王宮のラッパが鳴り響く。
それは甲高く。
普段祭り事というものが案外ないのだろう。
だからこういう時に限って騒ぎ立てるものだ。

まぁ悪い気はしなくもないけどね

「それでは我が王国騎士団、新団員代表のスピーチです。
 代表、アレックス=オーランド。それではステージへ」

王宮の広い部屋。
パーティ会場。
赤い絨毯にシャンデリア。
無数の丸いテーブル
立ち並ぶ高級料理。
ワイン片手に浮かれているの王国騎士団新入団員の人間。
それを祝う在団員。
有名なお偉いさんの顔をチラホラ。
そんな中を割いて代表としてステージに向かうのは悪い気分じゃない。

「あいつ?なんであんなしょっぱそうな奴が新入団員代表なんだよ」
「そうだぜ。聞いたとこまだ学生らしいじゃねぇか」
「あぁ、養成学校高等部の聖職者学部の学院2年生らしいな」
「げ、まだ19・20ってとこかよ!」
「ケッ、ちゃんと卒業してから就職しろっての」

ステージに向かう途中。
周りからお暑い歓迎の言葉がコソコソと聞こえる。
まぁ慣れっこだ。
とはいえムカツキはするけどね。
だがここは代表らしく知らん顔して堂々とステージへ向かおう。
面倒起こすのは好きじゃない。

「中等部を主席卒業だからって代表はナマイキだよな」
「まぁ騎士団養成学校の小・中・高等部まで行けば半ば騎士団にゃぁ入れるのに
 学院まで行くってのが出世狙い見え見えでやらしぃーよなぁー」
「でも騎士団に入るのは養成学校のやつばっかじゃないんだぜ?」
「ギルドで慣らして実戦と実績を積んでる俺らの方が代表に相応しいよな」
「ばーか。知らねぇのか?」
「なにがだよ」
「あのアレックスって奴、両親両方が部隊長って話だぜ?」

アレックスはさすがにピクリと反応した。

「うっわ!なにそれ!つまりコネみたいなもんか」
「親のなっな光りぃ〜♪」
「成績もきっとイカサマだぜ。きっとヌクヌク成長してきたんだろうよ」
「だっせ!ぜってぇ勉強だけのお坊ちゃん野郎だぜ!?」
「いざ実践になったらへっぴり腰になられちゃたまんねぇなぁ!」

ムカっときた。
気付くとステージに行くのを忘れ、
足を止めてそいつらの方を睨んでいた。

するとそいつらは脅えた子鹿のような表情をした。
だがそれはアレックスに対してじゃなかった。
アレックスの背後の何かにだった。

「てめぇら。俺のガキがなんだって?」

いつの間にか父が背後に立っていた。
まさしくすっ飛んできたというやつだろう。

「ぶ、部隊長のアクセル=オーランド!?」

「呼び捨てにすんじゃねぇ!俺ぁおめぇらの上司になるんだぞ!
 アクセル部隊長様って呼べ!それからおめぇらそこに立って一列に並べ!」

言いつつアクセルは槍を構えた。
パーティに槍を持ってくるなと言いたいが、
その前にアクセルは叫んでいた。

「オレの一突きで全員の腹を風通しよくしてやる!
 そんでもってワイヤーで数珠繋ぎにして吊るしてやろうかぁ!!イカみてぇによぉ!」

パーティ会場の真ん中で槍を構えだす部隊長アクセル。
会場はザワザワしていた。
当然だった。
めでたい式で部隊長が槍直参で叫んでいるのだ。
はぁ・・・
アレックスは顔に手を当てる。
恥ずかしい親だ。

「あんた何やってんのよ!」
「うぉぁエーレン!い、いててててて・・・・」

母エーレンの登場だった。
父アクセルの耳をひっぱり、そのまま引きずっていく。
"オホホ、皆さんごめんあそばせ♪"みたいな笑顔を振りまきながら。

「てて・・・離せエーレン!新団員の能無し共が見てるだろ!」
「あら、恥ずかしいの?でも放っておいた方がこっちが恥ずかしいのよ」
「うるせぇよぉ!俺ぁ口だけ達者な奴が一番嫌いなんだ!!」

後から聞いた話だと、
騎士団内で両親はいつもあんな感じらしい。
家では見れない父と母の姿を見れた事は少し嬉しかった。

アレックスはステージに上がり、
用意してきたスピーチを繰り広げた。
5分ほどの演説。
自分で言うのもなんだが、ハッキリ言って完璧だっただろう。
緊張もせず、
テキパキとスピーチする姿は凛々しかったに違いない。
特に後半の"食と騎士団との関連性"についての話は、
会場全体がポカンとあっけにとられているほどだった。
僕を見直したに違いない。

「ハハ、さすがオーランド夫婦の息子さんといったスピーチでしたね。
 それではアレックス君に質問です。騎士団に入団後、どの隊に所属されたいですか?」

司会の人の質問。
そこでアレックスはウゥン・・・と考えた。
そんな事考えた事もなかった。
52個の部隊。
どれ?と言われても困る。
知ってるのなんてそんなにないのだから。
まぁあえて言うなら食べ物関係で・・・・・・・

「兵糧ぶた・・・・」

「そりゃぁ8番隊だろ!俺の治安維持部隊だよなアレックス!」
「何言ってんのよ。私の医療部隊に決まってるでしょ?
 なんのために聖職者学部に行かせてると思ってるのよ!」
「ダメだダメだ!あんなモヤシっ子な聖職者集団に入れるわけにはいかねぇな!
 やっぱ俺んとこに入れてビシバシしごいてやんだ!男は戦だ戦!」
「あら、そのモヤシっ子集団の部隊長に頭が上がらないのはだぁれ?」
「うっせ!なんと言われてもアレックスは俺のようなカッコイイ騎士にすんだよ!」
「イヤよ!アレックスは天使のような優しい子にするの!」
「それはもうお前に似た部分がある時点で不可能なんだ!」
「なによ!」

「まぁまぁアクセル部隊長、エーレン部隊長両方。ご子息への愛はよく分かりましたから」

司会の一言に会場はクスクスと笑っていた。
父と母は顔を真っ赤にして静かに席に縮こまった。

「で、アレックス君。養成学校を主席で卒業、かつ学生でありながらの騎士団への入団。
 そして進入団員の代表・・・・・・・・・つまり君が今年の一番の有望株ということです。
 となると自然にその所属先は・・・・・・・・最強の44(ヨンヨン)部隊に・・・・と期待が膨らむ所ですが」

会場がザワザワし始めた。
そりゃぁ当然である。
第44番隊。
最強の竜騎士部隊。
他の隊は平均で2・300人・・・・少なくとも100人で編成されているが、
44番隊はたったの30人ほど。
部隊長のロウマが気に入らないと入隊できない囲いの高い部隊。
全騎士団員憧れの部隊だ。

「その通り」

突如。
一人の男がステージに上がってきた。
飾りっ気のない男だ。
ざわめく会場のコソコソとした会話で誰か分かった。
彼は44部隊の副部隊長のユベン=グローヴァーというらしい。

「アレックス君。ロウマ隊長が君に興味をお持ちだそうだ。なによりだな
 奥の部屋で隊長がお待ちだ。付いてきてくれればなによりだ」








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S・O・A・D 〜System Of A Down〜

<<44部隊と最強と審査>>












「もう少し行った所でロウマ隊長がお待ちだアレックス部隊長。
 もう少々の我慢なので離れずに付いてきて頂ければなによりだ」

ルケシオンの森の中。
いや、森というには木が少なすぎるが、
下は砂。
上は太陽。
ヤシなどの木の生い茂るルケシオンの道を、
アレックス達は歩いていた。

「早く歩けっての」

ドジャーがエンツォの背中を足で小突く。
エンツォは少しドジャーを睨み返した。

「お前の細い目じゃぁ睨んでるのかどうか分かりにきぃんだよ・・・・」

後ろ手をガチガチに縛られたエンツォ。
それをアレックスとメッツ。ドジャーが連れている。

横には・・・・・
3m上にドロイカンに乗ったユベン=グローヴァー。
44番隊の副部隊長だ。
ユベンの案内の通りに、
ビーチスプリントコースの一角と思われる道を進む。

「アレックス。ロウマってのはどんな奴なんだ?」
「え?」
「いや、会った事あんだろ?」

会った事・・・・
そりゃ当然だ。
初めて会ったあの日を思い出す。
あの騎士団入団パーティの日。
忘れるわけもない。
だが、話そうと思っても、
ドロイカンの上のユベン副部隊長の視線が気になる。

「ん〜・・・・なんていうか・・・・・・気の難しい方ではありますけど・・・・」
「カッ!最強って言われてのぼせてる野郎か」
「ガハハ!ぜってぇ俺のが強ぇってのぉ!」

「おい、盗賊と斧戦士」

ドロイカンナイトの上からユベンが強めの声を出す。
その目はドジャーとメッツを睨んでいた。

「ロウマ隊長への侮辱はこの俺が許さんぞ」

「あらら、隊長にゾッコンLOVEってか?
 さすが騎士団。男ばっかの集団ってのは怖いねぇ〜」
「え?そうなのか?騎士団ってのは変態ばっかなのか?イスカみたいなんがいっぱいなのか?」
「そうだぜメッツ。アレックスもそっち系だ」
「ほぉ。そうだったのか!」

いや、まて・・・・
まきぞいで人をホモにしないで・・・・
というかホモの集まりなら僕は生まれないんだけど・・・・

「おい盗賊。あまりケンカを売ってくるな。何事もないのが何よりだからな」

「カッ・・・・おめぇからつっかかってきたんじゃねぇか・・・・」
「ドジャーさん・・・」
「あん?」
「ユベンさんの言うとおりあんまり溝を作らないでください・・・
 僕達はどうしても44部隊の協力が必要なんです・・・・
 それに・・・・・・・44部隊と一行事なんて起こしたくありませんから・・・・」
「ガハハ!そんな強ぇのか?これから会う44部隊ってのはよぉ!」

44番隊・・・
いや、それ自体はたしかに怖い・・・
だが、もっと怖いのは・・・

「なぁんも知らへんのやな」

エンツォがイヤらしい笑顔をアレックス達に向けた。
エンツォはGUN'Sのメンバーだ。
GUN'Sは攻城戦の常連。
44(ヨンヨン)部隊に行く手を阻まれた事など多かっただろう。

「あいつらはやな。言うならば部隊長クラスの集まりみたいなもんや
 あんさんらにも分かりやすくいうとやな・・・
 『ナイトマスター』ディアンがぎょうさんおるようなもんや」

その例えはいいような悪いような・・・・

「んじゃぁ大したことねぇんじゃねぇか?俺ディアンに勝ってるしよぉ!」

「まぁそいつらはともかく"アレ"を見たらそんな大口叩いてられへんやろけどな」

そうこう言ってる間に、
酷く広い場所に着いた。
海辺でもないのに、木がなく、砂の地面だけが広がった場所だ。

「着いたぞ」

ユベンはそう言うと、
ドロイカンナイトに乗って向こうへ歩いていった。
砂浜の向こう。
そこには・・・・
羅列されたようにドロイカンが並んでいた。
その前には・・・
数人。

「あれが44部隊か」
「思ってたより随分と少ないな」

立ち並ぶ人の数。
もちろんドロイカンと同じ数の人間が並んでる。
その数は・・・
《MD》とあまり大差ない。

「さすがの44(ヨンヨン)部隊も終焉戦争で無傷とはいかんかったからな
 残ってるのはあんだけや。わいが殺してやったやつもおるしな」

「エンツォ。てめぇの話はもう聞きたくねぇ。
 実際俺は今よぉ、GUN'Sの奴ってだけで虫唾が走る所を我慢してるんだ」
「そうだ!黙ってろコラァ!」

メッツが軽く蹴飛ばす。
エンツォが痛みで唸るのと同時に、
ドジャーはアレックスに気がついた。

「どしたアレックス?キョロキョロと・・・・」
「い、いえ・・・・」

アレックスは気持ちがブリ返していた。
まるで初めてロウマと会ったあの日のように。
落ち着かない。
ただただ落ち着かない。

そうこうしてる間に、
ユベンがドロイカンから降り、
44部隊の輪の中へ入っていった。

「副部隊長おかえりーッス。あれが《MD》とアレックス部隊長ッスね!」
「おぉそうだ。無事お連れした。御健在なによりだろ」
「ほんとなによりだわ!アレックス部隊長の可愛いお顔は今も変わってないわ!
 今すぐでもあたいのムチでしばいてあげたい衝動にかられるわね・・・・フフ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「他の奴らは畜生顔だなクソッタレ!ムカツク!」
「#で♭だね。少し生音からズレてそうな奴ら♪僕とは音楽性が会わなそうだ」
「穴開けちゃえばいんじゃなぁーい?ムカツクなら掘っちゃえばいんじゃなぁーい?
 俺のドリルで穴開けちゃえばいんじゃなぁーい?ギュィイイイイイン!」
「俺は出来る子だ俺は出来る子だ俺は出来る子だ・・・・・・・あんな奴らより俺は出来る子だ・・・・」
「名前くれねぇかなぁ。俺の名前コレクションに加えてぇなぁ」

しゃべりたくる44部隊の面々。
アレックスとは違い、緊張という言葉とは程遠い

「なんだぁあいつら・・・・44部隊ってのは変人の集まりか?」
「ガハハ!ドジャー!お前が言うなお前が!」
「いや、お前も言うな・・・・」
「で、肝心のロウマってのはどいつなんだ?」

メッツがユベンへ問いかけるように視線を送ると、
ユベンはフッと笑い、アゴで示した。
さらに後ろを。

「あん?どこに・・・・」

メッツが途中まで言いかけて気付いた。
44部隊の後ろに並んでいたドロイカン。
ドロイカンマジシャンにドロイカンナイト。
竜騎士部隊らしいそのドロイカンの羅列の後。
そこに一際大きいドロイカンがいた。
全長5・6mはあるだろう。

黒いハイランダーだ。

目を見開いた。
その規模に。
ドジャーとメッツは、
以前モンスターコロシアムでドラゴンライダーを見たことがある。
だが、それとは違う異様な威圧感がそこにはあった。
まるでじっと獲物を見据えている百獣の王のような・・・・・

「来たのか」

低いがどこまでも、
心の奥まで染みそうな声が聞こえた。
一瞬ハイランダーがしゃべったのかと思った。
だが違った。
ハイランダーの背の上。
そこに一人の男が自分の腕を枕にして寝転んでいた。
それを見た瞬間。
異様な威圧感を放っているのはハイランダーではなく、その男だと分かる。

その存在を見た瞬間。
アレックスへ異様なプレッシャーが襲った。
いや、アレックスにだけではなかったかもしれない。
初見のドジャーやメッツも
名を聞かなくてもそれが誰か分かった。

その男がハイランダーの上で体を起こす。
こちらに背を向けた形で起き上がった。
マントの"矛盾"の二文字が目に入る。
アレックスは当然その背に見覚えがある。
騎士団の頃はこれ以上なく頼りがいのある背中だったからだ。

今は・・・・逆にも思える。

「思うより早かった」

そう言い、
その男が跳んだ。
ハイランダーの背から飛び降りてきた。
人が一人跳んだだけ。
なのに大砲が跳んできたかのような錯覚さえ起こった。
そして"ソレ"はズドンと思い地響きをあげて着地した。
砂埃が舞い。
マントがなびく。

「・・・こいつが・・・・・・・・・・『矛盾のスサノオ』・・・」
「最強ロウマか!!」

ドジャーの声と共に、
ロウマが顔をあげた。

ひきしまった顔。
ナイフのように釣りあがった眉。
獣を見つめるように眼光鋭く、引き込まれそうだった。
そして爆発したようなオレンジの髪は、まるでライオンのよう。
オレンジの鬣(たてがみ)が揺れる。

そして・・・・やはり圧巻するのは・・・
2mは超えているだろう巨体。
ライオンを軽く引きちぎりそうな腕は丸太のよう。
地面を踏みしめているというよりは踏み潰しているような屈強な足。
人の体とは思えない鋼のような体。
全体図を見ると、
それはもう一つの凶暴な生物のようだ。

・・・・・・・・・・いつ見ても思う。
もし人間が知恵を付けず、自然の中を生きてきたとしても、
力というカテゴリの中で頂点に立つのは、この存在なのだろうと。

「久しいな。アクセルの倅(せがれ)」

ロウマが獅子のような鬣を揺らし、
うねる声をかけてきた。

「・・・・・・・お久しぶりです。ロウマさん」

「・・・・・・・一年見ないうちに甘い目つきになった」

「え?」

「軟弱とは言わないが引き締まっていない。血に生きる者の目ではない。
 やはりお前はアクセルよりエーレン似だ。惜しい。実に惜しい」

威圧感がアレックスを襲った。
味方として戦ったことはあったが、
こうして味方と確定していない状況で相対したことはなかった。
いや、昔・・・あのパーティの日もそうだったか。
味方だと思えない時、彼に対し、恐怖というものを感じてしまう。

向こうの目つきは甘さのカケラもない。
その眼光に押しつぶされそうになった。
まるで自分がウサギのような存在になったかのように。
アレックスは目をそらし、焦って話を進めた。

「ロ、ロウマさん。協力の件なんですけど・・・・・」

「その前に・・・・。そこの盗賊」

ロウマの目線の先がキッと変わる。

「あん?俺?」

「違う。そっちの細目だ。お前・・・・・・・・・・GUN'Sのエンツォだな」

エンツォは返事をしなかった。
先ほどまでは涼しい顔をしていたが、
口の根元をひくつかせ、
汗を濡らしていた。

「アクセルの倅(せがれ)。・・・・エンツォの縄を外せ」

「え・・・でも・・・・」

「外せ」

それは、まるで命令だった。
アレックスは従うしかなかった。
威圧感。
それは彼を見れば誰もが感じるところだろう。
だが、彼の力を知っているならばさらに話が違う。
絶対的な力を持ち、
とうてい及ばぬ力。
昔とは違う。
こう、対峙しているというシュチュエーション。
彼の力を知っている者ならば、
いや、知っているからこそ・・・・その者は弱者と化す。
その弱者というのは、今この場でいうアレックスとエンツォだった。

アレックスはロウマの言葉に従い、エンツォの縄を外す。
だが、エンツォは縄を外され、自由にされたというのに・・・・
動かなかった。

自慢の瞬足。
逃げようと思えば逃げれる。
だが、放心状態のように、
それでいて見入るように。
エンツォはロウマの方を見つめ、
汗をかき、
わずかに歯を震わすだけだった。

ロウマはエンツォ言った。

「来い。喰ってやる」

それだけ言った。
大きな右手でクィっと誘う。
かかってこい。
殺ってやるから。
そう言ってるように聞こえた。

エンツォは少し震え始める。
ドジャーはそれを見かねた。

「おい、貸してやるぜ」

ドジャーはエンツォにダガーを一本投げた。
エンツォはダガーの方を見ずにそれをキャッチした。
目はまだロウマに見入っていた。
そして小声でブツブツと言い出した。
まるで何かにとり憑かれたように・・・・・・・・

「どんなにあいつが凄かろうと・・・わいより速いわけやない・・・・
 力で勝てなくとも・・・・あいつにはわいを捕らえることなどできへんはずや・・・・
 速さは強さや・・・・速い事は正義や・・・・・大丈夫・・・・・
 やから世界であいつに対抗できるとしたらわいだけや・・・・わいなら・・・・
 わいなら勝てるはずや・・・大丈夫や・・・・わいなら・・・・わいなら・・・・・・」

ブツブツと漏らしながら、
ダガーを握り締めた。

「わいなら!」

それを最後の言葉に、
エンツォは姿を消した。

一瞬逃げたのかと思った。
が、その気持ちを一瞬で吹き飛んだ。
エンツォの形相。
それは逃げるという選択肢を忘れている表情だった。
まるでロウマに引き込まれるかのように。
アレックスも同じだったので分かった。

エンツォはロウマに向かったのだ。
その速さ。
ドジャーまでも見失っていた。
エンツォの最高速だと理解できた。
アレックスとドジャーにも見せていない。
全速力。
最大ギア。
見えない速さ。
その極地。
言うならば音速。
風を抜き、
対象が鼓膜で捕らえるよりも速く。

・・・・・・・

ただ、小さな唸り声と、
弾けるような鈍い音が同時に鳴った。

何が起こったか分からなかった。

気付くと、
ロウマの腕が地面にめり込んでいる。

・・・・・・・・・エンツォの頭と共に。

「くだらん・・・・軽い・・・・」

過程は何も見ていない。
だが、ソレの状況を理解できた。
結果だけを見て。
アレックスだけじゃなく、ドジャーもメッツも。

見えないほどの速さのエンツォ。
それをロウマは掴み。
頭から地面に叩きつけた。
ただそれだけ。

ロウマが地面からエンツォを取り出した。
頭をロウマに掴まれ、
ブラブラと揺れるエンツォ。
パラパラと砂が落ちる。
今思うと、砂の地面で何故あんなに鈍い音が・・・

だがそんな疑問もあの人間離れした腕を見れば納得した。
理由とかではない。
ロウマだからだ。
そんな気持ちにさせられる。

「勘違いの小物め」

ロウマはもう意識のないエンツォに向かって話す。
自分の拳の中のエンツォに。
巨体のロウマがエンツォを掴んでいる姿。
それはまるで人形を掴んでいるよう。
エンツォがあまりにも儚く、モロいモノに見えた。

「速さなど強さではない。強さとはもっと重いものだ。
 鉄より固く、魔物のように乱暴で、志のように重い。
 それも分からぬお前のような者が・・・・・・このロウマに傷をつけれるわけがない」

ブンッと鈍い音と共に、
ロウマの腕が横に振り切られた。
エンツォを投げ捨てたのだ。
だが捨てたという言葉に収まりきらないその勢い。
エンツォの抜け殻は、
木を一本へし折り、
そのまま岩にぶつかって転がった。

ロウマの目がこちらを向いた。

「話・・・だったな。アクセルの倅(せがれ)」

片付けが済んだ。
そんないいぶりだった。













                 






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