遅い。ルアスの仮宿で一人待ちぼうけている聖職者がいた。何しろ、彼の悪友三名が遅くても夕方には帰ってくると言っていたのに、もう辺りは真っ暗だ。早く帰ってきてくれないと今夜の夕飯をたかれないではないか。
「何やってんだ?」
 突然入り口の方からした声に、長髪の聖職者は振り向かずに答えた。
「ハーデス…夕飯が帰ってくるのを待ってるんだが」
「お前の夕飯は勝手に出掛けたりするのか? レックス」
 呆れたように言いながらズカズカと上がり込んでくる騎士に、レックスはWISを取り出しながら言った。
「夕方からかけてるんだが、ずっと繋がらなくてな」
「繋がらない? 拒否か?」
「いや、遠距離だ」
 相手がWISの電源を切っている場合を拒否と言うが、それ以外にもゲートで移動中等、電波状態が不安定になった場合に、相手との距離が遠すぎるとアナウンスが流れる場合がある。
「遠距離ってお前、あれは一時的なもんだろ?」
「夕方からずっとだ…何かあったのかもしれない」
 ハーデスが何か言おうとした時だった。レックスのWISが規則的な電子音を奏でる。誰からだ? とは聞かず、黙って壁に背を預け首の関節を鳴らすハーデス。
『もしもし、レックス君?』
「エウリュアレか?」
 二人して顔を見合わせ、ハーデスが肩をすくめた。何だか嫌な予感がする。
『ちょっとシンシアに繋いでもらいたいんだけど、どこにいるか知らない? 何故か彼女にかけても繋がらなくって…』
「いや。私も何度かかけたんだが…同じくだ。シンシアに用か?」
『そうなの〜…。実はね、この前ウィザードゲートの使い方教えて、その時に媒体もいくつかあげたんだけど…』
「ウィザードゲート…?」
 予感的中だ。遠距離WISといい、絶対に原因はコレだと二人して確信する。
『レックス君もクレリックゲートセルフ使うからわかると思うけど、媒体のいくつかが使用期限切れだったのよ…』
 つまり本来媒体として備わっていなければならない魔力量が、期限切れと言うことは干上がってしまってなくなっているということだ。
「気付かなかったのか? まぁ…どちらにしても使い物にならないだろ?」
『私もそう思って、新しいのをあげようと思ってるんだけど、見つからないし』
「レックス。それ…もし、仮にシンシアが気付かずに使ったらどうなる?」
 ハーデスが独り言のように言った。彼がこういう言い方をする時は大抵勘が働いている時だ。
『使ったらって…さっきレックス君が言ってたけど、使い物にならないわよ』
 しかし、しばらく考えていたレックスが言った。
「…いや、シンシアの魔力量なら、やりかねない」
『まさか…無理でしょ?』
「エウリュアレ。シンシアに渡した期限切れの媒体、まだ残っているか?」
『あるけど…どうなっても知らないわよ?』
 厄介なことになった。…はずなのに二人は軽く苦笑して、さほど深刻でもなさそうにカレワラへと向かった。





 地元の人間と運良く合流でき、二人して歩きながらシーザーは軽く冷や汗をかきながら言った。
「ったく…乱暴な野郎だ。普通いきなり腕落とすか?」
 アレックスに感謝してもらいたい。もう少しで彼は永久にスプーンを握る手をなくす所だった。
「落としてねぇだろ? ちゃあんとついてるじゃねぇか」
「当たり前だッ! まいったぜ…この俺が突っ込み役になるとは」
「つまりいつもはボケキャラッて事か」
 悪気なく言うメッツに、シーザーは肯定も否定もしなかった。気持ちの良い男だと思う。先程会った盗賊と同じで、自分と似たような世界に住む人間に見えるのに、器が広く暖かみのある人間だ。それはこの町にも言えることで、自分が育った当時のルアスとかわらないくらい治安の乱れた貧しい町なのに、荒んだ空気の中に血の通った人間の体温を感じる。
「で、地元の人間なら、あの露店について何かしらねぇか?」
「しらねぇなぁ…んな露店聞いたこともねぇ」
「てことはこの町の人間じゃねぇってことか…ついでに聞くが、最近変わったことは?」
「最近つってもなぁ…そういや、この近くの宝石店からどっさり盗んで行きやがった奴がいたらしいぜ。ドジャーがすっげー怒って………あぁ〜? どうしちまったんだ?」
 気付くと隣を歩いていたはずのシーザーが数歩後で蹲ったまま悶絶していた。







「思い出したぜ。そのリングどっかで見たと思ったら、この前持っていかれた路地裏の宝石店のじゃねぇか?」
 かなり自信満々に言うドジャーだったが、周りはそれどころではなかった。
「ちょっとちょっと何なのよ…大丈夫?」
 テーブルに突っ伏した客達を気遣うマリナだが、潰れている客達の息はかなり危うい。更に、たった今ドジャーの目の前でチャーハンをパクパクと食べていたアレックスが俯いたまま動かない。スプーンを握るその手が小刻みに震える。
「どうしたんだ? アレックス、まさか食べ物ん中に何か入って…」
「こ…………これは…」
 それは、隣にいてさえ聞き取れるか聞き取れないかという小さな声で、しかし、次の瞬間アレックスは大きな声で叫んだ。
「美味しいッ!! こんな美味しいチャーハン食べたことないですッ! 口に入れた瞬間の感覚は何とも言えませんが、味わっているうちにこの絶妙な炒め加減とチャーハン本来のうまみを引き出す極上の(以下略)」
 背景に花を咲かせながら延々と語るアレックスを見ながらドジャーは呆れたように呟いた。
「まぁ…大丈夫ならいいんだけどよ。周りの奴らはどうしちまったんだ?」
 見渡す限り全滅の様子の客達。そしてしばらく絶句していたジャックが我に返って言った。
「究極の得意体質か、それとも胃袋が鋼鉄で出来ているのか? あいつの料理を食べて上手いと言った奴は初めてだ」
 更に言うならば、上手いと言う余裕があった者も初めてだ。
「あいつって…さっきのシンシアっていう女の子の?」
 さすがに驚いた様子のマリナだが、一体どんな技を使えば焼くだけで料理をここまで変質させられるのか。
「こうなった以上、あまり言いたくはないが…あいつは以前、ルアスのとある食堂でバイトとして厨房に入り、騎士団に逮捕されたことがある」
「逮捕って…毒物でもいれたの?」
「いや、普通に作っただけだ。しかも、昔はともかく、今のあいつの料理は味はまともだからな。普通の人間は食べた時には気付かずどんどん食べて…………あとからくる」
 ゴク…。と、唾を飲み込むドジャーとマリナ。そして幸せそうに料理を食べ続けるアレックス。どうやら彼には来ないようだが…。
「く…くるって…まさか」





「この感じ…まさか、シンシアかッ?! く…ッ、やべぇ…」
 突然道で気分悪そうに座り込んでしまったシーザーに、先程の説明を思い出したメッツが言った。
「そういや相手のダメージが来るんだったなぁ…大丈夫か?」
 とても大丈夫そうには見えない。この分では相手側も相当酷いダメージを受けているのではないだろうか? しかし、今は目の前のシーザーだ。
「…ッ! なんだって…シンシアが料理なんか…しかも…何で食ってんだあの馬鹿…ッ」
「何いってんだかわけわかんねぇけどよ、そんな状態でお互い離れてるとやばいんじゃねぇのか?」
「そう…だな。甘く見てたぜ…」
 まさか腹痛まで来るとは思わなかった。しかも腹痛が全身を駆けめぐるような激痛。これが万が一戦闘中だったらと思うとゾッとする。どこかの海賊王と違って、シーザーはこんな物をくらって戦い続けられるほど人間離れしていないのだ。
 なんとかして立とうとするシーザーだが耳鳴りと共に視界が白く染まってしまっていて平衡感覚すらなくなりつつある。仕方なくメッツが手を貸そうとした時だった。頭上から魔王の声がした。
「よぉ…良い格好だな。エロ盗賊」
 逆光の中に良く見知った、しかし今は絶対に会いたくなかった顔を見て、銀髪のエロ盗賊は苦しそうに、しかしはっきりと言った。
「見下してんじゃねぇよ…横暴騎士」
 肩を鳴らして笑う騎士の背後で、線の細い聖職者が苦笑して肩をすくめた。





 食事を済ませてすっかり満足し、潰れた客達にどんどんリバースをかけるアレックスと、マリナによって呼び出されたあまりやる気のなさそうなレイズ。
「……………大騒ぎして呼びつけるから……何事かと思ったのに……」
 ただの腹痛ではないか。わざわざミルレスから来てやったというのに、腹痛。
「何いってんのよッ! 大事件よッ! さっさと治しなさいッ!」
「……………………つまんないなぁ……むしろみんな死ねばいいのに」
 良識人が聞けば目を剥きそうなその言葉にマリナが静かに愛用のギターを振り上げる。
「………………うそうそ…………折角来たのに………治さずに帰るわけ…ないよ……」
 いつもと全く変わらない調子で言うレイズの額に冷や汗が光っていたように見えたのは幻覚だろうか。
 そして、店内が落ち着くと集まった一同の前で小さくなって正座するシンシアがいた。
「……ごめんなさい」
 可哀想なほど落ち込む金髪の少女に、頭痛そうなマリナが言った。
「信じがたいけど…本当に言われた通りに焼いただけみたいなのよね。この子」
「はぁあ? 焼くだけであんな事になんのか…ッ?!」
 怒ると言うよりは純粋に驚いたように叫ぶドジャーに、黙って肩をすくめるジャック。
「……ごめんねごめんね…本当に手伝おうと思ったんだけど」
「シンシアちゃん、大丈夫よ。私だって初めはこんな感じだったけど、料理なんて練習すれば上手くなるわよ」
 一生懸命慰めながら、背後で「いくらマリナでもここまで酷くねぇよ」と呟いたドジャーに蹴りを入れ、「頼むからそいつを励まさないでくれないか?」と呟くジャックを思いっきり睨みつけるマリナ。
「そうですよ! それに、さっきのチャーハンとても美味しかったですよ? 僕が保証します!」
 信じられないようなアレックスの言葉に目を輝かせるシンシア。
「ほ…ホントに?」
「僕は食べ物のことで嘘はつきません!」
 あいつ絶対胃袋おかしい…。と、同時に思うドジャーとジャックだったが、マリナが睨んでいるので口にはしないことにする。
「ありがとうッ! なんか…二人のおかげで頑張れそうな気がするッ」
 背景に薔薇を咲かせて立ち上がり叫ぶシンシアに、うんうんと頷くアレックス。
「………………………………頑張らない方が……いいと思う……」
かなり後の方で幽霊の声が聞こえたような気がしたが、聞こえなかったことにする一同。
「なんか妹が出来たみたいな気分だわ…そういえばシンシアちゃんっていくつ?」
 まだ十代なんだろうと…きっとその場にいたジャック以外の全員が思っただろう。
「んー…とね、来月で24歳にな……」
「「「えええええええええええええええッ!!!」」」
 言い終わる前に三人分の叫びが店内に木霊した。





 ようやく本当に落ち着いた店内で、お互いの自己紹介を済ませて本題に入る。
「つまり、そのリングが外れない限り、アレックスとシーザーはひっついたままって事?」
 適当に入れた飲み物を人数分テーブルに並べながら訊くマリナ。
「そうなんです…。なんとか外す方法を見つけたいんですが」
「………ずっとそのままでも………いいかも…」
 さっきより何割か楽しそうに言うレイズに、ジャックが冷笑して言った。
「確かにな。くだらないセールスにひっかかって一つ賢くなったんだ。高い授業料だが良い勉強になったじゃないか」
「僕は授業をしてくれと頼んだ覚えはありません!」
「なら、慰謝料込みで授業料の返還を要求することだな。返してくれるとは思えんが」
 自分の相棒も同じ眼にあっているというのにこの冷たさはなんだろう。しかし、普段から慣れているのか極あっさりとシンシアが言った。
「でも、その露店の人、全然手がかりないんでしょ?」
「そういえば、さっきドジャーさんが宝石店がどうとか言ってましたっけ?」
 食べるのに夢中になっていたのかと思いきや、ちゃんと聞いていたらしいアレックスにドジャーが言った。
「俺も狙ってたアクセ屋だったからな。先に手ぇ出されてどんだけ腹立ったか…ッ」
「そのアクセ屋はつけたら最後外せなくなるような呪いの魔法商品を売る店なのか?」
 呆れたように言うジャックに、ドジャーは楽しそうに笑って言った。
「あの店がそんな気の利いたモンの店だったらとっくの昔に店ごといただいてるぜ」
 つまり最初に作られた時、リング自体はただのアクセサリーだったということだ。
「加工した奴がいるって事か…」
 それも今までの話からするとまず間違いなく盗んでいった奴だ。その線から調べてみるかと皆が腰を上げた瞬間だった。
「…………ッ!」
 突然アレックスが倒れた。








                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送