繰り返すが、盗賊レラプス、修道士リュカオン、魔術師カネスは、巷間こうかんでは「珍し狩りな犬」と呼ばれ、自称では「ゴッドドッグス」だった。
 名が立派な割には中身が乏しいから、当然本人達と出くわせば前置きからいきなり弊害が発生するわけで、アレックスとエレスは今まさにこんがらがったベクトルを一から丁寧にほぐしている真っ最中だった。
「そういえばここら辺に出没し始めたんでしたっけ。もともとはルケシオンで珍しい物ばかりを狙って狩ってたとか。確か三人組の――何でしたっけ、『珍し狩りな犬』?」
「――ん、悪いけどちゃんと名前がある。今からでも良いから覚えておけ、『ゴッドドッグス』だ。俺はリュカオン=アルカディ」
 ハンドマスターを着こなす黒髪の修道士は腕を組んでそう名乗る。尖らせた唇から鋭い息を吐いていた。気配をしずめ、酷く無表情のまま態度を一貫していて、犬というよりかは、情けも容赦も慈悲も無く獲物をしとめる狼に近い気配を放っていた。
 エレスとアレックスは顔を見合わせる。二人同時にリュカオンに向かって、
「ホットドッグ?」
「ん、すっげぇ違う。ゴッドだゴッド。左から読んで『GOD』、右から読んで『DOG』だ」
 再びエレスとアレックスは顔を見合わせる。またも二人同時に、
「何だつまんない」
 リュカオンは無反応。
「――でも気をつけてください、嗅覚が凄く利くと耳にしたことがあります。人数は三人だけらしいですが、それはつまり結束力が強いと言うことです。もう二人がどこかに潜んでいるかもしれません」
「ここには俺だけしかいない。お前らが三つに分かれたように、俺らもそれぞれで追ってきた」
 アレックスは眉をしかめる。相手の言葉を十割信用しているわけでもなく、一人は一人で厄介な相手かもしれない。おそらく目的はエレスだろうと思う。異世界から来た者を襲い、金品をいただくと言うのも向こうにとっては十分な戦闘動機らしい。
「やん、もうちょっとまともなアプローチしてくださいよ」
 台詞を聞く限りではどこまでも乙女だったが、馬手めて弓手ゆんでにある銃がそのイメージを綺麗に崩していた。
「ん、分かってるなら話は早い。――狩るぜ」
 リュカオンは組んだ腕をほどき、構えた。すでに両手には獣の牙のようなナックルが取り付けられてあった。
 アレックスもエレスも逃げる気はさらさら無かった。逃げてもどうせにおいで追ってくるだろうし、逃げつつ猫を捜すなどと言う面倒なことはしたく無かったからだ。道端にちょっと大きい石があったから蹴飛ばして行こう、といった具合である。
「――リーヴァさんとシグナルさん、大丈夫でしょうかね」
 エレスは考えずにすぐに答える。
「だぁーいじょうぶですよん」
 三人は、ほぼ同時に駆け出した。
 振り下ろされたナックルを、アレックスはエレスの前に出てランスの腹でがっちりと受け止める。脇に来たもう片方のナックルを察知し、すぐさま退く。アレックスの背中がどいてくれたところでエレスはネイルガンを構え、連射する。リュカオンは弾丸の正体に一瞬戸惑いを見せたが、すぐに一歩下がった。リュカオンがいたところに三本、釘が突き刺さる。
「――釘が出る銃か。飛距離が伸びるように改良されてあるな。すっげぇ欲しい」
「あげないですよーだ! あっかんべー師匠」
 エレスはいたずらっぽく一蹴し、目の下に指を当てて舌を出す。
「エレスさんその言い回し何だか古いです……っと!」
 アレックスがリュカオンに突進する。切っ先で身体を掠めようとしたときにはリュカオンは身をかがめ、アレックスのところに牙を仕込もうとした。
「くっ、」
 後ろへステップしたこととプレートを備えていたことが甲斐あってか、軽い衝撃を胸に覚えただけで済んだ。
 そして、そもそもリュカオンの狙いはアレックスではなかった。
 四つんばいで走っているかのような低い姿勢で、リュカオンはエレスに詰め寄った。迎え撃つよりも避けることを選んでしまったエレスは、とっさに左手の銃を民家に向け、ごめんなさいと言いながら放った。銃口からは目盛りの刻まれたワイヤーが勢いよく飛び出し、壁に突き刺さった。親指の近くにあったボタンを押し、ワイヤーをまき戻す。その反動でエレスの身体は思いきり横へ飛んだ。両脚で壁に着地し、そこからリュカオンめがけて釘を四、五発ほど撃つ。リュカオンは苦もなくかわし、背後をとろうとしたアレックスの攻撃からも逃れる。釘は向かい側の壁に突き刺さるだけで終わった。エレスは地に足を着き、アレックスの傍による。
「すばしっこいですね……」
 リュカオンは全く息を切らしておらず、遊んでいるような余裕見せている。
「飛び道具でも簡単避けられちゃってますねー。近づけばあのナックルで攻撃が来るし……」
 何だかデジャヴだなあと思いつつ、アレックスは右手を胸元に寄せようとしたが、エレスが腕を伸ばして制した。
「それは取っていて下さい」
 アレックスはちょっと笑みをこぼし、
「あれ、やっぱり分かりました?」
「まあ私もこんなんでも一応聖職者ですし。――そのかわりこっちをどうぞ」
 エレスはネイルガンをアレックスに手渡した。エレスの意図をうっすらと掴み取ったアレックスは何も言わずに受け取り、左手に持っておく。空いた右手でエレスはのこぎり刀を取り出した。
「ん、交換ごっこはもう終わりか」
 リュカオンが腕を懐で交差させたまま走ってきた。斜め十字に引っ掻いてくると伺える。
「アレックスさんネイルガンをお願いしますっ!」
 あえて前へ出たエレスはすぐに刃を取り出し、逆手で顔の近くに構えた。ついでにワイヤーガンを右ひじの下で、右側に向けて放った。相手に向けて撃っても避けられるだろうと判断したので、避けることのしない壁に向かって撃つことにより、次の攻撃への布石とした。ナックルが風を刻み、それがエレスの前髪をなびかせたかどうかを意識する次の瞬間には、のこぎり刀と二つの牙がエレスの顔面の傍で軋みあっていた。
「私、あんまり人様を傷つけたくは無いんですけどね……さっさと帰ればいい話ですし……」
 三つの腕がぐらつく。修道士の男を相手に腕一本で受け止めるまでは立派だったが、そのまま耐え続けるのは難しいらしく、体勢が徐々に傾き始めた。
「帰さん――ここでしとめてやる」
「いなせですねえ。じゃあ私の本気でやっちゃいますよ。死にたくないですし」
 そういってエレスはワイヤーガンのボタンを押した。刹那、凄まじい勢いでエレスの身体が時計回りにスピンし、ナックルは強く弾かれた。まき戻しの反動でエレスはそのまま右足で回し蹴りを決めた。見事、かかとがリュカオンの腹にえぐりこまれる。手ごたえあり、とエレスは笑いながら壁まで退避する。
「エレスさん、どうぞ!」
 『仕込み』が終わったネイルガンをアレックスが投げてきた。瞬時にのこぎり刀をたたんでベルトに戻し、右手でキャッチする。上下左右の景色を把握しがたい体勢でも気にせずに釘を放つ。アレックスもひるんだリュカオンに槍を仕向ける。全てが秒単位の出来事だ。
「すっげぇ滅茶苦茶な闘い方だな……嫌いじゃねえけどよ」
 腹に蹴りを見舞われたリュカオンはちょっと咳をしてすぐに避けの体勢に入ろうとして、

 地震が起きた。

 アレックスは不意の自然災害に足をもつらせて転倒し、エレスの狙いもかなり外れ、バランスをかろうじて保ったリュカオンが避けるまでも無かった。
「同じこと繰り返してたらいつかそっちが疲れるだけだぞ」
 リュカオンは先を見越してそんなことを言ってきた。言うとおり、ネイルガンの釘もいつかは切れるだろうし、ワイヤーガンは細いから威力が乏しい。そうなれば接近戦しか残されず、運動神経の良いエレスでも力技であっさりと打ち負かされる。アレックスには元々眼中になさそう。
 エレスはその気になればいくらでも累を及ぼすが、真面目な状況でそんなことはしたことが無い。だから、不覚とまでは思っていないが、アレックスにあれこれとかばってもらうのや手伝ってもらうのは、申し訳ないことになる。無理矢理協力してもらったのも自分だし、不服を述べるのも何だが、まさか本当に戦闘する羽目になるとは思っていなかったというのが本音だ。少し甘く見ていた。
「ん、じゃサシでやるか?」
「いや――ていうかそもそも私たちが狙われる道理が未だに理解できませんよ。何でそっちの勝手で命狙われなくっちゃならないんですか」
 そういってエレスは納得いかなそうにトリガーを引く。口を閉じさせたい程度の、大分でたらめな射撃だった。リュカオンは体をちょっと傾かせてこれを避ける、釘は四歩八方へと散布し、あちこちに突き刺さる。
「んなことこっちの世界で言ってもすっげぇ無駄だよ」
 ――カチッ。
 釘が切れた。
「――道具は大切にしろよ」
「言われなくても心得てますって」
 エレスは再度のこぎり刀を取り出す。
 ドライバーもスパナも使わないかも、と思う。
 つかの間の沈黙の後、エレスとリュカオンは一気に走った。
 そして、エレスは突如ブレーキをかけ、受け止める体勢に入った。
「ん、あとな、隠してるつもりなんだろうが、」リュカオンはいきなり速度を上げた。足元に浮かび上がった光の魔方陣を一足飛びで越えた。「パージフレアくらい読めてたっつの。お前からもなんか妙なにおいしてたしな」
「――ありゃりゃ」
 顔に出てたかな、アレックスは苦笑する。でも動作はやめず、左手を胸元に構え、パージフレアを唱えた。
「アーメン」
 背後に白き爆炎が巻き起こっていて、リュカオンの全身が逆光で塗りつぶされた。予測できていたリュカオンは簡単に攻略し、そのスピードのまま防御するエレスに飛び掛る。自身の両腕に隠れているエレスの顔は、何故か笑っていた。
「アレックスさん、今ですよん」
「了解です」
 エレスは頑なな構えを解除し、すぐにバックステップを取った。カウンターは読んでいたが、まさか回避を選ぶとは思わなかったリュカオンは、ナックルで空を斬り、四足で着地する。
こっちが本命です、、、、、、、、
 アレックスは今度は右手を構え、もう一度――
「アーメン」
 その言葉に答えるように、辺りが一斉に煌いた。民家の壁から白い火柱が立ちのぼり、貫かんばかりの速さでリュカオンの身体を横殴りに打ち据えた。一本だけではなく、煌きを見せているところから、アレックスの意思に従って次々とパージフレアがほとばしり、リュカオンはもてあそばされるように打ち抜かれる。最後、その隙に更にもう一つ、足元に呼び出してとどめのパージフレアを放った。
 白煙が立ち上るさなか、勝利を確信したエレスは10cm以上の身長差をものともせずに、両手でアレックスとハイタッチする。
「お疲れ様です!」
「……さすがにちょっと疲れました」
 白い炎と煙が消えた先には、リュカオンが戦闘不能で仰向けに倒れていた。
「ん……俺の負け、か……すっげぇ効いたわ」
 エレスとアレックスはそれなりに警戒しつつ、リュカオンに近寄る。失礼なことに、エレスが「参ったか」と言いながらドライバーの尻でリュカオンのほおをぐりぐりしていた。リュカオンは力なくナックルを緩め、戦意が無いことを示した。
「ところで……どうしてあちこちからパージフレアが出てきたんだ?」
「釘ですよ、釘。エレスさんの釘に、僕が魔力を込めておいたんです」
 アレックスが種を明かす。エレスはにかりと笑ってVサインを作る。
「その魔力を散布して、壁に流し込む。そうすれば魔法発動の時間節約にもなります。あとはあらゆる箇所から一気にどーん!、です。ご自慢の鼻でも魔法までは嗅げなかったですか」
 うりうりうりうり、
「んぁ、ちっくしょ……そういうことか。じゃもういい、さっさと殺せよ」
 この展開に覚えがあるアレックスは難しい顔で思いつめていたら、
「いやですよーだ」
「え」
「ん」
 意地悪い台詞はエレスのそれだった。
「人を殺すってそんな生易しいものじゃないんですよ? お互いとおっっっても痛いんです。そうやって無責任な発言を最後に死んだ人を、私たちが背負って生きていく義務がどこにあるんですか。どうしても死にたいのなら私達がいないところで勝手に舌を噛むか飛び降りるかなりしてください。……ほら、私たちが関わってなかったら死ぬ気なくしてきたでしょ?」
 ずいぶんと真剣で一途な言葉だった。やや感情的だったが、筋を通そうとする意思は掴み取れる。やはり聖職者として思うことがあるのか、訳あって生と死に敏感なエレスはリュカオンにそれらを延々と諭していた。アレックスもリュカオンも何もいわず、エレスの言葉を耳に入れていた。
「命の大切さ、もうちょっと考えて見ましょうよ。そりゃあこんな世界に住んでたらこころが荒むのも分かります。でもですよ、人間の生き方はゲームじゃないんです。勝ったら生きて、負けたら死ぬ。そんな法則誰が決めたんですか。私は絶っっっ対認めませんからね。死んだら天国アスガルドに逝くとか、生まれ変わるから大丈夫だとか、そんなこと好きなだけ考えていても構いませんが……今のあなたは今しかいないんですよ?」
 言いたいことだけ言いきって、エレスはすっくと立ち上がり、うーんと背伸びをした。
 リュカオンも半身を起こし、腕を組み、顎を引きつつも上目遣いでエレスを見つめる。その無表情が打ち破られる瞬間が訪れて、顔にふっと笑みが浮かんだ。分厚い表情の壁を通り越してできあがった賜物のようにも思えた。
「お前とは生まれも育ちも世界も違う俺だから、そっちの世界のことはよく知らないが……。ん……何つうか……そっちのほうがよっぽどたくましく生きてるように見えるな。むしろ俺達がお前達のようになるべきはずなのに、な。」
「だからって、自棄になっちゃ駄目ですよ。自分らしい生き方を見つける、それも人生の課題の一つなんですから。ね?」
「――ん」

 座りつくすリュカオンを尻目に、エレスとアレックスは猫捜しを再会する。これは自分たちの問題なので、リュカオンに助力してもらうつもりは無かった。
「感心しましたよ。よくあそこまで言いきれましたね」
「いやまあ……えへへ、ほっとんどでまかせですけどね。ちょっとくさかったかなあ」
「ええ……」
「私、元の世界じゃ『生かす作業』よりも『死後の作業』のほうが多いんです。ネイルガンとかもその関係で。改心できる余地があるのならばと思ってまくし立ててみただけです。うまくいったんでしょうかね」
 にしては堂々とした啖呵の切り方を、とアレックスは思う。
 ――今の自分は、今しかいない。
 エレスの言葉を思い出す。
 今の自分は、ずっと一つの信念を、一本の槍を掲げて貫いてきたし、障害だって乗り越えてきた。多分これからもそうであろう。一つの物に命を懸けてでも守り抜いて生きる自分を、どこの誰かよりは上等だと思っていた。
 時々、ふと思う。
 これは壮大な勘違いではないだろうか。
 思いあがりだけで突き進むほど恥ずかしい視野狭窄は無い。自分のあずかり知らぬ背景で躍らされていることも知らずに一喜一憂し、信念を餌のように与えられ、無意識のうちに勝手にすりかえられたのではないだろうか。これから起きる出来事の一切が怖くないと言えば虚勢もいいところだ。
 でも、だからといって、今の自分を捨てたくないとこころの大部分が頑固に拒絶していた。それはつまり裏切るも同義なので、母の言葉に背を向けることはできないし、自分の周りにいてくれる仲間を見放したくない。
「――気にせず、自分の信じる道を行ったらどうですか?」
 エレスはあっさりと言った。
「信じて進むのは勇気に繋がりますから。釘も人生も打ち込んでなんぼですよ」
 こちらの世界がどれほど深刻なのかを知らぬエレスだからこそ、そうも簡単に言えるのだろうけれど、エレスが言いたいのは100%言葉のままではないと思う。要は、考えても仕方ないから感じるままに動けということではなかろうか。この先何が待ち構えているかは分かりかねないが、逆に言えば障害はそれだけなのである。闇の先入観にとらわれすぎて挫折するくらいなら、ひとつのことだけを考えて進んだほうが、はるかにいいのかもしれない。
 いずれにせよ、後悔するのには慣れている。
 苦しいことがあった分、楽しい事だってあった訳で。
 実際、自分は一歩ずつでも前へ進んではいると思う。
「……そうですか。……いや、そうですよね。ありがとう、何だか胸がすっきりしました」
 途端にアレックスは眉を下げる。腹を片手で抑えて力なくつぶやく。
「すっきりしすぎてお腹も減りました……魔力もすっからかんだし……」
「あはは、猫ちゃんが見つかるまでは我慢ですよー!」


                 






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