間と・・・・
 あんたがその声の位置から俺を斬り伏せるのと・・・・どっちが早いだろうな」

スミスは笑いながら、
目から涙のような血を垂らしながら、
ゲートスクロールを縛っていた紐に手を付け出した。

「もしあんたが急いで斬りかかってこようが無駄だ。
 俺には耳がある。足音で判断し、転送されるまで数秒くらいは無闇にでも逃げ切ってやるさ。
 それに俺に近寄るもなにもあんたは俺に足を斬られてる。近寄ってもこれねぇ・・・そうだろ?」

とうとうスミスはゲートを開き・・・・

「スミス。鳥に何故足が必要か、飛び続けるわけにはいかないからだ。
 だが拙者は今一度飛んでみせる。飛び立つのには片足があれば十分なのだ」

「やってみろよ!!!!」

スミスがゲートを開いた。
スミスの体が転送の光に包まれていく。

「御託はいらぬ・・・・目が見えぬのなら・・・・感じろ。
 これからお主に・・・・神風(カミカゼ)が吹き抜ける」

その瞬間。
イスカの姿が・・・・消えた。

いや、ある。
いつの間にか、

一瞬で、
マリナの目の前まで移動していた。

剣を振り切った状態で。
そして

スミスは血しぶきをあげていた。

「んだと・・・・・」

「風があれば・・・・拙者は飛べる」

転送は間に合わなかった。
いつ、
何故斬られたのか分からず。
見えないのに、
スミスは血まみれの両手を見つめていた。

「足音も聞こえなかった・・・・・一瞬で・・・・まさか本当に飛び・・・・・・・
 いや・・・ちが・・・・・・暗殺・・・剣・・・・・・・サベー・・・ジ・・・・・バッ・・・・・・・・・シュ・・・・・・・・・・・か・・・・・・・・・」

イスカが剣を収めると同時に、
血を舞い上げながらスミスは血に倒れ去った。

「剣は我が翼。他人の翼では飛べないように、剣と知り合った時、拙者は初めて飛べる
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・またつまらぬものを斬った」

スミスの死体も見ず、
イスカはマリナを見た。
その時、突然動揺した。
勝った。
が、
マリナに助けてもらったのだ。
助けると約束したのに。
何を言えばいいのか分からず、
迷ってしまった。

だが逆にマリナが先にイスカに言葉をかけた。

「チャージアタックよね?」
「・・・・・・は?」
「今使った技よ。スミスはサベージバッシュって言ったけど、チャージアタックよね?」
「・・・・・・・・」
「ま、呼び方なんてどうでもいっか。でもチャージアタックにしときましょ?
 暗殺剣っぽい下向きの名前なんてイヤだわ。下を見てたわ飛べないものね」

マリナは優しく微笑んでくれる。
だが・・・

「マリナ殿・・・・助けてもらって礼を申す・・・・・・
 だが・・・・だからこそ・・・・・・・拙者はなんと言っていいのやら・・・・・」
「だーかーら!さっきも言ったでしょ?」
「・・・・・・・・・・?」
「私もあの日約束したでしょ?もうあんた一人の命じゃないのよ?」
「・・・・・・・・」

そうだった。
もう自分一人では生きていない。
自分の心を胸に秘めて生き、
手には剣聖の意志を引き継ぎ、
そして目の前には何にも変えがたい宝物がいる。

「うわっ!ちょ、ちょ!見てイスカ!あっちあっち!」
「・・・どうなされた?」
「あっちのミルレスの空!ほら!オレンジ!燃えてるんだわ!」
「・・・・・・・戦争が始まったのだな」
「面倒ねぇ。面倒なしに片付けばよかったのに・・・・・まだまだ戦わなきゃならないわけね」

そう言いながら、
マリナはイスカの肩に手を回した。

「ま、いっか。イスカが守ってくれるしね♪」

そう。
守る。
守り抜く。
この人を。
自分に空を見せてくれたこの人を。
自分に空を教えてくれたこの人を。
どうあっても、
命ある限り。

「マリナ殿ぉおおおおおおおお!!!」
「な、何よ突然・・・・」
「拙者は!拙者は必ず!かなっ・・・・らず!マリナ殿を守り抜いてみせます!!!!!
 この剣に誓い!見も心もマリナ殿に捧げたあの日から!!!!決めたのだ!!!!
 拙者はマリナ殿の手足にも成る!時には飛んでみせる!はばたいてみせる!
 一生!一生だ!!!もしこの身が引き裂かれようともし・・・・・・・」
「はいはい・・・・聞き飽きたわ」

マリナはため息をついた。
呆れたため息だったが。
イスカには分かった。
そのため息は、
"言わなくても分かっている"と、
そういう意味も込められていると。

「こういう事なのだろうカージナル殿・・・・」

剣にも意志は伝わる。
だからこそ自分はまだ剣を握っている。
守りたいもののために持っていたいからだ。
昔のように・・・・
もう剣など持ちたくないなどとは思わない。
言わなくても分かるのだ。
剣も人の心も同じ。


心がすれ違わなければ・・・・・
その手を離さなければ・・・・・
ずっと一緒にいられるのだ。









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「ちょっとあぁーんた!!!」

アスカを突き刺す一つの声。

「・・・・・・・・何奴だ」

壁にへたり込むアスカは、
片目だけ開き、
その女を見た。
見ると同時に、
剣も握った。

こいつも殺してやろう。

そうすれば分かる。
他の者達と同じだ。
死んで、
声も出なくなる。
その前には泣いて命乞いをする。

「私はマリナさんよ」

「・・・・・・・・知らんな。死ね。女」

アスカが剣を振ろうとする。
が、
異様だった。
アスカには異様にしか見えなかった。

「何故逃げぬ・・・女。何か反応ぐらいせぬか」
「なぁにが」
「拙者はお主を殺そうとしてるのだぞ?」
「知らないわよ。それよりこれでも食べなさい」

女が差し出したのは。
チャーハンだった。
真ん中にホロパの乗ったチャーハンだった。

「なかなか料理が上手くならなくてね。ちょっと実験台になってくれない?」
「は?」
「だから食べてみてって言ってるのよ」
「・・・・・拙者が腹を空かしてるように見えるか?」
「見えるわ。これでも料理人の端くれよ。それくらい分かっちゃうの」

たしかに腹は減っていた。
シシドウの仕事をやめ、
ただ人を斬り。
斬り続けていた。
大蛇(オロチ)のように地を這って。

そして決めていた。
このまま死のうと。

生きている価値など自分にはあるのか?
ない。
自分に生きていて欲しいの願う人などいない。
だがこの自分に死んで欲しいと願う人はいるだろう。
自分などいない方がいいのだ。
だからこのまま朽ちようと決めていた。

「放っておけ。拙者は死にたいのだ。殺すのも飽きたのだ」

マリナはそれに対し、
はぁ?と呆れ顔でため息をついた。

「だからなんなの?」
「拙者は先ほどで調度100人斬った。殺した全ての顔を覚えている。
 どれも幸せに繋がるものはなかった。・・・・死に顔なのだから当たり前の事だがな。
 とにかく潮時だ。もうここらでやめる。生きても無駄だ。
 人を斬り続け、地を這うのも飽きたのだ。お主が101人目になって終わる」
「あっそ」

また異様な反応だった。

「なんなのだその反応は。拙者は人殺しなのだぞ?それも『人斬りオロ・・・・」
「あーあーどうでもいいわ。人殺しの友達なんてたくさんいるし、
 それにこの町じゃぁ人殺してない人のが少ないわよ。それより食べなさい!」
「・・・・・まだ言うか女」
「言うわよ!これは命令よ!マリナさんのいう事が聞けないっていうの!?」

アスカはそのわけの分からない押しに負け、
とうとうそのチャーハンを食べることにした。
人を殺す剣を持っていた右手をスプーンに持ち替え、
そして口に運んだ。

「不味・・・・破綻した味だ」
「あぁん!?マリナさんの料理がマズいっての!?」
「料理の実験台なのだろう・・・・嘘を申してどうする」
「・・・・それもそうね」

マリナは納得した顔をし、
両手を腰にあてた。

アスカはチャーハンを自分の横に置いた。

「考えてみれば・・・人から何かを戴くのは・・・・父上以外始めてかもしれぬ」
「ふーん」
「礼を言う女。そして頼みがある」
「お礼に頼み?何あんた。ま、こっちも実験台になってもらったお礼もあるし言ってみなさい」
「そこにある剣で拙者を貫け」
「はぁ?」
「殺してくれと言っておるのだ。言っただろう殺すのは飽きたのだ」

そう、
飽きたのだ。
殺し、
殺す。
血の螺旋。
そこから降りる。
その引導。
この女に引かせるのも悪くない。

だが、

「うわっ、血生臭っ!こんなもんいらないわ!」

マリナは突然剣を放り投げた。

「!?・・・何をする女!」
「え?だってくれたんでしょ?私がどうしようと勝手じゃない」
「やるなどと言っておらん!殺せといったのだ!」
「でしょ?つまりあんたの命、私にくれたんでしょ?」
「はぁ!?」
「だから私の勝手じゃない」

何を・・・何を言っているのだこの女は・・・・

「死ぬ気だったんでしょ?じゃぁもう死んだ気になってこれから新しい人生歩んだら?」
「何を・・・何を今更!!!人を殺し続けてきた拙者が!!!!血の色に染まった拙者が今更!」
「ん〜・・・前に一緒に暮らしてた友達が言ってたんだけどね。
 人には人の色があるわ。でもあんたの色は血の色とかそんなじゃないと思うけどね」

何を・・・何を言って・・・・

「人殺しの家系に生まれた拙者が・・・・血の色ではないだと・・・・」
「あんたは人殺しよ。だけどもともと人殺しマシーンとして製造されてないわ。
 人生なんて料理と一緒よ。材料をどう料理するか。それだけ
 あんたもまだまだ作り直しはきくわ。だってあんたはそんな風にできてないもの
 ここまでの人生(調理)も工夫次第でどうとでも・・・・って何泣いてんのあんた!?」

言われて気付いた。
自分の目から涙が垂れていた。
何故かは分かった。
ウソでもデマカセでも。
間違いな考えでもなんでも。
この女がそう言ってくれたからだ。

自分は・・・・人を殺すためだけに生まれてきたのだと思っていたのに・・・・・

「泣き虫な人殺しね・・・・・で、生きる気になったの?」

イスカは返事はしなかった。
首をどうふればいいのか分からなく、
涙だけが流れていた。
マリナはそれを肯定と判断したらしい。

「じゃぁ今日から友達ね。あんた名前は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・アスカ・・・・アスカ=シシドウ」
「飛鳥(アスカ)ねぇ。いい名前じゃない」
「・・・・・・・・思い出した」
「ん?」
「父上は・・・・・この名のように・・・飛ぶ鳥のようになれと・・・・・」
「ふーん。いいお父さんじゃない」
「・・・だが・・・・・この名は捨てる」

イスカは立ち上がった。
そして涙をぬぐった。

「拙者は今、一度死んだ。アスカは死んだのだ。ここから新たな人生を調理する」

マリナは優しく微笑んだ。

「じゃぁ新しい名前を決めなきゃね。でもせっかくのお父さんの名前を捨てるのも駄目ね」

マリナは上目遣いに考える仕草をした。
ただの考える仕草だったが、
アスカは自分もつられて上を見上げた。

鳥が飛んでいた。
綺麗な空だった。
自分は地面ばかり見ていたから知らなかった。

空は・・・・こんな美しいものだったのか。

「決めた!こんなのはどう!?」

マリナはアスカに話しかける。
だがそれを聞きながらも、
アスカは空に見入っていた。

「アスカが次の段階に進むためにね。名前も一つ進めましょ!
 "ア"の次は"イ"。だからね!イスカってどう?」

アスカは空を見上げたまま答えた。

「イスカ・・・・鳥の名だな」
「そうなの?」
「あぁ。冬の空を渡る渡り鳥だ。血のように赤い色をしていると聞く」

アスカは空から目線をマリナに戻した。

「拙者に適度だな」
「やっと笑ったわね」

言われて気付いた。
自分は笑っていたらしい。
笑うという事も随分していなかった気がする。

「で、気に入ってくれたのね?」
「あぁ。こんなに素晴らしい名はない。拙者は"イスカ"という名の飛鳥(アスカ)になる
 拙者などになれるか?・・・・・・・・・など聞かない。拙者は今一度・・・・・大空を知った」

アスカ・・・・いや、イスカはもう一度空を見上げた。
優雅なものだ。
空はこんなに美しく、
こんなに大きいものだったのか。

イスカは顔を下げ、
今度はマリナの両肩に両手を置いた。

「マリナ殿と言ったな。拙者の命これからはお主のために使う」
「は?」
「先ほどお主に託した命。お主はそれを絶っしなかった。
 一度お主にやった命。お主のものだ。これからはお主のために生きる・・・・」
「はぁ・・・・それはまた大げさな事になったわね」
「お主に命をやったのだ。当然。・・・・・いや、むしろ拙者は命をもらった気分だ。
 この命。お主のために使いたい。これから一生。お主を守り続ける。
 生きている限り・・・・いや、命尽きようと守り続ける。守りぬく事を約束する。全てに誓う」

イスカの真剣な目つき。
マリナにもそれはもう止めようがない事が分かった。
だからとりあえずため息がてら返事した。

「まさか女にプロポーズされるとはね・・・・・」
「女などというものが邪魔なら"女"など捨てる」
「それまたまぁ・・・・・・・・」

マリナはため息をついた。

「でもそっちが"命の限り守る"なんて約束されたら、私も約束しないとね」
「?・・・否、よい。拙者は死に急ぐ所を助けられた。それだけで・・・・」
「だから私はそれを約束するわ。あんたが私を命からがら守ってくれるなら
 私は逆に"あんたが死にそうな時に守ってあげる"わ。
 ね、それならどう?あんたはいつも私を守る。あんたが死にそうな時は私が守る。
 これならもしかしたら私たち一生死なないんじゃない?」

マリナは優しく微笑んでくれた。
勢いで出た決意だったが、
その時心の底で決心がついた。
この者になら一生命を託してもいいと・・・・

イスカは片膝をついた。

「マリナ殿・・・・マリナ殿がお望みなら、拙者・・・・不死鳥にもなろう・・・・・」
「オッケー。あ、思いついた。今日の夕御飯は焼き鳥にしましょ♪」
「・・・・・・・」
「何よ・・・・雰囲気壊したとでも言いたげね・・・・夕飯おごってあげようと思ったのに・・・」
「!?・・・・滅相もない!」
「でしょ?殺しに飽きても人間食べるのは飽きるわけにはいかないものね♪
 ってことでとりあえずそこのチャーハン食べなさいよ?」

マリナが笑顔で指差す。
その先をイスカはゆっくりと見た。

「あの不味い焼飯を完食しろと・・・・・」
「マリナさんはお残し許さない人なのよ♪」
「・・・・・・・・・・・」



空が・・・・

空が青かった。

こんな綺麗なものだと知らなかった。

なんと雄大で、
なんと広大で・・・・

まるで無限のよう。

こんなに大きく、広いものだったと知らなかった。

そして教えてもらった。
マリナのいう女性に。
地しか這っていなかった自分に、
この大空を教えてくれた。

自分が通って来た道など
自分が生きてきた道など、

自分が勝手に決め付けていた世界の一部でしかないと。
殺しの世界という世界の底でしかないと。



この大空を羽を広げて飛びたいと思った。

鳥のように。

大空を飛び続けれたら、
いつまでも海(マリナ)を見続けることもできるだろう。



出来る。


出来るかなどとは聞かない。









何故なら自分は大空を知っているから。





















                 






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