今日は厄日だと思うたび、きっと『彼』の運の悪さが飛び火したのだと必ず思うようになっていた。
だからきっと今日のこの不運の連続もあの美人な聖職者の所為…。
「…じゃ、ないだろうな。やっぱ」
 黒い髪の盗賊が、うんざりしたように呟いた。そして狭い路地で無造作におかれた
大きな木箱の上に足を組んで腰掛け、足下の金髪の女盗賊をキツイ視線で見下ろす。
「ジャック…そんな顔しないでよ。なんとかなるって。ね?」
 両手を顔の前で合わせ、必死に笑って誤魔化そうとする妹のような盗賊に、
ジャックと呼ばれた黒髪の青年は冷たく言い放った。
「…なんとかなるならなんとかしてくれ。シンシア」
 言い返さずに、盗賊のシンシアは再び魔法の詠唱を始めた。………ウィザードゲートの。





 元魔術師のシンシアが、仲良くなった知り合いの魔女から色々な魔法を教えて貰っているのは聞いていた。
とはいえ、真剣に教わっていたわけではなく、半分くらい遊びのような気持ちで。ウィザードゲートは
便利だから教えてくれとシンシアはよくせがんでいたが、魔女は結構難易度の高いスペルだからと、
なかなか教えてくれなかった。最近になってようやく教わったらしいのだが、その事を聞いたのは今日の昼頃。
ジャックとシンシア、それに…もう一人の盗賊と出かけた先でのことである。





「ま、確かに帰りのリンク代が浮くから使ってくれとは言ったがな」
「…ごめんなさい」
 生兵法は怪我の元とは言うが、まさかこんな事になるとは思わなかった。
ルアスへ戻るつもりで使ったウィザードゲートの魔法で飛ばされた先は
ルアスによく似た見たことのない街。しかも、それ以来一向に魔法が発動しない。
「ダメだ…全然上手くいかない」
「少し休むか? もう何時間もやってるだろ」
「いや、休むのは無事帰ってからにするよ。ジャックだけじゃなくシーザーまで
巻き込んじゃってるし…。そういえば………」
 シーザーもいたはずだ。思い出したというのは気の毒な気もするが、
シンシアの微妙そうな表情にジャックも気付いて冷笑した。
「遅いな、あいつ。様子を見るのに何時間かける気だ」
 ここへ来てすぐに町の様子を見に行ったっきり帰ってこない。何かあったかもしれないという心配だけは
しなくていいが、既に辺りが薄暗くなり始めている。
「まさか…こんな所で朝帰りとかいう落ちは」
「否定できないな。俺達も宿を探すか」
「………持ってるお金がここで使えるといいけど」
 言って木箱の上から飛び降りて歩き始めたジャックについていきながら、シンシアはそっと懐からWISを取りだした。
協調性とか、常識とか、モラルとか、シーザーの辞書にそんな言葉がないのはとうに承知の上だったが、
今回は何かが違うような気がした。前を歩いていたジャックが振り返らずに言った。
「繋がらないと思うが? あいつの漁色趣味は天候並みに気紛れで厄介だからな」
「違うよッ。メモ送るの。…居場所わからなかったら困るだろうし」
 言ってシンシアは目にも止まらぬスピードで親指をピピピピピとWISの小さなボタンの上で走らせて送信ボタンを押した。





 一人で行く買い物はとても楽しい。何故なら、自分の好きな物をいくらでも買えるからだ。
紙袋を抱えた騎士はまだ他にも買う物がなかったか、楽しそうに頭の中で確認していた。
無駄遣いをするつもりは毛頭ない。何しろ、彼が抱えている袋の中身は全て食べ物だ。
食べ物ほどこの世で最も必要な物はないのだから、いくら買っても無駄遣いではない。
あとできちんと残さず食べればいいのだ。
「ヘイッ! そこの騎士のにーちゃん。ちょいと見ていかないかい?」
「僕ですか?」
 声をかけられたのは、小さな露店だった。売り物は一つだけ。
「…食べ物ではないようですね」
「何か言ったかい?」
「いえ。何ですか? これ」
 何かものすごく間違っている台詞が聞こえてきた気がしたが、露天商の男は気を取り直して商売を始めた。
「にーちゃん…こいつはな、そこらで売ってる装備品とはひと味もふた味も違うぜ」
 純粋に聞き入っているアレックスに男は満足しながら続けた。
「アンタも名前くらいは聞いたことがあるだろ? 元王国騎士団にいた、二職を極めたっていう『カクテル・ナイト』を」
「………はい?」
「なんだしらねぇのか? いいか、にーちゃん。そもそも…」
 ペラペラペラペラペラペラペラ…。唖然としているアレックスを見もせずに
ほとんど自己陶酔の世界に沈没している露天商。しかし、どうしたものか。
アレックスは適当な相槌を打ちながら胸中で迷った。
素直に『本人だからもう説明はいい』と告げた方がいいのか。
だが、男は話したくて仕方がないと言った様子で。
「…と、そこがすごいわけだ。ちゃんと聞いてるか、にーちゃん?」
「はぁ…」
 そして男は極めつけとばかりに大きな声で言った。
「つっても、俺らみてーな普通の人間にはてんで縁のない話だ。必死に頑張ったところで
せいぜい、一つの職を極められるかどうか。だがな、こいつを使えば話は別だ」
「それ…は?」
「この腕輪は二本セットで一組。片方を誰かにつけて…もう片方を別の職の奴につける。
すると……なんと、つけた相手の能力がそれぞれ使えるようになるって代物だッ。
しかももともとの自分の能力も使えるッ。つまり二職を極めたも同然ッ! 
これさえありゃあ、誰だろうが三秒で『カクテル・ナイト』。
名付けて…『インスタント・カクテル・ナイト』ッ!! どうだい、にーちゃん」
「………なんだか、ものすごく嫌です」
「そーかそーか、気に入ってくれたか」
 大きな声で高笑いする露天商に軽く頭を痛めながら、
アレックスが早々にその場を立ち去ろうとした時だった。
 いつの間にか出来ていた野次馬の集団の中から声がした。
「へぇ…すげーなそれッ! おっちゃん、試しにちょっとやってみてよ」
「オレも見たいッ」
 やってくれよと囃し立てる声に気をよくした男は景気よく叫んだ。
「よっしゃあッ! そんじゃ…そうだな。よし、さっきの騎士のにーちゃん、アンタと…」
「ち…ちょっと待って下さい、僕は…ッ」
 ぐいっと腕を引っ張られ、流石に焦って自分のことを説明しようとするアレックスを完全に無視して
男は通行人の中からもう一人を探した。
「そこのシルバーブレッドのにーちゃん、どうだい? ちょいとカクテル体験してみないか?」
「誰がシルバーブレッドだ?」
 呼びかけられて反応した盗賊の青年は、確かにシルバーブレッドだった。
目が覚めるような銀髪に、人好きのする表情。
「返事しといてそりゃないぜ、にーちゃん。なぁ、聞いてたんだろ? ずっと」
 すると、盗賊は肩をすくめて言った。
「仕方ねぇな…ただし、バイト料は貰うぜ?」
「あいたたた…そうきたか。それじゃ…今から使うこの腕輪をそれぞれ一本ずつ、
持ってっていい…てのはどうだ?」
 それを聞くと読めない表情で、しかし一見すると機嫌が良いようにも見える銀髪の青年は
アレックスが無理矢理座らされていた椅子の隣の椅子に座った。
「そうこなくっちゃな」
 調子よく言いながら露天商は再び客に大声で軽く説明を加え、惹き付ける。
小さな声で盗賊の青年が呟いた。
「どうせなら、美女とカクテルにしてもらった方が嬉しかったんだが…」
「……僕も嬉しくないです」
 呟きながらも、アレックスは徐々に開き直りつつある自分に気付いていた。貰える物は貰っておけばいい。
返上するほど無欲でもないし、気分的な不快感はあっても、たかが腕輪をつけるくらいなら必死になって断るほどでもない。
 それに、本当にそんな効果があるなら、少しやってみたいという好奇心もあった。
そしてそれは、隣の盗賊も同じだったのかもしれない。
 二人に細い金細工のような腕輪が手渡された。
「それでは皆さん、よく御覧下さいッ! といってもただ普通につけるだけ、本当に簡単です」
 言われて、二人それぞれ自分の手首にはめる。実際、三秒もかからない。
 シーン…一気にと静まりかえったその場で、固唾を呑んで見守る野次馬の視線を浴びながら、銀髪の盗賊が言った。
「何か…変わったか?」
「いえ…特に何か変わった感じは…」
 やがて、微かに不満の声が漏れる野次馬達に、露天商は人差し指を顔の前で左右に振りながら
三回軽く舌打ちして、大きな声で叫んだ。
「つけることによる外見的変化は全くございません。しかし、この二人は今まさに一心同体ッ! 
互いに今まで出来なかったはずの相手の能力が備わっているのですッ!」
 そして、小さな声で何かやってみろと二人に告げる。
「今ここで…ですか?」
 いきなり言われても困る。アレックスが考えていると、隣から見慣れた微かな光が辺りに広がった。
「どうも使える魔法が増えたみたいなんだが…これ、お前のか?」
「あ、はい。そうです。ということは…本当に能力が?」
「これって…明らかに聖職者魔法だよな?」
「はい。僕は…」
 アレックスが口を開きかけた瞬間、野次馬の後列の方から「ひったくりだッ!」
という悲鳴のような声が響き、逃走する男が目の端に止まる。
 物は試しだ。何度か実物を見たことがあるからやり方も知っている。
アレックスが思いきって蜘蛛(スパイダーウェブ)を唱えると、ものの見事に逃走する男の動きが止まった。





 便利な世の中になったものだ。露店を出て、騎士と別れブラブラと街を歩きながら、
シーザーは街の露店や暇そうな人から、からかうように話しかけては情報を聞き出していった。
 その結果わかったことといえば、ここは絶対に自分達のいた世界ではないということ。
ただ、世界観が似ているから、時代が違うだけという可能性がないわけではないが。
 もしそうだとすれば、かなり先の未来だ。知らない物が多すぎる。それに…。
「まさか騎士団がなくなっちまってるとはな…」
 ハーデスが知ったらとんでもないことになるな。胸中で呟きながら、
彼が見知った街の変わり様を無表情に眺めていた時だった。
「…ッ?」
 後から、何かが後頭部に思いっきり当たった…ような気がした。
 しかし、振り返るとそこには誰もいない。むろん、何かが飛んできたわけでもなく、
そうであれば避けられないはずがない。気のせいにしては痛い。
なんなんだ…? と銀髪の盗賊が気味の悪さに首をかしげていた頃。





「痛……ッ! 何も殴らなくてもいいじゃないですか」
 頭を抑えて苦情を飛ばす騎士の青年がいた。
「誰がこんなに買ってこいっつったッ?!! しかも甘いモンばっかじゃねぇか」
 プリンにゼリーに…まるで子供の買い物だ。やはり自分で盗ってきた方が早かったか。
長髪の盗賊はテーブルを埋め尽くすほどの荷物を眺めていたが、再び腹が立ってきたのか、
手元のカッププリンを一個無造作にアレックスに投げつけた。
 スコンッ、と気持ちのいい音を立ててアレックスの頭にヒットして宙に浮いたカップを、
パシッと片手で受け止め、大切そうに持ったまま再びアレックスが何か言いかけた時だった。
 いきなりドサッ、と彼は勢いよく床に尻餅をついた。





「…ッ! わりぃ…大丈夫か?」
 道ではよくある風景だった。歩いていた盗賊と、走ってきた少年が勢いよくぶつかって
互いに地面から身を起こしながらお決まりの言葉を口にする。
「いったた…てかいきなりよろつくなよッ! ビックリするだろッ?!」
 何とか起きあがった少年は、それだけ言うとぶつかった相手を残してまた走っていってしまった。
 シーザーもすぐに起きあがったが…気のせいか。確かにぶつかる直前、
何かが飛んできて当たるような感触があった。それも一瞬よろつくほど思いっきり投げつけられたような…。
そうでもなければ人とぶつかるようなことはまずない。
 さっきからどうもおかしい。考えながら再び歩き出す。





 流石のドジャーもこれには驚いた。しかし、もっと驚いたのはアレックス本人だ。
「……何してんだ?」
「今…何かにぶつかったような感じがして…」
 しかし、彼にぶつかった物は何もない。
「ついに頭がヘンになったか?」
「? おかしいですね…。でも確かに………ッ!」
 再びぶつかられたような感触がして、後によろけるアレックス。
しかし、彼の背後には大量の障害物(彼の買ってきた食べ物の山)が置いてあった。





 よく子供にぶつかる日だ。しかし、今度はシーザーがぶつかったのではなくぶつかられたのだ。しかも…。
「スリの技術で俺に勝てると思うなよ…ッ!」
 プロ顔負けの早業で懐に手を伸ばしてきた少年の手をガードし、突き飛ばす。荒技だが
これが一番安全だ。普通ならこれで終わるはずだった。だが、ぶつかってシーザーの方も後によろけるような形になり、
瞬間背中に衝撃が走る。またしても何かにぶつかったような痛みだ。
何もなかったはずの背後の何かにぶつかり、再び前に倒れそうになるシーザー。
しかし……彼が立っていたのはそこそこ高い階段の上だった。
「………ッ!」
 バランスを崩したまま、もろに落ちる。


 二人の青年の絶叫が離れた場所で同時に響き渡った。





「大丈夫か? アレックス」
「もう…ダメかもしれません。ドジャーさん、短い間でしたがお世話になりました」
 突然、何もないところで階段から落ちたような無惨な状態になってしまったアレックスに、
ドジャーは手元に転がっていたプリンを拾った。
「…食うか?」
「食べます食べます〜」
 今までぐったりと倒れていたのは何だったのか。
突然元気になったアレックスの手首に光る見慣れないアクセサリーに、ドジャーが眉をひそめた。
「何だ? それ」





 死ぬかと思った。
とっさに受け身をとったから死ななかったようなものの、こんな長い階段を落ちて良く死ななかったものだ。
改めて階段を見上げて銀髪の盗賊は軽くため息をついた。
先程会得したばかりのスーパーヒールを早速使わせてもらうことにする。
そういえば、妙なことが起こり始めたのは…これが原因か?





 アレックスの案内でドジャーと二人して元の場所へ行ってはみたが、とっくの昔にあの露店はなくなっていた。
「ホントにここか?」
「間違いないですよ」
「んで、それ外せねぇのか?」
「…はい。手首にピッタリはまってしまっていてあまり乱暴にもできなくて…」
 言いかけたアレックスの視線が一カ所で静止した。
つられるようにドジャーがそこを見ると、銀髪の青年が苦々しく笑いながら立っていた。





                 






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送