聖職者が病院に運ばれてしまった。一生の不覚だ。とにもかくにも料金の請求を全てメッツにまわすことに成功したレックスはまだ微かに痛む頭を抑えながら、レイズとアレックスの話を黙って聞いていた。
「…早い話が、そこの騎士とシーザーがくっついてるという事か?」
「…………………………そうなるな………」
 やれやれ…とレックスは天井を仰いだ。無駄遣いが多いように見えて、自分と同じくらいちゃっかりした性格のシーザーだ。アレックスの話からして自分から商人の話にのったのは目に見えている。
「アレックスといったか? 悪いな…面倒かけて」
「いえ…僕も似たようなモノですから。それより、外し方わかりません?」
「そいつは聖職者の守備範囲外だ。外し方を探すなら、スオミかカレワラにでも行った方が早いんじゃないか?」
 つまり、魔術師の守備範囲ということだ。魔術師の知り合いがいれば話も早いのだが…。
「魔術師というと……誰かいましたっけ?」
「……………………いたか?」
「ああ! アンジェロとか」
「…………いたな………そんなもの…」
「ティガーとかどうでしょう?」
「…………………わざとか?」
 アレックスが笑いながら何か言いかけた時だった。レックスが意外そうに言った。
「シーザーに会ったんじゃないのか?」
「会いましたけど…?」
「いや…まぁ、確かにシーザーは無理かもしれないが、一緒に金髪の女の子がいなかったか?」
「もしかして、シンシアさんですか?」
「…何も言ってなかったのか?」
 本人は海賊のつもりだがあれでも一応子供の頃は魔術都市で学校へ通って勉強していたはずだ。更に言うなら最近知り合いの魔術師から教わっていることも多い。しかし何も言ってなかったとなると…やはり、完全に割り切れてはいないか。胸中で締めくくると、レックスは立ち上がりながら言った。
「どちらにしても、早いところシーザーと合流した方が良さそうだな。話に聞く限り、別行動は自殺行為だ」
「……………それは…いいんだけど……」
 何か言いたげな顔のレイズに、レックスが釘を刺すように言う。
「言っておくが、料金の請求先はあの戦士だからな」
「……いや………それなんだけど………君が行くと………同じ事になるんじゃないか……………?」
 しばし三人して沈黙。やがて、乾いた声でレックスが言った。
「そう…かもしれないな」





「と、いうわけで、メッツさん、請求書ですッ!」
 仁王立ちになったアレックスにパシッと紙切れを突きつけられ、メッツの口からくわえられていた煙草がぽろりと落ちた。
「おいおいおいおい…冗談だろ? なんだこの額はぁッ?!」
 いくら保険のきかない世界だとはいえ、あの程度でここまで法外な額が発生するものなのか。狼狽えるメッツにアレックスはきっぱりと言った。
「ですからッ! レックスさんからメッツさん宛の請求書ですよッ。…ちなみに、病院への搬送時に発生した料金、診察代、連絡に使ったWISの代金、薬代、突発的事件の被害に対する迷惑料、精神的苦痛に対する慰謝料、それに後遺症に対する賠償金だそうです」
 なんだか理不尽な請求が混じっているような気もしたが、言い返すに言い返せず、石化するメッツ。アレックスとしても、まさかレックスがここまで細かく請求書を書くとは思わなかったらしく、メッツが心底気の毒だが彼の自業自得なので助けようもない。しかも、無償になったはずの診察費や不要なはずの薬まで含めている辺り、もはやどちらが被害者何だかわからない。
シーザーとしてもそれは同じ事のようで、相変わらずの守銭奴だと思いながらもメッツには同情を禁じ得ない。とはいえ、レックスがこうでもしなければ自分はともかく、ハーデスがメッツに斬りかかっていたはずだ。別にどちらの味方をするというわけでもなかったが、この二人が精神的に敵同士になるのは極力避けたかった。つい先程出会ったばかりのこの戦士にどうしてそんな感情を持ったのか、シーザー自身良くはわからなかったが。
 アレックスが石化したままのメッツにハボックストーンを唱えるべきか迷っていると、背後からクックックと肩を鳴らして笑う凶悪人の声が聞こえてきた。
「最高だ…自分に利益のある仕返しか。あいつを怒らせたのが運の尽きだな」
 この請求額の法外さがレックスの怒りの度合いを痛いほど強く示している。だが、アレックスにとっては男の職業の方がより重要だった。
「あなたは…騎士、ですか?」
 しかし、何かが違う…ようにも思えた。不思議な表情で見るアレックスの視線を見返してハーデスは言った。
「聖職者にでも見えるか?」
 むろん、そんなはずはない。驚きながらもアレックスが更に詳しく聞こうとした時だった。背後からシーザーの軽口が飛ぶ。
「といっても、こいつは不良騎士だけどな」
「何か言ったか? 下ネタ盗賊」
「耳まで不良品になったか? 何ならそっちの真面目騎士に礼儀の一つでも習ったらどうだ?」
「テメェこそ女癖の悪さを治してもらったらどうだ?」
 睨み合ったまま互いに武器を取り出しそうな勢いの二人に、アレックスは慌ててストップをかける。
「待って下さいッ! 今喧嘩されると僕にもダメージが…」
 その言葉にようやく我に返る二人。
「そういや、シーザーとセットになってる騎士ってのがお前か?」
「そうなんです…」
「災難だな…。ま、同業のよしみだ。お前とひっついてるうちはあいつとやり合うのは勘弁してやる」
 その言葉が意外だったのか、一瞬きょとんとしたアレックスは、次の瞬間には嬉しそうに笑っていた。
「やはり僕は間違ってなかったんですね…ッ。食べ物をくれる人と騎士に悪い人はいないって信じてました」
 その言葉に耳を疑うシーザー。騎士に悪い人は………いないと言ったか? 今。
 凶悪人ハーデス…笑顔魔王トール…むしろ騎士団とは悪の組織だろうと常々思っていたシーザーである。目の前のアレックスが悪人ではないことを信じられないわけではないが、悪い人はいないなどとハーデスを目の前に言えるこの笑顔の青年が信じられない。
 しかし、シーザー以上に耳を疑ったのはハーデスだ。
 またこの手のタイプかと思う…。以前、レックスが指摘した通り、実は平和で無害な人間ほど苦手とするハーデスである。彼の育ての親や、現在の上司、それにスオミで一度無理矢理組む羽目になった天然魔術師がそれに当たるが、更に苦手なタイプの人間がここに一名加わった。とはいえ、年下の同業者を邪険には出来ない性格でもある。
「あの…何か変な事言いましたか?」
 ただでさえメッツが石化してしまって静かなのに、シーザーとハーデスにまで絶句されてしまっては場の温度がどんどん下がっていってしまう。そんなことばかりしていては、最後には四人揃って凍ってしまうではないか。
「…仕方ねぇな」
 苦笑して呟くハーデスに、青年騎士はふわりと笑った。
「助かります」
「そういや、レックスは何か言ってなかったか?」
「ああ、そういえば聖職者の仕事と言うより魔術師の仕事だろみたいなことは言ってました」
 そもそも聖職者にどうにか出来るならアレックスが自分で何とかしている。そして出た単語にシーザーとハーデスの声が重なった。
「「魔術師…?」」





 くしゅッ。可愛らしいくしゃみの音に、肩を並べて歩く左右の賊が振り返らずに言った。
「またどこかでお前のまいた迷惑の種が芽を吹いたのか?」
「う〜ん、そうかも。春だもんね」
「カカッ。さっきの野郎か?」
 楽しそうに言うドジャーに、黒髪の盗賊がつられるように口元だけで笑った。
「さぁ…どうだろうな。…お前はどう思う?」
「さっきの野郎の後に隠れてた連中だろ? あれからずっとついてきてやがるからな。財布が三つ…いや、四つか。やるだろ?」
 乗り気なドジャーの言葉に、軽くジャックが同意しようとした時だった。まだ鼻をすすっていたシンシアが言った。
「やってもいいけどさ…さっきの人の仲間じゃないかもよ?」
「どういうことだ?」
「ま、掴まえてきゅぅ〜って絞めちゃえばわかるよ。きっと」
 その笑い方は先程までと全く変わらないのに、受ける印象はまるで違う。訝しむようにドジャーが言った。
「なんだ? 知ってるなら言えよ」
「さっきの人の話だとね、あの人は例の商人じゃないって事でしょ? つまり…」
 商人が金目当てにそのリングを売り続ければどうなるか…という話である。
「まさか…」
合点のいった青年盗賊二人が目を合わせ、小さく言った。
「「…やるか」」
 言うと同時に二人が動いた。突然動いた盗賊に、慌てて逃げ出す四人の人間だが、平民か足の遅い職業が二人いたらしく、逃げ遅れ始めた。残りの二人は盗賊級の速さだったが、ドジャーもジャックもそちらには目もくれず、逃げ遅れた二人をそれぞれ殴り、蹴りを入れる。すると…かなり遠くの方で逃げたはずの二人がドサッと倒れた。





 とりあえず二人を人質に取るような形で尋問を開始する。残り二人は逃げた所で相方が掴まっている以上、意味がないのだ。
「で、お前ら。四人も揃ってなかなか洒落たリングしてるじゃねぇか」
 楽しそうに、しかし目は笑っていないドジャーが二人に聞くと、彼らは観念したように口を開いた。
「そうだよ…それでお前ら、さっきあの魔術師に外し方を聞いてたよな…ッ?!」
「要するに…アンタらも外れなくなったクチか?」
 どこにでも悪徳商法の被害者はいるものだ。呆れたようにジャックが訊くと、二人は一度顔を見合わせた後、怯えたような声で言った。
「おれ達も…ッ、は…外し方は、聞いたんだ。それで、ここにいる四人以外にもあと二人あの商人からリングを買った奴らがいて…」
「そいつらが…ッ、一番に外し方を試したんだが…」
 そこで黙り込んでしまった二人にシンシアが軽く訊く。
「もしかして、外すと大爆発?」
 思わずドジャーがシンシアの方を凝視するが、その顔は平然としている。ジャックが無言で俯いて顔の半分を片手で覆った。
「大爆発ならまだいい方だ…ッ! あいつら…あいつら…」
「ああ…思い出すだけでも背筋が寒くなっちまう…ッ」
「外したら…どうなるの?」
 恐る恐る、二人は見たモノを語り出した。





「しかし、最初見た時どこの病棟の患者かと思ったが」
 涼しい顔で失礼極まりないことを言い出すレックスに、しかしレイズは慣れているのか軽く言い返した。
「……………君だって…………どこの…………薄幸の美少女………」
「頼むから薄幸とかこれ以上運が悪くなりそうな単語はやめてくれ。それでなくても最近…」
「…………………まぁ………………手伝ってくれたから…………いいけど……」
 あれから非番だというのに相次いだ急患を二人して診るはめになり、気付けばすっかり空が夕焼けに染まっていた。薄暗くなり始めた廊下を歩きながら、レックスは思わず呟いた。
「レイズ…お前、本当にこの世の生き物なのか?」
「……………………いや……違う………」
「成仏してくれ…ッ!」
「………………嘘に………決まってるだろ…………大体………幽霊なんて…………いると………思うのか…………?」
思うも何も、レイズを見ていると本当に幽霊がいるのではないかと思えてくるから不思議だ。それに、レックスは幽霊目撃の体験談を聞いたことがある。
「いるらしいな。知り合いに見た奴がいるんだが…まぁ、こういうものは見える人間とそうでない人間がいるらしい。私は無理だろうな」
 要するに、見えてはいけないモノが見える人種というやつだ。ジャックは完全にその手の人種だが、にやりと笑ってレイズは元も子もないことを言った。
「……………無理じゃない…………かもな…………………死ねばみんな幽霊…………だ……」
「つまり…レイズが見えるということは、私は死んでいるのか…?」
「……………………………そのネタから………離れろよ…………」





 きっかけは簡単なことだった。面白そうなリングを友人同士で買って、それぞれつけてみたのだ。それが悲劇の始まりとも知らず。
 そして外せなくなり、なんとかして外し方を入手した彼らはそれを実践した。それは、あまりにもあっさりと…二人の両腕から砕け散り。
「壊れちゃったの…?」
「ああ…リングを外すということは、壊れるということらしい。別にそれはそれでも構わないんだが…そのあと……ッ」
 あまりに回りくどい言い方に、ドジャーとジャックが苛々し始めた時だった。
「あいつら…幽霊に食われちまったんだッ!!」
 三人の盗賊達は絶句した。そして口々にしゃべり出す。
「バカか? お前ら」
「また幽霊か…呪われてるのか? 俺は」
「幽霊ってご飯食べるの?」
 呑気な三人組に、再び叫ぶ青年。
「信じてくれ…ッ! 真っ黒い怪獣みたいなティラノが出てきてあいつら喰っちまったんだッ!」
 そんな日本昔話のような怪談をされても困る。
「大袈裟に言いやがってッ。要するに黒いティラノが出てきたってだけだろ…ッ?」
 怒鳴るドジャーに、狼狽えながらも必死に訴える二人。
「違う…ッ! だって…そのあと…き…消えちまったし…ッ」
「そうそうッ。それにうっすらと透けてたぜッ?!」
 その言葉に、三人は困惑した顔を並べた。信憑性の薄い話だ。信じていいものか…しかし、無視できる話でもない。
「で、外したいけど外すに外せないわけだ」
 腕を組んで言うシンシアの背後で、盛大なため息が二つ、バックコーラスのように響いた。










                 






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