「だぁーかぁーらぁー……!」 赤色シグナルはそこで息を吸い、 「何であたしばっか狙ってくるんだぁーっ! 街中でんな魔法滅茶苦茶にぶっ放すんじゃねぇ――っ!!」 牙のように鋭くて太い魔力の円錐。カネスの手から放たれるそれがルアス99番街内で弾け回る。シグナルは自分に襲い掛かってくるアロー系統の魔法を間一髪で避けると、それらは民家や石畳もろもろに突き刺さっては消えていった。 メッツはというと、カネスに真っ先にマジシャンスローをかけられ、ただでさえ重々しい足取りをより一層鈍くしていた。ふざけているのかと思ってしまうくらいのマイペースぶりで一歩一歩足を前へと動かし、シグナルとカネスに追いつこうとしていた。地団太すら満足に出来ておらず、そのエネルギーを上へと移動して腕を闇雲に振り回していた。 こうなる経緯を逐一に説明すると、まずは「魔術師に武器は必要ねえ」と嘗めてかかったメッツが拳でカネスに正面衝突を試みようとしたことから始まる。カンジャラローブを来たカネスは並みの魔術師よりもはるかに軽やかな身のこなしでそれをひらりとかわし、隙ありとばかりにマジシャンスローをかけた。そこからカネスの反撃が始まるのかと思いきや、お前に用はないとばかりに照準をシグナルへとシフトした。どうやらメッツはお邪魔虫のようで、目的は初めからシグナルのようだった。一方、シグナルは勿論その状況を指くわえてみてたわけではなく、メッツに構っている最中に詠唱した魔法を放ったのだが、これも簡単にかわされた。 そして現在、カネスがシグナルを狩ろうと高笑いしつつ本格的な攻撃をしている真っ只中だった。枝先の毛虫で女の子を追い掛け回すのとまるで同レベルの嫌らしさだ、とシグナルは固く思う。 「地理はこっちの方がよく知ってんだぁ……逃げても無駄だぜぇ!」 「くっそ……!」 メッツを置いてはいけない手前、シグナルは旋回する要領であちこちを走り回る。 「おい、お前らぁ! 俺を無視して闘ってんじゃねえよ!」 戦闘に参加できないじれったさを込めて、メッツが叫ぶ。 「だったらもっとスピードを速めろよ! あたしは聖職者じゃないんだ! 移動補助薬とか持ってねえのか!?」 「――ねえ」 「んじゃヤニでも食ってろ!」 15の女とはとても思えないほどの乱暴で無骨な言葉遣いだった。へいへいと言いながらメッツはそういえばさっきのマイサンのパッケージはどこへやったかと自身の持ち物を漁る。 シグナルの周りには三つのオーブが取り巻いていた。それぞれツリ、ヘクサ、オクタオーブで、原色の彩り鮮やかなフェイスオーブである。扱いにはそれなりの技量を必要とするはずだが、シグナルは三つ一気に装備できるほどの技量を持っている。そのさまを見るや否やカネスは狂喜乱舞し、火力も声もヒートアップした気がする。獲物を待ち焦がれる猟犬のように舌をだらりと垂らしており、一秒でも早くシグナルを倒したいと言う焦燥にこころが麻痺し、思ったことをただ口からずっと洩らしていた。 こんな敵を迎え撃つのは、赤色でもとても気分いいものではなった。 走るためのエネルギーが、明らかに間違ったところで消費されていく。 帰還用の魔力はなるべく使いたくないと赤色でも承知していた。やってやると言ったまでは良かったが、今ここでなけなしの魔力を使い切るわけにも行かないと赤色でも了解していた。蛇口を開放することも可能なら当然蛇口を閉めることだって赤色には可能で、ぎりぎりまで絞った魔力で魔法構築することも出来たが、魔術師である相手にそれだけで倒すのは難しい。 どうしてこんなことになってしまったのか。何をどこでどう間違えたのか。 こんなところに来てしまった原因も、ミラーを捜す要因も、考えるまでもなく自分なのだが、それでも考えずにはいられない。言い訳をしたい。したいが、誰が聞き入れてくれるだろう。自分の中で叫べば、すっきりして集中できるだろうか。この肝心なときにメッツは、と矛先を変えるのもあまりに場違いなので控えておく。 それに、反撃しようにもまずはカネスの攻撃を避けきらねばならない。けれど、そうしている間にカネスは次の攻撃を仕掛けてくる。こちらが手を打たない限りは、向こうの思う壺で、この悪循環からは脱出できない。 貴重な時間と体力がどんどんとすり減らされてゆき、どうしようもない苛立ちを覚える。 そもそも何故自分はこんなに必死になっているのだろう。そして、どうして命をあんな変態じみた野郎に狙われなければならないのか。 掴みがたい疑問は、掴みやすい怒りへと見る見るうちに変わっていく。 ばかばかしくなってきた。今時分が求めているのは猫一匹で、あんな狂犬じゃない。魔力は使いたくない。使いたくないが――あんな奴に、一つしかない命を奪われるよりかはずっとましだ。 おぼつかない照準が、ようやく定まってきた。 「だぁもう、どうとでもなれぇ!」 足に制御をかける。靴の隙間が砂利を噛む。動かなくなった標的に、アローが次々と殺到する。今ここで避けるのは難しい。シグナルは右手を釈迦のそれのように形作り、突き出した。三つのオーブがその周りを高速回転し、きゅんきゅんと共鳴し、魔力の盾を作り出す。 「 魔法の矢と盾の衝突があった。怒りにすがって魔力を放ったのでずいぶんと無駄に使ってしまっているようにも思うが、カネスの実力は本物で、これ以上手を抜いたら簡単にやられると言う気もした。 矢は、何とか全て防ぎきった。 魔法の余波を身に染み渡らせている場合ではない。 今度はこっちの番だ。 右手で守っている最中に左手で作り上げた魔法を呼び出す。 「 ルアス99番街の大地が、まるでプレートの奥底から真新しい地面を盛りだすかのように胎動した。この魔法が後にドジャーやリーヴァ、アレックスとエレスたちにも影響している。カネスは目に見えぬ攻撃に一瞬ひるんで足をぐらつかせたが、驚異的な跳躍力を持ってこれをしのいだ。 「そこだ――、 空中で無防備となったところを、オクタオーブから出現した大量の火の玉が襲いかかる。火は列を成して放物線を描き、目でもついているのだろうかと思うぐらい正確にカネスに向かっていった。これはうまく決まり、相手も魔術師だからダメージこそあまり与えられなかったが、動きを一時的に止めるには上出来だった。懐に叩き込まれる勢いで地に落下した時の衝撃のほうがよっぽど痛いだろう。 後は凍らせて ――なーおっ そのくぐもった鳴き声は不意にシグナルの耳に届いた。 まさかと言う表情で右を見る。路地の闇から黒い野良猫が顔を出していた。闇にとけかかっており、大きさはいまいち分からない。 そして、口に何かをくわえている。鳴き声は聞こえたが、何をくわえているかは分からない程度の距離。 黄色に変わって確かめるまでも無い。 あんにゃろうこそが、ミラーを奪った猫か。 もっと冷静になって負えばよかったのに、戦闘で燃焼中の赤色シグナルにそれを求めるのは無駄だった。 すぐさま飛びかかるも、猫はその強烈な目つきと殺気に驚き、闇から身体を這い出して飛びすさった。ちっ、と舌打ちして黒い尻尾を視線で追う。猫はちょっと距離を置いた後、首だけを回してシグナルを見てき 「隙ありぃ――」 それも不意にシグナルの耳に届いた。 追う身と追われる身の境目をさまようシグナルは、どちらを優先すべきか踏ん切りがつかずにいた。防衛本能だけで振り返り、腕を交差させて構えた。しかしそれも形だけで、至近距離からのエンチャントアームをもろに食らい、シグナルは大きく後ろへ吹っ飛ばされた。 「痛ってぇな……くそ……!」 半身を起こしたら、すでにカネスが目の前に立っていた。火炎のお陰で頭髪がちょっとこげており、妙なにおいを漂わせていた。退こうとするも、逃げ回った時の疲労が足にのしかかり、立ち上がる気力を奮い立たせてくれない。 「何であたしばっか狙うんだよ!」 「弱肉強食っつうだろお……狩られるウサギが、『どうして私を追うのですか』って獣に訊くか普通ぅ? それと同じだよ……」 「あたし本体か、持ち物か、どっちが狙いだよ!」 「悪ぃけどどっちもぉ……狩りつついただくのが俺らのモットーでね……」 「そうやって生きつづけて……てめえの本心は満足なのかよ!?」 超至近距離から打ち込もうとしたカネスの手がぴたりと止まる。 「やりたいことばっかやってるだけの自分、それが本当の自分とぴったり重なるのかって訊いてるんだ。おかしいんだよいちいち。てめえもはなっから悪だったわけじゃねえんだろ? なのに自分からそっちの道選んで、自身を欺いて、それに違和感を持ったことは一寸たりともなかったってのかよ? 見下げ果てた奴だぜ!」 こころの隙間を見つけたような気がした。のべつ幕なしに言われることが結構効き、カネスが口をつぐんだ。そんな躊躇を持つ自分を否定したいのか、すぐに魔法構築を再開し、 「――んなこと言ってもよぉ。……もう後には退けないだろ」 「退いて悪い人生なんてあるか! 自分を見失うよりかはましだろが!」 シグナルがそう怒鳴ったとき、二つのオーブがシグナルの両肩辺りで力なく漂っていた。今にも墜落しそうなほど頼りなげだった。 二つ。 オクタとヘクサ。 カネスがそれを意識したらしいときには、まずオクタが、次にヘクサが地に落ちた。 「ツリ、は――」 その答えは、シグナルが自ら言った。 「足元だよ!」 カネスが言われたとおりに下を見ると、本当にそこに弱々しく浮いているツリオーブがいた。人魂のように一瞬だけ青白く光り、 「 突如地面からカネスの足に沿って氷がはえた。水晶のように透き通った美しい氷で、よりどころにしがみついて絡みつく植物のように、カネスの足をがっちりと固定した。そこで力尽きたツリもとうとう落ちる。 「だぁ、しまった、時間稼ぎか……」 「ああそうだよ、ったくざまあみやがれ! ――ま、でも嘘言ったつもりはないぜ。全部あたしの本音だ!」 物凄く疲れた息を吐くと、シグナルは魔力がすっからかんの身体を無理に起き上がらせようとする。不意打ちを食らってもカネスはさほど困った顔を見せず、にたりと笑う。 「こんなの魔術師の俺には無駄だって気づかねぇのぉ? 炎であっという間に溶かしちまうぜぇ……」 「俺が拳を下ろすのとどっちが早ぇだろうな?」 カネスが声のする方へと振り返ろうとしたのだが、あいにく足を固定されており、上半身すらある程度しかねじらせることが出来なかった。己もある程度焼け焦げていたのか不幸にも、メッツのにおいを察知できなかったといったところか。次の瞬間には、カネスの首が思い切り横にかしいでいた。勢いあまって氷も綺麗に砕けた。 岩石のようなメッツの拳骨を食らったカネスは、その一撃で馬車に引かれた蛙のように完全にのびた。 「ガハハ! 待たせて悪かったな!」 「ああ、まったくな……!」 「……うし、スローも解けたぞ! こいつどうすんだ?」 「さぁな――ああくっそ、それにしても疲れたぁーっ!」 と、シグナルは再度大の字に寝転がった。うんざりした表情でポーチから帽子を取り出し、青色に変わる。 「――おい、あの猫だな?」 メッツは戦後の一服をしつつ、ちょっと向こうでこちらの様子を伺っている猫を指差した。 「――あ、はい、そうだと、思います……」 青色シグナルは慌てて跳ね起き、服の埃を丁寧に払い落とす。 うっしゃ、と小走りで追いかけることを試みるが、何しろ動作の主体はメッツである。どたどたと追いかけてこられれば猫にとってもたまったものではないだろう。猫は身をひるがえし、いたちごっこで遊んでいるかのように、ちょっと距離をとっては逃げる。 逃げる、 追う、 逃げる、 追う、 逃げる、 シグナルがおろおろとしつつもその様子を見守る、自分もその後を追う、 「だああ畜生! あの猫、人様を馬鹿にしやがってぇ!」 「お、大声出すと怖がりますよ……」 むしろシグナルが怖がった様子を見せる。 そこであらためて猫がくわえていたものを見るのだが、どうも巾着ではないと言う可能性のほうが色濃くなってきた。何かくわえていたからあいつはたぶんミラーを持って行った猫だ、と脳が先走って思いこんでしまい、視覚を上書きされた。その事実を見直すのには、再度しっかりと確認するしか方法が残されていなかった。 銀色に光っているものが見える。ひげかもしれないし、歯かもしれない。 シグナルが慎重に近づく。ちょっと身をかがませ、自身もおびえながら手を差し出して誘ってみる。猫はまたちょっと退いて軽快したが、シグナルとの距離は確実に縮まっていた。残る勇気の欠片をかき集めて動力炉に放り入れ、シグナルはついに腕を伸ばして黒猫を抱き上げることに成功した。 「あ……」 シグナルはそこで気づく。 「……お」 近寄るメッツもそこで気づく。 猫がくわえていたのは、コルクの栓抜きだった。 薄暗い空のもと、銀色の渦巻きはドジャーのアクセサリーのよりもはるかに乏しい光を持っていた。 「……なんでこんなものくわえてやがるんだ?」 「さ、さあ……分かりかねます……」 あの時酒場に居合わせていなかった二人は、首をかしげることしか出来なかった。 なーおっ |
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