──死と生が表裏なら、それは境界線。そこを歩くことに躊躇いはない。

「彼女が『破壊の騎士』なら、君は『再生の騎士』だ。誰かを呪い壊し、誰かを癒し蘇生する。互いに対極に位置する。ウロボロス環を知ってるかね?虚無を導く破壊と混沌を導く再生、それは表裏一体でお互いを蝕み続け、この世界は成り立っている。君が破壊の力を望むのはもう一匹の蛇の尾を咬む蛇と同じだ。君はそれを望んでも構わないだろう?」
 ギルバートは一息で言い切った。アレックスは少しの逡巡の後にキッパリと答えた。
「僕が望んでいるのはやっぱりそれとは違う気がします」
 アレックスの返答にギルバートは微笑んだ。
「しかし、君は力を望んでいるはずだ。君が鍛錬を欠かしていないのを知ってるよ」
 ギルバートはウィンクをした。アレックスは露骨に嫌な表情を浮かべる。
「嗚呼、君の思っている通り、ミス・スミレコから聞いたんだ。彼女は君の事ならまるで辞書のように知っているね」
 アレックスは深い溜息をついた。
「44部隊はどうしてこう真っ直ぐじゃないんでしょうか」
「違うね。逆だよ・・・44部隊こそが真っ直ぐなのさ。言い換えればこの世界そのものが捩れている。歪んだ世界になってしまっている」
 ギルバートは顎鬚をいじりながら答える。
「44部隊の人間は誰もが己の弱さを知っている。そして、その弱さに対して彼らは真っ直ぐに乗り越えてその強さを得た。言い換えれば、誰もが一度・・・その心を自らの弱さによって折られている。君もロウマ隊長に気に入られたぐらいだ。折られた、だろう?仮初めの、君が自分を満足させるために作った、脆弱な強さ。自己欺瞞。歪んだアイデンティティ。君自身が歪んでいたんだ。自らの軸を見定め、正すのは自分しかいない」
「・・・そういえば、あれはきっとそういう意味だったのかもしれません」
 アレックスは何かを思い出すように言った。
「自らの弱さから逃れることは簡単だ。勝手知ったる自分の、だからね。しかし、一度逃げてしまえば・・・再びそれと戦うことは難しい。俺はそれに5年もの歳月がかかってしまった。ロウマ隊長はそれを時折喰らうと表現する」
「・・・」
 アレックスとギルバートの間に沈黙が重くのしかかる。ギルバートがスプーンでお茶に砂糖を入れてかき混ぜる。それを見て、アレックスはゆっくりと手にしていたクッキーを口に頬張った。
「そうそう、これも言っておかないと駄目だな」
 ギルバートは再びお茶を口にして言った。
「明日、君は1000人も引き連れてルアス99番街へと行く。そこで君はきっと裏切る」
 アレックスは微笑んだまま、フォークにさしたケーキを口に入れた。
「流石に想定していた質問には完璧だ。オーケィ、これは仮定にしよう。君が明日もしかすると、ひょっとして、パーハップス・・・裏切る」
 アレックスは苦笑した。
「そこまで強調されていると余計に厳しいですね」
 ギルバートはフフンと笑った。
「そこで君は求めるはずだ。今君とそれと君がかつて仲間だった連中を相手にして真っ当以上に戦えるのは44部隊か、もしかすると『ジャガーノート(絶騎将軍)』だろうからね。君はそれを知ってもきっと答えは変わらないかい?」
「僕が求めているのはやっぱり誰かを救う能力なんだと思います。44部隊にしろ、『ジャガーノート(絶騎将軍)』にしろ・・・それだけの強敵を倒すだけの力があって、たとえ倒せてもその後にみんなの墓しか残らないなんて寂しいですから」
 アレックスが答えた言葉にギルバートはクスッと笑った。
「君はその友達を明日殺しに行くんだよ?」
 ギルバートの言葉にアレックスは一瞬、息が詰まる。しかしすぐに、仮定の話ですから、と言った。
「おやつの時間なのに、まるで騙しあいしてるみたいですね。胃もたれしそうなので、やめません?」
「ギャンブラーはいつも騙しあいをしているからね。つい、穿った見方をしてしまうんだ。悪いね」
 アレックスの提案にギルバートは再び過去の話を始めた。

 メアリーは椅子に深く腰掛け、天井の片隅を睨んでいた。その傍でギルバートは何枚もの書類に眼を通している。
「うちが出した書類、どれも改竄後があります。34番隊のね。副部隊長のピルゲンにそこまでの権限はないはずですが」
 ギルバートの言葉にメアリーは目を閉じた。メアリーが言葉を選んでいることを察知したギルバートはメアリーの返答を静かに待った。
 メアリーが静かに眼を開ける。
「何年も前に流れた噂だが」
 メアリーはわざわざそう切り出した。それだけでギルバートはメアリーがただ事ではない発言をしようとしていることがわかった。ギルバートは沈黙に耐え切れず唾を飲む。
「現王の落胤の存在」
「・・・っ?!」
 ギルバートは思わず閉めた扉を確かめた。それだけでなくわざわざ扉を開けて、外に誰もいないのを確かめた後に鍵までかけて閉めなおす。それから、ゆっくりメアリーを見た。メアリーは組んだ指を口元に当てて、眼を伏せた。
「まさか・・・。しかし・・・明らかな越権行為。騎士団長クラスの力・・・」
 ギルバートは驚きを隠しきれないまま言葉にし、それを客観的に見ても有り得ることだと思った。
「ピルゲンがそうだとは限らん。あくまで噂、だ。だが・・・、他の有力者の隠し子である可能性も大いにある。例えば、ナイトマスターだっていいわけだ」
 メアリーの言葉にギルバートは苦笑する。
「その発言も十分問題だと思いますが」
 メアリーはニヤリと笑った。
「ギル」
「わかってますよ」
 ギルバートはメアリーの呼びかけだけでその意図が読めた。
「事実の確認だけしておく。ピルゲンは騎士団長クラスの力を持っている、もしくは持っている者と通じている。そして・・・何かを企んでいる」
 ギルバートはふぅと大きく息を吐いた。
「気をつけろ。決して悟られるな」
 メアリーは眼光鋭くそう言い放った。

 メアリーは不意に机のWISオーブが光っているのに気づいた。同じ部隊長からのWISがプライベート回線からかかっているのに若干不信感をもった。
「はい、こちら44部隊メアリー部隊長」
「・・・メアリーか」
 余りにも小さい声で聞き取り辛かった。そもそもマサイの出身らしく、訛りが微妙に残っているので普段から聞き取りにくくはあった。
「ダ=ヤンか?どうした?」
「49部隊の部隊長が死んだのを知ってるカ?」
 確かモンスター討伐の際に殉職したとメアリーを聞いていた。
「嗚呼、今日の午前のことらしいな。惜しい騎士を失くした」
「・・・アレは殺されたンだ。俺は見たんだョ」
「・・・っ?!」
 メアリーは通信先の言葉に激しく動揺する。
「奴は俺が見たこと知っているョ。俺も殺すつもりだろうネ」
「おい、今どこにいるんだっ?!
 メアリーは自室にかけてあるマントを羽織り、ハイランダーランスを手にした。
「・・・奴は多分目に付いた部隊長を殺すつもりョ。お前は絶対に来るなネ。それを前提に今から言うことを聞いてくれヨ」
「おいっ!!誰だ?!誰が殺った?」
 メアリーはWISオーブに全神経を集中させる。足音が聞こえた。ゆっくりと迷いの無い。・・・この足音はどこかで聞いた感じがした。
「俺が死んでも一人で動こうとするな。表ざたにするネ。部隊長が学生に殺されたことを騎士団は隠すかもしれないけどネ」
「学生だと・・・?・・・学校かっ?!」
 メアリーは走り出した。先日、ロウマを見に行ったときに聞いた学生靴で廊下を歩く足音。まさにそれだった。
「・・・っ?!・・・あいつか?」
 そのときの事を思い出してメアリーはハッとして呟いた。ロウマと一緒にいた『4カード』。そのうち、自分に対して殺気を放った男。あの時、私を本気で殺そうとしていたのか?ギルバートがいなければ、同じ棟だったなら、『4カード』がいなければ・・・殺しにかかっていたのか?
 階段の手すりを何度も飛び越え、騎士団舎を出た。

 メアリーが王宮から走り出して行った。それをギルバートは不審な目で見た。
「何をお急ぎで出かけられるのでしょうね」
 ギルバートは突然、背後に生じた気配に驚いたがそれを隠しながら平静を振る舞い、ゆっくりと振り返った。
「名高い44部隊のギルバート殿が行政部に何の御用でしょう」
 若いながらも少しだけ伸ばした髭をいじりながら、ピルゲンは問いかけた。ギルバートは何も答えない。それを見てホホッと笑うとピルゲンは何か思いついたように手を打った。
「そうでした。最近44部隊から過去の申請書のご確認が増えているようですが、何かこちらの不手際でもありましたか?」
 こいつ・・・全部気づいていて・・・、ギルバートは胸中で呟いた。
「竜騎士部隊。竜とは強さの象徴。古き人は力そのものを竜と表したそうです。スカウトハンティングは大変ですが、竜騎士部隊はその名に恥じぬ最強部隊となり得るでしょう。かの『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』がイの一番に求めたギルバート殿にはその先駆」
「随分・・・44部隊に興味が有るようだな」
 ピルゲンが目を細めて笑った。
「王国騎士団はその役割に沿って52の部隊に別れました。行政部隊などおおよそ騎士とは呼べぬ部隊まであるわけですから。そしてその役割に特化してきたわけでございます。先ほどと重なりますが、44部隊、それは力の象徴。純粋なる力の部隊。他部隊のように補給部隊や補助部隊との連携しなければ戦えないのでは困ります」
 ギルバートは黙ったままピルゲンを睨み付けた。
「44部隊は単騎でも戦闘可能な最強の力の部隊へとしたい。本来なら部隊長全てを一つの隊にまとめたいところでしたが、それは無理な話でしょう?・・・だから」
 ピルゲンはフフリと笑った。
「貴方達では通らない意見を私が拾ったのでございますよ。野にはそれぞれの部隊長クラスの人間がいくらでもいますから」
「44部隊でクーデターでも起こすつもりか?」
 ギルバートの言葉にピルゲンは笑うだけだった。
「・・・その黒き野望は・・・父親への憎悪からか?」
 その一言でピルゲンの笑いが止まった。
「私の出自を知っていて、かつ口が軽い人間は『もう』いないはずですが、はて・・・」
 ピルゲンと目が合った。その瞬間、ギルバートは横に跳んだ。黒い何かがギルバートの居た場所に突き刺さる。それと同時にギルバートは自らの武器を投げ終えていた。
「6の目は強烈だぜ?」
 ギルバートの拳がピルゲンを襲うものの、ピルゲンはそれを跳んで避ける。
「強烈な一撃も喰らわなければ意味が無いでしょう?」
「天才と言われている割には、思ったより浅はかだねぇ?」
 距離をとったピルゲンを馬鹿にするようにギルバートは言った。そしてポケットから小さな爆弾を取り出した。
「TNT(トリニトロトルエン)を染み込ませた特製サンドボム。密室で、3倍の威力・・・試してみるかい?十中八九、肉片すら残らないぜ?」
 ピルゲンの頬を汗が伝った後に、ピルゲンは笑った。
「ふふふ、そんな事をすれば貴方もタダではすみませんよ」
「俺の二つ名、知らないのかい?」
 ギルバートはニヤリと笑った。
「『デッドリーラヴァー(命賭けの馬鹿野郎)』って言うんだ、今後のために覚えとけ」
 パチンッと火打ち石の付いたグローブを撃ち鳴らして火の粉が飛んだ。ギルバートの手にしたTNTサンドムの短い導火線に火が付いた。

──命を賭けて愛せないなら、それはいらないってことだ。












                 






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