「ぁ―――ここは・・・・・・」

朦朧とした意識の中、彼女は目を覚ました。

「気が付きましたか?」

「ぁ、はい・・・・・・」

「とりあえず、無事で何よりですね。」

「ここは一体・・・・・・それに、私はたしか―――」

「えぇ、確かに貴方はドジャーさんと戦って負けましたよ。」

彼女の言葉を遮り、アレックスはそう言った。

「何で、助けたのですか?」 感情を押し殺した声がした。

目は真剣その物で、どうしたらいいものか―――と、考えていたら

「じゃあ、あのまま死んだ方が良かったか?」

急に、誰かの声がした。

物陰に隠れて解らなかったが、光に当てられてその姿がはっきりと映し出される。

「ドジャーさん、起きてたんですね。」

「まぁな―――それより、あんたには聞きたい事がある。」

ドジャーの顔がいつにも無く真剣だ。

「珍しいですね、ドジャーさんが他人に興味を持つなんて。」

「うるせえ、ちょっとした興味心だよ。 で、何で回復魔法を受けつけねぇんだ?普通人なら問題ないだろ?」

まぁ、一般論ではそうなっている。

人間である以上、彼女にも回復魔法は使えるはずだ。

それが逆効果となると、それはつまり―――

「私は貴方達がモンスターと呼ぶ者です。正確には―――そのハーフと言った所でしょうか?」

「「は?」」

言葉が重なる。

「って、ハーフってありえるんですか?」

「いや、ありえるかも知れんぞ・・・・・・ロッキーだって、カプリコと一緒に暮らしてるだろ?」

「でも、あれは母親が違いますよ!」

「そうか・・・・・・でも、本当に居るんだな・・・・・・」

突然起きる大論争。

「まぁ、色々と疑問に思うでしょうけど、私も、その、質問しても良いですか?」

そんな混乱の中、彼女は咳払いをして、そのままむせつつもそう言った。

「何ですか?えっと・・・・・・」

「まずは助けてもらった事には礼を言われて貰います。 で―――誰がどうやって助けたのですか?私には少し不思議に思うのですが。」

普通はそう思うのも仕方が無いだろう。

何せ、治療魔法が使えず、回復薬は自力では飲むとは出来無かった。

となると、残る手は―――

「あぁ、俺が無理やり飲ましてやった。―――無論、口移しでな。」

「な―――」

あ、硬直している。

無理も無い、言った本人も少々赤くなっている。

「うぅ―――」

なんかわなわなと震えている。

「だ、大丈夫ですか?まぁ、あの時は仕方が無かったんですよ。 ―――って、聞いてますか〜?」

硬直したままわなわなと体が震えていた。

うわぁ、これは完全に怒ってるな。

「―――汚された・・・・・・」

「「はぃ?」」

またもや声が重なる。

って、汚されたって何をですか?

「もしかして、始めてだったのか?」

彼女は首を縦に振る。

髪に隠れてよく判らないが、その顔は今にも泣きそうだった。

「いいだろ!助かったんだからありがたく思うんだな!」

「よく無いわよ。」

そこへ、第三者が登場した。

「あ、マリナさん。おはようございます。」

「えぇ、おはよう、アレックス。」

マリナはニコニコと笑っている。

だが―――

「いい?女の子にとってファースト・キスほど大切なものは無いのよ? それをあんたなんかに奪われるなんて、酷すぎるじゃない!」

ドジャーのほうを向くや否や、そう怒鳴った。

まさに、「吼える事虎の如く」だ。

あ、でもマリナさんって例えるなら女王蜂だっけ?

「そういえば、ドジャーさんが人助けをするなんて珍しいですね。」

よく考えてみればそうだ。

そのままあっさり見捨てるか、止めを刺すとばかり思っていたのだが・・・・・・

「そりゃあ、理由が―――」

「そうそう、この請求書は誰に渡せばいいんだい?」

なんて、そう言ってマリナは紙切れを取り出した。

「えっと、なになに・・・・・・請求書ですね。 ―――って、誰がそんなに食べたんですか?!」

アレックスは驚きのあまり叫ぶ。

そこに書かれた金額は、普段と零が三つほど多かった。

僕達じゃとてもとても払い切れない額だ。

こんなの、どう考えたってこの世の名残に食べるだけ食べて死んでいく典型的パターンだ。

よくこんなの許可したなぁ・・・・・・

「ドジャーとメッツが賭けに勝ったとか言ってうちの店で宴会やったのよ。 それこそ、ウチの店の食材全て食い尽くしてくれちゃう位にね――― で、コレがその時の代金。で、誰が払ってくれるんだい?」

「ドジャーさん!何考えているんですか?!これから自殺するつもりなんですか?! だったら代金とこれからの生活費だけは置いていってくださいよ!!」

さりげなく酷い事を言うアレックス君 XX才 独身。

「あぁ、それならコイツが払うってよ。」

なんて、ドジャーは彼女を指差してそう言った。

「えぇ?!私ですか?」

彼女は驚きのあまりそう叫ぶ。

「あのときの賭け、忘れたとはいせねぇぞ! 確か、俺達が勝ったら何でも好きな物を好きなだけおごってくれるんだろぉ? つまり、こう考えればいいわけだ。テメェの命の代金―――ってな。」

さりげなく酷い事を言うドジャー。 みるみる彼女の顔から血の気がサーッと引いていくのが判る。

ドジャーさん、できれば重傷者に止めを刺さないでくださいね。

じゃないと僕達が払うことになっちゃうんですから。

「そう―――じゃあ、払ってもらいましょうか?」

マリナは領収書を彼女の前に押し付ける。

「えっと、あの、そのですね―――」

何だか色々苦しそうだ。

彼女はあわてふためいている。

「まぁまぁ、彼女にも悪気は無かったんですから、許してあげてくださいよ。」

「それとコレとは別問題よ!それとも―――あんたが払ってくれるの?コレ。」

「イエ、ナンデモゴザイマセン。」

君子危うきに近づかぬ。

うん、僕の判断はこれで正しかったんだ。

「うぅ・・・・・・母からあの金貨盗んでこようかな・・・・・・」

なんて事を、涙目で呟く彼女。

「母って、貴方のお母さんは誰なんですか?」

「あの度が付くほどの金銭主義な母の事ですか? 毎日毎日お金お金って、うるさいから家出してきちゃいました。」

「はぁ・・・・・・って、今何ていいました?!」

「だから、私の母の事ですよ。

私がちょっと大きな金貨を触っただけで、見る見る全身が黒くなっちゃうんですよ。」

あの体質だけはどうにも、な〜んて彼女は付け足す。

「名前とか、聞かせてくれないかな?」

「エリス・ロイヤルですけど・・・・・・どうかしましたか?」

「エリスぅ?!って事は、テメェはあのルエンの妹なのか?」

「ルエン姉さんですか?話は聞いてますけど・・・・・・実際に会ったことは無いですね。」

「まさか、テメェがあのエリスの娘だったとはな。」

世界は広いようで狭いらしい。

「それにしても似てねぇなぁ・・・・・・」

彼女達が聞いたら怒りそうな言葉だが、無理も無い。

どう見ても彼女は丁重で礼儀正しそうだ。

それに比べ―――イヤ、考えないでおこう。

後が怖い・・・・・・

「で、貴方の名前は何ですか?」

「え、そ、それはですね・・・・・・」

アレックスの言葉に、彼女は言い淀む。

「何か問題でもありますか?」

「あるといえばありますし・・・・・・無いといえば無いんですけどね・・・・・・」

何だか、始めて彼女が見せる仕草だ。

初々しいと言うか、以外と言うか・・・・・・ どうにも、自分の名前をいう事に抵抗があるらしい。

「じゃあ、答えろよ。そのままだと、俺が勝手に決め付けるぞ。」

「そ、それも困ります!」

「じゃあ、答えてくれますか?」

「うぅ・・・・・・私の名前は・・・・・・その―――」

「へ?」 彼女は小さな声で呟いた。

彼女なりに精一杯だったらしいが、聞こえないのでは意味が無い。

「声が小さい!全くめんどくせぇ、今日からテメェの名はポチと―――」

「す―――スマイルマンです!」

「「へ?」」

彼女は目をつぶって叫んだ。

「スマイルマンって・・・・・・普通男に付ける名だろ?」

「悪いですか!私だって、気に入ってはいないですけど・・・・・・」

「けど?」

「母がとても気に入っているらしくて・・・・・・その、言い返せなかったんです・・・・・・」

「はっはっは、それにしても傑作だな。名前だけ聞くと男みてぇだ。」

「はいそこ、あんまり彼女を困らせちゃダメよ。」

マリナの言葉も、ドジャーには大して効かなかったようだ。

腹を抱えて笑い転げている。

だが、マリナから特性ミートボールを喰らうと、途端に静かになった。

「デリカシーの無い人って最低ね。」

「はぁ・・・・・・」

ドジャーの周囲の板が、綺麗に打ち抜かれて人型を作っている。

「でも、三姉妹って聞いてましたが、四人目が居るなんて聞いた事が無いですよ。」

「それなら簡単ですよ。私、あの「不思議の国ダンジョン」で生まれたんですから。」

「ねぇねぇ、あたしにもわかるように説明してくれない?」

話のわからないルエンが三人に尋ねる。

「ん〜、手っ取り早くいえば、アリスさんはお姉さん達の事を知らないと、そういうことですね?」

「話は聞いた事ありますけど、実際に合って話した事は無いですね。」

「つまり、こういう事です。お互いに合った事は無いから、知らないと。 血はつながっていても、赤の他人と同じなんですよ。」

「そうなんだ。」

納得したように、ルエンはうなずく。

「母にあった事があるのですか?元気にしてましたか?家出してから全然会って無いので・・・・・・」

気まずそうに、アリスはそう言った。

「死んだよ。」

「ドジャーさん!」

「え―――」

彼女は目を見開いたまま動かない。

「うそ、ですよね?そんなハズが―――」

「嘘なんてつくかよ。それならルエンにでも聞いてみな。 何でも屋にいる。全部話してくれるだろうよ。」

ドジャーの目は真剣そのものだ。

「そんな、ハズ・・・・・・」

彼女はうずくまったまま何も喋らない。

それもそうだ。

家出してきたとはいえ、親の死に悲しまない人間は居ない。

「信じるも信じねぇもお前次第だが―――で、テメェはこれからどうする気だ?」

「それは、その―――」

明らかに困っている表情だ。

「だろうな、今言ったことが本当なら、ミスレルになんか居場所はねぇよな? 聖職者達は誰にでも優しく接してくれるらしいが、敵となると話は別だ。 運が良けりゃ監禁だが、最悪殺されるのが落ちだからな。」

そう、彼らは神に仇名す者達を排除する事に掛けては残酷で有名だ。

どんなに泣き叫んで命乞いをしても、平然と命を刈り取っていくと言う噂がある。

「私は例外としてミスレルで修行する事を許されました。 その、お祈り位なら私も―――」

「で、結局教えて貰えなかったんだろ?技までは。」

彼女は何も答えない。

だが、それ自体が答えになっているかの様だった。

「あんた、何でそこまでして聖職者でいる事にこだわるんだ? 別に騎士になっちまった方が手っ取り早いぜ?」

「それは―――」

「―――それに、これはあんたの為でもある。中途半端な覚悟なら今すぐ止めろ。」

彼女は俯いたまま答えない。

「ドジャーさん、言い過ぎじゃ―――」

「アレックスは黙ってろ、下手な優しさは返って辛いだけだ。―――だろ?」

「私は―――」

彼女は顔を上げると

「私は―――それでもこの道を進むことに後悔はしない。」

揺るぎの無い瞳でそう言った。

「言うじゃねぇか。」

ドジャーの口元がかすかに笑う。

「で、どうするの?お母さんいないんじゃ、金貨は期待できない訳でしょ?」

「うぅ、そうでした。」
さっき前の顔は何処へやら、彼女の威勢は消えていった。

「どうします?せめて半分でも―――」

「ハッ、テメェはいつから彼女に肩持つようになったんだよ。」

いや、ドジャーさんが先に肩持ったんでしょうが。

「そうねぇ―――良かったら、ウチで働かない?」

そう言ってきたのは、マリナだった。

「カッ、どう言う風の吹き回しだよマリナ。」

「簡単な理由よ。ちゃんと働いて代金を払ってもらうんだから。」

そう言って、ドジャーの目の前に請求書を叩きつける。

まぁ、こんなのを踏み倒されたらたまったもんじゃあ無い。

最悪倒産だってありえるかもしれないぞ、これは。

「で、スマイルマンさん・・・・・・で、いいですよね?貴方はそれで良いんですか? 今なら無かった事にして、全部ドジャーさんとメッツさんの仕業にすることも可能ですけど。」

「アレックス!テメェはそっちの見方かよ!」

「いえ、僕はただ聖騎士として女性を大切にしたいだけですから。」

「ケッ、そんな時だけ騎士の心得かよ!」

「何とでも言ってください、別にドジャーさんの見方になる気にはなりませんから。」

「いつから敵になったんだよ!テメェは!」

「たった今ですよ。」

「――――?」

「―――?!・・・・・・」

なにやら騒がしい言い争いが続けられている。

訳がわからずに、私はただ立ち尽くしていた。

「で―――、あんたはどうする気?」

気が付けば、隣にはマリナさんが立っていた。

「私、ですか?―――そうですね・・・・・・せっかくですし、お世話になります。」

「そう、それなら私に何も言えることは無いね・・・・・・ そうと決まったら、がんばって働きな!あたしの店は厳しいよ〜」

豪快に笑って、マリナさんはそう言った。

何だか怖そうな人だけど、でも何だか不思議な感じがする―――

「―――はい!」

これから何が起こるかわからないけれど、不思議と不安にはならなかった。

「これからどうか、よろしくお願いします。」

出会いはここから、そして私の物語が始まった。




                 






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