「は、クソだな」
 少年は投げかけられた侮蔑の言葉に顔を上げる。泥と血で汚れた顔をそのままに少年は目の前の男を見た。両手をズボンのポケットに押し込んだまま、今まで自分を暴行していた男達を踏みつけている。
 男はそのまま少年の横を通り過ぎて行こうとした。少年は無意識のうちに手を伸ばした。男のズボンを掴んでしまってから、自分のした事に対する恐怖を感じる。
「クソガキはクソして寝てな」
 男の言葉もまた攻撃的だった。それにも関わらず、少年はその手を離さなかった。





ループ・ループ--rooted to S.O.A.D.--






 サラセンの町は極めて治安が悪い。むしろ、治安という言葉すら誰も思いつかないほどだ。無法地帯における絶対のルールはただ力だけだった。
「この街はいつ見てもクソだな」
 男の言葉に少年は頷いた。
「・・・お前、何で黙ってんだ?それともクソちびってて喋れないのか?あぁ?」
 少年は一瞬だけ体を奮わせた後、口を開いた。
「僕を強くしてください」
 瞬間、少年の体は横に跳んだ。じんじんとする左頬には金色の砂で構成された泥がついていた。突然、少年を蹴り飛ばした男は不機嫌そうに立ち上がり、倒れた少年を見下ろした。
「俺の足はてめぇみてぇなクソな奴を踏み潰すためにあんだよ」
 少年の頭を男は踏みつける。
「クソみてぇな街にはクソみてぇなことばっかりあるってか?ここより便所の方が100倍はマシだな」
 男はそう言いながら少年の頭をグリグリ踏みにじる。
「・・・てめぇ・・・」
 男は足元の違和感に気づいた。少年の手が自分のズボンを再び掴んでいたのだ。そして、少年はゆっくりと男を睨み上げる。
「僕はクソじゃない。僕よりクソな奴なんていっぱいいるっ。僕はそいつらを踏み潰したいんだっ」
 男はジッと少年の顔を見下ろしてから、顔を逸らした。
「へっ、他人頼りじゃねぇ分・・・クソじゃないってか」
 男はゆっくりと足をどけ、少年のすぐ傍にしゃがみこんだ。そして、少年の頭に手を伸ばす。その手はひどくぎこちなかった。
「・・・?」
 男の手が少年の頭に届く。
「てめぇが本当にクソじゃないんなら、俺が確かめてやるぜ」
 少年は一瞬意味を考えた後に、大きく頷いた。

「はっ、この街じゃあ敵に事欠かねぇなぁ?流石は便所よりもクソがお似合いな街だぜ?どいつもこいつもマイエネミーだ」
 男は強かった。襲い掛かる盗賊や修道士達を蹴り倒し、踏みつけ進んでいく。少年はただその後をついていくだけだった。そうして、一つのストリートを通り過ぎる頃には誰も男に襲いかかろうという人間はいなくなっていた。
「おい、クソガキ。踏み潰し方がわかったか」
「・・・え?」
 わかるわけが無い。今のでわかるのなら、もっと強くなっていたはずだ。
「クソなんだよ。どいつもこいつもクソばっかだ。だから・・・」
 男は先ほど倒した男の頭を強く踏みつけた。
「踏み潰したっていいんだ。踏みつぶさねぇと自分までクソになっちまう」

 男と少年はサラセンの街を何日も徘徊した。初日に襲うのをやめた連中よりも強い連中が次々と男を狙った。それをことごとく男は倒した。少年は全ての男達を踏みつけて行った。それが男の唯一の教えだった。

『クソみてぇな奴は全部踏み潰せ』

 数週間が経った頃には少年も強くはなっていた。襲い掛かってくるのは男にだけではない。少年を襲ってくる者もいた。男は少年を助けようとはしなかった。だから、強くなるしかなかった。だから、来るもの全てを踏み潰した。
 そんなある日、男を襲うどころか少年すら襲う人間がいなくなって久しいと感じるようになったときにその男は現われた。
「戦う相手がいなくなって久しい。そんな時にお前の噂を耳にした。騎士団の追跡を撒いてサラセンまで逃げたことは褒めてやる。しかし、何故こんな目立つ事をした?」
 少年にとって巨人を思わせる大男が口を開く。
「へっ、俺の最後のマイエネミーにしては随分な大物が来たもんだぜ。俺もそれなりにクソじゃなかったってことか」
 男は軽口を叩いて立ち上がる。無論、ポケットに手を突っ込んだままだ。眼で少年に離れるように指図する。少年はそれに従って離れた。
「戦いの相手を探していたか。くくっ・・・このロウマ、喰らう相手として申し分無いっ!!」
 それを見届けた後に大男はマントを大きく翻しながらそう言って、手に持っていた巨大な槍を振り回す。その槍の一撃を男は足で受け止めた。
「クソ重ぇっ!!クソ強ぇっ!!」
 全身の力を収束させ、槍を横に捌く。槍の間合いを越え、隙だらけのボディに男は蹴りを放った。
「俺の蹴りはマシンガンだぜっ!!」
 男はそういいながら蹴りを何度も放ち続ける。少年は男の勝利を疑わなかった。あの蹴りにこれまで倒れなかった人間はいない。しかし、次の瞬間だった。
「ふははっ、お前の蹴りは確かにマシンガンだ」
 男の右足がロウマによってガッシリと掴まれていた。あれだけの蹴りのラッシュに耐え、更に男の蹴りを受け止めたのだ。
 そして、手に持った槍を男に向けて言った。
「だが、このロウマの槍は・・・ミサイルだ」
 大きな衝撃音と共に男は大きく吹き飛ばされた。

「・・・中々惜しい男だ」
「はっ、やっぱクソ強ぇな。こんなにも敵わねぇ奴がいるとはな」
 倒れたまま起き上がれない男を見下ろしながらロウマは言葉を続ける。
「何故隠れていなかった。このロウマを前にし、一度は逃げたではないか。なぜ、わざわざ・・・見つかるような真似をした」
「ハナっからそのつもりだったっての。でもな・・・」
「・・・なんだ」
「クソみてぇなガキが・・・俺みてぇなクソ野郎を掴んだんだ」
「・・・」
 少年は拳を握り締めた。それはどう考えても自分のことに違いなかった。
「クソ強ぇ奴にビビって、逃げて、コソコソ隠れるようなクソみてぇな真似・・・出来ねぇだろうが?」
 男の言葉にロウマは溜息を吐く様に大きく息を吐いた。
「やはり・・・惜しいな。このロウマ、お前が惜しい」
「44部隊、か?あんた、気に入った奴は出自考えず入れるらしいが・・・俺は無理だな」
 ロウマはただじっと男の体を見る。男はハッと乾いた笑いをした。
「・・・病か」
「ご名答。両手の指はもうほとんど動かねぇ」
「っ?!」
 少年は息を呑んだ。しかし、同時に納得した。何故、男が手を使わないのか。何故、常にポケットに突っ込んでいるのか。そして・・・唯一手を使ったあの時のぎこちない動きを思い出した。
「そうか。では、サラバだ」
 ロウマは何の迷いも無く男に背を向けて歩き出す。使えない道具には興味がない、とでも言うようだった。『絶対矛盾』と書かれたマントが風に翻る。
「おい、クソガキ。いるんだろ」
 少年は男に走り寄った。
「・・・お前、言ったよな。クソみてぇな奴を踏み潰してぇ、って」
 少年は頷く。
「あの男について行け。俺みてぇなクソ野郎を踏み潰して、俺の屍を越えて、喰らいついて行け」
 男はそう言ったが少年は男の傍を離れなかった。男は悪態を吐くように言う。
「クソ野郎がっ!てめぇみてぇなクソガキは俺にはそれこそクソみてぇに邪魔なんだよっ!あいつを見ろよ!お前はこのまま俺みてぇになりてぇのかっ!差し出された手すら掴めなくなるだけだっ!!」
 男は震える手で少年の頭に手を置いた。
「俺には弟がいる。多分、そいつは俺のことを知らない。俺もそれを言うこともねぇ。クソみてぇな誓いだろ?気がつけばそいつのところに来ちまった癖に、俺は・・・っ!」
 男は大きく息を吐く。
「行け。俺が少しはクソじゃなかった証になれよ・・・グレイ」
 一度も言ったことのない少年の名を男は最後に呼んだ。 

「全くクソったらけなことばかりだぜ」
 成長した少年は再びサラセンの街を歩いた。襲い掛かる男達を踏み潰しながら、進む。そして、不意に気づいた。
「なんだてめぇら」
 二人の幼い少年達がこちらを見ていた。そして、黙ったまま襲い掛かってくる少年達を構わず蹴り飛ばした。
「・・・こんなクソみてぇな街じゃ、クソみてぇな事が当たり前になるか。ハッ、クソみてぇな考えだぜ」
 二人の少年を無視して歩くその足に捕まろうとする少年達をグレイは無表情に蹴り飛ばした。そして、そちらを振り向きただ一言だけ告げる。
「クソ野郎は踏み潰されるだけだぜ?マイブラザー」
 少年達はキョトンとした表情を浮かべた。

「・・・復讐は果たしたのか」
 サラセンの街を出てすぐに声がかかる。其れと同時に慣れ親しんだプレッシャーがグレイを襲った。
「クソガキの頃に比べて、あの野郎は更にクソになってました。踏み潰す価値もねぇほどに」
「そうか」
 グレイに答えるロウマはもはや背を向けていた。その背中にグレイは言う。
「復讐してたら、あんた俺を殺してたんでしょう?」
 その言葉にロウマは顔だけ振り返り、グレイを見てニヤリと笑った。
「くくくっ、久々に喰い応えのある戦いになるかと思ったんだがな」
「ジョークにもなりやしねぇです。・・・嗚呼、そうだ。心残りも無くなったところで」
 グレイは一足飛びにロウマの前に飛ぶ。そして、跪いた。
「44部隊入隊を謹んで拝命致します」
 それを見てロウマはつまらなそうに一瞥して歩き出す。
「征くぞ」
 『絶対矛盾』のマントがヒラリと揺れた。その言葉とは裏腹に確固とした足取りで二人はサラセンを後にした。






                 






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