──繰り返すは感謝と回顧


 レビアのカジノで一人の男が卓に着く。それだけで周囲の人間がその卓に集まり始めていた。注文をせずとも彼のテーブルには特級のワインが並べられ始め、その中を一つがグラスに注がれ彼に手渡される。
「今日はギャラリーが随分と多いな」
「お前知らないのか?毎年恒例の大ベットの日だぜ?」
 男は足を華麗に組んだ。観衆をぐるっと一回り見た後にディーラーを見る。
「今日もニーニョとニーニャが俺に関心だね」
 ディーラーに話しかける男に一人の女性が近づく。
「ハィ、ギル」
「おやおや、モントールのお嬢さんじゃないか。ブエノス・ノーチェス」
 グッと体を寄せてくるモントール嬢を抱き寄せるとディーラーにカードを配るように指示した。ディーラーはカードを配りながら世間話を始めた。
「今日は王が病に臥せったと公布されましたが、これからどうなるんでしょうねぇ?」
「王が病・・・?・・・ピルゲン・・・お前なのか?」
 ギルバートは小さく呟くように言ったのをモントール嬢は気づいた。
「お髭の人がどうしたの?」
「いやぁ、あの髭のナイトがいればなんとかなるんじゃないか」
 ギルバートはハッと笑った。ただその瞳には何か引っかかるものがあるのをモントール嬢は気づいたが、それについては触れなかった。
「ねぇ、ギルぅ。私ギルの子供が欲しー」
「おぉ、ジーザス。99番街出身同士の組み合わせは少し怖いね」
「どうして?」
「贋物が横行する街、俺はもう見たくない。だから俺は逃げた。俺はもうルアスで戦えない、それを子供に見せたくない」
 ギルバートは背もたれにもたれかかると天井を少しだけ睨んだ。
「リオ。家出娘だった君に俺が教えた爆弾の知識。それは子供には、たとえ俺との子供じゃなくても・・・教えないで欲しい」
「・・・どうして?」
「いつかわかる」
 カードが配られ、その手札を手にしようとしたときに周囲がざわめいた。それが自身ではないことに不思議がったギルバートはその注目の先を見た。
 扉から現われたその迫力に周りのギャラリーは自ずと道を開けていく。
「ろ・・・ロウマ=ハート?」
「『デッドリー・ラヴァー』のギルバートか。44部隊の腹心だった男が己を見失ったか」
 ロウマの言葉にギルバートは一瞬だけ怒りの感情が浮き出たがすぐにハッと笑った。
「そうだよ。今の俺にはワインとギャンブルさえあればいい」
 ギルバートの言葉にロウマは手にしていた槍を振り上げた。それを思い切り投げる。ギャラリーやディーラーまでもが全員逃げる中、ギルバートはその場で座ったままだった。ギルバートの顔のすぐ横を巨大な槍が刺さった。
「これは・・・彼女の・・・?」
「『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』は俺に言った。強さを審査してやる、と。お前の強さを審査してやろう。44部隊に入るための」
 ロウマは腕を組み、仁王立ちで立った。
「何を・・・俺は・・・」
 ギルバートは何かを言おうとした。それは大分昔に失くしてしまった言葉だった。

──漆黒の背中。握り締めたサイコロは2つ。
  ただその中で俺は震えていただけだった。

「お前はこのまま我に食われるだけか?」
「だが俺はもう・・・立ち向かう槍が折れてしまった。戦いのサイを振る勇気が失われてしまった」

──その力の差に絶望して?
  死を無駄にすることを怖れて?
  否、無駄なんかじゃないっ!

 ロウマはギルバートに向かって言った。
「『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』を殺した男はこれから世界を玩具にするつもりだ。彼女の編み出した術式を利用して。彼女は死しても玩具のまま生き続ける」
「・・・っ?!」
 ロウマはギルバートをただ見つめた。何かを確かめるようにギルバートの瞳を離さない。

──勝ち目の無いベット。
  命を賭けたベット。
  その目は無情にもピンゾロ(1のゾロ目)だった。

「瞳はまだ生きているな。お前の本心を見せてみろ。この程度のベットにお前が満足していないのならっ!お前がギャンブルの先に本当に手に入れたいモノをっ!揺らぐ瞳の奥のっ!・・・お前のハートを見定めてやろう」
「俺は・・・。俺のベットは・・・」
 ギルバートはポケットをまさぐった。何かに手がぶつかり、それを握り締めて胸の前で開く。サイコロが3つ手の平に乗っていた。それは、かつて更なる復讐のために見出した技だった。しかし、あれ以来振られることのなかったサイコロ。それが今でも捨てられずにポケットの奥底に入ったままだったのだ。

──何も出来ないままダブルスロー失敗の目の効果は自らに降りかかった。
  何かが途切れる感覚、黒い遠ざかる背中。
  ただそれに安堵はしなかったか?
  これが・・・彼女に認められた力だというのか?
  俺は・・・まだ・・・。
  まだ『デッドリー・ラヴァー(命賭けの馬鹿野郎)』の名をまた掲げることが出来るのか?
 
 ギルバートはフッと笑って言った。
「忘れていたわけじゃない。ただ・・・中々勝ち目が見つからなかっただけだ。俺の賭けるカードは彼女と同じハートのカード。今宵は記念すべき5年越しの『プライマリ・イブ(大切な前夜祭)』だ。出ないはずがない。そう、俺は勝ち目の無いギャンブルはしない」
 まるで呪文のように、そしてそれが全ての場を支配するように。
 ギルバートはそれをそのまま90度傾けた。サイコロが床を転がる。
「アインハルトに勝ち目を見出せなかったダブルスローの改良版、トリプルスローの『後家殺しのアラシ』は3x3x3の27倍。もっともピンゾロを出せば逆払いで俺は死ぬだろう。ダブルスローのピンゾロですらかつて俺は致命傷を負った」
 絨毯の上に転がった一つの目が止まる。

──『お前はギャンブルを楽しんでいるよりはその後を楽しんでいるように見える』
  始まりは最悪だった気もする。

「俺のベットは勝ち目のベット」
 床の上に転がった一つの目が止まる。 

──『ひとつ、ギャンブルをしようじゃないか』
  いつの間にか彼女に乗せられていた自分がいた。

「負けを恐れちゃ、ギャンブルは勝てない」
 最後のサイコロはロウマの足に当って止まった。

──『あの時の賭け覚えてるか?』
  『初めて出会ったときの・・・?』
  『お前がまだここにいるってことは私の勝ちってことだよな』
  『・・・まだわからないですよ』
  『勝ち目はうちにしかないぜ?』
  確かに勝ち目はここにしか見出せないみたいだ、メアリー隊長。

 全てのサイコロの目を見てロウマは言った。
「いくら27倍がかっても、元の一撃が弱ければ話にはならん」
 ギルバートは拳を強く握り締めた。
「それはこちらのセリフ。いくら27倍だろうが、これで倒れるようじゃあんたに勝ち目を任せることなど出来ないっ!!ハートのカード、その力・・・俺の矛盾を喰らえるかっ!!」
 ギルバートは拳を思い切り振り上げた。ロウマはフッと笑った。

「と、まぁ・・・俺はこうして今の44部隊にいるわけなのさ」
 ギルバートはそう言ってアレックスを見た。アレックスは何故か蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされて引っ張られているところだった。
「ミス・サクラコ。俺の話が・・・」
「あら、貴方も私の鞭で叩かれたくって?」
 綺麗に微笑むサクラコにギルバートは微笑んで首を横に振った。アレックスが何か言おうとしているが、さらに影から蜘蛛の糸が伸びてきて口を塞いだ。
「これで間接キス。ついでに唾液も採取。生唾液」
 何かがボソボソと聞こえてきたのをギルバートは聞こえない振りをして席を立った。食堂を出た先に立っていたのはロウマだった。
「これは珍しい。ロウマ隊長が食堂でティータイムをとるなんて」
「様子が気になってな」
 何かを気にする、という発言自体が珍しかった。何を不安がることがあるのか。
「少なからずともアクセルのせがれに部隊の連中は気を置いている。薄々感じ取っているのだろう、敵同士になることを。・・・お前はまたカクテルナイトを失った先にベット先を迷うか?」
 ギルバートは呆けたような表情を浮かべる。それを見てロウマはニヤリと笑った。
「分の悪そうな賭けをする男だからな。アインの玩具を演じているカクテルナイトの叛旗。彼女とはまるで対極のカクテル。破壊と再生。世界の中心で互いに喰らい合う二匹の蛇の一尾。同質にして反質。相対し、相互補完を行う虚無ではなく混沌を導くカクテル。十分に酔える」
 続くロウマの言葉にギルバートはククッと笑った。
「『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』の後に二日酔いは残らないさ。少なくともカクテルじゃもう酔えそうにない。それに・・・」
 ギルバートは手をポケットに突っ込んだ。そしてその感覚を楽しむ。
「俺のベットは」
 ポケットのサイコロを中空に投げた。
「『ハートのカード(ロウマ44部隊)』で終わりさ」 
 サイコロはコロコロと転がって6の目で止まった。

 サイコロに射しこむ斜陽の光は『アレックスの裏切りの前日』の終わりを告げようとしていた。


──決意と覚悟のプライマリ・イヴ。






                 






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