──真紅のカクテル。その色はまるで血のように。 「ちょっと待ちたまえ」 ギルバートは廊下ですれ違った後に、不意に呼びかけた。 振り返ったアレックスは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。 「駄目です。今からおやつです。ほら、もう3時の15分前ですから」 「時間あるじゃないか。騎士団のおやつの時間は3時から4時までだろう?」 苦笑するギルバートにアレックスはやれやれと言った風に肩をすくめる。 「3時から4時までガッツリ食べるには10分前には全ての準備を整え、5分前には精神統一し、1分前からフライングして食べなきゃ駄目じゃないですか」 「・・・給仕長が最近食料の減りが早いってぼやいてたよ」 「仕方ありませんよ。給仕長はご飯を作るのが仕事、僕は食べるのが仕事ですから」 アレックスは既に食堂に向かって歩き出していて、それに後ろからついていきながらギルバートは話しかけ続けた。 「それで何が用事なんですか?」 「君と話したいことがあってね」 「僕はないです」 即答するアレックス。ギルバートはハハハと笑う。 「まぁ、一緒にティータイムと洒落こもうじゃないか」 「僕はお茶を飲むならおやつを食べます」 「・・・オーケィ。俺の分のおやつをあげよう」 「席は僕とっておきの場所があるのでそっちに行きましょう♪」 アレックスはスキップしながら、しかもかなりのスピードで消えるように食堂へと消えていった。 「ニーニョから聞いたんだが」 「ふぁい」 おやつを口いっぱいに詰め込みながら、アレックスは返事をする。 「君は『カクテルジョブ(混合職)』なんだって?」 「まぁ、一応それなりに珍しいみたいですね」 ギルバートは頷いた。 「特に騎士の『カクテルジョブ(混合職)』はね。俺が見たのは、君で二人目だ」 アレックスは少しは興味を持ったのか、手にしたフォークを一瞬止めた。 「『パラディン(聖騎士)』ですか?」 「いや、彼女は魔術師と騎士のカクテルナイト。『テラーナイト(魔騎士)』と呼ばれていた」 「・・・魔術師と騎士のカクテル。それって・・・」 ギルバートはニヤリと笑った。 「ロウマ隊長の前の44部隊隊長、『ブレイクビリーヴァー(貫かざるもの無し)』」 時は何年もの歳月を巻き戻る。 「隊長、聞きました?」 「・・・ついに黄金世代の騎士団入り、か?」 スタイリッシュな鎧に身を固め、その手にはドロイカンランスより一回りも大きいハイランダーランスを手にし、そして血みどろのモンスターの死体の山の上からギルバートを見た。 「内定は決まってるんでしょう?『4カード』のどいつが44部隊入りするんですか?」 その人はモンスターの山から一足飛びに飛び降りて、ギルバートの横に立った。 「ロウマ=ハート」 「へぇ、なんにしろこれで正統な騎士が入隊するってわけか。唯一スカウト制を認可されてるうちは今じゃ副隊長就ける騎士不足でしたからね。空いてた副隊長の座がついに埋まるってわけですか」 ギルバートの言葉にその人は笑って答えた。 「強い個性が交じり合い、深い味わいが出るんだ。44部隊は私と同じ、カクテルのようなものだ」 「『ブラッディ・メアリー(血みどろメアリー)』は二日酔いの迎酒。隊長にはもってこいってことですか?」 メアリーはモンスターの血まみれのままで微笑んだ。 44部隊が少数精鋭だというのは同じだったが、現在と違うのはそれが始まりだったということ。その初期メンバーにギルバートは選ばれた。入隊間もなかったが、隊長メアリーの実質的な片腕としてギルバートは既にその立場を確立していた。 ただし、副隊長以上のクラスにつけるのは今のところ王国騎士団の養成所あがりしか認められていない。 「さて、行くか」 メアリーの言葉にギルバートは顔をあげる。 「いつものやつですか?」 「嗚呼、流石は黄金世代の卒業シーズンってことさ。騎士団内定済みはまぁ今更引き抜けないが、騎士団に行かない奴で面白い奴を見つけた」 メアリーは楽しそうにそう言う。 「あ、そうだ。ついでにロウマ=ハートにでも会いに行くか」 「ちなみに、何故ロウマ=ハートを?」 ギルバートの質問にメアリーはフフンと笑った。 「隊長に大切なのはハートだろ?」 「・・・ゲームじゃハートは弱いカードですよ?」 ロウマ=ハート。『4カード』の中で評価が割れるカード。真価が見えない。まだバランス感覚にあふれたラツィオ=グローヴァーの方が隊長職には向いているとギルバートは感じ取っていた。ただでさえ異色混合のカクテル部隊には。 メアリーがギルバートの声無き声を感じ取ったのか、頬を軽くかいて答える。 「ロウマ=ハート自体がカクテルなんだよ。そしていずれ44部隊の主たるリキュールとなる。私が『ブラッディ・メアリー』ならあいつはホワイトラムだ」 「・・・ホワイトラム。それはただの洒落ですか?」 「いずれわかるさ。私が他の部隊を差し置いてでも手に入れた男だ」 メアリーのその発言はギルバートの胸を不意に苦しめた。 森の奥深く。メアリーとギルバートは歩き続ける。 「その今から会いに行く奴は騎士団に行かずにどうするんですかね」 「ギルドを立ち上げるつもりなんじゃないか?」 「騎士団の敵、じゃないですか」 メアリーは歩きながら答える。 「ギルドって言っても誰もが城を攻めにくるわけじゃないだろ」 「そもそもなんでそいつは騎士団の養成所に来たんだか」 ギルバートの疑問は的を射ていた。 「生まれが良いが、養成所でグレたんだよ」 「えらく確定的ですね」 「見ればわかる」 メアリーはそう言って前を指差した。 「なんだてめぇは?」 「おぅおぅ、ここがどこのシマかわかってんのか?」 木の下で群れていたルアスのチンピラ風の男の何人かが立ち上がってこちらを威嚇するように言った。 「ボスはどこにいる?」 メアリーはそれらの発言を全て無視してそう言った。 「嗚呼?なにシカトこいて・・・がっ」 何か言おうとした一人をメアリーは無言で殴りつけた。そのまま、崩れて立ち上がってこない。 「ボスはどこにいる?」 「なんでボスに会・・・ごっ」 先ほどとは違うチンピラが同じように崩れていった。 「私はこれでも忙しいんだ。場所以外言った奴は全員黙らせるからね」 なんていう・・・騎士だ。ギルバートは心中で苦笑した。否、そうじゃなければきっと今の自分は44部隊には居ないだろうけれども。 「鼻血だけで血まみれになるのは避けたいんだがな」 メアリーは血に染まり始めた右手をプラプラさせる。 「なんだぁ、てめぇは?俺ちゃんに何の用よ?」 奥から出てきた取り巻き連中のチンピラ度をさらに悪化させたような男がそう言った。察するにこの男がメアリーの目的の男なのだろうとギルバートは推測した。 「チャラチャラしてるな。お前、女か?」 メアリーの言葉にボスの帰還により安心したのか取り巻き連中が再び威勢良く威嚇を始める。何を言ってるのかよくわからないが、ボスをなめんなってことだろう。 「嗚呼、俺ちゃんとヤりたいの?大丈夫大丈夫、俺ちゃんは男も女もいけるから」 「話が早くて助かるな。せっかくだ。二人でやろう」 「嗚呼、オーラィ。後ろのあんちゃんは不参加ね。ってことで・・・」 その男は急に腰に下げた剣を抜いた。メアリーとギルバートは同時に左右に飛ぶ。先ほどまで二人が居た場所を斬撃が飛んだ。 「おっと〜、あんちゃん悪ぃ」 「荒削りだがいいパワーセイバーだ。エドガイ=カイ=ガンマレイ」 「何様っ」 エドガイがメアリーに再びパワーセイバーを放とうと剣を振るうが、何も発動しない。何か乾いた音がした。 「チッ」 エドガイは剣を捨てて叫んだ。剣が落ちた瞬間に砕け散る。 「おい、アレ持って来いっ!!」 「え、あ・・・でもあれはまだ試作品でっ!」 何が起きたかわからない取り巻きの一人をエドガイが睨む。 「丁度良い試し切りの機会だっての。てことで、ちっと待ってくれや」 エドガイは飄々と丸腰でそう言った。そして何かに気づいたのか、顔の左側につけられたエンチャントリングに触れた。触れただけでリングが砕ける。 「あんた、もしかして噂の『ブレイク・ビリーヴァー』?」 「まぁ、そうなるな」 「俺ちゃんに用って、もしかしてスカウト?」 「まぁ、そんな感じだな」 エドガイとメアリーは淡々と会話を続けていた。そうこうしてるうちに取り巻きの一人がやってくる。その手にあるのは剣のようだったが。剣を受け取ったエドガイが柄を見せびらかすように掲げる。 「トリガー・・・?」 ギルバートは思わず声が出てしまった。 「へへ、一々剣振り回すのは隙がでかいからなぁ。こんなことも出来ンじゃねぇの?って作ってみたわけよ。俺ちゃん天才?なぁ、天才?・・・記念すべき処女弾、ズッキューン♪」 エドガイは剣をメアリーに向けて、トリガーを引いた。瞬時にメアリーは槍でパワーセイバーの斬撃を弾いた。 「パワーセイバーを銃弾のように放つ・・・大した発想だ。それを可能にするイメージ力。・・・なるほど・・・型にはまらない男だ。確かに騎士には向いてない」 メアリーの言葉にエドガイは嬉しそうに笑った。 「だろだろ?俺ッち天才。だから、スカウトとか帰ってくれよん」 「まさか。ますます欲しくなったよ。エドガイ=カイ=ガンマレイ」 メアリーが指をパチリと鳴らす。エドガイの顔がビクッとした。その耳につけていたエンチャリングも壊れる。 「『テラーナイト(魔騎士)』・・・ラスブレとラスアマと槍技のコンボってことかい?ピアシングスパインに付随する超音波の衝撃ならエンチャリングぐらい破壊できるか」 メアリーはラストブレードとラストアーマーを駆使して、槍で貫き全てを破壊する。故に『テラーナイト(恐怖の騎士)』。故に『ブレイク・ビリーヴァー(破壊の信望者)』。その結果が『ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)』 「大事なモノは隠しておけよ?」 メアリーはウィンクしてそう言った。 「もう十分壊されてるってーの、俺ちゃん涙目」 エドガイはまだ剣を構える。 「つってね」 エドガイは剣を持っていない片方の手で巻物を広げた。倒れている周りのゴロツキ連中にも魔方陣が発生し、姿を消していく。 「リンクかっ!」 ギルバートが手に武器を握ろうとしたのをメアリーは止めた。リンクは発動者が最後にテレポートする。その隙をあえてメアリーは見逃すというのだ。 「またな、エドガイ=カイ=ガンマレイ。うちに来れば壊したアイテムぐらい弁償するからな」 「あれぐらいまた稼いでやるっての。次はこんな試作品の剣じゃないから、俺ちゃんもっと手ごわいよ?いいの?ここで捕まえとかないで?」 エドガイの言葉にメアリーは笑った。 「強くなれよ。お前のその慢心・・・次に会うときには」 メアリーはキッパリと次の言葉を繋げた。 「私が喰ってやる」 そしてエドガイはぽかんとした表情のまま魔方陣の奥に消えた。 ──その優しき酩酊は悪しき酔いから解き放つ。 |
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