少年ドジャーは俺を雨の中自分の家へと引っ張っていった。

土砂降りの99番街に手を繋ぐ子供二人の足音が聞こえる。

「あ・・・雨・・冷たいね・・・」
「だね。でも僕の家はもうすぐだよ!」
「君の家は暖かいの?」
「君じゃなくてドジャーって呼んでよ。僕達一緒に住むんだよ?」
「ド、ドジャー・・・君・・・家って・・・暖かいの?」
「うん!」

人の名前を呼ぶのは初めてだった。
悪くなかった。

そしてその時

俺は初めて呼んでもらうための名前が欲しいと思った。


「ここが僕の家だよ!」

そこは路地の隅の小さな家だったが、
少年二人には大きすぎる家だった。
そして外で住んでいた俺にはあまりに魅力的すぎた。

まるで視界という額縁におさめられた絵画のようだった。


「はいろ!」

二人の少年は背伸びをしてドアノブに手をかけた。







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地獄絵図・・・・・

というものをアレックスは初めて見た。
そして地獄絵図の材料を知った。
それは・・・・血と、弱者・・・・・そして狂気の者

「なハ、ガハはハハ!!! 死ネ!シッ、ネねネ!!!!」

両手に斧という名の二本の首狩りマシンを持った暴走マシン。
『レイジジャンキー(激怒快楽中毒者)』
それが血祭りの中心で踊っていた。

人の動きではなかった。

ダラりと両腕をブラさげ、
時には足の力だけで跳ね回り、
時には両手を足代わりに跳ね回った。

動きと伴わず、定まらない視点。
そして両腕が別々の生き物のように命を奪っていった。

「死、かハッ!全ブ死んジまぇエ!」

世間では凶悪と呼ばれるモンスター達が逃げ戸惑う。
口から煙草の煙を吹き出す暴走機関車メッツは
二つの斧という車輪で全ての命をひき殺していった。
すでにレールは外れている。

「な、なんという事だ・・・・私のモンスター達が・・・」

アンジェロが地面に横たわりながら言う。
やはりドジャーに負わされたダメージは致命傷だったようだ。

「くそッ・・・・下等生物のクセに・・・・・ゴミの分際のくせに!
 ドラゴンライダー!あの下等生物を始末しなさい!」

ドラゴンライダーはアンジェロのいう事を聞いてか聞かなくてか。
天に向かって火炎を吐く、
夜空が赤く照らされる。
そしてメッツを睨み付けた。

「アハハハ!少し早いですがドラゴンライダーVSデスメッセンジャーです!」

体の大きさの差
ドラゴンライダーとメッツでは数倍、いやそれ以上の差がある。

これはさすがにメッツさんでも・・・・

アレックスは助太刀をしようと飛び出そうとした。
だがドジャーがアレックスの肩を強引に抑えて止めた。

「バカ野郎!メッツに巻き込まれたいのか!今のあいつは見るもの全てが標的なんだ!
 初対面のお前なんざ躊躇なくぶった切られるぞ!」
「で、ですけど!」
「大丈夫だ。メッツに任せろ。あいつが負けるはずがない」

凄い信用の強さだった。
ドジャーは完全にメッツを信じていた。
これが共に過酷な環境を生きてきた者同士の絆なのだろうか。

「もしもの時は俺が行く。俺なら・・・・メッツも判断がつく
 だが今行くとそれが逆に足手まといになる」


「アガはァッ!!!死ネ死シネ!!!!」

メッツがドラゴンライダーの方へ突っ込んだ。
顔を傾けたまま斧を持った両手を前足のようにして走る。

ドラゴンライダーが火炎を吐いてきた。
予想以上の規模であった。
その無差別な火炎は他のモンスターをも飲み込み、燃やした。

「見なさい!燃えるゴミのような魔物達を!」

アンジェロが叫ぶ。

メッツは足の力だけで大きく真横に跳んだ。
そしてそのままドラゴンライダーの横から回り込む形になる。

「死シ死しシし師シシ死ね!!!」

狂気のメッツは凄いスピードでドラゴンライダーの巨体の後ろへ回った。
こう見るとやはりメッツの数倍以上も大きい。

そんなドラゴンライダーにメッツは右手の斧をおもいっきり突き刺した。
ドラゴンライダーが痛みの悲鳴をあげる。

「ガ!アガガ!がぁーーー!!!」

モンスターの鳴き声かと思うと、それはメッツの声だった。

そしてその言葉を口きりに、
よく分からない言葉を吐き出しながら右と左の斧でガムシャラ斬りつけ始めた。
めった斬り・・・・という他ない。

「死ネが、ガハあはハハハ!!」

メッツはそこから動く気はなかった。
足を狙おうとか頭を狙おうとか。
そういう考えは頭にないようだった。
ただ急所でも弱点でもないその場所を、
肉食動物が目の前の肉をむさぶるかのように斬りつけた。
血しぶきと"食べかす"が飛び散る。
急所ではないとはいえ、ドラゴンライダーの傷口は酷くなっていくった。
いや、一言で重傷だった。
そしてあっという間だった。
ドラゴンライダーの半身が赤く染まってたのは。


ドラゴンライダーが大きな声をあげた。
コロシアムの王者の悲鳴だ。
鳴き声ではなく泣き声である。

ドラゴンライダーの巨体がグラリと揺れ、
次の瞬間地響きを立てて地に倒れさった。
砂煙が巻き上がる。
そしてそのままコロシアムのチャンピオンを起き上がる事はなかった。

「やりやがったメッツ!」
「凄い!凄いですよメッツさん!」

「ガアぁアあああアアあァあぁあぁアアアあ!」

メッツは斧を持つ両手を高々と天に突き上げ、
獣のような大きな雄たけびを上げた。

「そんな・・・・・私の・・・・ドラゴンライダーが・・・・」

アンジェロは地に這いつくばったまま、信じられないといった顔で言った。

「カハハ!どうだ!これがメッツの実力だ!」

「バカな・・・・・私は天に選ばれた者なのです・・・・『天使』なのです・・・・・
 人間も魔物も・・・・・そんな下等生物(ゴミ)ども・・・など・・・すべて私の思い通りになるはず・・・・」

「嘘の羽、嘘の魔物、嘘の力に嘘の言動。
 『ペ天使』アンジェロも地に落ちたものですね」

「地に・・・落ちた・・・そんなはずはない・・・・
 私には翼がある・・・・『天使』の羽・・・が・・・」

「羽で飛んでたわけじゃないでしょう」
「いい加減現実を見ろよ」

だがすでに満身創痍のアンジェロに、
アレックス達の声は聞こえてなかった。

「私は・・・全てを見下せる者・・・・下等な・・・者どもを・・・・
 あぁ・・・・空に・・・・天界(アスガルド)にもう一度・・・・・
 私・・・私は・・・・・あの時のように・・・・・・・・
 ・・・・・・空さえも・・・・・・・・見下ろ・・・・し・・・・・・・・た・・・・・・・ぃ・・・・・」

そこでアンジェロの意識は途絶えた。
生という名の自由の羽をもがれ、
天使は朽ち果てた。

「カッ!天の国なんて行けるわけねぇだろ。おめぇは地獄行きだ!」

ドジャーは死んだアンジェロの顔に唾を吐き掛けた。
そして思いっきり蹴飛ばした。
怒りの理由は分かる。
大切な親友を、いや、家族をひどい目に合わせたのだから。


そんな瞬間だった。
突然辺りが赤く照らされた。

「な、なんだ!?」

アレックスとドジャーが振り向く、
そして正体が分かった。

ドラゴンライダーの最後の吐息だった。
そして地に倒れているメッツ。
炎はメッツを包み込んだのだった。

「メッツ!」
「メッツさん!」

アレックスとドジャーが駆け寄る。

近寄るほどにメッツの重症が分かった。
すでに意識はない。
というより・・・・息がない。

「ヤバイです!」

すぐさまアレックスが治療にあたる。
手を当て、青白い光がメッツを包む。
その力は眩い。強力なものだった。

「アレックス!頼む!なんとかしろ!」
「分かってますよ!」

全力のスーパーヒールという事がアレックスの汗で分かる。
吹き出るといっていいほどの汗。
体の奥から絞りだす魔力が汗として出ていた。

「どうなんだ!?酷いのか?」
「・・・・酷いです」
「クッ!ドラゴンライダーの炎はそれほどまでに・・・・」
「いえ、外傷はすぐ治せます。と言っても簡単ではありませんが・・・・
 それよりも重要なのは体自体です。消耗とダメージについていけてません
 監禁の疲労に無理な暴走を起こすレイジが折り重なり、
 体自体がその反動に耐えられずに極度の悲鳴をあげています」
「・・・・・」

必死にメッツの傷を癒しているアレックス。
ドジャーはそんなアレックスとメッツを見下ろす。
いや、見下ろす。そして祈る。
それしかドジャーに出来る事はなかった。

「メッツ!メッツ!」
「くそぉッ!」

アレックスは十字を画きなおし、右手を当てる。
そしてソっと手を当てた。
するとメッツの真下に大きな魔方陣が現れる。
と同時に大きな閃光が縦に吹き出した。
天に向かって伸びる光の円柱。

「なんだ!?」
「リバースです」
「メッツが死んでるってのか!!??」
「分かりません」
「わ、分からないって・・・・・」
「致命的な状況は打破したはずなんです!」
「じゃぁなんで!!!?やっぱり死・・・」
「念のためにリバースをしてるんです!大丈夫です!
 もし死んでいるとしても魂はまだ聖職者の手の届く範囲にいるはずです!」

魔方陣から立ち昇る閃光の柱は何かを呼んでいるように輝き続ける。

「メッツさん!」
「メッツ!戻ってこい!」

だが、メッツに返事はない。
暴走機関車は燃料切れで地に横たわって動かなかった。

「チクショウ!」

ドジャーはもう死んでいるドラゴンライダーにダガーを突き刺す。

「俺が・・・・・最初から俺が戦えばよかったんだ・・・・」
「そんな・・・」
「俺が・・・代わりになってやれるなら・・・・」

ドジャーの足がガクンと崩れる。

家族を失う事の悲しみ。
そんなドジャーの感情を空気を通じてアレックスも感じる。
たった一人の家族。
血は繋がってなくとも
それ以上に繋がっていたはずなのだ。




「俺を死んだみたいに言うなってんだ・・・」

ドジャーとアレックスがハッとメッツを見た。

そこに横たわっていたメッツは
目を開けていた。

「メッツ・・・・・おま、生きて・・・・・」
「ガハハ・・・・俺がこんなとこで死ぬかよ・・・・」

ドジャーは喜びでメッツに駆け寄るのも忘れていた。
ダガーの握り方も忘れ、手元からダガーがポロリと落ちた。
だがそれも喜びで気付かなかった。

アレックスがメッツの体を聴診器を当てるように触る。
そして言った。

「もう大丈夫です。入院は必要ですけど一命は取り留めました」

「ったく・・・・しぶといんだからよぉオメェは・・・・
 ここは死んどいたほうが感動もんだったんだぜ・・・・・」

ドジャーの目から涙が落ちる。
やっとの涙だった。
流す事も忘れていた。

「ガハ・・・ハ・・・何言ってやがんだ・・・"会う"んだろ?俺たちは・・・・
 何回も・・・何回も・・・100年たっても・・・・・まだ10年くらいだぞ・・・・・・・・」
「・・・・・・ハハ、そうだったな」
「・・・ドジャー」
「あん?」
「煙草くれ・・・」
「アホか!」

ドジャーは涙をふき取りながらメッツを殴った。

「ッガッ!痛ぇ!怪我人だぞ俺は!」
「ったく。こんな時によぉ・・・・ほれ」
「サンキュ」

ドジャーがメッツの口にタバコをくわえさせ、火をつけた。

「うめぇな」
「・・・・だろな」
「生きてりゃまたこいつが吸える。それに・・・・お前との約束もある・・・・。
 ガハハ・・・・だから俺は死ぬわけにゃいかねぇよ・・・。いや、死ねねぇんだ・・・」
「俺とタバコに"会う"ため。ハハ・・・・そんなアホな理由でお前は不死身か・・・」
「あぁ・・・そうだ。俺は不死身だ。せめてお前が死ぬ前には死なねぇ・・・・」

言わなくとも分かってるとドジャーは笑う。
メッツはちとクサすぎたかなとタバコをくわえた口をゆがめた。

最後に二人は手をバチンと合わせた。



その時調度夜明けを迎えた。

鳥の鳴き声でたくさんの家族が目を覚ますだろう。

朝が来るたび会えるのは幸せなことだ。







「あ、あの・・・・その・・・・」

アレックスが突然口を挟む。
少しもごもごとした言い草だった。

「感動の場面中言いにくいんですけど・・・・」

「なんだメッツの命の恩人」
「なんだ俺の命の恩人」

「えっと・・・・メッツさんの入院費なんですが・・・・
 その・・・・今の世の中"保険"がないので・・・かなり高くついてしまう・・・・かも・・・・
 もしかしたらですけど・・・・・今日の万馬券の勝ち分が丸々・・・」

「「え・・・・」」

三人に沈黙が訪れる。

「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」

「メッツ・・・お前やっぱ死んどけ・・・」
「・・・・・・・・・いや・・・俺は不死身だ・・・・」

「あぁ・・・・僕のデザートが・・・・豪華な卵プリンが・・・・・」




そうして長いような短いような一夜は過ぎ去った。







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「なぁーにがいいかな。君の名前」
「うぅーん・・・・」
「どんなのがいい?」
「カ、カッコいいのがいいかな」
「カッコいいのかー。うーん・・・・僕よりカッコいいのは嫌だなぁー」
「じゃ、じゃぁドジャー君はどんなのがいいと思う?」
「んー。そうだなー。なんか思い出に残るのがいんじゃない?」
「思い出?」
「って言っても会ってばっかりだし思い出も何もないね」
「・・・・でも・・・多分俺は・・・ドジャー君に会ったのが人生で最高の思い出かも・・・」
「なぁに言ってんだよ。会ったのが思い出?
 会うなんてさ、これからどれだけでも会うんだよ?」
「え?」
「だってこれから一緒に暮らすんだよ?」
「じゃ、じゃぁ・・・・明日も会えるの?」
「そう」
「明後日も?」
「もう!明後日も明々後日も1年後も10年後も100年後もだよ!
 だって僕達は家族なんだよ?」
「家族って・・・・何回でも会えるんだ・・・」
「そうだよ。あ、それを名前にしようよ!」
「え?」
「出会えた思い出が最高なんでしょ?"出会えた思い出"で"met"・・・メットだ!」
「なんかヘルメットみたいだね・・・・」
「文句言うなよ〜・・・。あ、じゃぁこんなのはどう?これから何回も会うんだ
 ・・・・・だから"mets"・・・・メッツだ!」
「メッツ・・・・」
「そう。カッコいいんじゃない?」
「うん・・・・」
「気に入った?」
「・・・・うん!」
「じゃぁ!今日から君はメッツだね!よろしくメッツ!」
「メッツ・・・・。よ、よろしくドジャー。俺は・・・・・・・・・・メッツ・・・・」



名前を知らなかった俺は

初めて名前を手に入れた。



名前と同時に、

愛とか家族とか
そういう暖かいモノも初めて知った。

もう寒さは感じない。

大事なものが出来たからだと思う。

そして大事なものはこれからも増えていくのだと思う。

まずは今日新しくできた大切なもの。

初めての家族と

初めての自分の証明。

・・・・・名前。


今日から俺の新しい人生。

今日が誕生日。




そう


俺の名前。



俺の名前は・・・・・





"メッツ(積み重なる出会い)"






最高の名前だ









生まれてよかったと初めて思った















                 






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