──永遠なる子。 メアリーが学校に着いた瞬間、寒気がした。何かおぞましいモノがいるような。かつて自らのハイランダーランスを手に入れるために単身ハインランダーの群れに挑んだときとは比べ物にならない何かを感じた。 「せめてギルに連絡しておくべきだったか」 単独で行動したことを一瞬後悔した。ロウマと戦った時に気づけばよかったのだ。今の学生は黄金世代、実力は部隊長クラスであることに。メアリーはWISオーブを確認した。受信したままだが、既に何も聞こえなくなっている。断末魔の後以来には。 「・・・WISオーブの通信先にはもう気づいているだろうな」 メアリーは廊下を歩きながら呟いた。なんとなく相手がどこにいるかメアリーにはわかった。迷いなく階段を上がって行く。 「私は死ぬかな?死んだ後はギルに任せればいいか。ロウマが入るまでの間だけでも」 そんな自分にメアリーは自嘲するように笑った。 「なぁにを言ってんだか。これじゃ、まるで死にに行くみたいじゃないか。ギルが言ってたな」 メアリーは扉の前に立った。その先から得体の知れない何かを感じ取っていた。それと同時に薄く漏れる血の匂い、と。 「『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』は二日酔いの迎酒。血に酔ったお前の酩酊を醒ますには丁度いいだろ?」 メアリーは扉を開けた。 「・・・アインハルト」 漆黒の騎士がまるで王のようにサロンの椅子に座って待っていた。 朦々とうねる煙の中、ピルゲンは呟いた。 「ジョーカーポーク。まさかこの私がブラフに乗せられるとは、大したイカサマギャンブラーですね」 3倍効果のジョーカーポークが完全に部屋に充満していて先が全く見えなかった。しかし、煙にある一定方向の流れがあることに気づき、それに沿って歩いていく。 「初めから6が出ることを想定していた?いや、違いますね。おそらくどの目が出ていても彼はこの状況を脱していた。44部隊改変決定後に・・・『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』がまず最初に望んだほどの参謀策士。全ての物事に対して柔軟に次の行動をシミュレートし、大胆に行動出来る」 ピルゲンはまるで確認するように言葉に出して賛辞する。 「ギャンブルバッシュが彼の切り札ではなく、その先の頭脳の回転と行動力、それを裏打ちするクソ度胸・・・それこそが彼の真の切り札」 辿り着いた先の開いた窓から走り去っていくギルバートを見て、ピルゲンは笑いを堪えられないようだった。 「44部隊。予想以上の出来上がりになりそうですね」 「部隊長と言えども名ばかりのカスどもめ。我の糧にもならんわ」 アインハルトは座ったまま、足元の何かを蹴飛ばした。それは、先ほどメアリーにWISをした部隊長ダ=ヤンだったモノだった。 「何が目的だ?部隊長の座か?こんなことをせずとも『4カード』ならば、すぐに手に入るというのに」 メアリーの言葉にアインハルトはつまらなさそうに言った。 「部隊長の座などに何ら興味は湧かん。だが、我の道を塞ぐ者は謹んでどくのがカスの責務であろう?とりあえず目に付いたカスを殺した」 アインハルトの言葉は一言一言がメアリーに重圧を加えてくる。メアリーは歯を食いしばり、アインハルトを睨んだ。 「一人殺せば、次から次へと舞い込んでくる。退屈凌ぎには丁度良いと思ったが、いささか飽きたな。・・・お前で4人目だ」 それを聞いて、やはりギルバートに連絡しない方が良かったかとメアリーは胸中で呟く。アインハルトは立ち上がった。それだけで何かの重圧が感じ取れた。 「お前はここで殺す。化け物とはいえ、まだ発展途上の今なら・・・殺せる」 メアリーはそう言って構える。 「カスが」 殺気が膨らんだ。 アインハルトの圧倒的な重圧をはらむ槍がメアリーを襲う。メアリーはそれを勢いに流すように捌いた。 「44部隊・・・他の連中とは違うということか」 アインハルトはぽつりと呟いた。 「この鋭さ、それ以上にこのプレッシャー、とても学生とは思えん。何がお前をこうまでした?」 メアリーの言葉にアインハルトはただ答える。 「何も、我は生まれてからこうだった。他の何にも依存せず、由来せず、ただあるのは我一人」 「・・・哀れな子だ。そうやって他に興味を持てず、全てにおいて退屈を感じる」 アインハルトは一歩大きく踏み出した。それによって放たれる槍をメアリーは大きく跳んで避けた。 「我を哀れむ、など大それた口を叩けると思っているのか?」 避けきれずに裂けたマントを横目にメアリーは笑った。 「世界を楽しめない者ほどつまらんモノはない。お前が他をカスだと断言するのは・・・」 メアリーは断言するようにキッパリと、そしてどうしようもなく告げられる審判のように言い切った。 「お前こそがカスだということだろ?」 アインハルトの殺気がさらにふくらみ始めたのを見て、メアリーは手にしたハインランダーランスをアインハルトに向けた。 「私はもう生まれて30年以上経ってしまった。騎士となってからは20年ほどか。多くのことを知り、この世界はこんなものだと私自身感じていた。それと同時に私の限界もな。正直に言おう。今の私ではお前は倒せない」 メアリーは片手で構えた槍にもう片方の手を添える。 「つい先日のことだ。自由な男がいた。男か女かもわからんような奴で、信頼にあたるかといえばどう贔屓にしてもできない。だが、その自由な発想は私の先入観で作られた世界を壊すには十分だったよ」 アインハルトは黙ったままそれを聞いていた。 「これが真のアーマーブレイク」 スッと音も無く槍を引いた後に、まるで届かない間合いであるにも関わらずメアリーは素振りをするように空を突いた。 アインハルトが何かに気づいたように横に跳んだ。 「流石に気づいた、か」 アインハルトは地面に着地したときに、左手の篭手が触れてもいないのにバラバラと崩れていくのを確認した。 「ピアシングスパインの発する超音波を破壊の呪に読み換えたのか?」 アインハルトの言葉にメアリーは答える。 「強敵と相対するとき、どうしてもラスブレ・ラスアマをかけることが難しくなる。だから、私はそれよりもさらに集中を要する呪いの魔法を併用しようとはしなかった。なら、どうするか?声とは空気中を伝う波だ。圧縮と膨張を繰り返すその波に情報を込め、魔法を起動させるというのなら・・・私のスパインから放たれる超音波とて同じ事。こんな事に私は気づかなかった」 「ふん、だからどうだと言うのだ。我が肉体にダメージを与えられるほどの威力は無い。そもそもそれぐらいなら我にとて出来るっ」 アインハルトが槍を振るった。それを見て、メアリーもまた同じく槍を振るう。二人の間で何かがうねった。 「哀れな子だ」 メアリーは再び言葉を繰り返した。 「その恐るべき才能がお前の成長を阻んでいる。お前は虫けらをただ潰し続ける子供のまま生きるのだろうな」 「まだ言うか」 「お前はこの世界の全てを理解し、全てを支配する能力があるかもしれない。だが、だからこそお前は決して人の心を理解する事が出来ない。お前が自ら成長を望まない限り、な。永遠に子供のままで生きるか、それとも成長するかはお前で決めろ」 メアリーはそう言い切った後にぽつりと呟いた。 「どうやら、私ではお前は救えないだろうからな」 ギルバートは走った。場所はすぐにわかった。メアリーの走って行った方向とかつて感じた殺気を再び感じとる事が出来た。 階段を駆け上り、サロンの扉を開く。そこにあったモノは・・・。 「自分の血で血まみれになってどうするんだよ・・・あんたは」 ギルバートはフラフラと一歩前へ出た。絨毯に赤い染みが広がっていく。その中心地でギルバートは膝をついた。そしてバラバラになったその一つを手にした。 「アイツか・・・?アイツが殺ったのか・・・?何故俺に教えなかった?危険を感じてはいただろう?何のために俺はあんたの傍にいるんだよっ!!」 ギルバートは呪文のように呟いた。そして、ゆらゆらとそれを胸に抱いたまま歩き出す。 「これから俺はどうすればいい?俺は・・・」 ギルバートは突然立ち止まる。 「俺はぁあああああああああああぁっ!!」 ギルバートの叫びは学校の裏庭にも届いていた。一つの人影に声をかける人物がいた。 「『ブレイク・ビリーヴァー(貫かざるもの無し)』は本当だったみたいだな」 「ロウか」 ロウマは木にもたれかかったまま、アインハルトを見た。いつも固めている漆黒の鎧も槍もそのほとんどが壊れていた。それだけでなく、肉体にもそれなりのダメージがあるように見えた。そんなアインハルトを見るのは初めてだった。 「フン、武器も防具もいらん。あいつの技を利用して、殴り殺してやった。・・・カクテルナイト、か。次に出会う時は生きたまま玩具にしてやる」 それは何にも興味をもたないアインハルトが初めてもった対象だったかもしれなかった。しかし、その可能性に気づく前に自らの手で破壊してしまった。完全であるはずの自分の失敗を無理矢理隠そうとした発言のようにロウマには聞こえた。 そしてその邂逅に十年以上も経なければならないことにアインハルトと言えども気づいては居なかった。 2ヶ月後、アインハルトは肉親であるツヴァイを殺した。それはメアリーの言葉に従い、心を知ろうとした結果だったのかもしれない。そして同時に、アインハルト、ロウマは部隊長に就任する。 だが、その場にギルバートは居なかった。 ──永遠なる心は? |
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